第10話 面倒なドワーフ



 さてと、俺の仕事はひとまずひと段落だ。ドワーフにはガーラを充てたし、直近で俺が対応しなければならないことはなくなった。次の工程に差し掛かれば終わりなき労働が始まるわけだが、孤島の勢力も今すぐどうこうしようというわけでもないし、魔神教団の情報も何もつかめていない。つかめていないというよりも、シェリンが送り込んでいる配下がことごとく滅ぼされている。地道に情報を集めているので、すべてが赤裸々になるのは時間の問題なのだけど。ネームドを派遣して調査すべきかもしれないが、ネームドも貴重な戦力である。浪費になるようでは泛ばれない。


 シェリンの仕事もノディーが加わったことで余裕が出てきたと報告を受けている。さらに、ネームドをエルメスが試験的に量産しているため、人手も足りているようだ。


 ネームドと判断されるのは、脅威度が50万を越しているかどうかである。エルメスは人造人間に人工的な魂を与えることで新たな種族を作り出そうとしている。そのため、思考能力は持っているが、性格と感情を持たない人形が量産されている。命令に盲目的に従う傀儡である。それを潜入任務に送り続けているのだが、あまりに機械的過ぎてバレるのだそうだ。当たり前だけど、ネームドも貴重な戦力であるから、浪費はしたくない。エルメスの作る人造人間は決して弱くはないし、脅威度も5000ほどはある。英雄級と言われる人間が数百程度であるため、人間からすれば想像を絶する強者だ。それでも、簡単に屠られることから魔神教団はかなりの強さを持っていると言える。


「シェリンはやっぱり便利だよな~。エルメスの次に大事だし、次点はシドかな?我ながら、素晴らしいな。あんな奴らを服従させたのは素晴らしいと言わざるを得ないな」


 とは言え、竜種一体で崩壊する戦力でしかない。まあ、竜種を含めなければ最大戦力といってもいいのだけども、竜種と張り合える戦力にしたいところだ。


「”シェリン今空いてるか?”」


 シェリンに念話を繋ぐ。シェリンに用があるというよりも労おうと思って声をかけた。


「”ロイス様!はい、今から数日間はノディーが担当することになっていますので暇があります”」


 ノディー単体のスペックがシェリンと似ていたため、今は二人で情報操作の任についている。そのためシェリンにも暇ができるようになったのだ。かといって暇になったわけではなく、現在も最も多忙な部署である。


「”なら二人で散歩するぞ”」


「”え?・・・え!?―お供します!!” 」


 デートのお誘いだ。ガーラに渡したものと同じように、俺がわざわざ労力を使って労おうというのならば、それに勝る褒美はないと本気で思っている彼らにとって、俺との散歩は最上級の褒美となるらしい。ものの重要性ではなく、俺が何かをすることが重要なのだそうだ。こちらとしては、安上がりでとても助かる。俺だって、貴重なアイテムを多く保有しているが無限じゃない。最近はアイテムの譲渡をかなり渋っている。


 もちろん、ただ散歩するだけではない。精霊の泉に赴き、精霊を服従させる目的がある。泉はとてもきれいな状態を保つが、都市化の影響で取り壊すことになる。失うにはもったいない観光資材だが、都市化のためには仕方ない。また新たに泉を作り精霊を放てば同じ空間が作られるので、後でどうとでもできるのだ。


 だが、住処を失った精霊により、あたりの気候が局所的に変えられることもあろう。面倒なことは極力避けるべきなので、俺たちの国で職を与えようというのだ。放浪させるよりも、従えて統率するほうが合理的でいい。偉そうなのだけども、こちらの方が強いので仕方ない。この世は弱肉強食だからね。


「発電所の運営を任せようかな」


 今は魔道具から供給される魔力を電気に変換して得ている。ただ、低級の魔道具でももったいないと常々思っていたのだ。電気ならば魔道具を使わずとも手にすることができる。ならば、そこに充てていた魔道具を違う分野に投与すべきだろう。


 そこで、俺は思い付きで発明した発電の仕組みを実現しようとしている。コイルを用いた簡単なものだが、巨大化させるだけで難易度が高くなる。精巧な設計図を書くこともできるが、いくら精巧な設計図を基にしたとしても帳尻が合わなくなることもある。そのあたりの細工は面倒でしかないので、エルメスに丸投げするつもりだ。優秀なエルメスが悪い。ただ、今はドベルクが案件を引き継いでいると聞いている。エルメスもまた俺と同じように優秀な部下に丸投げしているようだ。


 発電所が完成すれば、決して弱くはない結界を低級の魔道具を使うことでコストを肩代わりできる。此れから、建国をするのだから戦争も起こることはあるだろう。だって、国を作って今まで戦争にならなかった国はないのだから。


 俺としては帝国に違和感を感じるので、帝国との戦争は避けたい。後は帝国と同盟関係を持っているという理由で、共和国や評議国だな。避けたいところではあるが、HOMEが本気で戦争をすれば、被害は必須だが勝てはするだろう。いや、だが油断できない国であることは確かだ。とはいえ、今は封魔囚石に魔力が封じられており、魔力探知の精度が大幅に衰退しており何も感じれないのだけど。


「機械に今のコストを肩代わりさせれば、魔法技術のさらなる発達は必然だ。後は―ドベルクに任せれば勝手に発展するだろうな」


 ドベルクは魔法技術には長けていない。もちろん素人とは比較にならないほどの知識と技術があるが、エルメスほどではない。建築や彫刻、後は革細工などが本業である。彼の魔力量が多いがために、彼の作品には魔力が宿り完成度を底上げしている。


 ドベルクは、魔法技術の発展よりも都市化させることに奮起していたし、エルメスの技術を組み込めば魔法で動く何らかのギミックを組み込むことができる。そのおかげで、すでに巨大な建造物の設計図が四つほど作られている。


 俺が、将来図を脳内で描いているうちに、扉がノックされた。シェリンが来たのだろう。


「よく来たな。それじゃあ、行くか」


 俺は扉を開けて、シェリンに挨拶した。そのまま、歩いて自宅で出る。もちろんシェリンを連れてね。


 ※


 今この土地にいるすべての人民は俺の力によって統率されている。内容は、ネームド以上の役職を持つ者の言に絶対服従しなければならないというもの。故に、俺たちの正体を知っているがそれを漏らすことはない。それに、もし洗脳を受けた場合それまでの記憶をすべて破壊するよう魔法を施してある。民から情報が漏れることはまずない。ただ、記憶を消した痕跡は残るため何かしらの思惑があった、という見当はつくけどね。


「シェリン、この都市をどう思う?」


「はい。既に他国にはない娯楽施設の数々に我らHOMEの力があります。なので、すでに世界屈指の大国に匹敵―いや凌駕していると考えます」


 確かに、ここに国を作ると決めてからHOMEの施設を数多く移転している。既に建物の数は1000を超えているし、美しい街並みを見せている。未来的な国になっていく途中である。娯楽施設も数多く設けられている。映画館やレジャー施設などだ。ここに来れば、数年は退屈しなくて済むだろう。ただ、それだけだ。年月が経てば、各国はこの国に引けを取らない発展を遂げる。その時は、こちらも劇的な進化を経ているだろうが、こちらに住む必要は薄れる。能力を持たないような平民だけが増えるのは困るが、優秀な人材が流入しないのもまた困る。技術力は卓越していて損はない。それを統率できる存在がHOMEには多くいるからね。


「確かにね。でももっと発展させなきゃならんのだよ」


「であれば、序列の高い魔物を集めるべきでしょうか?」


「それもそうだね。後は、魔物や魔法に頼らない機械による発展だな」


 シェリンは考え込む。可能性を探っているのだ。魔法に匹敵する何かが作れるのか、という可能性についてだ。魔法というのは、世界の核に世界の理を書き換えさせる行為のことを言う。そして、世界の核に出来ないことはない。核そのものが思考し何かをすることは多くないが明確な命令を与えればその通りにこなしてくれる。それを機械が取って代わることなどできはしない。


 端的に言えば魔法に出来ないことはない。魔力消費を無視すれば、あらゆるスキルを模倣することもできるし、万物を魔力に変換し崩壊させることも可能だ。だが、機械にそのような多岐にわたる役割を持たせることは困難である。だが、sの役割のいくつかを肩代わりさせることは可能だ。


「勘違いしてはいけないよ。魔法のすべてを肩代わりさせることはできない。魔道具を使えば出来るだろうけど、現実的ではないからね」


 シェリンは納得したように頷いた。発電と電波を制すれば魔法が使えない人物であっても情報戦が可能になる。妨害されればそれで終わりだが、其の手段を知らない者には対処法すら思い浮かばないだろう。


「今日はどちらへ行かれるので?」


「精霊の泉だ。精霊には悪いけど退去してほしいから交渉に行くんだ」


「仕事・・・ですか?」


 シェリンは残念そうにつぶやいた。俺を独占したいという欲が女性守護者にあるのは知っている。そして、それは仕事で同行することではなく完全なプライベートで二人になることを望んでいる。表情を見ればわかる。そのほかにも察しやすいところは多いけどね。表情や体の動き、仕草からあらゆる情報を得られる俺にとって、感情を読み取る事なんて容易である。


「違うよ。精霊との交渉は仕事と言えなくもないが、そこに行くまではプライベートさ」


 此れならば問題なかろう?最適解だな。


「はい!」


 シェリンと二人で森の中へと進む。既に切り開かれているが、何も手の施されていない土地が広がっている。


 その先を少し進むと精霊の泉だ。冥界門も近いのだが、すでに取り壊してある。ティオナががんばってくれたからね。こちらとしては、精霊の泉のある場所に結界を維持するための塔を設けたい。相手側としては、精霊の泉を退去したくはないだろう。こちら側シャウッド中立国に住処を用意しようと言っても是としないだろう。


「かわいそうなことだね」


「かわいそう、ですか?強いものに弱いものが淘汰されるのは条理にかなうのでは?」


「そうは言うが、弱い側は納得できないだろうさ。まあ、弱いこと自体は悪くないが、弱いままであるのは悪いことだな」


 俺は、少し頭が痛くなる思いをした。夢を見たわけでもないし、記憶が戻っているわけではない。だが、頭が痛くなるということは記憶と関連しているのだろう。


「ロイス様は弱きものの考えまでお分かりになるので?」


 俺は弱いものの考えは理解できるが、心情を理解することはできない。人間の感情も読み取れても理解はできない。だから、俺はまだ生物として発展途上なのだ。


「俺はまだまだ弱いよ。今じゃ決して戦闘タイプではないお前にも手傷を負うぞ」


「そんなことはございません!私の力は貴方様のものです」


 ならば、俺にも傷をつけられるだろうさ。まあ、守護者たちは弱くないし、万全の俺でも油断すれば手傷を負う。それに強い魔道具を与えてしまっている。離反なんてされたら三日三晩落ち込むレベルの出資をしているのだ。


 森の中には数多くの魔物が生息しているが、より強い魔力を持つ俺たちに喧嘩を売ることはない。森の奥へと逃げ惑うのみだ。魔力放出の制限をしているため一見すれば弱者なのだが、数も多い。自然界でわざわざ強者に戦闘を挑むようなものなどいない。なので、精霊の泉までは快適に進めた。だが、精霊は違う。伝承が消えない限り死んでも蘇るのだ。逆に言えば、世界全体に記憶操作や幻術魔法を施せば精霊という種族を消すことができる。まあ、そんな種族が今世の命に頓着があるわけもない。だからこそ、喧嘩を売る相手を選ばない。


「いいかシェリン、精霊にあったらまず格の違いを分からせるんだぞ?」


「何故です?」


「そうしなきゃ絡まれ―遅かったかぁ・・・」


 俺たちの視界が一瞬闇に包まれると、すぐさま真みどりな空間を映した。一面緑色の空間に俺とシェリンがおり、空間の中にはぬいぐるみや植物が入り乱れている。精霊お得意の異空間能力だ。これができるのは精霊王だけなので、正体はルオンノタルだろうな。


 森の伝承をもとにしたこの森の精霊王である。森の伝承を消せばこの世界から森が消えるため、ルオンノタルを完全に消去するのは難しい。それほどの価値はないからね。ただ、森の伝承を違う伝承に変えればルオンノタルの姿は伝承に引っ張られ弱くも強くもなる。


「ほらね?あいつらバカだから、自分が死なないと勘違いしてるんだ」


「そういうことでしたか。それで、この異空間は破ってもいいのですか?」


 異空間というのは本来、誘い込めれば勝が確定する高等魔法の一つだ。例えるならば、一つの世界の秩序を作ることができる能力がある。この異空間で”魔法は使えない”とすると魔法の使用は禁止される。また、スキルの使用も禁止すればよい。自分にはその縛りは効かないため、相手にのみ不都合を押し付けることができるのだ。


 いわば相手には己の不得手とする分野と自分の得意を押し付けることができる。異空間を作り出した瞬間から、絶対優位性を確保することができるということだ。


「いや、勉強してもらうぞ」


 この異空間において、付与できる条件に制限はない。故に異空間に誘い込めた時点で勝は確定していると言ってもいい。ただ、この異空間で条件を付与できるのは生物に限られており、装備やアイテムには縛りを付けられない。これは変えられない決まりだ。ただ、それでも対応策はいくつかある。決して抗えない権能というわけではないが、その手段も潰される可能性がある。


「勉強といっても、この程度の異空間では経験値にもならないか」


 俺の独り言に応える声があった。


「君たちはそんなに強いのかな?この異空間を抜け出せたなら話を聞いてあげるよ」


 ルオンノタルの声だ。外側から異空間に干渉できるのは術者のみである。故に、異空間から術者を潰すことはできない。


「至高の御方に向かって何たる不敬!ロイス様、私が粛清いたしますがよろしいですか」


 激高したシェリンが大鎌を取り出し、右手に装備した。左には大斧だ。二つは短い鎖でつながれている。この二つは別々の魔道具であり、斧は伝説級レジェンドであり鎌は何と神話級ゴッズだ。それもめちゃくちゃな能力が付いている。


「その前にぬいぐるみと植物の相手をしておけ」


 異空間に存在した数多のぬいぐるみがおもむろに動き出した。そして、見た目に反した硬度の拳でシェリンが襲われる。ただ、シェリンは冷静に巨大な鎌を振りぬいぐるみを一掃する。

 

 俺たちの持つ最強の武器の一つだ。クロノスタシスから奪い取った神話級の武器であり、特性は”時間停止”だ。鎌本体の時間が止まっているため、いかなる干渉もうけない。つまり何をしても止めらてない攻撃が放てるというわけである。時間が止まっているため次元結界も破壊できる上に、威力も神話級に恥じないほどだ。防御方法は神話級の武器で受け止めるしかない。そして、この魔道具を破壊するには神器でなければ不可能だ。


 シェリンの背丈では決して振るうこともできないだろうほど巨大な鎌である。魔道具は使用者の体格に合わせて大きさを変える。故にこの大きさは異常なのだ。でも、それでいい。大きさによって力は変わらない。扱いやすいのならばそれでいい。


 ぬいぐるみははっきり言って馬鹿にしているのかと思うほど弱かった。シェリンも決して守護者では強くない。なのだからシェリンに軽くあしらわれていることがよい証拠なのだ。シェリンは潜伏系のスキルに長けており、必然的に暗殺能力が高い。例えば、シェリンの持つスキルには、相手がシェリンに気が付いていなければ初撃の威力が10倍になる、などもある。シェリンの武器で10倍の威力なんて出されたらほとんどの生物は一撃で屠られる。その上、彼女が本気で気配を消せば俺でも追跡するのは困難だ。


 あれ?めっちゃ強くない?


 俺も暇だから、植物の相手をしておこう。


 俺は木の根っこを掴んで引っ張てみた。すると、いとも簡単に本体が姿を現した。それを魔法で・・・封じられていた。では魔力弾で…これも封じられているか。ならば、魔力の波動で・・・お行けた。


 植物は俺の魔力波動によって粉砕された。ただ、魔力を解放し収縮することを繰り返して波状攻撃を仕掛けただけである。この異空間では魔力を練ることを禁止されている。つまり、魔力操作による攻撃までは禁止できない。魔力を練るとは、魔力を体外で操作することを言うのだ。つまりは、魔力の解放だけであれば禁止されていないし肉体強化も問題ない。こんな抜け穴を残すなんて馬鹿でしかないね。


「あらら弱すぎるな~」


 魔力波動なんて、圧倒的な格差がなければ通用しないような児戯だよ?全く何がしたいのか分からないね。


「シェリンに問題です。異空間はどうやれば破壊できるでしょう」


「異空間の核となる何かを破壊する、もしくは異空間が絶えられない攻撃を仕掛けるの二つでしょうか?」


 核といっても世界の核ではない。魔力を供給することはできるが魔力から魔力を生み出すことはできない。バッテリーのようなものだ。異空間は魔力が尽きれば解放できるが、基本的に時間の流れが倍加しているため異空間での一日は基軸世界での一分となる。


「90点。あと一つ方法があるぞ?」


「それは・・・武器の特性ですか!?」


「その通りだ」


 武器に縛りが付与されないのだから、武器の特性を使えば異空間を断ち切れる。例えば、時間が止まっている鎌で異空間を切り裂けば維持は出来なくなる。封魔囚石があれば、異空間を形成している魔力を吸い尽くすことで異空間を破れるだろう。いつでも使える手段ではないが、シェリンにならばできるので手段として知っておくべきだ。


「時間も無駄だからな。ぶっ壊せ」


「承知いたしました」


 シェリンの鎌は盛大に空を切る。そしてたちまち、異空間は激しく崩壊した。


 だが、ただで崩壊させることはない。俺は異空間が崩壊すると同時に、縛りが解放されたことを確認して異空間の性質を塗り替えた。そして、其の中にルオンノタルを封じ込める。時間を加速させ基軸世界の1秒が異空間では1年となるように改変した。ここからは拷問の始まりだ。


 ルオンノタルは異空間に幽閉された。そして、異空間では無数の風の刃が吹き荒れ彼女を切り刻む。そして、永遠と再生を繰り返させる。さらに、人生で最も嫌な記憶を想起させることで精神的にも追い詰める。おまけで異空間の中は灼熱であり、自死は許されない。俺が今思いついた最悪の拷問をルオンノタルで実験するのだ。精神力の強い精霊という種族を拷問により屈服させることはできるのか、という実験だ。


「ロイス様、よろしいのでしょうか?」


「どうせこちらに仕えさせるんだ。恐怖で従えてもいいだろ。つっても精霊の能力がいるだけで、記憶と思考回路は別にいらないしな。この異空間で脳死したとしてもそれはそれでいいさ」


「国民として迎え入れるのではないのですか?」


「見ている者がいないんだぞ?どうとでもできるさ」


 異空間での出来事は外界からでは分かりようがない。見る者もいないのであればどうとでも真実を捻じ曲げられよう。言ってしまえば真相を知る者がいないのならば、虚実が真実となる。


「なるほど・・・」


 そろそろ10年分の苦痛を与えただろうか、後20年はこの苦痛を味わわせてみようか。


 あと、20秒か。


「綺麗だろ?この泉は」


「ええとっても素晴らしい光景です」


 聖霊の泉は魔力で満たされており、普通では見られない植生を見せる。それはとても素晴らしく見た者を魅了する。水晶でできた花々や、虹色の光を反射する木々。地上の光景を水面に落とす澄んだ水質。これほど素晴らしい景色も世界にそうないだろう。


「この光景を観光名所に・・・っともう一分も経ってるじゃないか」


 俺は70年分の苦痛を味わったルオンノタルを解放した。その場に崩れ落ちるように倒れ、目は映ろである。そして、まだ癒えていない傷がある。自己再生が発動していないことから、生きる活力を失ったのだと推測できる。死んだら生き返るだけで自己再生を強制的に発動させることは、伝承にはできない。異空間の治癒能力を上回る勢いで負傷し続けていたのだ。調整を間違えたようだ。


「精霊の王よ無事か?」


 ルオンノタルは話はしない。当然だろうな。でも、俺は話すよ。だって、用事があるんだから。


「俺の国に住処を渡すから服従しろ。しないなら精霊そのものの存在を消してやろう」


 俺にはできる、と言って見せる。実際できる。世界全体に幻術魔法をかければそれは定着しこの世界の摂理となる。世界中のすべてをだますことができたならば真実を追求できるものもいなくなるからだ。ただ、同格に幻術は効かないためそれは叶わない。


 ただ、精霊の存在を知る者が激減すれば精霊は消える。何も伝承を0にすることはない。100が10になるだけでも消滅するのだ。


「承知いたし・・・ました。シャウッドに生息するすべての精霊に、伝達し無礼のない振る舞いを約束いたします」


 驚くほど早く、この世界にも序列の高い精霊の王が俺の眼前にひれ伏した。それほどの苦痛を味わったということなのだろうな。どうせ、今ここでルオンノタルが自死しどこかで復活したとしても追いかけて痛めつけて服従させるだけだし。


「ではよし。俺もお前への対応を間違えたかもしれないな。であれば謝罪の必要があるか?」


「いえ、そのようなことはございません。我ら精霊の王は貴殿を置いてほかにいないのですから」


 合格だね。とりあえずは、こいつら精霊を受け入れれば国は安定する。いやこれ以上の栄華を極めるだろう。


「シェリン、帰ろうか」


「はい。ロイス様」


 俺は彼女と精霊たちを引き連れて、自国へと帰っていった。その後、エレガントに精霊の統制を任せ、ルオンノタルをその下に据えた。ルオンノタルの強さは大体ネームドと守護者の間だ。だが、エレガントには勝てないので、序列ではちょうどよい。


 ※


 ガーラはあと数刻のうちにローテルブルクに到着してしまう。というのも、ドワーフにはアポイントメントを取っていない。詳細を記した概要書にすべてが記されている。もちろん、使節団が到着する時間もだ。使節団には入念な準備がされるべきなのだが、ガーラたちに必要な準備は存在しない。故に出発が早く、さらに到着も早い。


 であるからして、使節団としては少々常識を外している。これがまかり通るのも、HOMEが異質な集団だからである。とはいえ、礼儀を欠くのはよろしくない。よろしくないからこそ、これから先の行動が大切になってくる。それでもガーラはロイスにこの任務を託されたのだ。


 礼儀を欠くと言っても、この使節団はとても素晴らしい品の数々を積んでおり、使節団として見劣りしないほどの見栄えがある。最高峰の水準であるだろう。だからと言って、軽んじていいはずのものでもない。


 もちろんのことながら、ガーラはそんなことも承知である。だからこそ、出発と同時に使者を送り付けてある。ドワーフはそれに応じてすでに準備を終えているころだろう。


「オリアナ、もうすぐ初仕事よ。起きなさい」


 オリアナは到着する寸前まで爆睡を決めていた。眠たそうにしながら起き上がると、エレガントとガーラは服装を馬車の中で整え始めていた。狭そうにしながら襟を正し、ネクタイや裾の形をなおす。オリアナも少し焦りながら服装を整えた。


 皆が魔道具を装備しているのだが、それでも礼服に見えるのはそういったものを選んでいるからだ。装備の性能が極めて高ければ、見た目にとらわれず着用すべきなのだが、そうでないならば見た目を優先したらいい。


 スーツをビシッと決めて三者は止まった馬車から下車する。


 そして、三名の大臣が石門から現れる。三人だけなのは、こちらの代表の数に合わせているのだ。ドワーフたちは、長い歴史の中で培ってきた全てを動員してここに立っている。ロイスたちがローテルブルクを去った後から、礼儀だけは対等にあれるように、と国営図書で歴史の勉強に勤しんでいたのだ。


「お出迎え感謝いたします。あなた方がギルバ様と、ガイド様、ミルバ様ですね。私はHOMEの外交大臣でガーラと申します」


「同じく外交官、エレガントと申します。此度は国の代表たるお三方でのお出迎え感謝いたします」


「同じく外交官のオリアナと申します。本日は貴重なお時間を頂きまして光栄にございます」


 ガーラたちの挨拶に、ドワーフたちは笑顔を絶やさずに答える。


「定刻通りのご来国痛み入ります。私ギルバが、応接室までご案内したします」


 ガーラたちはギルバの案内で応接室まで向かう。使節団の構成員はすべて宿泊施設にご案内だ。とはいえ、エルフだけが使うのでアンデッドや悪魔たちは消滅するか異空間で待機だ。


「それでは、会議までおくつろぎください」


「お心遣いに深い感謝を」


 ギルバとガーラの挨拶をもって本日の外交は終わりだ。応接室の隣の部屋は特別に宿泊用の部屋が続いている。使節団三人分の宿泊施設は懇切丁寧に飾りつけされていた。だが、旧王都に行ってもドベルクが居なかったことからドワーフたちは大慌てであり、飾りの出来栄えはやはり劣る。


 ドベルクは一人で王都を完成させたと言っても過言ではない。だが、旧王都に設計図を放置していたために旧王都で研究に明け暮れていただけなのだ。ローテルブルクとしても、ドベルクのもたらす研究成果で発展できるならば飼殺す必要はないと考えていたのだ。


 ガーラたちは、今すぐ会議を開催しても良いが、ドワーフたちは長旅で披露したと思い込んで気を聞かせてくれている。それを無下にすることはできないのが酷なことだ。


「私の仕事はなんなの?」


「オリアナ殿には特段任せられるような仕事はないはずですよ」


 オリアナがやる気を出したところで結局仕事はない。二人が優秀すぎるのでタオ部になれどオリアナのような無能に仕事が回るわけがないのだ。無能とは言え、ネームドがことごとくスペックが高いので見劣りする、というだけだ。能力は低くない。当然、超人にはわかるわけもないことなのだけど。


「オリアナはボロが出ないように徹してくれてればいいわ。貴方を呼んだのは手が空いているネームドがいなかっただけだもの」


「ッチ鬱陶しいわね。私よりも優秀なだけで」


「は?それがすべてでしょう。ロイス様に何がもたらせるのか、それを考えて行動しているの?」


 オリアナは押し黙った。彼女はネームドでありながらも大した忠誠心を持っていない。持っていればガーラにここまでの嫌悪感を抱かれはしないだろう。ネームドで忠誠心が高くないのはオリアナくらいのもので、不遜な態度こそ見られないが好かれはしない。


「まあまあ、それくらいにしておきましょう。ガーラ殿が音声遮断の結界を張っていなければこの国に軽い混乱が巻き起こる所でしたよ?」


 エレガントの言う通り、ドワーフたちは分厚い扉の前で聞き耳を立てていた。オリアナだけは探知作業をガーラとエレガントに任せていた。そのため気が付かなかったのだが、ガーラは違う。当然のように、喧嘩をする前に結界を張って音が漏れないようにしていた。そうでなければ外部でネームドという単語は出さない。当たり前のことだ。


「とはいえ、私たちのすることもないのだけどね」


 ガーラの言う通り消化試合にすぎないので、本題は土産物の譲渡になりそうだ。ドワーフの要望はよほどのことがなければ承諾すればいいし、この貿易や条約の収支がマイナスになろうとも財政的な損失とまでは成らない。なので、恩恵だけ享受できるようにしたらいいのだ。その程度の難易度を、収支がプラスになるように采配を取ればいい、という難易度に変えるだけ。失敗するほうが難しいというものだ。


 そんなこんなで再度綿密な打ち合わせをしたのちに、朝を迎える。


 石の扉がノックされ、ガーラが答える。応接室の扉を開き、ギルバと対面する。


「本日は条約締結に向けた会談の後、立食会を用意してございます」


「承知いたしました。謹んでお受けいたします」


 亜正直なところ、食事は勘弁してほしいと思っていた。人造人間ながらガーラは食事ができる。食事ができるのだけど、意味がない。さらにオリアナも出席させざるを得ないのだがボロが出るに決まっている。


 立食会というのは礼儀作法や話術といったあらゆる技術が生かせる場でありながら、何も持たない者を炙り出してしまうような公開処刑の場でもある。エルフの礼儀に関してはオリアナも精通しているかもしれない。もとより慣習にうるさい種族だ、礼儀に関しては問題ないかもしれない。ただ、HOMEの水準ではない。ここに居るのはHOMEの礼儀指南役でもあるエレガントと、彼と同じだけの能力があるガーラだ。見劣りしないわけだないのだ。


「それではここが会議の間となります。ご入室ください」


「失礼いたします」


 ガーラはギルバに一礼し、続いて二人も頭を下げる。そして、開かれた扉から入室した。席の並びは前回と同じである。挨拶が始まり、これもまた同じ順序であった。そして、ガーラたちもあいさつを交わす。


 そして、卓上に置かれた条約概要書に基づいて会談が始められる。


「まずは栄えあるHOMEの皆様方と同盟関係にあれること、心より感謝いたします」


「こちらこそ、名工と名高いドワーフ族の皆様方と歩めること光栄にございます」


 というやり取りでスタートした。ドワーフたちの額に汗が流れる。対するガーラはうっすらと印象の良い笑顔を浮かべているだけ。機械的な表情ともとれるが、ガーラの顔は作られたものであるため仕方ない。


「貿易路の確保について、シャウッド中立国の援助がいただけると伺っていますが間違いないのですか?」


 建設大臣のミルバがいう。建設関係に携わっているからこそ貿易路の確保にどれほどの鐘が動くか理解しているのだ。だが、それをするのは国家を建設できるほどの金銭的余裕があるHOMEだ。貿易路の一つや二つなんてことはなかった。


「援助と言わず、私どもがすべて負担いたします。もっとも転移門を使えば済む話ですが、不要となるはずもありません」


「貿易路の防衛はどうなさるおつもりか」


 ギルバが尋ねる。もちろんのことシャウッドの大森林を通る陸路になる。シャウッドに歯数多くの魔物が生息している。それこそ国家が介入しがたいほどである。


 その陸路の護衛にも多額の費用が掛かる。氷山には竜種がいるためそこを避けるのは必須だ。そのおかげで陸路の距離が延びてしまう。そして警護に必要な人数も増えてしまうのだ。費用の総額は金貨数億枚以上だ。それを負担できるような金はローテルブルクにはない。


「防衛については各々の国境の問題もあります。己の領土の警護は国の者が、というようにすればよろしいかと」


 世界には違う国の軍事力を置いているような国もあるが、それをこの同盟に持ち込むことはない。正直なところ、ドワーフ領でHOMEの警護人が問題を起こしたときに不要ないさかいが生まれることを避けたい。


「それもそうですな。では貿易品について、我らが提供できるのは魔道具と酒、鉱石といった程度のものですが、配分と税についてはいかがなさるので?」


 貿易大臣たるゴンドが口を開く。そして、本題はここだと言うばかりにガーラは一瞬考えるそぶりを見せる。


 既に概要書には記載されているのだが、明確に決めなければならない。概要書には、こちらが譲歩できる範囲を記載していた。


「関税は一律、定価の5%ほどで如何でしょう?こちらからの貿易品は発注されるものをお渡しするようにしましょう」


 ガーラは考えているようで考えてはいない。税率5%というのは高くなくどちらかと言えば安いと言えるだろう。だが、一律としたことで関税がかからない品にも関税がかかるようになった。


「できれば、食品に関しては税率を下げていただけないでしょうか?」


 ドワーフの国は常に食糧難である。地下に住んでいる上に、砂漠であるからだ。地下でも長く生きていられる種族ではあるが、飲まず食わずで生きていけるわけではない。


「ふむ・・・それくらいであれば構わないでしょう。その代わり、国民の移住に関して条件を付け加えることを禁じさせていただきますが?」


 ガーラの役割は、ドワーフからの移住民を募ること。シャウッド中立国にドワーフたちを招き入れるために、敷居を下げなければならないのだ。だからこそ、一律という単語を用いた。


「それはこちらの使節団が貴国に到着してから考える、ということになっています」


 ギルバがここぞとばかりに声を張って応えた。そうしなければガーラの言うままに流されていたことだろう。


「よいでしょう。この件も我が国で決めるとしましょう」


「ありがたい申し出でございます」


「同盟宣言はいつ頃行いましょう?」


「それもまた、我が国での階段で決めましょう」


 というように話し合いが順調に進んでいき、日が暮れる。最も地下にいるため感じることもできないのだが、それは重要ではない。


 ということで、重要な会談が終わり一度、宿泊施設に戻る。




 宿泊する部屋は変わらず閉塞的な空間だ。閉塞的でありながらも、繊細な装飾によって圧迫感を感じにくいような工夫が施されている。居づらくはないが、居て楽しいような場所ではない。暇が潰せる、ということもなく惰眠をむさぼる事しかすることはないのだが、今回は違う。まもなく立食会が催される。主役はもちろんのこと、ガーラだ。使節団代表として、これを欠席するわけにはいかない。


「ドワーフの作るものがおいしいわけないのだけど」


 ドワーフが作る料理は、日光が極力必要ない食物に限られる。使える食材にも限りがあるため、おいしいものは作れない。


 どれだけおいしいものを作れたとしても、HOMEでVIP待遇を享受できるガーラは贅をつくした料理の数々を無償で食べられる。そんなガーラをうならせるような料理が出ようはずもない。


「憂鬱ね。いえ、ロイス様へ忠義を示せる機会です、気を引き締めなさいガーラ」


 彼女は自分自身を鼓舞して憂鬱な立食会へと向かったのだった。


 扉を開けると、エレガントとオリアナと偶然にも対面した。ガーラが迎えに行くつもりをしていたのだが、その必要もなくなった。横並びの部屋を使っているのだから、同じタイミングで部屋を出るのも不思議ではないのだ。


「オリアナ、分かっていますね?」


「分かっていますよガーラ様」


 ガーラの鋭い眼光を向けられながら、オリアナは目線をそらしてむくれながら言う。


(本当に分かっているのかしら)


 ガーラの疑問もオリアナに届くことはない。オリアナは黙っていれば美しい投資端麗という言葉がよく似合う女性なのだ。立食会で普通に過ごしていれば事態を悪化させるようなこともしないだろう。


「では行きますよ。余裕を持った行動が大切ですから」


 エレガントが二人のわだかまりを無視して歩き始める。ガーラより後ろを歩くべきなのだが、そうすることでガーラを冷静にさせたのだ。ガーラはそれに気が付き、軽い礼を述べ、エレガントの前を歩く。オリアナもその後ろを歩いた。


「御早いですな。ささ、こちらへ」


 ギルバが三名を迎え入れ、立食会の会場の扉を開いた。


 扉は巨大で両開き、宝石がちりばめられておりかなり高価に見えた。扉の先には、煌びやかな光に包まれた絢爛な空間が待っていた。料理の数々は砂漠でとれたとは思えない海鮮の数々や、山菜の香り。天井はこの国にとっては果てしなく高い。巨人ですら入場できるほどの天井の高さだ。


 小人であるドワーフたちがどうやってこの天井を彩ったのか分からない。だが、そんなことが気にならないほどの魅力がこの室内にはある。


「これがドベルク殿の作品・・・」


「やはり素晴らしいですね」


 エレガントですら、感嘆するほどの出来栄えであった。ギルバがその反応を見てほっとしたのは誰も知らない話である。


 ドワーフがローテルブルクでとれない食品の数々を手に入れることができたのは、ワイバーンを討伐し旧王都を奪還した後、港も手に入れていた。そして、旧同盟国を頼ったのだ。港からデイル共和国へ貿易船を派遣し、山菜を入手した。船を作るくらいどうということもなかったので、即座に貿易を再開できたのだ。幸いなことに共和国は国外とのつながりを大切にしている。なので、貿易を破棄されることもなかった。不幸中の幸いである。


「それでは皆様、おくつろぎください」


「ええ。これほどの会場を用意してくださり心より感謝いたします」


 ガーラは笑顔で応えたが、内心は穏やかではない。この空間を作り出せるような名工をこの国は捨てたのだ。飼い殺しに出来はしない、ということも分かる。だが、そうであるならば自国で最高の環境を整えれば済む話である。設計図を旧王都に取り残したのは別に、設計図を持ち逃げる余裕がなかったからではない。切り捨てたのだ。切り捨てたからこそ、ドベルクは絶望しローテルブルクから離れた。それをガーラは知っていた。だからこそ、軽蔑していた。切り捨てた人物が残したものを平気な態度で利用していることに腹が立ったのだ。


「ロイス様の慧眼は目を見張るものがありますね」


「その通りです」


 ガーラの発言をエレガントは肯定する。だが、ドベルクはドワーフの旧王都で一人伝説級の魔道具を鍛えていたのだ。この状況でドベルクの実力を見抜けないバカはいない。そんなことを言っても聞かないのがこの二人である。


「ええ、この二人コワイ」


 オリアナが絶対に二人に聞こえないよう注意して呟いた。これに同意するのはロイス自身なのだがここに居ないので、二人が恥をかくこともない。


 ガーラたちは大臣たちと順番に会話し、腹芸もなしに立食会を終えた。


 それから数日、ドワーフの鋳造所や酒造などを見て回り、報告書にまとめる、そのような日々を繰り返した。そこで得た物はない。ガーラにとっては無意味でもHOMEにとって意味があるのならばガーラは徒労も厭わない。だが、心労がたまり始めていた。そこで、ロイスからもらった彫刻を見て元気を出す。


「我が君、私のすべては貴方様のために」


 一人呟き夜を過ごすことが日常になり始めていた。それを見てエレガントが心配していたが変わりないガーラの仕事を見て安堵することも日常だ。


「今夜が明ければ帰れる。明日帰れる、帰れる帰れる帰れる・・・」


 ガーラのストレスはロイスのいる場所で働けないことだと、この数日で気が付いた。仕事は苦ではない。それどころか大好きである。だがそれは崇敬するロイスのいる場所で勤務することが条件であった。もちろんロイスの命令に反することはしないし、どのような命令でも快諾することは確定だ。それでもモチベーションは変わるものである。


 そして夜が明ける。


「本日までお世話になりました。それでは貴国と有意義な国交を結べること切に祈っております」


「こちらこそ、あなた方とお会いできたこと誇りに思っております」


 といった会話を終えると、馬車に乗り込み発進する。馬車は足早に砂漠を駆けた。そして、ローテルブルクが見えなくなったあたりで転移をしシャウッド中立国に帰還した。





 ガーラが帰還してから一週間後、ローテルブルクから使節団が派遣された、と水晶玉を介して通信が来た。だが、それから3週間後に来た通信では、使節団が帰ってこないというものであった。


「え?使節団きてないでしょ?」


 シェリンがガーラに尋ねる。そして、ガーラもそれを肯定した。


「記録にありませんね。というか、期間内に森林に侵入した者はいません」


「だよね!だよねだよね!ってことは、使節団がどこかで潰されたか潰れたか、ってことだよね?」


「そう・・・なりますね」


 シェリンとガーラが頭を抱えた。そしてすぐさまシェリンの権能である”情報之王メーティス”を行使した。情報之王では一か月に一度ほしい情報を断片的に得ることができる。推測する力が絶対に必要なのだが、使い勝手の良い性能をしている。この権能は複数の機能を有しており、デコイを作ったり情報を伝達したりとかなり汎用的だ。


 シェリンは己の頭脳で解析を始める。


 使節団の馬車が陸路を通りこちらに向かってきた様子が確認できた。何故転移門を使わなかったのか・・・こちらが陸路を通ったからだ。


「なんで馬車で行ったの!?」


「そ、それは見栄を張ったほうがいいものとばかり・・・申し訳ありません」


 シェリンはすぐさまガーラを叱責した。こちらが陸路を通れば、格下たるドワーフたちが転移門を使うわけにはいかなくなる。そもそも転移門はロイス基、HOMEが用意したものだ。性能を証明するためにも使節団は転移門で送り出すべきだったのだ。それをガーラは把握しているものとシェリンは考えていたのだ。


 次に脳裏に映し出されたのは、馬車が襲撃されている様子だった。馬車に乗っていたのはギイル、ガイド、ミルバの三名と護衛の20名だ。そして、彼らは皆殺しにされている。襲撃犯の装備から、賊ではないことがわかる。賊にしては装備が整いすぎているからだ。


 襲撃犯の装備にしるされた国旗から学術国の正規兵のように思えるが実はそうではない。学術国が危険を犯して森林に手を出すなんてことはありえない。得がないからだ。仮に同盟の話が漏れていたとしてもドワーフと新興国との間に同盟関係が締結されたとしても最初に手を出すのは学術国である必要はない。学術国は金貨を作る。学術国と敵対するということは金貨の流通を絶つということに等しい。学術国は手を出さない限り手を出されないのだ。


 では他国の偽装である可能性が高い。帝国がシャウッドの大森林に介入するのならば評議国の塀を使えば損失を被らずに調査できる。評議国は帝国の庇護下にある。評議国は弱くはないし、歴史も帝国に劣るが長い。


 森林の変化の影響を受けるのは、山岳を挟んではいるが国境が面している評議国だけだ。王国には森林に介入できるほどの余裕はまだない。評議国であれば帝国との同盟関係を危惧し、帝国の装備を使うことはできない。学術国の装備を使えば他国は介入しようとしないだろう。学術国には手を出せない。それがかえって謀略にとって都合がよくなっているのだ。


 森林に変化が起きて最も早く手を打たねばならないのが評議国と王国であるのならば、評議国が最も可能性としては高い。


 そして最後に映し出された一コマには、鎧の隙間から天秤の印が垣間見えた。天秤の印は民主主義たる評議国の印だ。


「確定ね!」


 シェリンは焦った表情から笑顔に変えて、そしてやっぱり焦った表情を取った。


 ガーラはシェリン直属の部下であるわけで、ガーラのミスは自分のミスとして扱われる。そうやって末端を排除してきたシェリンからすれば当然のことであった。


「”ロイス様、ご報告が”」


「”ん?なに、いいよ教えて”」


 ロイスはちょうど新しい褒美を作っていたところだった。夢中に木からクマを掘り出そうと練習しているのだが、元となるものがないため不出来なまま終わる。空き時間は常に練習しているのだ。だからこそ、少し間抜けな返事になったのだ。


「”ローテルブルクの使節団が評議国の兵士と思われる集団に襲撃され、大臣三名が殺されました”」


「”えーウソ!?まじで?―ガーラを連れて俺の部屋まで来てくれる?”」


「”は、ハ!”」


 シェリンは青ざめた後ガーラを睨みつけた。そしてガーラは生きているとは思えないほどの顔色になり震え始めた。


「ロイス様がお呼びよ」


 シェリンはガーラを連れてロイスの部屋の前に転移した。そして扉をノックする。


 扉の奥から「入れ」と聞こえたので扉を開ける。そこには怒髪冠を衝くロイスの姿が・・・なかった。


「座ってよし」


 ロイスは椅子を二つ対面に一つ用意した。ロイスは一つの椅子に座り、二人は対面の椅子に座らせる。


「この度は私の失態で大変申し―」


「座ってよし」


 ガーラは椅子に座るより早く土下座して謝罪するがロイスはそれを止める。そして半ば強引に椅子に座らせる。


 そして、それを見てシェリンが椅子に座った。二人はひどくおびえている。無能な自分は切り捨てられる、信仰する人物から見放されるということは存在意義の否定に等しい。だからこそ怯えているのだ。


「まず使節団お疲れ様。内容自体は間違いないし、要点は抑えている。普通なら満点だったな。今回のミスはどこかわかるか?」


「私が転移門を使わなかったことでしょうか・・・?」


 ガーラは震えた声で答えた。そして、ロイスは首を振る。


「ガーラに非はないな。俺が伝えていなかったのが悪い。つまり俺が悪いので、シェリンはガーラを責めないように」


 ガーラは少しの間フリーズした。そして、再び脳が働いたとき凄まじい速さで顔色が良くなる。そして、感動に震え椅子から崩れ落ちた。


「ここに私を呼んだのはこれが目的でしたか・・・なんと慈悲深い」


「サリオンとシェリン、後はティオナかな・・・。後はネームドを好きなだけ動員していいから学術国との間に同盟を結んできてくれる?あとドワーフたちの対応はガーラがするように。相手にはこちらが知り得た情報を与えて、今度は転移門で大臣を連れてこい。分からないことがあれば俺に聞くように」


 ロイスの指示を確実に覚え、二人は同意する。最高の笑顔と共に、二人はロイスの部屋を後にした。


 一人になった部屋でロイスは悩む。


「マジで困るんだけど・・・もしかしてアイツラ使節団をもてなすためだけに貿易するなんて思わないだろ。それのせいで評議国に勘付かれたか。これは俺のミスだな」


 俺は反省した。ガーラに過剰な信頼を置いていたこと、概要を教えただけで放置したこと。自分の思い通りに事態を動かしたいならば自分が動かなければならない。失敗したが、致命的ではない。幸いなことに死んだ大臣は重要な役回りではない。貿易大臣と防衛大臣が残っているのだから何とかなる。それに、学術国とローテルブルクとの間で三角同盟を組めれば評議国は手が出せなくなるだろう。


「シェリンが加われば失敗はないはずだ。いっそ軍事力をアピールできればいいんだがな」


 HOMEが総力を挙げて王国でも滅ぼせば手を出そうなどという国はなくなるだろうが、それはできない。面倒なことこの上ない。


 評議国と事を構えれば帝国とも戦わねばならなくなるだろう。それは困る。だから面倒なのだ。帝国は恐らく強いので相手にしたくない。確証はないが恐らく魔神か竜種がいると目される。


「というか、この失敗は堪えるな」


 まさか失敗するとは思ってなかった案件で見事に失敗すれば落ち込むものだ。俺としては、部下を信頼しすぎたがゆえに伝達ミスがあった。ミスの要因がはっきりしており責任の所在も分かり切っていれば納得せざるを得ないし反省すべきなのだが、衝撃の方が強い。


 今までは失敗に対する最適解を施すということを繰り返していた。少ない失敗で生じる損失が限りなく0に出来ることができればよい。このサイクルが絶えることなく続けば問題なかったが、些細なミスで途絶えてしまった。それも最高責任者というか、代表というか、俺が失敗したため部下に示しがつかなくなっている。


 もはや失敗程度では下がることのない部下からの信頼も有限であるはずだ。であるため、失敗を払拭すべく行動せねばならない。ということは守護者たちとかかわりを持たなければならないわけで、心労がたまるということ。


 くだらないミスで心労を招いてしまった。最悪だ。


「やる気が起きないよ・・・孤島のやつらのこともあるし・・・はぁ」


 問題を先送りにしてきたしわ寄せがここで効いてくる。かといって孤島を一朝一夕に制圧することなんてできないだろうし、国交についてもどうしても時間がかかる案件だ。直接俺がかかわることはないだろうけど、最終的な確認事項はすべて俺が許可しなければならない。実はこれがかなりの量で、HOMEで施行された経営戦略の概要や変更点、売り上げの推移や新店舗の開設なども確認せねばならず、それだけでも数トンを超える資料数がある。さらに、国交や的戦力に関する情報も精査しなければならない。一日あれば完了する案件だし、ガーラはこれの数倍の資料を捌いているので文句も言えない。相も変わらず労働環境が悪いのだ。慢性的な人員不足、24時間年中無休で働けてしまう肉体を持った者たちによる無謀な労働、俺に対する圧倒的な忠誠によって最悪の労働時間を実現してしまっている。


「生産性がいいからいいんだけど、俺がミスした時の反応が怖いんだよな」


 部下は働いているのに上司が働かず、たまに働いたと思えば失敗続き、これでは怒られてしまいかねないだろう。怒られたところで、俺の発言がすべてなのでどうとでも言い訳できるが良心が痛む。


「よし、やるか」


 俺は両頬を叩いて伸びをする。そして、もう一度溜息を吐く。




 学術国は世界で唯一が多い国だ。例えば、自国に他国の軍を駐屯させていることや大臣の中に学術国出身者以外が在籍していることなどがあげられる。他にもいくつかあるのだが、共和国は平和主義者の国だ。というのも、学術国内だけの話である。


 学術国に駐屯している他国の軍隊は互いにけん制し合うことで国内の平和を保っている。例えば、帝国の駐屯兵が不祥事を起こした際、他の国の軍隊がとがめると言ったように、互いが互いを監査する立場にある。そして、学術国からの出兵が可能であり、学術国と同盟を組むことは大規模な中継地を手に入れることを意味する。ただ、学術国内に戦争を持ち込むことは禁じられている。仮にも戦争行為を国内で継続した場合、世界大戦が巻き起こるのでそんなことをするバカはいない。


 学術国と同盟を組めば評議国の眼前に三角形の防衛戦が形成されることとなる。そして、学術国は海を挟んで評議国の脇腹を狙える位置にある。評議国はたやすくこちらに手を出せなくなるだろう。評議国と大戦を演じることとなれば北大陸の王国を除くすべての国家が戦争に参加することとなる。実際のところ帝国対中立国の戦いになるのだが、戦争を繰り広げることは面倒なのでやめたい。


 だからこそ手を出せないように同盟関係を結ぼうというのだ。学術国とも国交を持ちたいのだが、学術国は中立的立場であるので手を出すべきではないかもしれない。学術国に下手に干渉したら金貨の流通が途絶える可能性がある。世界で唯一金貨を作り出すことを許された国こそが学術国であり、高度な演算による近代技術の発明や生活水準の高さを誇る。金銭面でいえば学術国はHOMEに並ぶ。


「ロイス様の命令は覚えているよね?」


「すべて問題なく。私はドワーフへの対応を完璧にこなして見せましょう」


 シェリンの問いかけにガーラは強く応える。そして、頭を高速で回転させる。


 一つ、ドワーフへの対応をどうするか。

 こちらに非がないことを示す。そして、譲歩できる妥協点を見つけ出さなければならない。間違っても同盟の話が白紙になることがあってはならない。


 二つ、学術国との同盟を結ぶ方法。

 これは使節団を用いればよい。ガーラはドワーフの国へ行かなければならないので違うネームドに任せなければならない。ティオナを派遣してもいいかもしれない。シェリンが一般的に姿を見せることは禁じられている。ティオナならば知性もあり柔軟な対応もできる。


 三つ、評議国への公表のタイミングと対処。

 公表するのは、同盟が成り三角の防衛戦が形成されてからだ。それまで情報統制する必要はなく、柔軟な対応ができるようネームドを守護に着ければよい。評議国への対処は威嚇でよい。評議国は今回の襲撃がまだ露見していないと思っているだろう。だからこそ、詳細を把握しているということを匂わせるのだ。


 今はこの三つを考えれば事足りるのではないだろうか。些細なことはガーラがこなすので問題ない。


「”ティオナさん勅令です。使節団を用いて共和国との同盟を締結しなければなりません”」


 シェリンはティオナに念話を繋ぐ。そして、念話越しにでもわかる動揺のままティオナが答えた。


「”!?―本当なのね?わかったわ。使節団の編成は済んでいるのかしら?”」


 ティオナは冥界門の破壊を失敗している。それはロイスから任された初めての任務に近いものであった。だが、それを失敗してしまった以降、命令を下されていない。まだ数週間しかたっておらず、それまで100年以上命令を与えられなかったことを考えると微々たる日数なのだが不安にならざるを得なかった。


 だからこそ勅令を申し付かり、至上の喜びを露わにしたのだ。


「”ロイス様からはサリオンさんを同行させること、ネームドの動員には糸目をつける必要がないことを申し付かっています”」


「”なるほど・・・であればオリアナ以下の強さを持つネームドを戦力に回し、知性が高いネームドを使節団員にしましょう。学術国には帝国の軍が駐屯していると聞いています。ロイス様は帝国を危険視しておられるので、隠密に長けるものではなく直接戦闘に長ける者を使節団員の護衛とする方がよいでしょう。それから―”」


 ティオナは喜びのあまり張り切ってしまっていた。ハイって奴である。そして、シェリンも興奮していたためティオナが言い終わるまで聞き浸っていた。ガーラは念話を聞きながらメモを取るレベルだ。


 それも相まって驚くほどの速さで使節団が施設された。使節団長はティオナであり、両翼はしまった状態で入国する。副団長はエレガントである。そして、シェリン直属のネームドである、ドレベス、ダスター、シャーリー、ギュンターが使節団員だ。皆情報操作や情報調達に長けている。共和国で得られる情報をすべて得られることだろう。また、強さもまた長けている。駐屯している帝国兵の中に強者がいたとしても何とかなるだろう。


 そして、使節団の守護並びにシャウッドの森の中の防衛にはサリオンが担当する。サリオン直下の天使の軍勢、その中で一定以上の強さを持つ大天使が森の守護を、中立国の守護を主天使が担当し、使節団の守護はサリオン本人と主天使が担う。


 これでよほどのことがなければ使節団が失敗することはないだろう。使節団を脅かせるほどの強者が駐屯兵にいる可能性も捨てきれないが、一般的な思考回路をしていれば手を出してはこないだろう。簡単に攻略できるほどこの使節団は弱くはない。


 サリオンは使節団に直接関与はしない。あくまで何かあった時の保険としての役割が大きい。


 今回は弱小国の上、小国であるローテルブルクとはわけが違う。アポなしで、半ば不法入国で交渉できるほど甘い国ではない。故に、使節団が共和国に向かうことを公表する。そして、案件も伝える。そして、返事が来てから使節団の出発に移行する。


 使節団の編成が早くとも意味がない。だからこそ時間がかかる作業なのだ。


「”ティオナ、シェリンに伝達。今回の作戦の狙いについて確認だ”」


 ロイスからの念話に二人は傾注する。


「”今回の狙いは評議国への牽制の意味を含めた三角防衛戦の形成、新国家樹立を確たるものとし宣言するための足掛かりであると判断しております”」


 ティオナがロイスに応える。そして、ロイスはそれを肯定した。


「”よし、よくわかっているな。ドワーフはすでに学術国との同盟がある。遅かれ早かれ伝わるだろうが、こちらからの伝達も忘れるな。あと一つ、帝国の駐屯兵に対して探りを入れろ。ただし隠密兵を使うのではなく、他国の使節団として接するように”」


「”委細承知いたしました。今度こそ御身のご期待に沿えますよう尽力いたします”」


「”おーけー待ってるぞお前ら・・・ああ、後、この国について公表するぞ。ドちみち使節団を向かわせると言った瞬間に露見することだし。任せるぞ”」


 ロイスは念話を断ち切った。二人の返事を待たずに。


 先の失敗を繰り返さないためにロイスは念話を掛けたのだが、二人はすでに周知のことを確認されただけで終わったのである。


 とりあえず、使者を一名送り付ける。大天使を一人だけ共和国に送り付けた。大天使は使者として申し分ないほどの知能を持っている。ただ天使は少々見た目が悪いので意思を持たない人造に何元を依り代に受肉させており人間の見た目に落とし込んでいる。


 使者が国に行って帰ってくるまで、一週間といったところだろうか。それまで待機しているつもりもない。なので、シェリンの使者を前もって侵入させておく。そうすれば使節団にとって有利な情報を得られるかもしれない。それに、学術国の内情を知っておいて損はない。いずれ世界を亡ぼすことになるのならば、どうにかこうにか利用できるだろう。


「”ドレベス、学術国に潜り込んで内情を調べなさい。帝国関連の人物への接触は禁止する、わかった?”」


「”シェリン様。承知いたしました”」


 ドレベスは隠密に長けた優秀な男である。なので、学術国に潜り込んでも生きて帰ってくることだろう。有益な情報を握りしめて。




  学術国は面白い国だ。潜入してからより感じるようになった。ドレベスは優秀であり、ネームドの序列も上位に位置している。シェリン直下に絞ればガーラに次いで高い身分を持つ。ガーラとの間には埋めがたい能力差があるのだが、それでも国家の内情を洗い出すことはできる。ネームドとは本来そのレベルの能力が求められるのだ。


 まずドレベスが行ったのは、学術国の象徴たる議事堂である。学術国は王という制度がない。代わりに議員の決議により国のすべてを決める。そして、議員には学術国民以外でも就任できる。これが面白いことで、共和というだけはあると言ったところだろうか。他国出身であろうとも与えられる発言権は同じであり、権限も変わらない。肩身の狭い思いをするのかもしれないが、学術国での自国の発言権が増すことを意味するので躍起になって他国は議員を輩出する。


 政治体制も面白いのだが、統治方法もまた面白い。学術国の統治組織は世界標準以上の戦闘力を有している。それに加え、学術国の議会によって正義とされた勢力に着くため、学術国側が無勢になることは少ない。世界大戦が巻き起これば学術国内は戦火に呑まれるだろう。学術国内に駐屯する兵力のすべてが同じ勢力に組しているのならばよし。そうでないならば学術国は互いの中継地点となり戦時的重要拠点となる。世界大戦において、三つ巴になることは少ない。なので、学術国は自衛のための法律を設けており、中継地として利用できるのはその法律を守っている間のみ。大戦中にどこまで遵守される法律なのかわかったものではなく、世界が平和であるからこそ成り立っている節がある。


 つまり、世界大戦が起こりうる組織を学術国に介入させることはない。つまりは、シャウッド中立国を介入させることはない可能性が高い。使節団が受け入れられる可能性も低く、頓挫しかねない。中立国が三角防衛戦を築けば北大陸の中で戦力が二分する。孤立の王国は中立国からの圧力に耐えられず併呑されるか属国になるだろう。ローテルブルクは同盟を結んでおり、学術国に中継地を設けられているとする。対するは帝国とその援助を受ける評議国、さらに学術国となる。


 であれば、学術国に対して中立国としてふるまえる何かを提示するとしても意味はない。国が亡ぶかもしれないのに、それを度返しに出来るほどのものを提示することはできない。ではどうすればいいのか、それを考えるのはドレベスの仕事ではない。ただ、糸口は見つけなければならない。


 敵対国を亡ぼしてしまえば済む話だが、それをするならば学術国との同盟なんていらない。いっそのことそうしてしまえば気楽なのだが、ロイスの求めるものは世界中の知識を集約して得られる新技術だ。


「如何したものか・・・困るな」


 学術国は別にHOMEの店が撤退したとしても痛手ではあるが他国ほどではない。脅しも使えないとなるといよいよ手段がなくなる。最も大きな利益を得るために最小限のコストを支払うべきなのだろうが、それも難しい。


 学術国は南の大陸の北端に位置する国だ。北大陸で大規模な戦争が起これば南の大陸に位置する国は学術国を守護しなければならない。そうでなければ金貨の流通が途絶えるからだ。学術国は世界の均衡を保つための国といっても差し支えないだろう。


 南の大陸と北の大陸では北の大陸の方が強い。単純に国の数が違うという点と帝国の存在が大きい。それを加味して、消すべきは帝国だ。だが、帝国には竜種又は魔神がいると推測されており手を出すにはコストとリスクが高すぎる。であれば評議国を潰したいのだが、帝国と敵対したくはない。最悪、評議国に天使を突撃させて、中立国はしらを切り続ける、というのも手段としてはある。


 中立国がこの同盟に参加するには、一国を除外しなければならず、戦争という手段は使うべきではないと来た。そうであれば、学術国の同盟を違反させるしかない。学術国側がどこかの国を除外する、それが最も可能性としては高くドレベスの得意分野でもある。


 除外させたいのは帝国、評議国のいずれかだ。北大陸の国を除外せねばならないので、除外するのは評議国で間違いないのだけども、難しい。


 評議国は民主主義であるため、策謀によって貶めることはできない。民が望んだにしては学術国と敵対することを選択するというのは異常だからだ。やはり個人の暴走として処理できれば楽なのだが、それをするには時間がかかる。


「聞いたか?ドワーフどもの旧王都がまた機能しだしたらしいぞ」


「いつの話をしてるんだ。ローテルブルクはすでに我が国から物資を輸入し、他国の使節団をもてなしたと聞いている。ローテルブルクはどこかの国に援助を受けて王都を奪還したとみるべきだろ?つまりは帝国レベルの力を持つようになった国がある、もしくは興ったとみるべきだろ」


「流石は首相、おっと失礼ホステル議員ですな」


「バカか、聞き耳建ててるやつが居ればお手本のような情報漏洩になるだろうが!」


 と、言うような会話がドレベスの耳に入った。空間認識によって声の波長を傍受できる。ドレベスの聴覚はこの建物全体を把握できた。そのおかげで傍受できたのだけど、ここまでお手本のようであれば罠かと思われる。


 首相が議員に扮している、つまりは身分を隠しているということ。国のトップが殺されることも良くあることだし身分を隠すというのも不思議ではないが、すでに中立国の存在が示唆されているのならば、策謀の主犯として断定されてもおかしくはないということである。


 議会が後悔されているこの国において、秘密とされている情報はあまり多くなかった。当然少なくもないのだが、ほとんどがシェリンの把握しているものであったためだ。ドレベスはこの情報を持ち帰り、ティオナとシェリンに託した。




 シェリンとティオナに与えられた情報は、ドレベスの調べ上げた物だけだ。前提としてシェリンがもっていた情報もある。だが、それでも外部から接触して同盟を結ぶという選択をできない。当然のことながら、HOMEは国家を含め世界最大の組織である。所属人数不明でありながら、総資産は国家がもつ財産、その世界平均の5倍はある。


 HOMEは拠点を持たなかった。それは攻められる可能性があるから、とされていたがロイス曰く違う。理由は戦争が起こるから、ということらしい。世界大戦が起こったとしてもたやすく勝利することができるだろう。勝利するだけならば問題はないだけの戦力を持っているはずなのだ。


 拠点があるから戦争が起こるというのではなく、HOMEが拠点を構えるというからこそ戦争になるのだ。莫大な資産を持つ組織が初めから拠点を持っていたのならば、戦争にまでは至らないだろう。だが、突発的に拠点を持つということは、勢力圏を築くということを示す。その勢力を統制するのは莫大な資産を持つHOMEである。ならばそれは国家に等しい。新国家樹立、そしてその国はどの列強よりも強国である。であれば複数の国家から妬まれるだろう。であるのならばいずれ世界大戦に発展する。そして、今まで拠点を築いてまで欲するものがなかった。


 HOMEが世界大戦を避けてきたのは単にに帝国の存在があったからである。


「実際どうなの?帝国は」


「ネームドが今までで5人葬られています。ロイス様が言うように、何者かがいると考えるべきでしょうね」


「だからこそこの大陸では戦争を起こせない」


 だからこそ、学術国と同盟が成り立たない。爆弾扱いされてしまうことは初めからわかっていたことだ。わかっているから対処が容易にできるということではない。


「やっぱりあれしかないわよね・・・」


「そうですね。やっぱりあれしかないですね」


 やらねばならないことは一つ。学術国と同盟を組むこと。だが、実際のとこ学術国の位置に拠点があれば済むのだ。三角防衛戦を築くために学術国の位置は適している。そこを陥落させ、占拠してしまえば中立国だけが大陸をまたいだ防衛戦を持つことができ、列国に圧を加えることができる。これはとても意味のあるものだ。


 だが、学術国を倒そうとするのならば帝国が障壁になる。帝国であっても、南大陸唯一の拠点を失いたくはないだろう。


 ではどのようにして学術国を乗っ取るか。内戦を引き起こさせるしかない。帝国一国に対してその他の国の駐屯兵を宛がう。それにより内戦が成り立つようになるし、帝国がこちらに気を配すこともなくなるだろう。


「勝てるのでしょうね?」


「ロイス様が私を配属したということはそういうことなのでしょう。情報戦は制して見せましょう」


 シェリンが属されたのは情報戦を制するため。情報戦が最も必要になるのは、内戦を引き起こさせること。


 幸いなことに、此度の作戦に動員されているネームドの多くはシェリン直下の情報操作に長けた者たちだ。内戦を引き起こすくらいは訳のないことである。ただ、一つ気がかりがあるのならば、勇者だろうか。勇者の行へはわかっていないものの南の大陸にいる可能性が高い。


「我々の戦力だけで勇者と対抗できるのかしらね」


「勇者と賢者を殺すだけならば容易でしょう。ですが、ロイス様の意に沿えるかどうか」


「そこよね・・・悩むわよね」


 二人は悩む。ロイスが勇者を生かしたのは何故か。利用価値があるのならば理解できるが、障壁にしかなっていない。王国で戦闘を起こしたくなかっただけであるのはそうなのだが、道中襲って殺してやれば問題はなかったはずだ。そうしないというのは思惑があるとしか思えない。


「もしやロイス様は我々を試しておられるのでは?」


「勇者と賢者を殺して学術国とも同盟を組むってこと?―内戦の首謀者を勇者に据えればいいんじゃない?だったら帝国もうかつには干渉してこないはずだし、勇者は名前だけは一人前だから使えないこともない」


「そういうことですか・・・ですが勇者はともかく賢者を嵌めることは不可能では?」


「殺せばいいじゃない。賢者は勇者より弱いのでしょ?」


 シェリンは少し顔を引きつらせる。二人は不仲なわけではないのだが、いうなれば理系と文系のような差がある。シェリンは情報をもとに推測、試行を繰り返し最適解を捻出する。対してティオナは粗方の方針を固め、脅威は砕き力業で捻じ曲げる。ティオナは頭脳があるので応用力が必要な立案も採択できるのだ。


 シェリンからすればティオナの作戦には賛成しがたいものがあり、ティオナからすれば自分が最も動きやすい環境を整えてくれる相手である。


「賢者を孤立させ殺す。そして、勇者を主体に反乱軍を組織しましょう。うってつけの魔道具も持っていることですし」


「流石はエルメス殿ね。勇者なら迷わず使うでしょう」


 二人の明晰な頭脳が完璧な道筋を描いた。そして、実行されるは今より一か月後である。




 内戦とは国家同士の水面下での戦いで最も効果のある戦略である、かもしれない。すべての生物が等しく手を取り合うことができるという希望論を除き、現実的に実施可能なのが内戦を引き起こさせること。歴史を見ても決して少なくない事例がある。


 内戦を引き起こす方法はいくつかある。領土を隣にもち互いに仲が悪い貴族が居れば、片方の領土に架空の組織を発生させもう片方にぬれぎぬを着せれば内戦になる。より綿密な辻褄合わせや策謀が必要になるだろうが、大体はこれに尽きる。


 後は、権力を持ったものから弱者への搾取を続ければ不和がたまり内戦になるし、方法はいくらでもある。シェリンにとって内戦を引き起こす程度訳のないことだ。といってもシェリンがすることは、直下のネームドを操作するだけで直接現地に赴くことはない。


「今回は俺がリーダーというわけですね?」


「そうだよ。恥をかかせないでね?」


 ドレベスがガーラに次ぐ立場を持っているため、今回の作戦の基軸となる。シェリンからの命令を、他のネームドに細分化し操作する。それがドレベスの役割となる。ドレベスとしても内戦を起こす程度訳のないことだ。ただ、今回は帝国がいる。


 帝国が学術国に駐屯しているのは好ましくない。評議国が敵対した場合、評議国への戦力供給が二か所から可能になってしまう。評議国を落とすことが困難になるので、消耗戦にまでもつれ込まれれば負ける可能性もある。帝国に強者がどれだけいるかわからないが、こちら側を上回っているのならば拠点は早く潰すに限る。


 学術国には法国、共和国、評議国そして帝国の軍隊が駐屯している。ドレベスはじめシェリンとティオナの見解からすれば、帝国の軍隊はその他三国の総戦力と対等の戦力であるとされる。


 帝国を排除しなければ近い将来脅威として立ちはだかる。その時のコストとリスクを最小限に抑えるために学術国はいちど滅んでもらう。再建してやるのだから問題はない、これがティオナとシェリンが考えた作戦の根本にある考えだった。


 人道など持ちえない。なにせ人間ではないのだから当然である。どこまでも冷徹な判断を下せる。だからこそ効率的で合理的な作戦を執れる。


「さて、あなた方は今回の任務どうとらえていますか?」


「ロイス様からの勅令、決して失敗できません!」


「シャーリーに同意」


 シャーリーが同意し、それをギュンターが同意した。だが、ここで問題が一つある。


「使節団を組織する、という御命令には如何にして従うので?」


「内戦を終わらせればいいのでは?学術国を亡ぼした後、それを平定すればシドどのような英雄になれるでしょ」


「それは甘いですな。シド殿の相手は魔物、それも不死者アンデッドです。今回は違う」


 全員は頭を抱えた。内戦を始めるのは簡単で、終わらせるのは難しい。帝国が反乱軍をいとも簡単に退けてしまえばそれで作戦は失敗するし、帝国の排除に成功したとしても、中立国が介入できなければ意味はない。


 新たに学術国を作り変えるのだとしても、今までゆかりもなかった中立国が介入することは難しい。内戦を平定したところで、他国からすれば「新顔がでしゃばったことをした」と思われるだろう。それほど軍事拠点としての学術国の価値は高い。


 中立国が自然な流れで学術国の同盟に加わることは無理だ。かといって評議国と戦争したとしても帝国が介入して無益な戦いをしてしまう。だからこそ学術国との共同防衛戦を築かなければならない。バルト法国でも三角の防衛戦は築ける。だが、距離が離れすぎている。なので戦力供給としての拠点にはならない。


「はぁ・・・もういいんじゃない?サリオンの召喚魔法で天使の軍勢を学術国に放ちましょう。第三勢力で学術国を破壊し、新たな新国家としてこちらのだれかを王に据えましょう」


「やはりそれが手っ取り早いですね。ですがサリオンさんの軍勢で帝国の軍を壊滅させれるのですか?」


「なめてんのかよ、って言いたいところだが正直分からないな」


 ティオナがしびれを切らし、シェリンも同調する。そして、サリオンが渋る。天使が天空から国家を襲うということは前例のあることだ。熾天使による破壊、智天使による破壊、座天使による破壊といったように最高位天使の数だけ破壊がある。


 サリオンは熾天使なので、これは災害に分類される。ただ、天使の襲撃は人口が最も多い場所を狙うとされているので、学術国よりも王国の方が狙われる都市としては自然だ。


「帝国には勝てても勇者には勝てないでしょ?勇者を扇動するという話はどこに行ったの?」


「めんどくさがったのはお前じゃねぇか」


 ティオナの発言にサリオンが嘆く。勇者が南大陸にいるという確証はない。確証はないのだがいると考えた方が良い。


「勇者と戦うのは避けた方がよいでしょう。やはり勇者を操る方法を考えるべきでは?」


 シェリンの提案がやはり一番ロイスの意に沿える。


 勇者を殺さなかったのはロイスの気まぐれ、というよりもそれをなすだけの価値を見出せなかったから。つまりは脅威と認定されなかったということ。であれば殺しても問題はない。だが、タイミングが悪い。勇者が脅威ではないというのはあくまで勇者に対して準備した段階での勝率が九割を超えている状態であること。大型の作戦の片手間にこなせる業務ではない。


「確認しては如何です?ロイス様に勇者を殺してもいいのか」


「シャーリーそれは・・・アリですね」


「”賢者も勇者も殺せるなら殺して構わない”」


「”聞いておられたのですね、承知いたしました”」


 ロイスは聞いていた。任せきりで失敗したのだから行違えないように監督していたのだ。ロイスとしては、最終的に中立国が帝国の脅威から逃れることができるのであればそれでよかった。なので、どれを採択したとしてもロイスの意に沿っていたのだが、最良の結果をもたらせるよう一任しているのだ。


「ロイス様はネームドをいくら使っても構わないと仰っていました。ですので勇者と賢者にはネームドを5人づつ宛がいましょう。帝国にはサリオンさんの軍勢と必要であればティオナさんと協力して極大魔法を叩き込みましょう。シド殿と勇者との条約を大義名分にして学術国を平定、これでどうでしょうか?」


 シドの持つ正強会は中立国と協力関係を築いている、と勇者との会合の際に口にしていた。それはもはや広まった話である。最も中立国としてではなくHOMEとして、であるが公表のタイミングとしてはちょうどよい。HOMEが国を建てていることはまだ露見してはいない。


「それで行きましょう。結局のところ学術国の場所を拠点にし、帝国を追い出せばいいのでしょう?これですべてがうまくいくでしょう」


「勇者を使える駒として残しておくとは流石はロイス様ですね」


「え?まあ、多分そうなんだろうな」


 ティオナが少々強引にまとめ、シェリンがロイスをあがめる。シェリンを見てサリオンは「多分たまたまだろうが・・・間違ってはないのか?」と疑問に思いながらも納得した。サリオンは忠誠心がないわけではない。とても高い忠誠をささげているが、それは主君としてというよりも友人としての見方が大きい。そうあれとロイスから言われたこともあった。


「話は聞いていたね?今すぐ勇者を殺すための編成をしなさい」


 シェリンが直下のネームドに伝えた。そして、慌ただしく動き始める。




















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る