第13話 宝物庫

 力は手に入った。始祖が3体、守護者もネームドも万全である。孤島を攻め落とすには絶好の機会だ。帝国は間違いなく中立国を目の敵にしようとするだろう。だが、中立国は現在、正義の立場にある。天使の軍勢に攻められた国を助けているのだし、当然のことだ。貨幣精度がある限り、学術国には介入できない。それが今の中立国の手中にあるのだから、こちらに敵対しようとする者もいまい。それが保たれているうちは帝国とて手は出し来ないだろう。


 評議国を動かすにも、無条件というわけでもないだろうし大義名分と根拠が手に入るまでは動かないはずだ。シェリンが管轄している分野でもあるので、後数か月はこちらに手を出すことはない。既に森林の形に添って外壁と、結界魔法、砦を設けている。奇襲を受けても即座に破れることはありえない。


 兎にも角にも、動かせる戦力も絞られてくるわけで・・・未だ役職を与えていない始祖を使うしかない。


「カルティエとブルガリ、エルメスも連れて孤島へ行く。ついて来い」


「よーし、戦争だね!」


「お前は少し楽観的が過ぎます」


 二人はつぶやき、ブルガリはあくびをしながらついてくる。そして、神話の時代以来初めて始祖が共闘するに至ったのだった。




 孤島の勢力は神器すら持つ可能性があるほど強い集団だ。その者たちの構成や、持ち物はわからない。今回は斥候として孤島の侵入するべきなのである。斥候とはいったが占領できるならば占領してやろうという考えがあるからこそ、始祖を使うのだ。


 始祖を向かわせて攻め滅ぼせないとは思わない。だが、万が一にでも殺されたくはない。魂が破壊されれば悪魔とて死ぬ。その後数百年後に復活したとしても、もはや意味はない。だから脱出要因として俺が付いていく。俺と始祖さえいれば如何なる拘束も―神器によるものを除いて―すべて突破できる。


「念のために神器を装備していく。俺のそばから離れるなよ」


「言われなくても大丈夫だよぉ」


「敵が強いと感じたら退くだけだ。楽しむなよ?」


 俺はカルティエを見て念を押す。この中で最も戦闘狂なのは彼女だ。絶対に引き際を誤ることは許されない。


 孤島の座標は知っている。地中に埋まらないために、孤島全体が見えるほどの上空に転移する。そして、自然落下に身を任せ何があるのか、さっと見る。


 濃霧によって見えない箇所が二つ。他は竹林のせいで不明瞭だ。魔力感知でも、その地に膨大な魔力反応があったために情報が得られなかった。魔力量が足りないせいで、より強力な者たちの魔力を除外し探知できない。


「エルメス、詳細を聞かせろ」


「魔力量だけであるならば、私と同格の者が3人ほど。魔道具でしょうか、我らに傷を与えられるものが10品はあるようです」


「僕にも感じるよ」


 カルティエの太鼓判が付いた。始祖と同等の存在がこちらと同数、そして装備も同等。これは逃げるべきだ。


 自分の真下を見た。オーラを感じる。濃密な強者のオーラだ。その力は全盛の自分にも比肩しうる。そして、其のものが見据えているのは俺自身。


「お前たち、俺を守れるな?」


「ご命令とあらば必ずや」「もちろん」「やってみるよ」


 始祖は三名、皆が全力で俺を守る。そして、俺もまたこの三名を守る。逃げてもいいが、ここで逃げてはきた意味がない。


 俺たち4名はその地に降り立った。そして、目の前にいるものに意識を集中させる。一触即発かと思ったが、案外話をする口はあるらしい。


「貴殿らは何者か」


 武者は俺たちに問うた。眼光はこちらを焼き殺さんとするほど鋭い。片刃の剣に手を掛け、こちらの動きを監視する。三人の悪魔は俺を取り囲み、結界を全力で発動する。


「俺たちはこの地を亡ぼそうと―」


 男の剣が結界に当たり凄まじい衝撃波と音が鳴り響く。そして、結界が破壊される。俺の首元に当たる寸前で、エルメスが長爪で刀を止める。


「見事だ。我の一刀を止めるとは。それに免じて見逃してやっても良いが、如何する」


「次元を超えるほどの剣技か、見たところ大した魔力量ではないがここの長なのか?」


「いかにも。我がこの地を統べている。名を武御雷と言う」


「魔神の類か?とにかく、退かせてもらおう」


 退くとは言ったが、退かせてもらえるほど甘い相手ではない。次元結界を突破するということは、あらゆる結界をもってしても転移中の無防備な姿を守ることができないことを指す。とはいえ、自分たちだけを異空間に逃げ込み、異空間からの脱出先を中立国にすれば容易に抜け出せる。問題は異空間を断ち切られる可能性があるということか。


 ただ、離脱は簡単にできると踏んでいる。こちらは相応の準備、というよりも戦力を連れている。相手側にも被害は免れない以上、万全の準備をするために一度逃がしてくれることだろう。最も、魔神として自我があり思考能力を持っているという異質については言及しなければならないわけで、ただで帰りたくはないというのも事実。


「魔神、か。貴殿らが魔神というものがあの黒い球体の中に封じられたもののことを言うのであれば、確かに我と無関係というわけではないだろう。ただ、私は確かに存在していた。神話をもとにしているだけの生物ではないということだ」


 孤島とローテルブルクの間、はるか上空にある漆黒の巨大な球体。それは時の魔神クロノスタシスを討ち果たした場所。そして、其の復活を抑止するための結界である。武御雷がどこかの世界の神であり、この世界に生じた生命だというならば、彼は魔神だ。だが、存在していたということは異世界を渡った肉体に、魔神の魂が受肉してしまったということなのだろうか。そうだとすれば、ただでさえ竜種のように強い魔神が、本当に竜種に比肩する存在になってしまう。


「なるほど、神になったというわけだ」


「神とは、まあ確かに相違ないよな。竜神を相手取るにはそれくらいならねばなるまいて」


「お前、竜種と戦うつもりか?やるだけ無駄だろうに」


 俺の本音に怪訝そうな自称神。それなりに本気らしい。竜種に対して勝機が0というわけではない。ここに神器さえあればまともな戦いができることであろう。ただ、勝つのは竜種だ。竜種は一度殺してもすぐ復活するが、魔神は死んだっきりだ。


「それで?なぜそう思うかね?」


「神器はあるのか?作戦はあるのか?戦力は?」


 武御雷の問いに問いで返す。これが答えだ。すべてがそろっているのならばそれはそれで、神に挑戦していただきたい。そのあとで俺が殺す。そうすれば労せず、とはいかないだろうが竜種を殺せる。殺したところであまり意味はないし、次の命で狙われるやもしれない。無意味というわけではなく、竜種の因子を獲得すればさらなる進化が約束されているし、竜種を倒し続ければ世界最強に成れるわけでもあるので、夢としては妥当かもしれない。


「神器はあるし、一度戦ったこともある。戦力はお前を倒しアイテムを回収すれば事足りる。そうではないか?」


「俺を殺せるとは思わないことだな。というか、俺を殺してもアイテムは落とさないぞ?宝物個にすべて転送されるからな」


「ではその宝物庫を頂くとしようか、どこにある?」


「教えるわけないじゃん。まあ、あそこを守るのは神器だし教えたところでお前たちでは突破できないがな」


 宝物庫には神器が二つ格納されているので、それを守るもまた神器なのだ。あれはあれで御し難い化け物だが、戦闘能力はエルメスだって敵わないし、俺だって諦めるほど強い。竜種のレベルだ。いや、純粋な強さというならば竜種以上だろう。なにせすべてを超越する神器なのだから。


「神器、か。納得よな。さて、もはや問答は意味がなかろう?」


 武御雷の青銅色の片刃の剣、その柄に手を掛ける。金属音が一度響いた。俺も武器をとる。数ある武器の一振り、当然のように神話級の直剣だ。


 久方ぶりの剣技の競い合いになるだろう。肺に空気を入れ、整える必要のない脈を正す。そして、互いに腰を落とす。


 俺は武御雷と真正面から戦うつもりなどはない。なにせ、守りは始祖たちにまかせている。


 ―構えた剣から金属の音が鳴る。同時に空間が炸裂する。


 世界から音が消え、光に呑まれ、稲妻が走り、音がよみがえる。神話級の武器同士のぶつかり合い、不壊属性のあるはずの武器が軋めく。剣を振るい抜けなかったのはこの世界で初めてだった。完全に剣を止められた、それも完璧に。そして、今、剣が押し返された。


 手を二三振る。痺れなどエルメスと戦った1500年ぶりのこと。相手はどこ吹く風、と言ったように追撃の構えをとる。


「お前すごい奴だな。なかなかあることではないぞ。―引き際だな、次はこの数倍の数で殺しに来てやるから覚悟することだ」


「捨て台詞かな?血が出ているが」


「流血なんて些細な事だろうさ」


 俺は自分たちを異空間で隔離し、次元結界を異空間にまとわせる。そして、異空間の内側にも同じだ。そして、其の結界の内側に更なる異空間を形成する。そして、転移する。如何なるものが相手であろうともこの異空間は壊せないだろう。現状、逃げの奥の手だ。魔力量さえ戻ればまだ手の打ちようはある。


 異空間が悲鳴を上げる。外側から完全に隔絶したはずなのだが、底にあるという事実を切り裂かれたような感覚だ。特性か、最悪な奴の手に渡ったな。


 異空間が消える。そして、孤島から俺と始祖は消え去ったのだった。


「布都御霊剣ですら切り裂けぬと来たか!我が剣に切れぬものはないというのに、全く難儀よな、信徒に応えるのは」


 武御雷は落胆と、闘志を抱きおのが武器を眺める。そして、星も見えない樹海のようなものの奥へと消える。




 血の滴る右腕、確かな痛みに生を実感する。痛みは嫌いだ。当然のことだろう。痛いのは辛く、悲しく、腹立たしいというもの。あの愚かで親しみやすかった友を演じた男に一矢報いられてからというもの俺は苦難が絶えない。あの瞬間以外は、俺が望んだことではあるのだが、エルのせいに出来るならそれで構わない。


「ロイス様、治らないのですか?」


「俺の体は異質でな、体の直りが極めて遅いんだ」


 回復魔法が使えないわけではないし、自然治癒力が低いというわけではない。単に体が必要とする情報量が多すぎるが故生じる障がいだ。俺の体は異常なほどに丈夫である。それは、俺の多すぎる魔力量によって勝手に進化し、硬く丈夫になったためだ。多くの魔力を消費して形作られた体を回復するにはそれなりの治癒力が必要であるということ。そして、回復魔法を施すよりも、体を作り直す方が効率的であるため回復魔法など使わない。


「なるほどね、道理で私の毒も解毒できるわけだ」


 カルティエの毒は確かに絶死のものだが、俺の体を組織する魔力すべてを汚染するには少なすぎたということだ。当然魔力量に依存する体の回復機能と防御機能によって、治癒力は上がる。毒がそれに負けたのも道理というわけだ。


「腕が落ちたわけでもない、回復する程でもないさ。それより、エルメスにはあれと戦ってもらうぞ」


「お任せください。あの不敬者に目にもの見せてやりましょう」


 武御雷は驚くほどに強かった。だがしかし、エルメスに勝てない道理はない。なにせ、守護者で最も強いのだから、その役職は伊達ではない。それに、魔神と同等の始祖の悪魔、その中でも指折りの実力者である。あの武御雷は魔神の域を逸脱してはいるが、それでも勝てるであろう。


「私たちはどうするのさぁ」


「当然孤島を焼き払ってもらうぞ?当然、あそこにいるのは武御雷だけではない。おそらく英霊と魔神の混合体だ。あの孤島に居るのは英霊の媒体となった者たちであり、そのすべてが魔神と同義のハズだ」


「それはどうかな?一兵卒はネームドほども強くはないみたいだったよ」


 俺の仮説をカルティエは否定した。そして、それは正しい。だが、それは道理なのだ。


 英霊とは、その世界において英雄とし敬われた存在が死後、霊体となり蘇った者たちのことを言う。霊体には魂がなく、概念として存在するのみであり英霊の死は伝承が途絶えることか、人間のように殺す事以外にない。前者は存在そのものを消し、後者はとりあえずこの場から消す、という違いはあれど退けられるということに変わりはない。


 一兵卒が弱いのは、一兵卒としての逸話がなかったからに間違いないだろう。一兵卒までが英雄である伝承などありえない。そうでなければ英雄が埋もれ、消えてしまうからだ。それでも一兵卒がいるのは、武御雷という人物の伝承に軍を率いていた、という伝承があったり、民を導いていたという伝承があった、ということのはずだ。


 英霊の武器はその伝承に出てくる、英雄の象徴そのものである。


「フフ、やはり貴方は頭が弱いと見える」


「あぁ?君みたいなのに言われたく―」


 俺がカルティエの頭を小突いて言葉を止める。こんなしょうもないことで喧嘩されれば溜まったものではない。折角建国が成ったというのに国が滅んでは意味がない。


「ああ、アイツは自分を神と言っていた。であれば伝承の中に信徒が現れるのも自然だろう。つまるところ、あの孤島にいるのは信徒とその伝承に連なる猛者たちってことさ」


「なるほどねぇ。それならあり得るのかなぁ。どちらにせよ極少の可能性だけどねぇ」


 この世界の英霊でないものがこの世界にいること自体があり得ないことである。たまたま魔神としてこの世界に召喚されたのであろう。その時にはすでに英霊となって。


「どちらにせよ殲滅しかないならばそうするほかないでしょう?」


「その通りさ。余裕のあるうちにアイテムが得られるのなら実行する」


 いくら口で言おうとも、孤島の戦力は本当にこちらと同等だ。それなりの戦力を中立国に残しつつ、孤島に送るための戦力を選別するしかない。総力戦であれば価値は揺るがないが、帝国の兵らがその隙に攻めてこないとも限らない。


 選別するはエデンとサリオン。この二人は確定である。殲滅戦であればこの二人とフィンがいれば万事うまくいくだろう。ただ、武御雷が本当に神であるならば神聖属性のある相手にアンデッドをぶつけるなど、愚策中の愚策だ。連れて行って役に立たないならば中立国の警護に充てるべきであるのは明白だ。


 後は、始祖三人も必要だ。後はシドとエレガントを連れていく。ティオナとフィンは自国の護衛に残す。


「”---”」


 俺は孤島に連れて行く者たちに声をかけた。すぐさま念話によって返事が来たが俺は聞かない。返答は決まっているからだ。


「エルメス、出立の前にセイレーンの腕を使い孤島全体を覆う弱化結界を張れるようなアイテムを作れ」


「仰せのままに」


 セイレーンは弱い魔神だった。俺とエルメスが二人で魔神を殺しまわっていたころ、たまたま居合わせたセイレーンをエルメスが殺し、”呪縛塊”と呼ばれる神話級独立空間型拘束具を使いその腕を保管した。そもそもセイレーンは石化や歌を使い戦闘をするような魔神であったが、エルメスはその歌に伝承に気が付き、その場から逃げることで彼女は死んだ。


 魔神は理性を持たないが、伝承に縛られる存在だ。死の条件や能力までもが例外ではない。強い存在が伝承になっていれば、クロノスタシスのように長い期間殺し合うことになっただろう。


「呪縛塊も持っていくから無くすなよ」


「当然です」


 呪縛塊から逃れる術は神器を持っている、ということしかありえない。例外として外部から呪縛塊を破壊できれば其の封印も消える。だが、神話級の不壊属性を無視することはできない。ただ、一つのものしか封印できないという縛りがある。


 呪縛塊の中では時間の経過が起こらない。ただただ現状を補完するだけの道具にほかならず、それ以外の用途としては使えない。だが、中に起動したアイテムをいれたとして、そのアイテムの効果は遮断されない。呪縛塊の保有者がそう指定すれば、という条件が付くが、それでも強力なものだ。


 呪縛塊の保有者はエルメスであり、俺ではない。俺に使えないアイテムなのだから持っていても仕方ないのだが、これほど有用なアイテムもそれほどない。


「”作戦を固める。皆会議の間に集え”」


 俺はまた返答を聞く前に念話を遮断した。今回の作戦でアイテムを失ったとしても同等級のアイテムが手に入るならばまだよい。そして、今回は勝つ事が条件だが武器は手に入る。ならば俺の貯蔵から神話級のアイテムを貸し出すべきだろう。それに、神器を持っているならば、その神器を持ったものと戦う者もまた神器を持っていなくてはならない。


 俺は始祖三名を連れて会議室に向かった。


 扉を開けばすでに整列した守護者たちがいる。始祖より先に入室し、のちに三名が続く。上座に坐すると、皆が頭を垂れたのち、椅子に座る。


「それでは会議を始めるとしよう」


 俺は孤島の状況を整理した。まずは、フィンの送った脅威度100万の最上位不死皇等が討伐されたことについて詳しく聞く。


「私のアンデッドは情報を得る間もなく、一振りのうちに切り捨てられました。アンデッドが再起しなかったことから、相手は聖属性、神性を持っているものと思われます。相手の特徴は、長い髪を下ろした小汚い男のようでした」


 武御雷の印象とは違う。武御雷は小綺麗であったし、髪も短かった。武御雷と同等の存在、友か家族のいずれかであるはずだ。伝承に深く干渉して居なければ英霊として巻き込まれることもない。


「相手に神性があるのは俺たちが確認した。そして、あの孤島には始祖に匹敵する強者が幾人かいた。対処するために二人一組で行動させる。そして、片方は必ず異空間を維持し、戦闘できるもの、これが絶対条件だ」


 戦力差があれど異空間を作り出せば対等の戦いができる。相手は必ず異空間に嵌る。


「私から見ても、相手は魔力操作については卓越しているようですが、魔法技術や理解については対して脅威ではないでしょう。異空間を知らないという可能性だってあります」


 エルメスの言う通り、俺が武御雷を見てそう確信した。彼から漏れる魔力の波動、それがあまりに不定であり、揺れていた。魔力操作による身体機能の底上げ、それは脅威である。だが、魔法技術がなければ異空間に巻き込まれるのは必定。異空間が破壊されなければ、という条件が付く。それでも、相手に付与する縛りでどうとでもできるので、何であっても有利は確保できる。


「サリオンとエデンは雑魚の掃討に当たれ。本人が手を出すのはやむを得ない場合のみだ。強者と会敵すれば天界に逃げろ」


「俺たちでは勝てない、か。分かりました」


 サリオンの反応を見てエデンは口を閉ざす。反発したかったのだろう。「自分にもできる」と。ただ、エデン本人は弱い。魔獣をすべて解放し、権能によって強化すれば無類の強軍となるがより強い個に勝てねば意味はない。今回はそういう戦いだ。


 サリオンは異空間を作り出せるほどの魔法技術はない。だが、より空間として完成度が高い天界に逃げられるため問題はない。相手は天界に入れないはずであるから。


「エルメス、頼んだアイテムはいつできる?」


「素材が良いですから間違いなく神話級のものが、二日あれば完成します」


「ならば出発は二日後だ。この中で神話級の装備を持っていない者はいないな?」


 守護者には神話級の武具を渡している。防具と武器、それぞれ一品ずつを貸し与えている。とはいえ、回収しても俺では使いこなせない部類のものを押し付けているだけのこと。


「あのぉ、私とカルティエはそこのエルメスに武器を奪われたんだけどぉ」


 ―え?


 まさか始祖がもっていないとは思わなかった。この世界が出来上がる前から存在しているような始祖らが神話級の武器を持っていないなどありえるのか?


「奪われたとは異なことを、戦って負けたから私に献上したまでのことでしょう。私だって始祖の白アスプロにくれてやったことに文句はありませんよ?」


 そんなことは聞いていない。何を堂々と負けたということを告白しているのか。


「返してや・・・お前まさかあの短剣と弓は」


「覚えておいででしたか。無上の喜びにございます」


 エルメスを下し、忠誠を誓わせたあの時だっただろうか、忠誠の印に、と二つの神話級のアイテムを俺に渡してきた。あの魔道具は神話級においても強い能力と性能、そして美しい造りであった。今なお持っているあの魔道具は、俺に使えるものではなかった。故に宝物庫に仕舞っている。


「二人のアイテムは宝物庫に収めてしまった。この後、宝物庫に行かねばならないな」


「え、あるの?!」


 二人の顔が明るくなった。嬉しいのか、安堵か。使い古した最愛の武器を今一度手に取れるのだから好ましいに決まっていよう。


「エルメスの作る結界装置を呪縛塊に収め、それを守るのがエルメスとティオナだ。呪縛塊ごと持ち逃げされればかなわないからな。強者をたたくのは俺とブルガリ、カルティエとシドの部隊だ。後は雑魚の一掃だな」


 皆が首肯し、この案を快諾する。


「ほかに何かある者は意見しろ」


 誰も口を出さないので、会議は此れにて閉幕となった。とりあえず、方針は固められたし、これならば勝てないものは竜種くらいだ。なにせ、始祖とシドを戦闘要員として投与するという大盤振る舞いをして勝てねばそこで終わりとなるからだ。セイレーンの腕まで使うのだから失敗は許されない。なにせこの世に二つとない最高の素材なのだから。


 俺は会議室を足早に出る。そして、伸びをしたのちにカルティエとブルガリを連れて宝物庫へと転移する。




 宝物庫は海溝500メートルの場にある異空間とのつなぎ目、”星間門”を通った先にある。宝物庫としての一室のみが何もない部屋に浮かんでいる。その部屋に至るすべはない。星間門は権利の無い者が入れば、星と星の間と同じ距離を歩かされる。戻る事は叶わず、踏破したとしても星間門の前に戻るだけ。徒労を味わわせるという無情な門だ。門に入る権利があれば宝物庫に入ることができる。


 その権利とは、宝物庫に紐づいた印を持つ事。この世界でそのしるしを持つのは俺ただ一人。俺と同伴であれば宝物庫にはいることができるが、宝物庫の防衛システムは発動する。それから逃れるのはある指輪を嵌めることのみ。そして、其の指輪は俺の虚空に収納されている。


「うわ、何?この気持ち悪いくらい精密な門」


「冥界門なんて目じゃないね」


「そうだろ?星間門の突破はできないはずだ。破壊されれば宝物庫は孤立する。再び門を開くには時間がかかりすぎるから海溝に沈めているんだ」


 海水の中、俺たちは言葉を交わす。二人の手を取って俺は門に入った。


 四角あるものが門に入れば、その瞬間に宝物庫にはいることができる。純白な四角い空間に三人は現れる。二人に指輪を渡し、防衛システムを遮断する。


「これは、確かに鉄壁だね。指輪がなければもうボロボロだ」


 宝物庫の防衛システムを管理しているのはここの守護を任せた魔神だ。魔神と言っても理性を与え、服従させた上で自我を消し去った存在である。魔神の名前はタルタロス。倒すためにクロノスタシスよりも時間を要した。基軸世界において最も苦戦した相手と言っていい。エルメスよりも。


「タルタロスは奈落の神であり、奈落そのものとされる。この宝物庫は奴の作り出した異空間の中に存在する。結界術においては随一だし、逃れることもできなかった。負けたかと思ったくらいだしな」


「勝っちゃったんだね」


 呆れたようにカルティエがぼやく。何故かは知らないが主君の勝利が気に食わないらしい。


「俺はアレの逸話を知らないが、おそらくは原初の神だろうな。強さが異次元だったし、奈落そのものとされるのだから死という概念がない。殺せなかったのは初めてだったからな」


「どうやって勝ったのぉ?」


「神器を使ったのさ。今もここに居るがな」


「居る?っていうか、神器を使って殺せないなんて信じられないよね」


 俺たちは歩き進みながら会話する。通路が出現し、通路の両脇はタングステンをも溶かす煉獄の炎。地獄の神とされるには相応しい。


 本来であればこの場に訪れるだけで状態異常を引き起こし、死滅させる。指輪のおかげで無効化されているが、それがなければ火傷が絶えないだろう。


「この先に化け物が居ても目を合わすなよ?あと俺から離れるな。概念ごと消されるぞ」


「ああ、そういうことねぇ」


 二人は納得し、俺もこれ以上の説明義務がないと知り押し黙る。


 そして、荘厳で巨大な扉の前で歩みを止めた。


 宝物庫の最奥の間にして本体である。この中に神器や神話級の武具、そしてHOMEの財が眠っている。俺が死んだならば、ここで復活するようになっているので、最強の隠れ里ともいえる。


 俺は人差し指を切り下ろし、扉にその血を振りかける。扉は俺の血液に反応し、薄暗い光をともしながらゆっくりと開く。


 扉の前には漆黒でいて華美ではないが絢爛な装飾をあしらった鎧、そして、様相を同じくする剣を地面に突き立てた騎士のような大男が立ちふさがっている。これが、概念を依り代にし世界の原初にいたとされる太古の神と呼ばれたタルタロスの、この世界での姿である。


 顔は見えない兜を付けており、その体躯は2メートルを超える。巨人族のいるこの世界では小さいともいえるかもしれないが、俺よりは大きい。魔力量は無限であり、其の体力も無限であり、世界が滅んでも生きながらえる概念としての神。その神は今、俺の道具だ。優越感がよみがえる。これを下したときの未だ新鮮な感情が。


 タルタロスは口を開かない。自我を消しているからであり、理性はあれど機械的な行動原理しか持ち合わせない。


「安心しろ、暴走されたところでタルタロスはあれに勝てない。あれは俺に呼応して動くからな」


「これと戦ったって?もしかして1200年前の冥界の崩壊ってこれが原因なんじゃないの?」


「なんだ、冥界にまで響いていたのか?あの時に竜種が来なくて助かったよ。多分世界の維持に意識を裂いていたんだろうな」


 俺はつぶやきながら宝物庫から目当ての武器を探す。手に入れてから久しいものから、覚えのないものまである。


 この武器を振ったことはないが、手になじむ。それがいくつもある。そんなことはありえないはずなのだが、1500年以上前の武器か。進化が止まっているみたいだな。


「これだ!私の短剣!」


「私のもあったよぉ」


 二人は武器を手に取って、確かめる。そして、軽くメンテナンスをして虚空に仕舞った。用件は済んだが、宝物庫にある武器についてよく知っておかねばならない。


 無効化能力のある剣や、概念すら切り裂く剣、一つの種族を無条件で亡ぼせる魔導書なんてものがあった。これらはすべて神器だ。宝物庫にある神器の数はこの三つ。俺の手持ちに二つ、エルメスが一つ。これがHOMEの持つ神器の数だ。無効化能力を使えば封魔囚石を解放できるだろうが、それでこの神器を失うわけにはいかない。徐々に戻りつつあるのだからなおのことだ。


 神器の前に並べられた武器を手に取る。十文字槍、ひどく手になじむ。見覚えのある装飾様式だ。隣には、片刃の剣が置かれる。それもまた半身のように扱える。そして、棍棒、鞭、弓、偃月刀、フランベルジュ、短剣、手斧に直剣。数えればきりのない神話級の武器たち。そのすべてを手に取り、確かめ、気が付く。この武器らはすべて、俺の武器”万化の器”が記憶している武器の原型だ。何ということか、あれは俺の意思に呼応して形を変えるだけの武器であると考えていたのに、原形があったのだとすればそれは・・・。


 思い出す。


 ノディーとの接触で見たメイウェルの持っていた武器、腰に掛けられた直剣。それは今目の前にある剣と全くの一致。


 メイウェルが俺ならば、これは俺がかつて使っていた武器だというのか?


 この万化の器はこの世界で手に入れた最高の宝具だ。


「道理で手になじむが記憶にないはずだ」


「ロイス様?」


「帰るぞ」


 はいるのは難しい宝物庫でも、出るのは極めて容易だ。出るものを拒む必要はないからな。それに、タルタロスと防衛システムを突破した者をとどめて置けるような装置は思いつかなかった。


「タルタロスをあの孤島にぶつけられるのならば、こいつ一人で済むのにな」


 俺は漆黒の鎧の背を見届け、転移により我が邸宅に戻った。




 勢力としてはこちらと遜色のない孤島の勢力。それを攻略するための道具は揃ったし、戦力もある。ただ、この隙を帝国に狙われないとも限らない。帝国に対する戦力は、守護者を数人残しておけば、少なくとも取り返しのつかないことにはならないであろう。


 残念なことに、俺も万全ではない。万全になるために必要なものは得たい。孤島の戦力が脅威であると判断した以上、活動したいならば早いうちに潰しておくべきだ。喧嘩を売らなかったら、重要事項にもならなかっただろうが、それは相手がどのような力を持ち、どのような思想を持っているかを知った後に考えるべきである。


 神器を持っているから竜種に勝てるというわけではないが、竜種に神器が有効である場合は、ほぼ勝が確定する。神器は神器でしか対抗できず、対抗する方法は所持するだけである。神器を持つ者にはいかなる方法でも神器の効果は発動しない。そして、この世界誕生から存在する竜種が神器を持っていないわけがない。神器の妨害機能は携帯して居なければ意味がないが、普段から外しておく理由も竜種にはないだろうし。


 孤島の勢力を制圧する、という一点のみに関していえば始祖三人に万全の状態と装備で暴れてもらえば陥落させられるだろう。保険として守護者を同数以上連れていく。確実に勝つため、ということもあるが孤島の下、もう一つの孤島から竜種に近い反応を感じ取った。もしかすると、孤島の戦闘中に竜種が介入しないとも限らない。もちろん、準備はする。魔力の漏れを限りなく0にする広域結界。それを張り続けることができる存在を管理したい。


 シドとカルティエ、ブルガリと俺、エルメスとエレガント、サリオンとエデン。この勢力をもって孤島を破壊するわけなのだが、殲滅行動に出れるのはカルティエとシド、そして俺とブルガリの2チームのみだ。エルメスが加わればより勝利は盤石となるはずなのだが、彼以上に呪縛塊を守り抜ける者はいない。エレガントだけならば間違いなく死ぬだろうし、見殺しにするには惜しい武器も渡している。


「あと二日、準備する時間がある。武御雷に勝つためには、封魔囚石から少しでも魔力を取り戻したいところだが・・・」


 面倒だが、勝つためには武御雷の意識外からの攻撃で仕留めたい。そうでなければ負けかねない。剣で撃ち合うことも魔法戦で戦うこともできるだろうが、あれの攻撃を防ぐためには相応の魔力量による防御が必要なのだ。俺の攻撃は相手の防げる範囲で、相手の攻撃はこちらの許容量を超えている。何という不利な戦いか。


「”シェリン、お前に過去最高難度の仕事を命ずる。今からそこに行く”」


「”如何なることであろうとも、必ずや成功して見せましょう”」


 俺はシェリンの返答を聞いてから、シェリンの持つ領域に転移する。あらゆる場所のあらゆる情景が空間に映し出される、それらを一人寂しく眺めるシェリンの背後に到着した。


「ノディーはどうした?」


「あれは帝国を担当しています」


「そうか。では早速説明するぞ」


 シェリンの明晰な頭脳をもってしても実現が難しい命令を事細かに説明する。正直に言えば成功率は5%を切っている。だが、作戦が成功すれば一撃のもとにあの孤島もろとも、武御雷もあの場にいる者全員も殺せる。竜種だって看過できないほどの痛手を負うくらいの必殺の一撃になろう。


「それは・・・私だけでは演算領域が足りません。万回挑戦して一度成功するかどうか・・・」


「演算領域は俺が貸し出すし、事細かな調整は現地で俺がする。なにせ元は俺のものだったんだからな」


「承知いたしました。それでは後顧の憂いなく、御身を信頼いたします」


「では頼んだぞ」


 俺は懐から一つの箱を取り出した。特有級の魔道具であるが、その能力は魔力の貯蔵だ。貯蔵しかできないため、取り出すことはできない。取り出すには箱を破壊するしかない。魔力を吸収すると言った能力もない。ただただ豚の貯金箱と同じだ。


「必ずや」


 シェリンには期待している。保険でしかないが、負けるのは勘弁なのでいくらでも策を弄すのだ。


 俺はシェリンの部屋から転移で自室に戻った。そして、魔道具を並べる。俺が万全ならば武御雷にも勝てるだろうが、残念ながらエルのせいで夢物語でしかない。魔道具を使いつぶして戦わないと、痛手は覚悟するしかない。魔道具を暴走させれば、特有級でも十分、有効打になる。隙さえあれば、殺せる。


「にしても久しぶりだ。タルタロスと戦った時は準備もしていなかったから瀕死にされたが、今回は痛い思いをしなくても済むようにしないとな」


 俺は痛覚がないわけではない。どれだけ高位の存在でも、痛みを感じない種族は―実態を持たない霊気などを例外として―いない。痛覚遮断や痛覚無効という耐性を獲得することは可能だが、それでも魂に作用する攻撃に関する痛みを無視することはできない。肉体への攻撃ではなく、存在そのものに攻撃されているようなものだからだ。あくまで肉体の痛覚を遮断するだけ。


「やっぱり本命武器を使わざるを得ないよな。刀と相性がいいのは、長物か。神話級の不壊属性があるのだから鞭でも対抗しうるな」


 俺の万を超える魔道具の数々から使えそうなものを選別する。ほとんどが等級の低い者であるから、魔神クラスに有効なものは極めて少ない。


 そうしているうちに二日立ってしまった。


「”ロイス様、準備が整いました。いつでも出立可能であります”」


「”よし、直ぐに出発するぞ。ただ転移門は使えない、空を飛んで―”」


「”それならば、ドベルクに作らせた発電所に内蔵された転送機構が使えます”」


 ん?何それ。というか発電所完成したんだね、その報告はなかったのだけど。大方ドベルクがやる気を出し過ぎて報告する前に新しいものを作ったのだろう。利益を出しているうちはお小言するほどでもないが、報告はほしいものだ。


「”8名全員を孤島に向けて射出します。後は各々が退こう魔法の応用で軌道修正すれば、飛行魔法よりも速く到達できるでしょう”」


 平均よりかは、という枕詞が必要だ。始祖や俺の退こう魔法の方が早いが、エデン自身は飛ぶことができないし、彼の魔獣の中で始祖のレベルで飛行可能なものもいない。それに、サリオンは飛べるが始祖ほど早くない。シドも同じで、エレガントは飛行手段すらない。平均をとれば、転移魔法の次に早い。一位と二位の間は一秒二秒の話ではないのだけど。


 転移魔法は魔力反応を漏らすため、転移した瞬間に殺されるかもしれない。避けようもないので、転移は自殺行為だ。一秒に満たないほどの時間で目的地に到達できるのだが、リスクもある。飛行魔法なら一時間程度はかかるし、魔力反応も漏れる。避け用はあるが、ベストは魔力漏れがなく飛行する手段。


 電気に変えられたエネルギーによって射出されるのならば魔力反応は漏れないし、軌道修正も微々たる魔力で実現可能だ。


「”妥協案としては最善か。それで行こう”」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る