侵略開始

第12話  始祖と守護者

 時は勇者との面談が終わった二週間前にさかのぼる。


 自分の部屋で、幾度かシミュレーションを繰り返す。今あるすべての脅威と同時に相対した場合、どのように立ち回れば勝算があるのか。


 1000回戦って一回勝てるかどうか、か。話にならないなんてものじゃないな。ああ、もうめんどくせぇ。ああ、そうだ。フィンが何か言いたげだったな。


「”フィン、何かあったのか?” 」


「”ロイス様、孤島に送ったアンデッド三体が一人に殺されました。その者が扱う武器は神話級に相当するかと思われます”」


 あれらを一人でか・・・かなりの実力者だな。仮で脅威度を設定するのならば300万以上である。間違いなく守護者クラスだし、単体であればフィンやエデンよりも強い可能性が高い。


「”狙撃犯と同じか?” 」


「”いえ、アンデッドの探知魔法によって検知されたものたちの総数は500名ほどです。アンデッドにより数日間の蹂躙が繰り返されたのち、一人の剣士によって一刀で切り伏せられました。おそらく、ほかにも数人神話級の武器を扱えるものがいると目されます”」


 これは困ったな。孤島の勢力を制圧すればいくつもの神話級の武器が手に入り、懐柔できれば戦力は一気に跳ね上がる。だが、リスクが大きすぎる。守護者を全員動かせば五分の戦いができるだろうけど、負ければ大損失だ。敵対するのは封魔囚石を攻略してからがいい。それに、元より設定していた脅威度をはるかに上回るだろう勢力に無策で挑むのならば敗北は必須だ。


「”とりあえず、その情報を末端にまで伝達しておけ”」


「”承知いたしました”」


 っち、始祖が居れば・・・始祖さえ居れば!!エルメス以外の始祖が欲しいよ!


 彼らを従えるなんて滅多なことだ。始祖を召喚して、ボコって言うことを聞かせる・・・馬鹿言うなってものだ。彼らは強いし、俺が冥界でイオデスを殺せたのは俺が強いからということもあるが、イオデスがあの場からの離脱をしようと考えていたからだ。それに、イオデスに受肉させればシドと並ぶ最強の守護者になることだろう。他の始祖も同様だ。イオデスが受肉して居れば冥界で完全に亡ぼすことは不可能であった。今もイオデスは万全の状態で復活しているに違いない。


「”エルメス、始祖を二体連れてこれるか?” 」


 エルメスは唯一冥界出身の守護者で始祖であるためコネを使ってもらいたかったのだが、現実はそう甘くない。


「”半年はかかりますね。私は憎まれていますから。ですがお許しくださるならば行動しましょう”」


笑いながら「恨まれている」なんて言われては、信憑性に欠けるではないか。


「”掛かりすぎだな・・・俺が冥界門を開いて勧誘しに行くしかないかもしれない”」


 エルメスで無理ならば俺ができる、という保証はない。なのだが、挑戦しないことには如何も言えない。俺が死ぬことになればすべてがご破算なのだけど、流石に死にはしないだろう。楽観視している訳ではないし、自信過剰であるわけでもない。なにせ、転移する前に殺されるか、極めて高度の高い俺の結界をすべて破壊し一撃で葬り去るしか、俺を殺す術はない。仮に殺されたとしても保険がある。即死クラスの威力をこの身に受けたとしても、魂さえ無事ならば肉体の再生は可能だ。それに、あらゆる異空間にあっても脱する方法は確立している。俺の手札がすべて無効化されてしまえば流石に死ぬが、それができるのは竜種ぐらいだろう。もちろん、俺が失態をしなければ、というのが前提だ。始祖だって俺を完封して殺しうる可能性は低くないわけで、用意はしておくべきだということに変わりはない。


「”その時はぜひ私を共に”」


 エルメスは嫌われているみたいだから同行されると交渉が難航しかねない。いやだな・・・。でも、流石に俺も始祖二体と同時に相手取る何てことしたくないからね、一人で行きたくはないんだよ。痛い思いをするのは必須だからね。あくまで勝てるというのは一対一の局面においてだけの話だし、異空間の中に異空間を作り出されれば脱出はかなり難しいし、其の隙は無防備になるので一人で行くつもりはない。


「”行くぞ、とりあえず封魔囚石の管理は引継ぎをしておけ。いいな”」


「”承知いたしました”」


返事と共にエルメスが自室に現れた。


 俺は即座に転移してきたエルメスに疑惑の目を向けながら、エルメスと共に自宅の屋上に転移した。この家を起点にドーム状の結界が張られている。もし、冥界門から悪魔たちが出てきても結界の中に入れないようにしたのだ。あくまで攻撃魔法に反応する結界であるだけで、侵入を阻害する役割はない。ただ、内側から外側からを問わず結界をまたいだ生物の総数はわかるようになっている。


「ちゃんと引き継いできたのか?」


「人造人間に見張りをしてもらっていますよ」


 ッチ、と内心舌打ちをしておく。エルメスは優秀なのだけど、優秀過ぎて怖い。まあ、確かに封魔囚石の管理だけでエルメスを縛り付けるのは損失なんだよね。封魔囚石が未憎悪の脅威になる、というのはあくまで最悪の想定にすぎず、HOMEで最も有用なエルメスを縛り付ける理由にはならない。


 既に智天使を媒体に封魔囚石を保護する魔道具を作っているから放置してもいいのだけど、現状封魔囚石が暴走しても止められる可能性があるのはエルメスだけなのだ。特別な要因がない限り、仕方のないことである。直ぐに代りも見つかるようならばなおさら。


「じゃあ入るぞ」


 俺は冥界門を顕現させ、冥界に侵入した。そして、始祖を探し始める―はずだった。


―冥界門から異常な魔力反応を検知。同時に灼熱や劫火などでは言い表せないほどの熱量で冥界門を破壊しながら、こちらに向かってくる。


 そして、それは核撃魔法に始原魔法で強化を施された俺でも大ダメージを負う威力であった。熱い、そう感じたということは結界をすべて突破し、状態異常無効を無視するほどの威力であるということを意味する。結界をすべて破られたのは時の魔神と戦った時以来だ。最も魔道学園で張っていた結界は、魔法結界と多重結界だけであった。とはいえ、万全の結界を多重はったとしても神話級の魔道具を防ぎきることはできない。今まで結界が破られなかったのはただ、運が良かっただけだ。


 自宅に貼られた結界に沿って熱線が弾かれ、結界の中は昼よりも明るい光に包まれた。守護者たちが即座に自宅の外に飛びでて異常事態の正体を探る。そして、熱線が止んだ。


皮肉なことに俺の結界よりも、建物が張った結界の方が硬いらしい。万全の状態の俺が作り上げた最高傑作の結界なので仕方ないのだけど、俺自身を守る結界と同じ構造のハズなのだ。現在の魔力量は邸宅の核よりも少ないので当然と言えば当然なのだけど。


 ぎりぎりで結界がもったのは行幸であった。防ぎきるのはあと一回といったところで、出来上がったばかりの都市を放棄したくもない。此れからは核撃魔法を放たせないことに全力を尽くすべきだ。ただ、地面は円状に深さ20メートルほどの巨大な堀ができておりその凄惨な光景と威力に、一瞬だが守護者も身震いするほどの威力を、一切のタイムラグもなしで放つような奴をいつまで完封できるものか。相手は間違いなく、始祖の悪魔だ。最強の一角、そして厄災の襲来だ。


 整地したのに!俺がやったわけじゃないけど。


 都市の結界がもつのはあと一度だけだ。三度目の核撃魔法が撃ち込まれれば都市は崩壊し、10万いる国民で生き残るのは序列の高い守護者のみとなるだろう。ローテルブルクの国民も含まれており、責任問題に発展・・・はしないだろうが配慮はしておくべきだ。


 俺は異空間を作り出し、外界と隔てた。それは、この魔法を放ったのが始祖であることが確定していたためだ。始祖と基軸世界で戦えば竜種が黙っていない。故に異空間を作り出さなければいけないのだが、始祖に対する縛りを付けるよりも異空間の維持に力を裂かねばならなかった。そのため異空間を作る利点である縛りの付与ができない。異空間を作り出す事の優位性はない。始祖がこの異空間に呑まれたのはそれを感じ取ったからだ。ただ、守護者の侵入は許可しているという性質がある。普通はできないことだが、守護者は俺と同一人物として扱われる。異空間に入ることくらい造作もない。


 始祖の全力を受け止められるほどの強固な異空間を形成することは難しい。そのため一切の行動を制限されてしまう。守護者が間に合わなければ、自分の異空間の中で殺されるかもしれない。さっきまで死なないと高を括っていたのに最悪だよ。


「久しぶりだね、ロイス・・・だっけ?」


「これが件のロイスか、本当に私の核撃魔法でも死なないなんて、堅い防御だねぇ」


「バカ言うな、熱かったわ!」


 実際、熱かった。自分の装備が神話級でなければもっとダメージを負っていただろう。それに直撃はしていないだけであった。ぎりぎりのところで身を躱したから傷こそ負わなかったが、直撃して居たら異空間の生成が遅れ都市は壊滅していたはずだ。


 始祖の紫イオデス始祖の緑ラハニスか。ちょっと待ってくれない?こいつら受肉してるじゃん。二人同時、受肉体で守護者が来るまでは無防備な状態で相手をしなければならない、と。とことん悪魔らしいタイミングで、方法で仕掛けてきやがる。


「おい、わざわざ受肉して仕返しに来たのかよ!」


「そうだよ?久しぶりに戦いになりそうだったからね。いつか来ると思っていたから、冥界門が開かれた瞬間に攻撃できるようにしてたんだ」


 そうだよ?じゃねぇよ。暇なのかよ、暇なんだろうね。もしや冥界門が開かれたら無差別で攻撃し続けていたのではないか?であれば、世界中で最悪が繰り返されていたことだろう。俺のせいじゃないよね?


「ロイス様!ご無事ですか!?」


「今回は割りとご無事じゃないです。こいつらを退けろ」


 駆けつけたのはフィンとサリオン、エデンとティオナだった。エルメスは冥界門の向こう側に行ってしまっている。冥界門も核撃魔法で破壊されてしまった。エルメスが居れば一人で済むのに、このメンツじゃ相手にならないぞ。


 俺が協力できない状態であるのが悔しいことだ。


 そのせいで魔力量を無駄に消費しているのだけど、俺一人でどうにもできなかったから仕方ない。始祖はサディストだから、ここから離れて戦いましょう、という名案も却下されたことだろう。作ったばかりの都市を守るには俺が苦行を選ぶしかない。


「シドは?」


「シドは邸宅の異常の調査へ向かいました」


 邸宅の異常だぁ?!異空間に居るから現世のことは探れないし、余裕もない。もし、シドがてこずっているのならばその相手もまた・・・。


「”シド、何してんの?” 」


「”ロイス様、邸宅前に始祖の黄キートゥリノが居ます。受肉していないようですが、加勢できず申し訳ございません”」


 はぁ?黄色まで来てやがんのかよ!ほらね、戦力が足りないんだ。てか予想外だって、こんなの!俺は脳内で愚痴ばかりだ。流石に不満が募って仕方ない。イオデスにも同じように急に押しかけて一度殺しているので、あまり強くは言えないが腹が立つ。しかも、来るもの拒まずの結界を張ったせいで始祖を結界内に招いてしまった。結界は性質上内側からの攻撃には弱い。始祖たちの目的が国の消滅ならば、それはもう叶ったも同然で・・・。


 頭が痛いほど苛立ってくる。俺に出来ることは結界の維持のみ。故にあとは守護者に託して異空間を維持し続ける。


―それもこれも全部エルのせいだ。


万全の状態ならば、この程度のこと・・・。





 フィンは5体の最上位不死皇を召喚し、前線のサリオンのバックアップをする。二人が相手にしているのはイオデスだ。そして、エデンとティオナがラハニスを相手にする。


 イオデスは、短剣を二つ握るが、等級はやはり伝説級であった。俺が破壊した武器と同じように見えるが、もしや魔法で作り出しているわけではないよな?できなくはないし強力な魔法である。エルメスが得意とする分野の黒魔術なのだが、イオデスも同じ芸当ができるならば脅威度が跳ね上がる。


 サリオンとフィンの武器は伝説級であり、同格である。しかしイオデスはティオナの神話級の武器を凌ぎ切っている。故に、同格の武器ではただでさえ差がある実力差を補えない。サリオンは存在自体が始祖と同格なので、神話級と同程度の威力だけは保障されている。不壊属性がない上、同格が神話級の武器を使えば差が生まれてしまう。武器が足りないという話だ。


 観察しているうちに激しい戦闘がはじめられた。始祖は人数不利を思わせないどころか余裕を持った戦いを演じ、守護者は決死の覚悟で紙一重の戦闘に興じる。


 イオデスと相対するサリオンの拳も伝説級以上の威力があるので、神話級にも匹敵するだろう。それでも、イオデスの絶技によっていとも簡単に払われている。そして、五体の不死皇も同様だ。そこにフィンの魔法が放たれるのだが、イオデスは魔法に干渉し軌道を曲げて利用してしまう。フィンの魔法はHOMEでも指折りであり、俺とエルメスに並ぶ。二番手との差は圧倒的なのだが。それほどの使い手でも魔法では悪魔が上手であった。


 やはり上手い。冥界であった時とは違う本気の一端をイオデスは見せているのだ。それでも、先に傷を負ったのはイオデスである。サリオンの音速にも届かんとする鉄拳が連続でイオデスに降り注ぐ。100発は容易に超えているだろうが、イオデスをかすめたのは2撃のみ。しかも、サリオンはイオデスの毒に犯された。攻撃したはずのサリオンの方がダメージは大きい。受肉した彼女の毒は、簡単には解毒できないし致死性であり即効性も高い。わざと掠ったのだ。相手に毒を付与するために。いやな戦い方をする、流石は悪魔だ。


 サリオンの両の拳が朽ちる。それは腕にまで電波して。サリオンは両腕を切断し、致命的なダメージになる前に毒を捨てた。


「君、熾天使?にしては強いね」


「そりゃ馬鹿みたいに強い上司が三人もいるんでな」


 イオデスの素直な賞賛をサリオンは嫌味として受け取った。自分の渾身の一撃をすべて耐えきったイオデスに褒められてもうれしくはないのだ。上から目線で無傷の相手からの賞賛など欲しくはない。


 フィンはそのやり取りに干渉しない。いくつにも分かれた魔法が、イオデスを焼き切らんと迫り続けるが、イオデスはそれを避ける。追尾したとしても、短剣で切り裂かれた。剣技も魔法技術も体術も知識もセンスも、守護者では始祖に及ばない。


「魔法では有効打を与えられん!アンデッドを出しまくれ!」


 サリオンの言にフィンは答えた。今度は脅威度の高くないアンデッドを大量に出し、5体の不死皇とサリオンの防御にあてた。


 不死皇の鉞がイオデスの首をかすめる。だが、即座に再生し無傷に戻る。魔力を消費するが元が膨大なので損失にはなり得ない。一撃で葬らなけば先に魔力が底をつくのはサリオンとフィンだ。


「サリオン、行動を封じて!」


 フィンの叫びにサリオンは呼応する。そして、サリオンは捨て身の特攻を再生能力で補いつつ、イオデスに抱き着いた。幼女ほどしかないイオデスがサリオンの巨躯に埋もれて見えなくなる。そこに、フィンは魔法をぶち込んだ。熾天を冠するものの炎耐性だけはイオデスを軽く凌駕する。魔力防御で同等のことはできるだろう。だが、それでもサリオンに分があるのだ。


「核撃魔法”分子焼却法アトムクリアキャノン”・”滅却圧縮砲ディストラク・コンバージョンキャノン”」


 二つの核撃魔法を同時に発動し、角度をつけ衝突させる。始原魔法が使えないフィンにとって最高火力は核撃魔法だ。核撃魔法同士をぶつけることで、螺旋状をかたどり貫通力を得る。同系統の魔法がぶつかり合うことで温度は跳ね上がり、相乗的に威力は始原魔法を使ったものよりも高くなる。フィンがエルメスに並ぶ魔法使いと言われる要因がこれだ。


「サリオン避けて!」


「安心しろ、俺に炎は効かん!」


 サリオンごとイオデスを焼き尽くす。温度にして10万度を超える。異空間だから放つことのできる超火力である。ロイスの維持している異空間が大きく揺らぎ、悲鳴を上げる―ロイスが。


(フィン、ちょっときついって!威力高すぎて異空間が壊れる!)


 という主人の叫びに応える忠臣は居なかった。聞こえていないからね。


「流石にあっついね!いいじゃん、君たち最高だよ!」


 イオデスの可愛らしい顔の半分が焼きただれており、目玉が飛び出している。背中に悪魔の両翼が顕現しているが、ほとんど燃え尽きている。


「化け物じゃないの!?私の最高火力なのに!」


 フィンは憤慨する。イオデスは次元結界を発動していたのだ。フィンが次元結界を使えないのに、次元すら燃やし尽くす火力を出せたのは素晴らしい進化だと言えよう。きっと彼女のレベルも上がっただろう。


「流石に、全回復はできないかもね」


 一見すれば全回復したかのような外見に戻るのだが、魔力の損失は大きい。フィンは求められている働きをしたと言ってもいいだろう。ならば次はサリオンだ。


「俺でもダメージを負う火力・・・炎無効なはずなんだがな」


 熾天使たるサリオンは炎系統の魔法をすべて無効にする種族適性がある。故に自らが犠牲になったのだが、フィンの放った原子焼却法は炎系統の中でも少し異質なものだったのでダメージを負ったのだ。それでも、ダメージはイオデスの方がはるかに大きい。原子を燃やす、その身を構成している物体そのものを炎に変化させるのだ。燃える燃えないではない。体が炎に変わるのだからダメージは発生する。いうなれば物質改変の魔法だ。


「俺も、本気出すぜ」


 サリオンの背中に三対の翼が顕現する。そして、今までとは比にならない速度でイオデスと対峙した。イオデスの短剣が受け流す、から受け止めるに変わる。そして、焦りが見られ始めた。それでも、サリオンに毒が蓄積されていく。大気に含まれた毒素に犯され始めているのだ。次元結界が使えれば対処できたかもしれないが、サリオンにその術はない。


「毒の耐性もないはずでしょ?天使はさ」


「根性だ。正直俺は弱いからな、根性で負けてたら話になんねぇんだよ!」


 サリオンの拳がさらに加速する。そして、サリオンの体が激しく発火し始めた。炎を纏うその姿は天使とは呼び難い化け物だった。そして、イオデスの顔面に拳が埋まる。軽い体が異空間の中を百メートルは吹き飛んだ。防御していてこれだ。どれほどの威力があったのかは言葉にもできない。イオデスの次元結界を超越してダメージを与えた。次元結界は空間をゆがめるほどの超威力か、時間を止める、次元結界を纏う以外では破れない。つまり、サリオンの拳は次元結界すらも超越する威力があったということだ。


毒に耐えれているのは、体内の温度が高すぎて毒が死んでいるからである。だが、腐食は進み、壊死も起きるのは時間の問題である。


「流石に二対一は厳しいね。でも楽しいよ!」


 イオデスの背中から大きな悪魔の羽が生える。燃え尽きた羽はそのまま地面に落ち、消えた。そして、魔力を解放したイオデスの存在感はエルメスと同じかそれ以上であった。


 少女の顔に無邪気にも恐ろしい笑顔が浮かぶ。禍々しい気配と共に、絶望を相手に振りまきながらまるで試すようにささやく。


「どれくらい呼吸を止められるかな?」


「俺たちは息などしないぞ」


「それ、勘違いだよ」


 イオデスがにやりと笑った。サリオンが右の大振りをイオデスに仕掛けるが、拳は空を切り、逆にサリオンが大きく顔をゆがめた。イオデスはサリオンの懐に潜っていたのだ。分かりやすいカウンターがサリオンを穿つ。イオデスの短剣がサリオンの左手に突き刺さり、かろうじて腹には達さなかった。それでも、魔力を解放したイオデスの毒は致命的であった。


「左手が・・・」


 短剣を止めた左手がその場に落ちた。正確に言えば、ひじから下が腐り落ちたのだ。そして、傷口を苛み続けるからこそ再生ができない。


「王手だよ」


 サリオンの腹にもう片方の短剣が繰り出される。その中にアンデッドが割って入らなければサリオンは死んでいただろう。フィンのアンデッドは二人の高速すぎる戦闘についていけていなかった。


 フィンの能力は弱者を制圧することを得意としており同格を相手にすることに長けていない。召喚に応じる程度のアンデッドでここまで動かせるのは褒めるべきだった。


「フィン、ロイス様をお守りしろ!」


「分かってるって!」


 フィンは焦っていた。自分よりも直接戦闘が強いサリオンでも敵わない相手が、魔法でも自分を超えている。ならば、戦っても勝てないということを意味している。ロイスを守ることができるのだろうか?いや、できはしない。できないからやらないのか、と言われればそうではない。死力を尽くして、ロイスを守らなけてばならないのだ。


「バカ言うな、シドが来るまで二人で相手してろ!」


「ですがそれでは!」


「サリオン、全力を出せ。俺にかまうな」


 フィンの反論を許さず、ロイスはサリオンに命令を飛ばした。サリオンはロイスの命を受け、力をすべて解放した。


「後悔しないでくださいよ?ロイス様」


「生意気なこと言ってる場合ではないぞ」


 サリオンが口角をあげた。そして彼の全力が解放される。


 熾天使本来の姿を解き放つのだ。三対の翼は各々が巨大である。一対が足を隠し、一対は空を飛ぶのに使い、一対は顔を覆った。表情はかなり怖い。威圧的な顔でサリオンの名残を感じる。そして、肉体は羽でよく見えないが、きっと筋骨隆々だ。全長は20メートルは超えている。


 真っ黒な異空間の中で真っ白な彼はよく目立った。魔力量もさることながら、この異空間で最も目立つ存在だろう。


 異空間の温度が跳ね上がる。水が瞬く間に蒸発するほどの高熱に、サリオンの体は燃え盛っていた。そして、イオデスは唇を舌を使い湿らせた。


 サリオンの羽の下から5体の巨大な蛇がイオデスに伸びる。素早い動きで避けるが、蛇が入り乱れながらもイオデスを追い熱線を吐き続ける。蛇は重なると統合されより強い炎を、しばらくすればまた分裂し手数を増やし続ける。1万度を超える熱線が凝縮され放たれ続ける。イオデスが、サリオンの懐に潜り毒を仕込んだ一撃を繰り出す。だが、毒が到達する前に蒸発して消えた。


「僕の毒って蒸発するの!?」


 イオデスも驚きだった。イオデスほどのものが魔力で作り出したものが蒸発するなど普通ではない。


 サリオンの羽が熱風をイオデスにたたきつける。植物が相手ならばそれだけで今後数十年は草木も生えない焼野原だ。イオデスも動きを阻害されている。それでも素早いのは彼女の戦闘センスと経験のたまものだろう。


 サリオンの巨大な腕が巨躯には見合わない速度でイオデスを捕えた。だが、イオデスも悪魔だ。魔法ならこの世界で最強に位置する種族である。サリオンが殴ったのは幻術だった。サリオンの腹から血が噴出する。イオデスの短剣に切り裂かれたのだ。だが、今はまだ致命傷ではない。毒が廻り始めるが、巨大であるがゆえに死に至るまで時間がかかる。


「極大魔法”氷雪世界アイスワールド”」


 イオデスの魔法がサリオン全体を氷漬けにする。だが、一秒もしない間に亀裂が走り、二秒後には完全に蒸発した。その硬直が命取りである。イオデスの短剣がサリオンの目玉を抉らんと迫った。だが、フィンの幾千のアンデッドが壁となり防いだ。


骸骨壁スケルトンウォール


 イオデスの一撃を防いだが、スケルトンは砕け散ってしまう。そして、サリオンがより一層たけだけしく燃え盛り、イオデスを焼き尽くすほどの熱に達した。イオデスの受肉体の皮が焼け、筋肉があらわになり、骨に至り始める。次元結界すらも揺るがす灼熱だ。もはやサリオンは次元結界の破り方を把握していた。まぎれもなく進化だ。だが、そこでサリオンの動きが止まった。


 尋常ではないほどの血液をサリオンは吐いたのだ。血がなくとも生きられるが、流れていないわけではない。負傷の正体は、イオデスが空気中にまいていた毒素であった。


 サリオンは呼吸を必要としないがしていないわけではなかった。厳密に言えばしていないのだが、言葉を発しようと口を開けた瞬間、空気は口の中にも入る。そこに毒素があれば体内に毒が循環してしまうのは必然だ。それに結界を潜り抜ければ大気に含まれた毒にも犯される。イオデスにはその技術があった。


「君でかすぎるんだよ」


 イオデスは顔を半分再生して、言葉を発した。


 そして、少し離れていたフィンにも同じ症状が現れる。命を蝕む最悪の毒が二人を腐らせる。もはや直立することもできないほどに体内はボロボロだ。





(戦い慣れてなさすぎる)


 何もできない俺は頭の中でそうぼやいた。流石にサリオンの全力を受け止めながら、もう一体の始祖との戦いが繰り広げられている異空間を維持するのは骨が折れる。異空間を解除して始祖を退けるか?この後に竜種と戦うことになったらどうする!勝てはしない。異空間は解除できない。


「お待たせいたしました。ロイス様」


 俺は声の主を推測して歓喜した。来てくれると思ったよ。


「やっと来たかシド!」


「キートゥリノが受肉前で助かりました。流石に疲労が残りますが、イオデス程度であれば問題ありません」


 頼りになるが慢心ではないか?イオデスとシドは同等だ。体力が残り少ないのはイオデスだが決して油断はできないぞ。


「君が切り札だね?」


「切り札?HOMEには俺よりも強いものがいくつもあるさ」


「もの?」


 実はHOMEのNO1はエルメスではない。最強の守護者が一人いる。会議などでは決して姿を現さない最強の守護者、彼女は生物ではない。神器だ。神器が生物としての形を取ろうとした姿。彼女を解き放てば竜種だって怖くない。


 それに、HOMEの防衛システムをもってすればシドだって無事では済まないようにしてある。今回は、この場にその防衛システムがないこと、異空間を作り出したことが重なり使えない。


 この局面での切り札はシドだけだ。あと数十分もすればエルメスが帰ってくることだろう。だがそれまでに形勢は決まってしまう。


「まあいいよ。僕のワクワクは止められないしね!」


 イオデスは今までで最も早い速度でシドに切りかかる。シドの次元結界、多重結界や魔力結界、魔法結界までも切り裂いて体に届く。だが、シドの体に傷はつかない。


「は!?なにこの硬さ竜種並みじゃん!」


 伝説級の短剣が砕け散る。その異常な光景にイオデスは瞠目し絶叫せずにはいられない。シドの拳がイオデスの顔面を激しく打った。異空間の地面が一瞬まるで水面のような波紋を描き、時差で崩壊を始める。イオデスの着地した地点はあまりの威力に赤く熱を持っていた。


(ヤバい砕ける・・・危ねぇ!耐えた!)


 俺の異空間が崩壊しかけるほどの威力だ。イオデスは死んでいない。生きているが、気を失っていた。たった一撃で始祖の悪魔を気絶させた、これがロイスとエルメスの両者に認める唯一の守護者である。


「殺すつもりだったのに、耐えられたか」


 シドの右手が毒でただれている。ただれているが、致命的ではない様子だ。再生能力が間に合っているのか、浸食している様子はない。


 だが、流石にシドも疲労が残る。魔力量に余裕はあるが、それでもきついのだ。同格の相手と連戦、摩耗しないわけがない。


「シドよくやった。サリオンとフィンを守っておけ。後イオデスの捕縛は忘れるな。



 ラハニスは命を操作する。格下の寿命を無条件で搾取することができたり、自分の寿命を消費してあらゆるものを強化することができる。といっても無限の寿命を持つ彼女にとって代償にはならない。そして、何者にでも命を与えることができる。椅子に命を与え、魔法を行使させるということもできる。厳密に言えば、あらゆるものに命令を下せるだけで命が宿るというわけではない。


 彼女は翡翠色の長い髪が腰まで届き、赤みがかった色合いの服を着ている。身長は低くもなく高くもない。


「なによこいつ!」


 ティオナの怒号が響く。怒りたくなるのも無理はない。ラハニスの得意魔法は生命魔法だ。あらゆるものにまるで命を与えるかのような権能である。そして、格下ならば寿命をすべて吸い上げることも可能。それは寿命を持たない相手にも寿命を押し付け、絶命させることができる。


 分かりやすく言えば、万物すべてを自分の手ごまにするため術だ。魂や命という概念を与える権能ではない。術式の完全付与である。万物は生物から物体や気体、果ては相手の魔法にまで干渉可能だ。そして、魔法の付与だけではない。命令を下すことも可能である。ひとりでに行動し、魔法を扱うようになるので命を与える術として生命魔法と名付けられている。


 実際ロイスとエルメスもこの魔法は使えるが、ラハニスの方が練度が高いため乗っ取られる。扱えれば手数も多くなるし、相手に攻撃するなという命令を下せば一方的な蹂躙ができる。流石にチートレベルの魔法だ。


 故に、ティオナはラハニスに攻撃することすらできない。ラハニスが、彼女に命令を下した。”攻撃するな”と。ティオナの通常時の姿ではラハニスに格で負けているため魔法の影響から逃れられない。エデンの魔獣も同様だ。


 単体としてのエデンは本気を出したとしても守護者で最弱だ。ラハニスに格で負けている。


 ラハニスの魔法が発動される条件は、一定範囲で3度攻撃を交わす事。攻撃といっても、魔法戦であっても殴り合いであってもいい。常にこの魔法を行使し続けた状態で近接戦闘を繰り返すだけでいい。デメリットは魔法の影響が切れるタイミングが分からない。そして、魔力消費が激しいという二点があげられる。ラハニスはエルメスよりも魔力量が多いのでデメリットにはなりにくいが、それでも燃費は悪い。


「僕の魔獣が・・・手数で負けちゃってる」


 エデンの強みは多種多様な魔物による手数の多さと、様々な権能を押し付ける戦闘にある。だが、ラハニスの魔法により、気体に魔法が付与されている。そのため、どこから魔法が飛んでくるかわからない状況で、対症療法しか講じられない。


 魔法が飛んで来たら、魔獣で防ぐ。ティオナも武器を振るって魔法を切断しているが、一発一発が核撃魔法に匹敵するため完全に中和することはできない。


 だが、ティオナが攻撃を捌けているところを見るに、一つの物体に課せる命令は一つであり、命令を付与したものには魔法を付与できないということ。


 ならば、とティオナはエデンの魔獣をすべてラハニスに弾き飛ばす。彼女のバカ力で放たれる魔獣はその一撃で絶命するが、その質量のままラハニスに迫る。ティオナは確信した。明確にラハニスへの攻撃と断じることができない行動までは制限できない、と。ラハニスへの攻撃も、魔獣への攻撃を挟むことでそれは、魔獣への攻撃としてみなされる。


「ぼ、僕の魔獣が」


 エデンは泣きそうな目をするが、それ以外攻撃できる手段がないので泣く泣く留飲を下げる。それにこれで消費しているのはエデンが無造作に作り出せるもので強くない。もとより消耗品だ。


 だが、ラハニスの魔力結界を破り、魔法結界を破ったが多重結界を破ることはできず攻撃は止まる。


「脳みそに血が通ってないみたいな戦い方だなぁ」


 ラハニスはかなり賢い。そうでなければこのような複雑な魔法を使いこなせるわけはない。戦闘センスも賞賛すべきもので、二人を追い詰めている。


 そして、ティオナも賢い部類だ。それでも、攻撃手段が見いだせない。


「私は遠距離攻撃を持ってないのよ!」


 ティオナは極大魔法しか使うことができないし、その中でも4つほどの魔法しか使えない。しかもそれは範囲魔法がほとんどで一対一の戦いで使えるものではない。そもそも彼女と一対一で勝てる存在が少なすぎるから、こうなったのだ。


「ハルバートが届けば!」


 彼女の腕力はサリオンを超えている。そして、ハルバートも神話級の武器であり、効果は絶対的な破壊力だ。彼女の一撃は次元結界や魂でも砕ける。


「弱点を弱点のままにするなんて・・・あれほど強い主君が居て何も学ばなかったんだね。かわいそうだなぁ」


 ラハニスの言葉がティオナの怒りを最高潮に引き上げてしまう。ラハニスは、ロイスの作り出した異空間の強度に驚いていた。普通あの魔力量しか持たない者が始祖二体を封じ込めるほどの魔力結界を作れるものだろうか。応えは否である。そのような優れた主君を持っていながら、相対する有羽族ティオナはあまりに弱い。


「エデン、いまだしてる魔獣を下げなさい。遠距離特化の構成で援護です」


「え?はい」


 エデンはティオナの言われた通り即座に行動する。エデンは頭が良くないので自分より賢いものの言うことは直ぐに承諾するのだ。


 ティオナは自分の力を解放する。脅威度350万から650万への変化が始まる。


 ティオナの足が鳥類のそれとなり、鋭い爪の硬度はアダマンタイトを容易に切り裂くほどだ。そして、肩から一対の巨大な漆黒の羽が生える。彼女の有羽族ハーピーとしての真の姿が解放された。そして、ハルバートを眼前に構えラハニスと同格となった。武器を足してようやく対等の脅威度ということだ。とはいえ、受肉していない上に武器を装備していないラハニスと同格となったところで現状は変わらない。


「私の魔法から逃れたのか。頑張るね」


 ラハニスの賞賛である。そして、ラハニスの手にショーテルが握られた柄には深緑の宝玉が埋め込まれており、その輝きからして神話級だ。魔法の威力を高める効果があると推察された。


 エデンの魔獣が遠距離から光線を放つ。3本の光線はラハニスを捕えるが、脅威度が100万ほどしかない魔獣ではラハニスの結界を破れない。


 だが、目くらまし程度の役割はこなした。ラハニスの視界が不明瞭になった瞬間、ハルバートが音速を優に超えた速度で振り下ろされた。ショーテルで攻撃を受けたが、彼女は地面に叩きつけられることになる。


「なんて威力なのぉ?やっぱりノウキンじゃない?」


 ラハニスは嫌悪感たっぷりにつぶやいた。彼女の結界をすべて破ったことが、彼女の顔に出来た擦り傷で分かる。だがそれもすぐに癒え、結界は張りなおされる。


「ッチ!耐久力が高すぎるでしょうが!」


 ティオナは苛立つ。彼女は賢いがそれは、謀略や戦略においての話だ。戦略と戦闘センスは違う。一対一ではノウキンとなる。だが勝てればそれでいい。何を隠そう、主君たるロイスが割とノウキンだからだ。


「エデン!もっと強い魔物はいないのですか?」


「いるよ!いるけど・・・操られちゃうでしょ!?」


 エデンはティオナの怒号に怒りを覚えた。彼の魔獣は彼の寵愛を受けている。ペットを馬鹿にされて不満がないわけがない。


 そして、エデンの持つ最強の魔物は脅威度が500万である。守護者と同じ身体能力があれど一対一で勝てる者はいない。使役される魔物としては最高戦力として間違いない。だが、ラハニスの脅威度は900万だ。魔獣が使役されれば勝ち目が無くなる。ラハニスは自分よりも格下の存在の寿命を操作できる。ティオナやエデンは対象外だが、それでもエデンの使役している魔獣は対象だ。ラハニスの恩赦で戦いが成り立っているようなものだ。


 ラハニスが大きく体をよじって熱線から逃れた。


 サリオンが隣で本来の姿を顕現させたのだ。イオデスに向けられた熱線がラハニスに飛んでいく。サリオンの脅威度が600万となったことで、周りでの戦闘にも影響を与え始めている。


 そして、熱線の影響を受けるのはラハニスだけではない。エデンの魔獣がことごとく焼かれている。


「ちょっとサリオンさん、やめてよ!!」


 エデンの叫びもむなしく、というよりサリオンとてそんな場合ではなかった。


「もう!!みんなして、みんなして!!」


 エデンの怒りが最高潮に達した。そして、権能が解放される。


「一蓮托生!扇動師!」


 両方とも伝説級のスキルである。一蓮托生は、使役した魔物の命を補完できる。つまりは死んだ魔物も蘇らせることができるのだ。そして、使役した魔物は使役から解放されることはない。洗脳されることはあるが、使役したことがなかったことにはならない。


 そして、扇動師は使役している魔物の能力を5倍まで引き上げられる。100万の脅威度を持つ雷鳥はこのスキルで500万の脅威度と同等の力を持った。そしてエデン最強の切り札である魔獣の脅威度は2500万まで跳ね上がるのだ。これを出せばラハニスにも勝てる可能性はある。だが、ラハニスを討ち果たす前にエデンが殺されて終わりだ。


 雷の速度は跳ね上がり、威力も底上げされる。そして、雷鳥は3体いる。同時に強化される魔物の数に上限はない。だが、遠距離持ちがそう多くないので雷鳥をの強化に注力する。


 三本の雷撃が束となり、ラハニスを焼いた。単純計算で脅威度1500万の存在が放つ威力と同じとなる。実際は1000万程度だけど。


 それでもラハニスでも防げない威力となった。


「忘れたのぉ?手数の多さでは依然私の方が有利なのよ?」


 ラハニスの周りの気体から核撃魔法が放たれる。5本の魔法が行使され、それらはすべて”滅却圧縮砲ディストラク・コンバージョンキャノン”だった。雷鳥の雷撃に相殺されたのが4本分で、残り一本の核撃魔法がエデンに向かう。


「よくやったわ!エデン!」


 ティオナはラハニスの間合いに入っていた。そして、ハルバートを横一文字に一閃した。


「貴方の権能は一回きりなのでしょう?一度使えば脅威じゃない!」


 ティオナの推測は正しかった。付与した魔法が有効なのは一度きりだ。故にラハニスは逐一付与する魔法の場所を変えている。本来、気体に魔法を付与しようとすればランダムの場所に一つだけ魔法を付与される。気体には明確な分画がないためだ。だが、ラハニスが強引に気体を分割し、魔法を付与している。故に、気体への魔法付与は果てしなく燃費の悪い技術なのだった。それでも奇襲としての性能が高いためラハニスはこれを繰り返していた。だが、ティオナはそれを見切り始めていた。


 ラハニスの腹にハルバートの斧がめり込む。そして、結界をすべて破りラハニスを遥か彼方へと吹き飛ばした。運が良く、サリオンの熱線がラハニスに直撃した。たまたまだが、幸運である。


「エデン!」


 ティオナの言葉でエデンは雷鳥の追撃を開始した。ラハニスがこれで死ぬとは思っていない。雷鳥の追撃でできる限り魔力を消費させたいのだ。


 ラハニスにすべての攻撃が直撃した。


「やるねぇ。ノウキンにしてはだけどね」


 ラハニスは己の血で前髪を上げる。そして、自分に命令を下す。


「如何なる攻撃も耐えて見せなさい」


 ラハニスの言葉と同時に彼女がまばゆく光る。そして、彼女の防御力が跳ね上がった。彼女の権能による言葉は絶対だ。性質を変えてしまうほどの力、恐るべき権能である。生命魔法を自分に掛けた。不死身になるわけではない。魔法の性能を超えた攻撃を受けては死んでしまう。だが、ラハニスの持つ再生能力と防御力が組み合わされればそれだけで脅威だ。


「死にさらせ!」


 ティオナの絶叫と共に放たれる攻撃にラハニスは何もしなかった。彼女のハルバートがラハニスの頭頂部を捕えた。結界はすべて破壊され、そして頭蓋骨を砕く―と思われた。


 地面は深く抉れ、クレータとなる。だが、ラハニスは平然と立っていた。


 ハルバートをまるで土でも払うかのように退ける。そして、ショーテルがティオナを袈裟懸けにした。鮮血が吹き荒れる。ティオナの超速再生が開始されるが、体を両断したのが神話級の武器であったがために再生が遅れる。


 再生の遅れは絶命につながってしまい兼ねない。


「始祖ってのはどいつもこいつも!まともなのはエルメス殿だけなの?」


 ティオナはかすれる声でラハニスに吐き捨てる。だが、ラハニスは嗤った。


マブロがまともだってぇ?おかしなことを言うね」


 ティオナは虚空から糸を取り出した。そして、魔力操作で上半分の体と下半分の体を結合する。ラハニスは始祖の黒エルメスを嗤うことで必死だった。可笑しな程必死だったことを見るに、どれほどエルメスが嫌われているのかがわかる。


「危なかったわ」


 ラハニスから距離を取り、超速再生によって傷を完全に癒したティオナがつぶやく。実際、糸を持っていなければ死んでいた。いうなれば女子力が高いから生き残ったとでもいうべきだ。


「悪魔は本当に嫌われるのが上手なのね」


 ティオナは冷静さを取り戻した。そして、魔道具を一つ取り出した。


 エルメスの作った、伝説級の魔道具だ。相手の魔力を吸い続ける。封印ではないため、時間が立てば回復されてしまうが短期決戦であれば、かなり厄介だ。


 ラハニスの防御力も幾分かは和らぐだろう。そして、もう一つの魔道具を取り出す。今度はレージングと呼ばれる拘束具を取り出した。こちらも伝説級の魔道具である。見た目はいぶし銀の鎖だ。


「エデン、隙を見て魔獣にこれを使わせなさい」


「は、はい!」


 拘束はエデンの魔獣に任せる。ティオナは依然として注意を引き続けるのだ。魔力を吸い取る魔道具の守りもエデンに任せる。


「殺す気で行くわよ」


 ティオナは地面が大きくえぐれるほどの脚力と両翼の推進力によって、音速以上の速さでラハニスに迫る。だが、微動だにしないラハニスがショーテルですべてを凪ぐ。ハルバートの方が破壊力もリーチも有利なはずだった。だが、ショーテルの形状を駆使した巧みな武術でラハニスは攻撃をいなし続ける。


 ラハニスの背後から魔獣が5体近寄る。脅威度は強化を含めて200万ほどしかない。ティオナとラハニスの剣戟で消滅しない最低限度の強さだ。


 5体で鎖を隠しながら、ラハニスを拘束せんと迫ったのだ。


「魔力を吸い取る・・・面倒な魔道具をもっているねぇ。面倒なのは金髪の方かな?」


 ラハニスは片手でティオナの攻撃を捌きながら、片手で魔法陣を顕現させた。背後の魔獣は地面に付与された核撃魔法で対処されてしまった。だが鎖の存在はバレていない。


「核撃魔法、止水の矢。始原魔法、倍加収束技巧」


 時間の止まった水の矢が倍加魔法によって3つに分裂する。そして、再び一つに戻ったとき、威力は5倍にまで膨れ上がった。核撃魔法は本来時間を止めるほどの力はないはずだ。だが、魔法に命令を付与したのだろう。流れる時間を急激に下げる。まるで動いていないと思えるほどに。実際に流れる時間の一千万分の一の速度で流れている。時差のある者同士がぶつかったとき、先に衝撃が伝わるのは時間の流れのはやい側。防御がその間に崩されれば、まだ推進力が生きている攻撃は本来届くはずのない防御の奥まで届いてしまうだろう。


「エデン!」


 ティオナはこの魔法の異質さと脅威を正しく察した。だが、エデンはこの魔法の威力を知らない。次元結界も使えないエデンにこれを防ぐすべはない。


 喰らえば絶死の攻撃がエデンに光の速度に近い速さで飛ばされる。


「 ”ッチ!エデン、そこ動くなよ!” 」


「ロイ―」


 エデンの声は魔法が着弾した音で掻き消えた。


「貴様よくもエデンを!!」


 ティオナは憤慨した。エデンは助からなかったのだと確信したのだ。物語であれば、仲間を失った勇者が眠っていた力を呼び覚ます場面だが、残念ながらティオナにそれは起こらない。


「うるさいなぁ」


 ラハニスの一言を皮切りに、ショーテルの速度が上がる。そして、ティオナを横一文字に切り裂いた。そして、縦に切り裂く。四分割されたティオナにもはや意識はない。


「エ・・デン・・・生きて・・いるなら行動・・なさい」


 ティオナは執念で言葉を紡いだ。


「君の仲間は死んだでしょう―?」


 ラハニスが魔法でティオナにとどめを刺そうと手をかざす。だが、手は動かない。脅威度がたったの100ほどしかない魔物がレージングをラハニスに付けたのだ。


 レージングはラハニスに接触した瞬間、彼女の四肢を何もない空間に固定した。そして、ラハニスの魔力を吸っていた魔道具を取り込んだ。これは予想外だったが、レージングが強化されてしまい、等級が上がる。スキールニル、それが進化したレージングの名称だ。


「これは神話級の魔道具!?」


 ラハニスが初めて焦ったような声を出す。そのタイミングでシドが現れたからである。隣では自分と同格たるイオデスが、消耗していたとはいえ一撃で倒されている。余力を多分に残しているラハニスでも、拘束具をどうにもできないままならば負けは必然だ。


「―生きていたのか・・・これは読み違えたかなぁ」


 ラハニスはさっき仕留めたはずのエデンの方へと目を向けた。まだ土煙が立ち込めて居たが、その先にエデンの姿があった。


「君の力がこれほどだとはねぇ。流石、黒が懐くだけはある」


 ラハニスは自分の敗北を認めた。そして、冥界へと帰還しようとする瞬間、異空間が解除された。そして、自分の前に立つ男を見た。


 全身が震えるほど底の見えない実力、そして、存在感だ。


「イオデスが協力を要請してきたのも理解できるねぇ」



 異空間を解いて、目を地面に落としてみると自宅前が大きくえぐれている。幸いなのは被害が想定していた以上に少ないこと。俺の自宅の中で戦ったんだろうな。シドの機転が利いたのだろう。俺の家は堅い上に魔導核があるので損害が出ても生物のように治癒が始まる。


「キートゥリノが派手に暴れたみたいだな。あれは逃がしたがお前たちを逃がすつもりはない」


 俺はラハニスの前に、いまだ気絶しているイオデスを放り投げる。そして、俺は言葉をつづけた。


「お前が俺たちの配下となるのならばよし。そうでないのならば、今この場で完全に消滅させる」


 悪魔は殺しても数百年単位で復活する。だが、異空間で殺せば冥界に魂が回帰することはなく完全に摩耗し破壊するまで放置することで、完全に消滅させることができる。


「君なら、できるだろうねぇ。いいよ、ここまで完璧に負けたのは始祖の白アスプロ以来だもんね」


 あらら、意外とあっさり何だね。


 というよりもティオナが死んでしまったので、蘇生しなければならないのだけど俺の魔力も尽きかけている。蘇生に必要な分の魔力がない。でも失うのも痛手だからなぁ。


「ラハニス、お前が殺したティオナを蘇らせろ」


「いいよぉ、面倒だけどねぇ」


 おまえが殺したんじゃん、と言いたいがまあいい。魔法ならば悪魔に任せておけば大体何とでもなるのだ。


 そして、ティオナが完全に復活を果たす。ラハニスに蘇生されたことを見て、現状を把握したティオナは留飲を下ろしロイスの背後に控えた。


 察しがいいね、蘇ったところなのに。俺は満足しながら、ラハニスへの言葉を続ける。


「配下となるにあたって、名前と受肉体をやる」


 悪魔をはじめとした精神生命体には名前を得ることでこの世界に定着し進化を得るという特性がある。故に名づけをするのだ。虚空からヒヒイロカネでできた人形を二つ取り出して、ラハニスとイオデスの前に置く。名づけをできるほどの魔力量はないので、エデンの魔獣をいくつか呼び出してもらい、魔力を吸収する。シドの魔力も借りて、ティオナの魔力もちょっと借りて、やっと二人分の名づけに必要な魔力を得た。


「ブルガリと命名しよう。この受肉体に変わったほうが強くなるぞ」


「分かったよぉ。名前もまぁ気に入ったしぃ」


 ラハニスは名前を得てエルメスと同格の存在へと生まれ変わる。そして、さらに殻を乗り換えたことで身体機能の圧倒的向上につながる。ヒヒイロカネは神話級の金属であるが、不壊属性はない。伝説級の武器で傷はつけられないが、神話級の武器ならば切られるし砕かれる。


「おい、いつまで寝てるんだイオデス。もう起きてるだろお前」


「バレてたの?でもそこのシドとかいう奴に殴られた場所まだ痛いんだけど」


「黙れ。貴様がロイス様に危害を加えなければこうはなっていない」


 イオデスとシドの喧嘩に取り合うつもりもないので、俺は無視してさっさと名づけをする。


「イオデスの名前は、カルティエだな。早く体を乗り換えて服従しろ」


 イオデスは少し考えた後、名前を承認した。カルティエとなったイオデスは体を乗り換え、ブルガリとエルメスに並ぶHOMEの最高戦力となったのだ。これで、気兼ねなく孤島の勢力を制圧することができるだろう。これは棚ボタだね。予想外だけど町がちょっと壊れた程度で始祖二体を手に入れられたんだ。これはかなりの収穫だ。


「これからよろしくね、ロイス様」


「よろしくですぅ。じゃ、私寝てくるんで鎖外してくれません?」


 俺は鎖を外してやる。地面に二体の人間の死体が落ちているのは、受肉体を変えたことで生まれたのだ。とりあえず邪魔だから、魔力に変換して自分に充てる。ちょっとしかないな魔力も吸いあげられてたのか。


「お前ら、どこで受肉したんだ?」


「君に勝ちたかったから法皇国の隣にある冥界門から人間を拉致ったんだよ」


「お前らって奴はほんと、どこまでも戦闘狂だな」


 二人は照れているように見える。やめてほしい、褒めてないもの。でもまあ味方になってくれるならばいいか、と思考を放棄した。


「貴方たち、ロイス様に負けたのですか?というよりもロイス様に対する不敬、私が直々に調教しなければなりませんね」


 エルメスが冥界から帰還した。そして状況を確認する成り、馬鹿にした。


 君がもっと早く来ていればティオナは死ななかったし、町も壊されずに二人を取り込めたのにね。まあ、俺が開いた冥界門だったし、異空間を作り出すために冥界門を閉じたから仕方ないんだけどね。エルメスからすれば、急に冥界に取り残されて、どこにいるかもわからず現世の座標を推測しながら冥界門を作っていたんだろうけど。もう少し早く帰ってこれたでしょうよ。


「というか、お前らの立ち回りの脆弱さも垣間見たぞ。守護者たちは始祖組との戦闘演習を課題とする」


 俺の言は絶対だ。守護者たちはしぶしぶ承諾した。といっても、始祖と戦えるような場所はないし、異空間を作り出さなければならない。エルメスに任せればいいか。


「エルメス、シドに封魔囚石の管理を頼んだのか?人造人間に頼んだって言ってたろ」


「それは、私がエルメス殿に談判したのです。私も経験として携わってみたいと」


 シドが言い出したのならば仕方ない、とはいかない。それは報告してもらわなければならないだろう。シドはHOMEで序列の高い実力者なのだから。


「申し訳ございません。これは私の失態です、シド殿は謝れる必要はないですよ」


 エルメスが俺の表情を読みとって完璧なフォローをいれた。そして、エルメスの失態を新人の原初たちが笑う。


「とりあえず、戦闘で負った痛手と損失を癒すため一週間の暇を言い渡す」


「ハハ!!」


 俺も魔力を使いすぎたし、やはり封印された魔力の価値は計り知れないな。


「ああ、その前に聞いておきたいんだけど、君は何と戦おうとしてるの?」


 カルティエが俺にそう尋ねた。何と戦うのか、それは状況次第だ。この世のすべてが俺に就き従うのならば戦いは起こり得ない。だが、敵対するならば徹底的にたたく。


 だが、そうだな。いうなれば世界とでもいうべきだろうか。いや、俺の過去によっては戦うべき相手も変わるか。


「すべてだね」


 俺の言葉にその場にいたものすべてが固唾をのんだ。だが、その返答は不明瞭で、カルティエの求めていた回答ではなかった。なにせ、自分でも相手を定められないのだ。カルティエがそれを察して相手を選ぶことなどできようか。できるわけもない。だが、分からない、などという曖昧な答えも憚られた。俺はすべて伝えた、という態度で鷹揚に、そして足早にその場を去る。


「主君が優秀だと、こうも疲れるのねぇ」


「疲れる?忠義の対価が疲労だというのですか?」


 エルメスはわかっていない、とばかりにブルガリを批判した。俺はその会話を聞いてエルメスにすべてを委ねると決めたのだった。



 思わぬ形で戦力が手に入った。それもエルメスと同じ始祖だ。だが、それでも戦力が足りるかと言われればそうでもない。竜種の一体くらいは味方にしたいものだ。無理だろうけどね。依然として竜種一体に駆逐される集団に変わりはない。竜種は調停者であるから、誰かの味方に付くこともないだろうし戦力を集めすぎるのもかえって危険だ。


 戦力の均衡を謳っているのだからね。まだ竜種に目を付けられていないということは突出した戦力として見られていないということだ。といっても竜種がこの世界の戦力をすべて把握していると言われればそうではないはずなのだけど。魔神を従えたいなぁ。


 クロノスタシスを従えていれば、始祖よりも頼れる戦力となっただろうに、殺してしまったからな。俺はあまり後悔しない性質だが、これだけは長年後悔し続けている。もしかすればエルメスよりも強くなる可能性だってある。


「とりあえず、今ある戦力を強化することをしばらくの指針とすべきか」


 そもそも今のHOMEに加入して戦力となるような存在は稀有だ。故に新しく勧誘するのではなく、今ある戦力を進化させる方が賢明なのだ。まあ、すでに頭打ちになっているような奴らばかりで進化の幅は狭いだろうけどね。経験は別なので、戦い続けてもらいたいのだ。いや、逆に実践を積ませるために戦地に送り出すのはどうだ?


 敵対勢力も潰せるし、命を賭けた戦いでえる経験値も大きいものだろう。とりあえず、孤島を潰しに行くか。神話級の武器を手に入れればそれだけで戦力も増強できる。


 二週間後に、孤島を制圧作戦を開始しよう。偵察は俺と新たな始祖二人、これくらいでいいだろう。本格的に制圧するならば守護者も連れてくれば何とでもなるだろう。

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