第9話 勇者と賢者

 私たちは人間の守護者である。加護は、初代勇者クロウディアが作り出した人間を守るための弱者の権能である。そして、勇者の加護は500年に一度選ばれし者が保有する。そして、それを補佐する加護が賢者の加護である。勇者と賢者の加護を持つ者は如何なる魔道具であっても使用できる。伝説級以上の等級があれば、武器にも特性が付与され、相性によっては装備することすらできない。だが、この両者はそれがない。それだけでも異質な存在であり弱者を救済することのできる逸材ということになる。


 選ばれし権能を持っている私でさえ、人間をすべて守護することはできない。


 当然、一人しかいないからだ。勇者たる自分は人間のために何ができるのだろうか。当然、魔物をはじめとした脅威をすべて拭い去ることだ。だが、人間が恐怖するのは魔物だけではない。災害や、人間による搾取の恐怖に勇者は無力だ。


 人間の搾取という点に関しては、勇者の性格が邪魔をしている。


 護るべき人間は人間によって虐げられていることが多い。であるが、守るべき人間であるからこそ手が出せない。なぜならば、自分が手を出せば守るべき人間が死ぬからだ。


 そんな男が今この世界に存在する勇者であるウェンティーというモノだ。そして、それを補佐するのは賢者の加護を持つゲルドである。


「貴方がそのような顔をする必要はありません。ウェンティー様、あなたは君臨するだけでいいのです」


 勇者たるウェンティーが悪を制裁しているということが、抑止力となることもあるだろう。下手に人間に対して情に厚い部分を見せすぎれば、人間は勇者を侮り抑止力として機能しなくなるのだ。故に、ウェンティーは自信を表に出して生きていかなければならない。象徴が居れば、犯罪は減る。


 ウェンティーとてゲルドの考えがわからないわけではない。だが、動かないということはできないのだ。今もなんとか人間が、人間だけが助かる社会を作ることに邁進している。


「そうもいきませんよ。ここにはあなたと私しかいないのです、たまにはいいでしょう?」


 ゲルドは溜息を吐く。たまにではないからだ。二人の時は決まって弱音を吐く。ゲルドは、賢者として勇者を支えなければならず、それを苦と思っていない。人間のために生き、そして、死ぬのならばそれでもよかった。だが、ウェンティーと違うのは犯罪者を人間として認めるか否かという問題である。護るべき対象をすべて守り切ることは不可能だ。ならば、守るべき対象を絞らなければならない。人道的なもののみを人間として扱い、そうでない犯罪者は救うべきではない。これがゲルドの考えだった。もちろん、すべての人間が手を取り合うことができるのならばこれ以上のことはないだろう。だが、人間史上にそのような記録はない。あのクロウディアが君臨していた時代でさえも。


 人間を守るために害虫と化した人間を排除することは褒められるべきではないのだろうか。


「それに、王国での出来事を聞いたでしょう?戦士長と冒険者が協力しアンデッドを退けたことや、七使徒を壊滅させたこと。果てはただ一人の人間が壊滅的被害を受けた王国を救ったと聞くではないですか」


 ここ最近、ウェンティーの脳にはこのことばかり頭に浮かぶ。王国ではアンデッドの大群に対して、壊滅的な被害を受けた軍隊を一人の人間が救い出したという話だ。男の名前はシドといい、驚異的な強さをしているらしい。おそらくは人ならざる者だろう。そうでなければ異世界から来た異世界人という可能性もある。


 ウェンティーは自分の評判が良かろうと悪かろうとどうでもいい。人間のためになることだけをする、そうすれば人類は救われると信じているからだ。見返りはいらない。


 だが、ゲルドは違う。ゲルドは勇者の評判こそ一番大切だと考えている。この際、実際の勇者と評判の勇者に齟齬があっても良いとまで思っている。なぜならば、評判は象徴論にとってもっとも重要な項目であるからだ。


「だからこそ、シドという人物に会ってみるのではないですか。良い機会ですよ、私たちと同等の存在にはあったことがないので」


 賢者と勇者の加護は他を圧倒する。勇者の加護は、歴代の勇者がもっていた加護を引き継ぐ。一つの加護にいくつもの効果があることで、加護の同時発動による縛りを受けない。賢者の加護は効果範囲が馬鹿げている。賢者の加護は情報戦においてもっとも有用な権能だ。帝国に居ながら王国の情報を採取することだってできる。


 人間の間で噂となっている情報を得ることができるのだ。例えるならば、竜種についての噂を欲した場合、人間の間で噂となっているすべての情報を得ることができるのだ。噂の定義は、人間五人との間で同一内容の話題が上がること。些細な情報から重要な情報まで上限なくなだれ込んでくる。当然、信憑性も失われる。だが、賢者の名に恥じぬ脳で、情報を精査し限りなく真実に近い情報を得ることができるのだ。使用者の技量がなければ扱えないが、扱えれば情報を得るには都合の良い加護であった。


「シドという人物は、人徳者とも感情を持たない人物ともいわれています」


「つまるところ何もわからない、ということでしょう?彼が本当に人間なのかも分からない、では困るのです」


 ウェンティーは己の無力感からくる怒りをゲルドにぶつけていた。語気が強くなっていることに、ウェンティーは気が付かない。


「ええ。私の権能だって万能じゃありません。故に、実際に会ってみるのです」


 二人は馬車の中での会話を終えた。ちょうど、王国の石門が開かれる。そして、王都に到着したのであった。



 そのころ、ノディーが椅子から跳ね上がる。ノディーは現在、シェリンの代わりに情報を管理していた。


 HOMEの情報は膨大だ。常に20面のモニターから映し出される情報に、脳内に流れる各所にちりばめた魔道具からの情報を精査し続けなければならない。そして、彼女の正面に当たるモニターに勇者と賢者を乗せた馬車が映し出されたのだった。


「”メイ―ロイス様、王国に勇者が入都しました。中には賢者の加護を持つ者もいるようです”」


 ノディーはこの世界に来てから、日が浅い。といっても、目覚めてから日が浅いだけであり存在していた期間は100年と長い。だが、勇者と賢者の加護を持つ者の存在は知らなかった。


 HOMEでリストアップされていた要注意人物ファイルを完全に暗記していたがための迅速な対応である。


「”勇者の目的と動向を監視しておけ。人間を使えよ?” 」


 ロイスからの返事が返ってきたことに喜びを感じつつ、直ぐに平常を取り繕う。


「”承知いたしました。HOMEで洗脳した人間を差し向けます”」


「”やめておけ、勇者の加護には看破の力がある。人間に依頼しろ、情報を漏らした場合殺せるように呪いを付けておけ。七使徒が使っていた魔法を使えば隠ぺいにもなる”」


「”畏まりました、そのようにいたします”」


 勇者の加護をもってすれば洗脳されているか否かなどすぐに分かるだろう。故に怪しまれることは避けたい。だが、呪いは別だ。呪いはバレたとしても逆探知ができないし、呪いを付ける理由も情報封鎖であるだろうから黒幕の企みを看破できない。洗脳はある程度の命令を言い渡しておくことが多いため、内容から企みの一端を知ることができるだろう。


 七使徒が足切りしやすくするために、依頼によって集めた雑兵には呪いをかけていた。その魔法陣も押収していたため、それを利用すれば七使徒のせいに出来るだろう。勇者と賢者の加護の全貌を知っているわけではないので、どうにもならない事態に陥ることもあるだろう。その場合は勇者と賢者の加護を持つ者を抹殺するしかない。ただでさえ、戦力が足りなくて首が回らないというのに―ノディーは自分の愚痴を恥じ、即座に行動に移す。



 勇者来たの?目的って・・・シドしかなくないか?今教会に居るのはシドと同じ性格をした人造人間だ。バレちゃまずいからな~。いや、チャンスなのではないか?勇者を亡ぼせば先500年は勇者は現れない。加護を破壊してしまえばいいのでは?加護の破壊自体は出来るのだが、勇者が生きているうちは難しい。


 とりあえず、シドと勇者を引き合わせ、話し合いをする。そして、今後しばらくは手が出せないようにするべきだろうか。


 例えば、王国はこちらが守るので勇者様は王国以外を守ってくれませんか~と提案してみたり、こちらに手を出せば王国臣民を皆殺しにしちゃうぞ~と脅してみたり・・・。案外これでいいのではないか?


「とりあえず、シェリンは持ち場に戻ってくれ。勇者はとりあえず俺とシドでどうにかしよう」


「かしこまりました」


 シェリンとの散歩から帰ってきたばかりなのに、面倒なことばかり起こる。


 とりあえず、勇者をひとまず退ける、というのならばいざというときのために戦力を集めなければならないだろう。欲を言えば始祖があと二人はほしい。座天使と智天使を迎え入れたかったが、エルと正体不明の何者かのせいで両者ともいなくなってしまった。


「クソなんてったってこんな時に!てか勇者いたのかよ!」


 正直なところ、まだ勇者は顕現していないものだと思っていた。賢者は100年に一度生まれ変わるのでいても不思議ではなかったし賢者一人ならば脅威にもならないのでどうでもよかった。確かにシェリンから、伝達があったが以来目立った動きがなかったため、ここで接触されるとは思わなかった。だが、勇者がいるならば話は別だ。勇者は如何なる魔道具でも使役可能だ。神器であってもペナルティなく使える。勇者と賢者の両者で最も厄介なのがこれだ。


「神器を装備させるべきか・・・いや生まれて間もない勇者が神器を持っているのか?仮に神器を奪われれば損失は計り知れない・・・」


 そもそも神器はこの世界に10とないだろう。勇者の加護は別に寿命を引き延ばすような力はない。故に勇者はほっとけば死ぬ。死んでから500年は安泰なんだけど、たかだか80年と少しの寿命で神器が手に入るだろうか。先代から受け継がれた神器があるならばわかるが、勇者の加護は次に誰の手に渡るか分からないので可能性は低い。俺ならば、神器を攻略難度の高い迷宮を作りそこに隠すだろう。それか、人造人間に持たせ、常に所在を変えさせると言ったところかもしれない。


「”シド至急俺の部屋に転移しろ”」


「”承知いたしました”」


 シドは現在フリーの守護者である。今仕事を与えている守護者はエルメスとシェリン、ネームドならばガーラとついでにノディーだな。現在は守護者たちに暇がおおい。暇を作っているのは、非常事態に備えるためと急な仕事に対応しやすくするためだ。


「”ロイス様、今よろしいでしょうか?” 」


「”フィンか?急を要するのならば聞くが?” 」


「”緊急というわけではございません。ですが―” 」


「”ならばあとだ”」


 俺はフィンの念話をブチぎった。勇者の対応よりも急を要する案件であれば聞くべきだが、フィンがそうでないと判断したのならばあと回しだ。十中八九、孤島に送り込んだ魔物の件だろう。


 なにせ、勇者が教会につくより先に手を打たなければならないのだ。今はほかの案件を無視すべきだ。


「”ノディー勇者は今どこにいるんだ?” 」


「”今は宿屋に向かったようです。この後食事をとったのちに教会へと向かうようです。時間にして一時間後でしょうか”」


 一時間ならば十分対処できる。


 まずは、正体を隠さなければならない。もし加護の看破の力でシドの種族がばれれば国中が大騒ぎになる。今やシドは時の人であるからだ。下手すれば国が滅んでしまう。経典がないので、もしかすれば教徒の間で反乱は起きないかもしれない。それでもいらないリスクは背負いたくない。では人造人間に相手をさせればいいのでは?流石に人造人間を相手にするのは不都合が多い。正体を隠すことも難しいし、怪しまれるだろう。それよりも、本体が出向き強者として記憶に刻むことができれば簡単に手を出せなくなるはずだ。


「お待たせいたしました」


 俺はシドに現状を伝えた。シドは顔を引き締める。勇者と賢者が人間で別格というのは知っている。だが、しかし自分たちの脅威にはならないと考えていた。これはある意味で正解だ。不意に敵対すれば損害は生じるが、注意しつつ敵対し適切な対応をすれば脅威とは呼べない。戦って勝てるからだ。損失も酷ければ守護者が一人か二人だろう。すべてが思いのままに進めば損失はない。


「勇者と戦うならば、守護者かエレガンスを差し向けなければならないだろう?だが、現在は脅威が多い。座天使と孤島の勢力、後は魔神教団に勇者、さらには竜種や始祖も敵対すれば面倒だ」


「確かに戦力不足は否めないでしょう。であれば、全戦力で一つずつ亡ぼせばいかがでしょうか?」


「確かに複数の脅威を同時に相手にするのは愚行だ。であるが、もはや遅い。座天使は行方不明だし、魔神教団は情報不足。孤島の勢力は神話級の武器の保有が確認されており不可侵の方が賢明だ。竜種も始祖も危険予測は不可能だ。だから備えられるように戦力を置いておかねばならない」


 一度に攻め込まれることはないだろう。孤島の勢力なんかは典型的だ。孤島とシャウッドの森林には距離がある。流石にこの距離を狙撃できようはずもない。だからこそ、目先の脅威は魔神教団と勇者だ。


「お前の正体を隠すために幻術と認識阻害、後は結界を張りまくるぞ。ああ、後は武器を外しておけ。死んでも生き返らせてやるから安心しろ」


 シドの完全復活に掛かる魔力量は馬鹿にできない。俺でも半分以上の魔力を失われる。故に死なせたくない。でも死んだときにシドの装備を失う方が損失的に大きい。それに、シドの持つ武器は俺では扱えない。神話級に至っている武器は特性や性質から、俺を認めはしなかった。


「これだけすれば十分だろう」


 俺はシドに認識阻害、幻惑、探知阻害、魔力量の測定阻害、体力の測定阻害を兼ね備えた魔力結界、魔法結界、次元結界、多重結界をかけた。これだけすれば、俺でも探知するのが難しい。これに完全不可視化を併用すれば俺では見つけられない。気配を探り大まかな位置を知ることはできるが、それでもかなり不利になる。ただ、今回は完全不可視化までは使わない。あくまで対談が最初の目的であるからだ。


「加護に対抗できるように、加護と同じ権能を作ってお前に付与している。これで加護による看破の力を封じられるだろう」


「流石はロイス様です」


 とりあえず、準備は終わった。シドはいつも着ている神話級の防具を脱ぎ、特有級の認識阻害の効果を付与したローブを着ている。たかが知れている性能だが、ないよりはましだ。

 

 加護の力を模すのは簡単だが、加護を種族全体に付与するのは俺ではできない。急ごしらえだが、シドならばこれで問題はない。


「とりあえず、これで行くぞ」


「”勇者が食事を終えたようで、身支度を始めています”」


準備が終えたころにノディーからの連絡が入る。


「”そのまま監視して居ろ。勇者との会話が始まったら何らかの方法で記録しておくように”」


 俺とシドは教会の最奥の部屋に転移した。そして、俺は教会を維持している者たちが来ている服を魔法で作り纏う。白を基調としており青いラインが十字に刺繍されている。教会はいたるところが青で作られており、王城並みに綺麗な内装だ。募金だけで作られたはずだが、この出来栄えから察するに王国貴族も大勢参加しているのだろう。それにしても、十字とはどういうことなのだろうね。強さこそ正義とか言っているノウキン団体なのに、十字を採用するのはどういうことなのだろうか。


「おい、誰かいないのか?」


「これはシド様、いつからそこに!?それに、お隣の方は?」


 シドはこの国において頂上的な力を持つ人間として通っている。教徒がシドをシドと認識できたのは、俺が脳に直接情報を送ったからだ。言ってしまえば洗脳だな。ただ、これは洗脳の痕跡が残るものではない。これはシドだよ、って教えただけで命令式は存在せずその場限りの洗脳となるからである。


 一般人に完璧に気配を偽ったシドを認識できるはずはない。仕方のないことなのだ。


「これから勇者と名乗る者が来るだろう。この部屋に通せ」


「かしこまりました。教主様も勇者様との会談に参加なされるので?」


「その通りだ。勇者には前もって伝えておくように」


 念のため俺は教主ということになっている。教主の名前は浸透してはいないので俺の名前や外見が露見することはない。人間が俺を教主として認識できたのは、シドと同じ理由である。

 

 俺は知らなかったが、この情報は賢者の加護によって教主の存在が明るみに出てしまった。もとより、この宗教は圧倒的強さにひかれた国民と、貴族で成り立つ。故に教主となる者もいない。この宗教で上下関係は存在しないし、皆が平等なはずだった。ただ、シドを除いて。もちろん運営に際して中核を担う者たちもいる。だがそれは発言権があるわけではなく、中核にいる者たちの方針を教会に張り出し多数決による決議を経た後に運営方針が決まる。なので実質的に上下関係はないのだ。


 だが、対処も簡単なことだ。シド直々に、「自分と比肩する強さがあるので教主として据えた」と発表した、というように記憶を改変している。これは看破の力で露見するだろうが、その洗脳はたったいま断ち切った。記憶操作は、魔法の効果を切ったとしても操作された記憶はすでに定着しているため、看破の力に影響しない。看破の力はその時点で対象者に付与されている効果を見極めるのだ。存在しない記憶を植え付けるだけであれば看破の力は作用しないはずだ。


 俺は部屋の準備も完璧に整えた。その瞬間、扉が二度ノックされた。


「入れろ」


 シドの一言で、両開きの扉が開かれる。そして、二人の人間が部屋の中へと進んできた。二人とも軽装の鎧をしており、賢者と目される人物は白衣を着ている。特有級の防具か、弱いな。やはり、こいつらは神器を持っていないと思われた。現在、俺とシドは神器を装備していない。神器の影響を受けないよりも、受けた後対処することを選んだ。どちらかが洗脳されれば残りが即座に殺す。蘇生はシャウッドの森に設定している。


 武器も勇者は伝説級であり、賢者は特有級だ。これが数千年受け継がれてきた勇者に与えられる武器というのならば拍子抜けだ。


「それで、何用かな?」


 今回の話し合いはすべてシドが主導だ。当然、俺よりも身分が上であるという設定なのだから仕方ない。ちょっと不安が残るのだけどね。


「話し合いの前にいくつか不可解なことがあります。何故、急に教主という階級が誕生したのでしょう?」


 賢者と思われる人物が口を開いた。知られているとは思わなかったな。教徒全員に洗脳を施したわけではない。教会内部にいる主要人物だけに洗脳をしておけばいずれ末端にまでいきわたると考えていた。賢者の加護の異質さを知らなかった俺の落ち度だ。


「それは私から話しましょう」


 流石に俺が責任を取るべきだろう、という判断で語り始める。


「私は教主として就任したロンドです。私は異世界から来た人間で、あの事件以降シド様に拾われて鍛錬していたのです。そして、実力が成就したタイミングで教主として今度は私が、シド様にしていただいたように教徒を導こうと考えたのです」


 何とかそれっぽく落ち着いたのではないだろうか。


「つまり、前もって教主という階級を追加する予定であったと?」


 何とかごまかせないだろうか。ロンドという名前が知られていれば成功率は上がるのだが、そうでなければ厳しいかもしれない。


「その通りだ。いかに大きな宗教と言えど、元は大いなる力に焦がれた者たちの集まりだ。強者が上に立つことで、教徒全員が強くなろうとより鍛錬するだろう?」


「なるほど、理にかなっていると思います。ですが、私たちが着たタイミングでそうする必要があるのでしょうか?」


「あなた方が我らを警戒するように、私たちも警戒しているというだけです。教主としての階級が誕生する前に私が討たれれば、折角の機会が失われるでしょう?」


 と舌戦を繰り広げているのだが、少々攻撃的になった。仕方ないと言えば仕方ないが、もう少し言いようがあったのも確かだ。とはいえ、勇者と賢者がどうあっても俺たちを信じないのならば、脅威となる前に滅ぼす。


「まあ良いでしょう。道理が通っていないわけでもない。理解しようとすれば理解できます。まずは、非礼を詫びましょう。私は賢者ゲルドです」


「私がウェンティーです。私はシド殿に礼を言わねばなりません。私に代わり、人類を守護してくれたこと、感謝いたします」


 シドは鷹揚に頷き感謝を受け取る。そして、本題が始められる。


「で、話を戻そう。何用かな?」


「私たちはあなた方を推し量りたいのです。突如現れた強者たち、警戒しないわけがない。それにロンドという名前、魔道学園が魔神教団に襲撃された際、王国歩兵団長を救った者の名です」


 やはり知られていたか。ということはやはり、一定人数が共有する情報を得ることができると言った加護だろうか。かなり厄介だが、HOMEの情報が漏れたことはない。つまりは、人間の間での情報に限るのだろうか。断定すべきではないが可能性は高い。


 それに、ゲルドの言うことは確かにそうだ。俺としても、守護者を動かし始めた時からずっと思っていた。突然、強者たちが示し合わせたように現れることは異質だ。怪しまれることになるだろう、と思ってはいた。


「俺とロンドは異世界から来た転生者と転移者だ。君たちも知っているだろう?」


 この世界には転生によって異世界から来たものと、召喚に応じて異世界から来たものがいる。その際、肉体が再構築され新たな力を手に入れる場合がある。故に、強者が突然現れることはある。これは、以前持っていた魂が再構築され二つの魂を持つようになる。そして、魂は統合され、結果強くなる。


「なぜ、自由に動けるのです?」


「転生の瞬間にそういったスキルを手に入れたとしか言えないな」


 転生者はまだしも、転移者は術者に洗脳される、もしくは呪いがかけられる。命令に絶対服従するように強要されるのだ。


「もういいですゲルド。私が聞きたいのは一つです。貴方は人間―いえ、人類の味方ですか?」


 ウェンティーがゲルドの態度にしびれを切らしていた。そして、単刀直入に本題を切り出したのだ。


「人間がこのままの生活をしているのなら俺たちは人間の味方だ」


 確かに、俺たちは人間を亡ぼそうと考えているわけでもないし、どうでもいい。殺して利益があるならば殺すけど、不利益の方が多いからね。まあ、王国が滅んでしまっても乗っ取れる準備は済んでいるんだけどね。教会が根を張っているからあとは作業のようなモノだし。


「であれば、正体を現しなさい。幻惑ですか?加護が効力を持たないということはそれも加護なのでしょう?転生者と転移者は加護を持たないはずです」


 つまるところ人間ではないだろう、と言いたいのだ。だが、これは認識が甘いね。加護の効力を打ち消すのはスキルでもできる。実力差による影響を受けないだけで対処法は無数に存在する。今回は加護に似せてしまったからややこしくなっただけ。ただ看破に関する加護はスキルで対処できるか怪しかった。なぜならば実力差を無視するからだ。なので加護に似せた。


「これは私の力です。特定の人物と自分に加護に似た能力を付与できるのです。同時に付与できるのは自分含め二人まで。納得いただけましたか?」


「君たちの言うことは何も証明するものがない。信じられませんね」


「だからアンデッドを亡ぼしたではないか。言っただろう?人類の味方だと。人類を守るためには貴殿一人の力では不可能だ。わかるだろう、協力した方が得だと」


 シドは狙い通りに話を進めてくれる。俺が思っていたのは勇者をとりあえず退けて、しばらく不可侵協定を結ぶこと。おそらく、勇者は魔神教団にとっても目障りなはずだ。魔神教団としても脅威をいくつも持った状態で戦線を維持するなどしたくはないだろう。だからこそ、ロンドという名前を使ったんだ。魔神教団の狙いを阻止したロンドと、魔神教団に比肩する勢いのある正強会、これで魔神教団は王国に拠点を設けた。ここまではシェリンの調査によって判明している。


 学園でロンドという少年が魔神教団を襲撃した、という話は公にはなっていない。これを知っているのは三雄と魔神教団、あとは賢者だけだろう。あの時、魔神教団の団員はすべて亡ぼしたのだが、次元断絶を破壊されてからは傍観されていただろう。それどころじゃなかったから傍観を阻止できなかった。ウルスが”ロンド”という名を出してしまったから、面倒なことになったと思っていたのだが案外使えるね。勇者とロンドが手を組んだ、ならばロンドは勇者と並ぶ実力があり、さらにシドという実力者まで敵対しなければならなくなる。魔神教団は目の上にたんこぶができたような思いだろう。これは思ったよりも楽ができそうだ。


「確かに、あの時この場にいなかった私には返す言葉もありません。では、こうしましょう。互いに牽制しあう形で半年は様子を見ます。この施行期間で不利益が生じたならば協力関係はそこまで、どうでしょう?」


「ゲルド殿の提案を受け入れよう」


 何とか舌戦は制した。これで、シドの王国での人気も跳ね上がるだろう。勇者と同盟を組む英傑として。


「それで、勇者はどの国を守るのだ?」


「とりあえずは、法国、評議国と学術国あとは共和国ですね。帝国は入国を断られましたから」


 帝国が勇者の入国を断っただぁ?なんで?人間にとって勇者は護り手だろう、入国を拒否する必要はないはずだ。都合が悪い何かがあったのか?例えば国のトップが人間ではない、とか。知られたくない何かがあるのは確かだろうな。


 いや待て、帝国には違和感を感じていた。かなり異質な、強者の気配だ。竜種・・・いや神話級の武器か?距離が遠すぎてはっきりとわからないが、魔力を封印される前は感じ取れていた。今では何も感じられないのだけど。だって、魔力量が少なすぎてそこまで探知できないのだから。


「帝国では何かがあったから向かったのでしょう?なぜ諦めたのです?」


 俺は聞かなければならないと思った。帝国とはいずれ衝突する気がする。


「帝国はご存じの通り、実力至上主義で皇帝が切れ者、内乱も起きない。その上軍事力は世界随一です。故に我らの力はいらないということでした。もとより、各国を巡回していただけですので、粘る必要もないと考えたまでです」


 なるほど、そのタイミングで王国の情報を手に入れたと考えるべきか。これは嘘ではない気がする。表情から見て真実がほとんどだろう。粘る必要がない、というよりも粘ることができなかったとみる。帝国にはHOMEの店舗ですら設けられない。情報封鎖に関してかなり気を配っているようだ。


「賢者殿は何か情報を得ているのでは?」


「いえ、なぜか私の加護も帝国については何の情報も得られていません」


 ますますきな臭いな。帝国には間違いなく何かがある。


 因みに、帝国にはネームドを何人か送り込んでいるが、これといって有益な情報は得られていない。情報封鎖が完璧なこと、付け入るスキがないこと、間違いなく人間がトップに立っているわけではない。


「であれば、王国とシャウッドの森はお任せください」


「シャウッドの森、ですか?それはいくら何でも守護する範囲が大きすぎるでしょう」


 君たちに言われたくないよね。君たち海を越えて違う大陸まで守りに行こうとしているのだし。王国とシャウッドは隣接しているから現実的だろうに。


「貴殿らは知らないのですか?シャウッドの森には人間やドワーフにエルフ、果ては魔人が共に暮らす中立国が建国されたのですよ。ですので、私たち教会はその国とも交渉し拠点を設けることを許されています。決して不可能なことではありません」


 俺はさらっと宣伝しておく。シャウッド中立国に勇者が訪れることを避けるためだ。この国も俺たちが守ると宣言しておけば半年はこないだろう。


「魔族と人間が共に暮らす?それは無理です。人類が反映するには魔族を一掃しなければならないでしょう?」


 苛烈な思考だな。勇者ってこんな感じだっただろうか?加護には多少の強制力がある。例えば勇者ならば人間のために動こうという志を抱えると言ったように。だが、俺が前見た勇者は、すべての種族が手を取り合えたらと言っていた。故にこの勇者の素の思考が苛烈なのだ。


「狭量だな。人間だけの繁栄は人間同士での殺し合いに発展する。共通の敵が共通の敵であるうちは同種族で争いは起きない。分からないのか?魔族が居るからこそ、人間同士で争うことはない。王国がいい例だろうが」


 シドがそう吐き捨てた。俺の国を馬鹿にされたと感じたのだろうね、額に青筋が浮かんでいる。王国はたいして魔物の脅威にさらされておらず、他国の脅威もない。だからこそ、王国では内乱が繰り返され、この前までも派閥が二分していた。さらに、裏組織が立ち上がり、貴族は腐敗していた。


 そして、これは勇者にとっての墓穴だった。人間が人間に虐げられることを嘆いていながら、人間をくじくことができない弱さがウェンティーにはある。だから、シドの言葉を強く反論できない。そして、賢者もまたシドと同じ意見だ。


「凝り固まった価値観を押し付けるのはやめろ。俺たちは俺たちの正義のために行動している」


「つまり、人間の敵になるときは、貴方の正義と人間の在り方が食い違った時、と?」


 ゲルドがウェンティーの代わりに問うた。


「その通りだ。お前たちが人間の、平和の象徴として君臨すればしばらくは人類も安泰だろう」


 シドの発言を最後に、部屋に静寂が訪れる。そして、静寂を断ち切ったのはウェンティーだった。


「私の正義が誰かにとって悪になることがあることはわかっています。私とあなたの考えが一致することはないでしょう。だからこそ、私が間違っていると思うのならば、証明して見せなさい。そのための半年としましょう」


「いいだろう。勇者と呼ばれるものとして、ドワーフやエルフを守護対象にしないことが不可解だが、とりあえず様子見だ」


 シドは単純に気になっていた。ローテルブルクを守る、と発言したことがない。話に聞いていたのは評議国と法国、学術国最後に共和国だ。


「両者とも純粋な人間ではないでしょう」


 勇者の発言に俺とシドは驚いた。そして、ゲルドは顔をしかめた。賢者と勇者の間でも個々の意見は食い違っているのだ。いや、これは加護に御されているのではないだろうか。加護は純粋に人間を守ろうとする意志から生まれた。故に加護は人類にだけ見られる特異的な力。縛られていないと思われていたが、思わぬ方向に思考が曲げられたのだろうか。


「それがお前の答えなのか・・・嘆かわしいな、勇者の加護がこんな腑抜けに継承されるとは。お前の意思も途絶えたということか」


「何かおっしゃりましたか?」


「いいえ、何も。ただ、ドワーフの守護もこの私が保障しようと思っただけです」


 俺は落胆した。実のところ、勇者というものに期待していたのだ。強いから、ではない。かつてまみえた勇者は面白い奴だったのだ。まるで太陽のような奴だった。例えば、一人の人間を守るために自分の命を賭けるような奴だった。おかしいだろ?だって、自分が生きていれば万を超える人間を助けられるのに、一人を助けることを選ぶなんてな。寿命で死んだが、仲間にしたいものだった。


「話は終わりか?であればこれをもって立ち去れ」


 シドは机の上に手のひらサイズの魔道具を滑らせる。魔道具は通信手段だ。教会においてあるものとつながるようになっている。これを勇者に持たせればアポなしに会いに来ることもなくなるだろう。


「いいでしょう。では、早ければ半年以内に」


「失礼します」


 二人は扉を開けて退出した。


 そして、俺は落胆に深いため息を吐いた。



「あの二人をどう思いましたか?」


「ゲルド、あの二人の顔を覚えていますか?」


 ゲルドの問いにウェンティーはただそれだけ返す。そして、ゲルドは記憶を探る。だが、シドとロンドの表情が一切想起できない。そして、戦慄した。先ほどまで対話していた存在の異質さと、格差に怯えが止まらない。


「万全な準備をして出迎えられたとしてもありえないでしょう」


「つまりは、勇者よりも格上の存在。人間ではないと?」


 ゲルドの問いにウェンティーは押し黙る。分からないのだ。何も探れなかった。それに、異世界から来たという一言ですべてが説明できてしまうのだから真偽も探れない。そして何より、賢者の加護がそれを正しいと判断していたのだ。


「私の看破の力は話の真偽性を問うモノです。ですが、何も反応はなかった」


 彼らが知ることはないが、ロイスがその場でいったことは、HOMEの力をもってすれば実現可能だった。例えば、シャウッドに教会を置くこと。今その場で言ってしまったことだが、俺が言ったのだから実現可能だ。さらに、シドの熱弁も本音であると分かってしまった。さらに、通信が可能な魔道具として渡されたものも説明された以上の効果はなかった。これは奇跡的なものだが、異世界からこの世界に来たという話の真偽も担保されてしまっていたのだ。


「分かりませんが、今は信用するしかないでしょう」


「そうですね」


 二人はくやしさと、ふがいなさと苛立ちで震えながら次の旅先へと移動した。



 俺は、次元断絶を遮断した。すると、シェリンとノディーから念話がかかってくる。


「「”ご無事ですか!?” 」」


 心配そうな二人の声を聴いて耳を塞ぎたくなった。二人とも声が高いからね。


「”無事だよ。今から帰るから、発電所の話は通してくれてるよね?” 」


「”既にドベルク殿が設計図を完成させています。また、エルメスさんが悪魔を労働力に提供してくださったので作業も始められました”」


 速すぎないか?もともと小さい模型を作って渡したんだけど、それでもかなり適当だったよ。それでもドベルクは仕組みをすべて把握して完璧に実現できる形に落とし込んでくれたのだ。素晴らしい手腕だね。


「ロイス様は、勇者と会ったことがあるのですね」


「え?ああ。まあね。だから落胆したんだけども、自分の力に呑まれたザコだとは思わなかった」


「ええ」


 とりあえず、人造人間に再びシドと同じ業務内容を命じた。そして、シャウッドに帰還する。そして、次にしなければならないことを決める。





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