第15話 とても大義でした
サリオンは能力が高いが、HOMEでは下から数えた方が早い。守護者の能力が高すぎるのだ。サリオンの能力、それは軍隊の統率スキルだ。彼の力は絶大であり、彼以上の強者は数えるほどもない。はずなのだが、守護者の中では下位である。守護者が強すぎるのだ。
なにかと不遇な彼は、この世界で序列二位を誇る天使の最高位種族である。熾天使は中でもすべての能力を平均的にそろえている。しかも高水準で。だが、彼の性能に関する自身はすぐさまへし折られた。だからこそ、適当な性格に落ち着き主君からの信頼ともとれる物を獲得した。
「主人も仲間も命はって戦ってる中、俺はこんな程度の仕事を?冗談だろ、っていってもいられないな」
全く持って自分が情けない。そして、己が種族の限界値に達しない自分の無力さに嫌気がさす。何もできないことを良しとしている自分の人格に苛立って仕方ない。
「そんなこと言ったら、僕だって同じですよ」
隣にいるガキのような奴に比べれば、自分は強いのだろう。エデンは誰よりも本人性能が低い。魔物で補っていようとも、サリオン一人にてこずるようではまだまだ弱い。彼の評価は自分が基準だ。認めていないわけではない。エデンは自分よりも使いやすい人材であろう。簡単に認められる案件ではないが、すでに天使としての自負は捨てている。それでも、自分が強くなれる可能性を秘めているのならば、それに全霊をもってぶつかっていきたい。
「聞こえるかエデン。ロイス様の戦いの音」
「は、はい。でも異空間で戦うはずですよね?なんでここまで衝撃波が?」
「空間隔絶結界で戦っているから、ということもあり得るのだろうが・・・まあ結局ロイス様だから、と言うしかねぇな」
「な、なるほど!」
実際のところ、異空間での戦闘で基軸世界に影響を与えられるということはサリオンでだって初めて知ったことだ。資料を探したとしても前例があるかどうか。サリオンの長い人生の中でも聞いたことがないのだから相当希少なケースだ。
「にしてもさ、こいつら雑兵に与えられていい性能じゃないな」
サリオンの天使は孤島に住む戦闘員総勢500の倍は呼び寄せている。さらにエデンの強力な魔獣、最低でも脅威度が10万の狂暴なモノを10体放っておいて、拮抗している。天使の中には大天使や、守護天使もいるはずなのだが・・・。
「僕の魔獣も一匹死にました。130番ちゃんは使いやすかったのに」
エデンはおどおどした奴のくせに、守護者の中で一番残酷なのだ。自分の魔獣が倒されたら憤り、馬鹿にされても憤慨するくせして名前はお気に入りにしか付けない。数百体いる魔獣すべてに名づけをするなんて面倒なことを強要するつもりは毛頭ないが、こういった奴が一番危ないのだ。
「俺の天使も数を継ぎ足しているのに前線が崩せない。相手の中に軍略家でもいるのか?」
サリオンの軍勢は彼の意のままに動く。つまり、統率も操作も意のままということだ。彼の頭脳も悪くはない。冷静な判断力も持った軍略に才がある人物である。それでも、やはり慣れがない。場数を踏んでいない彼の相手が、場慣れした軍師ならば負けるのは自然なことだ。
「あれか?」
「あの!豪華な人が指示を出してる」
エデンが指をさした先、確かに少し豪華な服を着た男が切っ先を向けた方に軍が動いている。あれがどれだけの強者なのか、この距離では分らない。サリオンの使命は弱者の殲滅ではあるが、それはいつでもできることだ。つまりはここでサリオンとエデンが失われないことが絶対譲れない条件となる。エデンの魔獣も有限だし、始祖の悪魔たちに殺されたこともあり数は減少してきている。この先エデンの魔獣が必要になるかどうかはロイスにしかわからないが、消費するのは失ってもいいものだけ。
「脅威度が10万以下のコマを動員してアイツを殺させてくれ」
「わ、分かりました!」
エデンは追加で五体の魔物を解き放った。その刹那であった。
―島全体を揺るがし天候をも変えてしまう力、そしてまるで天が落ちたかのような威圧感に支配される。
「これはロイス様の・・・だが威圧勘は違う。場所は、近いぞ!」
サリオンの嫌な予感、この気配はまるでエルメスを想起させる。そして、彼よりもはるかに多い魔力を内包しているに違いない。魔力量は力の直接的な物差しにならないが、ある方が何でもできるので強い。下手したらエルメスよりも強い、というその者が近くにいる。
「ど、どうしましょう!勝てるとは思えませんし、逃げた方がいいのでは?」
「バカ言え!こいつを足止めできるのは俺たちだけだぞ!これが野放しになればロイス様とて危ぶまれるぞ!」
「で、でも!僕たちでは何にもできないよ!」
「分かってるが、エルメス殿が現着するまで放置していたらどうしたって俺たちが死ぬんだ!」
サリオンの怒号も次第に苛烈になる。ふと目の前の雑兵を見てみれば、すでに撤退の構えをとっている。相手にはこれが何なのかわかっているのだ。まずい、非常にマズい。
「気配が消えた!?エデン!ありったけの魔獣を解放しろ!」
あれほど巨大だった気配が瞬間、察知できなくなった。近くにいることは間違いない。最初の標的は彼らだ。
―刹那、眼前の天使が消滅する。
「―は?」
サリオンの召喚した天使1000体。それはすべてが脅威度にして万を超える決して弱くはない強軍であった。サリオンも目を話していたわけではない。だが、消えている。
理解したくない現実が、サリオンの脳に恐怖を生む。殺されたのだ。間違いない。召喚した魔物は時間が立てば消える。だが、天使は天界から通り寄せた。つまり、時間経過で消えるような代物ではない。召喚主の意思に関係なく消えることもあり得ない。考えられるのは例の。
サリオンは勘、生存本能が感じ取った危機感に突き動かされるままに防御に徹した。相手の姿を見るまで油断はできない。
―サリオンの肉体が大きく拉げる。
まるで紙を曲げるかの如く簡単にねじられるサリオンの肉体。そして、障害物を破壊しながらいつの間にか、島の端、崖まで吹き飛ばされた。
「サリオンさん!」
エデンの声が聞こえた気がする。だが、もはやサリオンに意識はない。何も感じない。永遠と飛ばされているような感覚だ。実際は山を大きく抉り、崖のそばで頽れているのに。
エデンの魔獣が瞬く間に蹴散らされていく。脅威度が100万を超えている魔獣ですら一秒と足らず消し炭だ。エデン最強の魔獣の脅威度は300万。だが、結果は同じ事になるだろう。
「ッチ!話と違う!サリオンさんが天界に逃がしてくれるんじゃなかったの!?」
エデンは化けの皮をはがされたのかの如く叫ぶ。自分の手塩にかけて育てた魔獣が未だ姿も見せない強者に蹂躙されている。
「扇動師!」
エデンのスキル、
だが、刹那のうちに屠られた。此れでは何が起こったとしても、エデンが使える手札なんてない。しかしながら、相手の姿を捕捉することはできた。
「八又の竜・・・?」
エデンの脳裏に氷山での出来事が想起された。ロイスの忠告がなければ殺されていたであろう、氷山に住まう竜種。其の威圧感に近い。つまりこれは、竜種なのではなかろうか。
「”ロイス様!サリオンさんがやられました!相手は竜です!”」
「”エデン、今すぐにそこを逃げなさい!そしてそれは竜種ではありません”」
エデンの念話に応えたのはエルメスであった。そして、エルメスは空気が読めないらしい。エデンに今、竜種か竜種でないかなんて言う情報は必要ない。逃げろと言われて逃げられはしない。
「”エルメス、ブルガリを向かわせたがお前も行ってやれ!魔道具の警護はこの際どうでもいい!サリオンはまだ生きている、回収も忘れるな!”」
「”申し訳ございませんロイス様、現在交戦中です。ブルガリ、任せますよ”」
「”分かったわ。任せてちょうだい”」
珍しくブルガリの口調が真面目だ。それほどに相手が強いのだとエデンがなまじ理解できるため、絶望が先立つ。
「”すまんエデン!俺も余裕がない。後数分堪えてくれ!”」
「"全力を尽くします!"」
主君にそう言われれば否定などできようはずもない。ロイスはそれをわかっていて、戦闘中に念話を繋いできたのだ。何と悪辣な手段だろう、HOMEの人間でなければそう思うだろう。だが、守護者にとって、彼に忠誠を誓う者にとってそれは鼓舞である。
「キュクロプス、ティターン!」
エデンの魔獣、その中でも破格の強さを持つ、一体が脅威度300万を誇る奥の手である。扇動師で5倍にまで強化され、3千万の脅威度に匹敵する。そして、エデンの鞭の効果により、さらなる強化をもたらす。エデンの鞭、”革命の鞭”と呼ばれる神話級の魔道具である。効果は、導く者。戦うという意思を持ち続けるうちは下に続く者に無限の強化をもたらす。
「これで無理なら僕には勝てない、頼むから傷を負ってくれ!」
二体の巨人に鞭を撃つ。そして、遠距離攻撃が可能な魔獣をその周りに配置し、それも鞭でたたく。本気を出せば一人で始祖にだって立ち向かえる、それがエデンの真の力だ。だが、それは数値による評価でしかない。一つの個体を上回っていれば各個撃破されて逃れられる。
キュクロプスの頭が食いちぎられる。同時に、ティターンの胴体が食い破られた。
「”熾天の炎””炎蛇”!焼け死ねクソが!!」
エデンに一筋の希望が射す。
数万度の炎が敵を焼く。細く熱い熱線が敵を焼き切る。世界でも類稀なる最強の種族、その権能がすべて解放される。
「エデン、残りの魔獣は?」
「あとは雑兵しか残ってないです」
「そうか、なら俺を使役しろ。抵抗はしない。スキルを使って俺を強化するんだ」
「僕が使役できるのは自分よりも弱っている相手だけです。僕の魔獣の数も減った今、貴方よりも僕の方が消耗しているとスキルは判断します」
エデンの変わりようを見て、サリオンは一瞬戸惑うが、冷静になる。こうなればもはや打つ手はない。なにせ、サリオンの渾身の一撃も相手には傷の一つもつけられなかった。
「バカげた強度の結界だ」
サリオンの決意、この化け物をここにとどめる。後輩にすべてを任せるのは悔やまれるが、なにせ自分よりも強いのだから仕方ない。
「あれは自我を持っているとは思えない。自我を犠牲にした縛りで強化されている?」
「それにこたえられるのはロイス様かエルメス殿だけだ」
サリオンの神体を解放する。巨神化のスキルにより、作られた当初の姿に戻る。そして、目を見開き戦う。
「核撃魔法”
核撃は核と呼べる魂をも破壊しうる魔法、という意味である。核分裂や核融合とは関係を持たない。だが、サリオンの高熱は核融合を実現し彼の炎により温度は跳ね上がる。炎に対する絶対優位性、最高峰の火力を実現する。たとえ始祖であったとしても無傷ではありえない。
竜の頭、否、口であった。口から光線が出る。灼熱同士が接触し、爆裂する。島の森は全焼し、地面は溶け部分的にガラスのような輝きすら見せる。さらに、天の色をもどす黒くする。
「全力の魔法を相殺しやがった!」
魔力感知が惑わされる。否、検知できないほどの微量の魔力だけで移動したのだ。
「エデン、逃げろ!もう勝てない!」
サリオンは察した。魔力感知で捕捉できなくなった瞬間に、自分の未来が決定したことを。竜の頭が足を食い、羽をもぎ、腕を引きちぎり、腹を穿つ。
―ここまでか。せめて、これだけは残さなければ。
サリオンは死を自覚した。魂性生物は死しても蘇る。その時サリオンの自我は残らない。自分が、主君に背くことなどあってはならない。それがたとえ、自分の記憶や性格を継承して居なくとも、同じ存在であるのならば必ず。
「うあああああ!!」
魂からの咆哮、サリオンの権能は魂に焼き入れられる。そして、魂を結晶化しエデンのもとに投げつける。サリオンの組成の芽を残したわけではない。魂を、自分の力のストックとして利用した。これで熾天使は完全にこの世から消える。天界で復活することもない。自分の力を仲間に残し、自分は消える。それがサリオンの選択であった。
「焼け死ね!!!”
サリオンの寿命を犠牲とした最大価値の代償魔法によって、八つの頭を消し去らんとする劫火の炎。如何なる自傷であろうとも焼き尽くす、まさに地獄の炎。人生最後の大技は、彼の咆哮と共に、己が存在を相手に焼き付ける。
エデンの手に残された神話級の結晶のみを残し、サリオンは消滅した。そして、変えがたい悲しみがエデンを襲った。今までで感じたことのない感情が渦巻いた。そして、知ってしまった。今の自分の価値を。
「”ちょっとぉサリオン、そんなことできたのぉ?”」
全速力で、目の前の敵を殺しながら爆心地に向かうブルガリがサリオンに念話をする。だが、返答するものは誰も。
「”―代償魔法・・・。魅せてくれたわね、きっと忘れることはない”」
ブルガリは念話を切り替えた。そして、全体通信で情報を共有する。
「”サリオンの魔力反応が完全に焼失。サリオンは任務を全うし、死んだわ”」
真面目な声色で、そして、冷静に告げた。そして、応える。
「”ブルガリ、今から向かいます。同時ですよ”」
「”分かったわぁ。でもなるべく早くお願いね”」
エルメスは戦闘を終えたのだろうか。ブルガリとエルメスが居て、倒せないということはないだろう。だが、サリオンの生命を代償とした魔法をもってしてもあれは死んでいない。消耗しているのは確かだ。頭がほとんど焼け落ちている。だが、治癒能力が高すぎる。欠損した頭をすぐさま復元している。
「これは確かに、魔神の格を落とさない強者ね」
肉眼で確認できる距離でブルガリはつぶやいた。
エルメスの作り出した居城に現れる挑戦者。城を守護するための軍として呼び出された悪魔たちをそのオーラで圧倒するほどの強者だ。悪魔は狡猾で卑しく強い種族だ。だからこそ、相手の力量を推し量ることに長ける。竜種と魔神が居なければこの世界最強として名高い種族の彼らが、目の前の男一人に怖気ている。それもそのはず、目の前の男は魔神である。
「恐れを言い訳にするつもりですか?選びなさい。あれに殺されるか、私に魂を破壊されるか」
エルメスは悪魔たち全員に伝わり、すべてを語る一言を居城の中から告げる。呼び出された悪魔は冥界に存在する者たちではない。本来存在しない勢力を魔法の力で顕現させたのだ。故に魂は存在しない。エルメスが魔法の効果を消せば消える。だが、悪魔たちはそんなことを知らない。冥界で生まれ、顕現したと錯覚している。魔法で作られる召喚物はそういう制約をもって顕現する。故に、この脅しは悪魔にとって有用であった。
目の前の男に殺されても冥界で蘇る。ならば、戦って死のう。引き返したら蘇れないのだから。
魔神の腕が天に掲げられる。そして神意を解放する。島中で起こる戦闘のせいでめちゃくちゃな空から、雷が居城に落ちる。城自体は傷一つを負わなかった。これが魔法やスキルによるものではなく、圧倒的魔力量によって自然的に発生した落雷であったからだ。
ただ、その行動一つで悪魔たちはもう戦えない。そして、軍として成り立つほどの数を一歩も動かず屠り去って見せた。
魔神の手には勾玉が握られていた。勾玉を握った手を虚空で横振りしただけで、悪魔たちは掻き消えるように殺されたのだ。
「武御雷はロイス様が抑えている、規格外の気配も未だ動いていない。動かせる勢力で脅威なのはこれで最後ですね」
エルメスをもってして魔神は障害となる。魔神との戦いはロイスに次いで経験が多い。なにせ、この世界が魔神であふれていた神話の時代を生き延び、のちに殺して回ったのだから。
「あの服装から見て、異世界人と同じ世界の神話生物でしょうか。これは中々に・・・面白いですね」
エルメスは居城を捨てた。城はあくまで魔道具を守るために建てた物。魔王城のように悠然と待っていることを選んだのだが、そんなことを一手られる相手でもない。だから、エルメスは城から出た。
「”生きていますか、エレガント殿”」
「何とか。あの化け物の勾玉は形状が変化します。お気を付けを」
エレガントは片足を失い、頭から流血しているが流暢に言葉を紡いだ。瀕死というほどの重症ではない。直ぐに治癒が始まる。だが、そんなことをいったとしてエレガントがこの戦闘に参加できることにはならない。此れからは始祖であっても苦戦を強いられる天上の戦いなのだから。
「ええ。貴方は城の中で魔道具を管理しておいてください」
「かしこまりました」
エレガントは治った足をまだ痛そうに引きづりながら城の中へ退却する。
「それにしても形状を変化させる魔道具ですか。まるでロイス様ではありませんか」
エルメスは思い出す。かつてロイスと激戦を繰り広げた、その瞬間まで鮮明に。あの頃のロイスはもっと冷徹で効率的で、伽藍胴な人物であった。目の前の魔神はどんな相手なのだろうか。
アイアンクロウというべきか、体の一部というべきか。エルメスの武器は己の爪だ。もちろん純粋な肉体ではない。彼の受肉した体は
「私の敵として前に立つのです。名前を名乗りなさい」
「無礼者が、口を開くな」
「私の名前が聞きたかったのならばそういえばいいのです。私はエルメス。さぁ名乗りましたよ?」
エルメスはたいして人の話を聞かない。なにせ、彼は自己中心的な悪魔なのだから。
「もうよい。我が名は月神である」
「人間は何でも神格化したがるようですね。流行なのですか?」
「違う。我がアレに照らし合わされたのだ。決して月が我が名の所以となったわけではない」
エルメスは考える。そこに何か違いがあるのか、と。そして、直ぐ興味は失せた。だって違いはないのだから。神のプライドが関係しているのならば、これ以上はめんどくさいというものだ。
恐らくあの勾玉は攻撃の射程に限りはない。悪魔のすべてが殺されたのだから、おそらく。手札が分からないうちは後手に回ることは避けたい。エルメスの結界強度ならば直撃したとしても結界が破れるまでに対処は出来る。戦闘技術も卓越しているのだから遠距離戦闘に甘んじる理由も理屈もない。
「気を付けることです。私は悪魔ですから」
エルメスは汚い笑いと綺麗な口調で神を脅す。月神の上下左右に50ほどの魔法陣が顕現する。すべてが核撃魔法であり、すべてが始原魔法で強化されている。魔法が繰り出されると同時、エルメスは月神に距離を詰める。魔法が着弾するころにはエルメスは懐に潜っている。月神の勾玉が怪しげに光る。魔法は無視してエルメスを切り捨てる構えだ。だが、月神は動けない。虚空から延びた鎖に身動きを封じられている。
「レージング、ご存じですか?」
エルメスは自分の魔法でダメージを喰らわない。体を魔力粒子と変換することで直撃を免れるからだ。エルメスの一撃は魔法と共に炸裂する。
「流石魔神です。形状変化で作ることのできる武器に限りはなさそうですね」
魔神の勾玉は形状を変え、月神を覆い隠した。神話級の武器に限って防げない攻撃はない。
エルメスの爪も盾で防がれた。魔法は、実のところ効果がある。防御力を無視する始原魔法”壊理魔法技巧”を使ったのだ。直撃は免れたとしても余波や熱は喰らう。それに、エルメスの使った魔法は多種多様だ。相手の魔力を吸い取るだけの魔法”
エルメスは月神に何が有効であるのかを見極めた。
「すべて有効、されどすべて効果薄・・・。元の耐性が高すぎるのでしょうね」
エルメスはどうやって攻略すべきか、と心躍らせていた。
「”---”」
エルメスのもとにエデンからのSOSが念話として届いた。
エルメスは現在戦闘中であり、二人が相対す敵ほどではないかもしれないが放置すべきではない。
これを野放しにして竜と戦ったとして、背後を突かれたら多々では済まない。放置すればエレガントは死ぬし、もっと被害は大きくなる。
「今はロイス様よりも私の方が強い。ならば示さねばなりませんね。主君を超えることを夢見る身として」
エルメスの猛攻に耐えた傷も今や消えている。殺すにはあと何百回繰り返せばいいのだろうか。膨大な魔力量、突破しきれない耐性の数々、圧倒的な技量に肉体能力。一撃で屠り去ることもできない。魔道具の守りを捨ててもすぐさま問題になることはない。幾重にも神話級の魔道具で保護しているのだ、簡単に壊されてなるものか。
月神の足元が抉れる。音より早く、光のような速度でエルメスに至る。エルメスの知覚速度を上回るほどの速度ではない。だが、魔神の攻撃の射程は制限がない。
―島の半径と同じ長さですか・・・。
エルメスのもとに振り抜かれるは島の半径ほどの長さもある超長刀である。木々が根こそぎ跳ね飛ばされる。小高い丘は消し飛び、島は平らになる。刀はエルメスに直撃するまで進んだ。
莫大なエネルギーが島を蹂躙し、世界を揺らす。勝ったのは月神の一撃であった。
エルメスの腕が月神の真横に斬り飛ばされる。青い炎が傷口を焼き、治癒力が働かない。
「予想通りですね」
エルメスの着り飛ばされた腕が縄状に変形する。レージングをも破壊した相手を拘束することなんてできるのだろうか。伝説級の武器は不壊属性こそないが、耐久値は一級品だ。
「異空間展開」
エルメスは一つの世界を作り出した。小さく、人一人分と少しの大きさでしかない。そこには木々が生い茂る。悪魔が作り出した世界にしては美しい。創生の魔法だ。
「創成代の世界は何もないのに、その瞬間がもっとも魔力を有するのです。一時的に核を作り出す魔法、私の奥の手の一つですよ。ロイス様に倣ったのですがまだまだ及びませんね」
エルメスは勝ち誇った笑顔で、異空間の外から傍観する。中に入った月神の姿をただただ。そして、止めの一手を指す。
「
エルメスの作り出した、小さく実在する世界。本質的な異空間とはわけが違う。異空間は基軸世界から、或いは術者から供給される魔力で成り立っている。エルメスの世界は異空間の中に核が存在する。疑似的なものであり一時的なものであるが、用は足りる。核とは1の魔力で10の魔力を作り出す永久機関だ。そして、疑似的な核は1の魔力で木々などの生命体を作り出し、それが生み出す0.5にも満たない魔力を吸い上げる。いずれ生産が間に合わなくなり崩壊するのだが、世界が潰れる際に生み出される崩壊エネルギーはたとえ何があったとしても防げるものではない。エルメスもこの魔法でロイスに滅ぼされたのだから。
異空間が解放される。小さな世界が消え去ったのだ。そして、中にいた月神は武器だけを落としてこの世界から消えた。
エルメスの完全勝利である。
「月は隠れ、再び現れる。我のようにな」
エルメスの背後、再び月神の声が聞こえた。新月は月が本当に消えたわけではないのに。魂もろとも破壊した。だが、それでも蘇るなんてこと悪魔と竜種以外では経験していない。
「魂をも再構築するスキル・・・
ただし何度も復活できるはずはない。”世界の終末”は再発動まで時間がかかる。それに自分の腕を犠牲にしてやっと成功したのだ。そう何度も罠にはめれるとも思わない。
蘇生した瞬間からいつもの力を持っているとは思えない。死に立ては悪魔だろうと生前の力を発揮できない。
エルメスの爪が炸裂する。武器を手放した月神に打ち合うことはできない。避けるしかないが、避けきれるほどエルメスの攻撃も甘くない。
腕がはねられ、足が飛ばされ、首を切り裂く。
「さっさと死ね異界の亡霊が」
エルメスの爪が月神を完全に殺した。エルメスの武器は
復活の芽はついえた。月神は完全にこの世界から消滅した。
「生きていますよね?サリオン」
エルメスの戦いが幕を閉じた瞬間、サリオンの命運も同時に尽きたのであった。
戦いは極めて拮抗していた。武御雷が剣を振るい、俺の剣と三合打ち合うと四合目で互いに負傷する。回復速度は俺が圧倒的に下回っているが肉体強度は遥かに上。そのせいで決め手に欠ける。致命傷は完璧に防いで見せるのに多少の怪我は許容する。互いの立ち回り方が似ており、技術も威力も同等であるがために時間がかかるのだ。
サリオンからのSOSも受け取っている。終わらせようとするならば出来なくもない。迷わずにその手段をとるべきかもしれないのだが、ブルガリが居さえすればサリオンが死ぬなんてことにはならないだろう。エデンもいることだし守護者が三名集まってなすすべもないなんてことは流石にありえない・・・筈だ。
―サリオンとのつながりが消失する―
「あ」
死んじゃった。サリオンはお気に入りだったし惜しい戦力だった。ただ、まだ蘇生は間に合う。魂さえ無事ならばいくらでも蘇生は可能だ。ブルガリが間に合っていれば100%蘇生は可能だしそうでなくとも、魂性生物であるサリオンの魂が完全に破壊されるというのは可能性が低い。サリオンも自分が生き残るために力を尽くしたはずだ。ほどなくしてエルメスからの念話も受け取った。情報にない化け物への戦力は十分だろう。
そろそろ俺も時間が惜しい。万一にでも件の化け物に始祖が負けて魂を破壊されたのだとすれば損失はサリオンの何倍も大きい。
俺が武御雷に圧倒できる分野は魔力操作と魔法技術だ。この島の住民はこの世界の生物ではないためか魔力操作に慣れていない。体内に循環させる魔力に関しては一級品の腕前を持っているようだし、魔神特有の防御力も厄介極まる。
「お前の強さ、理屈が分かってきたぞ」
「神が弱いわけなかろう。貴様も人の身でよくここまで渡り合うものぞ」
「魔神の誕生と集団転移がかみ合ったのは分かるが、雑兵でしかないただの人間があれほど強い個とも疑問だった。信徒とお前の間に主従関係があるんだ。民の力を借り、与えることもできる。そんなとこだろ」
こいつのスキルは恐らく神話級だ。急激に強化された理由も納得できる。普段は進化に力を貸しており、それを一つにまとめたのだろう。おそらく、信徒の数に比例して武御雷も強化される。つまりは、己のスキルが強化した民の力の一部を回収することができる上に、貸し与えた力も回収できる。一つのスキルで、循環システムを構築している珍しい類のものだろう。神話級のスキルは異空間でも影響力を遮断できない。
「この世界で魔法がいかに大切か、お前に教えてあげるよ」
この世界で最強の悪魔や竜種でさえ魔法の鍛錬には余念がなかった。もはや今となっては比肩するような存在がいないため探求心も落ち着いたようだが、それほどこの世界では重要なのだ。
魔力操作に差があるのならば、たとえ魔神であろうとも異空間に閉じ込められる。魔力量で勝っていなければ抵抗される可能性もあるのだが、サリオンの組成の可能性を上げるためすぐさま勝負を決めねばならない。
虚空から8つのアイテムを取り出す。すべてが特有級の特に希少でもないアイテムだが、これらを分解し魔力として利用する。代償魔法でもあり物質変換魔法でもある。
「神話の世界に生ける我に魔法を説くか!伽話のような相手と戦うのも初めてではない!!」
武御雷の剣幕が一層強まる。相手はまさしく神と言って差し支えない強者と言える。神話に挑むのだから、出し惜しみもできない。
「異空間展開」
俺は武御雷と共に異空間の中に侵入する。結界術は魔力量も起因してくるから、今の自分に適性はない。しかし、維持することが目的でないのならば話は違う。
武御雷の動きが止まる。
この異空間で相手に制限しているのは、魔力操作禁止、防御禁止、スキルの使用禁止。武器の使用禁止だ。他にも攻撃禁止と思考禁止もつけたのだがこちらは抵抗されてしまった。
ただ、4つも封じられたのだから価値は必然。武器の特性までは封じられないが、武器を使うことを封じたのだから関係はない。身動き一つできない武御雷を殺す事も簡単だ。
「なんとも信じがたいことだ。神であることを一蹴に伏すかのごとき所業、もはや勝ち目もない」
口を動かすことは禁止していないので武御雷は話始める。命の終わりにそれしかできないならば初対面の相手にも口を開くのかもしれない。
「我を殺そうとも、我ら主神を殺さねば蘇るぞ」
「竜みたいなやつか?それなら俺より強い悪魔が相手してるよ。他にいるなら教えてくれ」
「大蛇のことを言っているのか?確かにあれは強いが、主神ではない。ただ、あの神は竜に殺されて久しい故、貴様らの勝利に変わりはないがな」
「やっぱり潰しに来て正解だったよ。エルメス、カルティエとシドさえも足止めしうる戦力があったとはな」
「二人で4
「ほかに聞きたいこともあるにはあるが、答えてくれなそうだしな。お前が向かってこなければ仲間にしてやったというのに」
武御雷は薄く笑いながら、「あり得ない」と意思を表していた。どうせ神が人の下に就くなんてありえない、ということなのだろうがつまらない考え方だと一蹴してしまえる。この世界は弱肉強食だ。ならば強い集団を作ったほうが利益が大きく得られる。
俺の武器、万化の器を巨大な鎌に変える。首を掻き切るだけなので何でも良いのだが、そちらの方が雰囲気があるのでそうした。いくら防御を封して魔力操作を封じても魔神元来の硬さは書き換えられない。それなりに力がいるのだ。
ただ、武器も神話級の一品である。武御雷の首は先ほどとは打って変わって驚くほど滑らかに刃を通した。魔神は魂だけで生きていける上に受肉を必要としない異質な存在である。厳密には己の伝承に受肉し、伝承の姿をかたどるのだけども。つまりは魂を逃がせば意味がないということだ。ただ、俺の武器は
魔神は殺しても肉体が残るわけではないのでさらし首にして戦力を削いだり首級の証明にはならない。こいつの肉体をセイレーンのように保管できればどれほど有用だろうか。もったいないなぁ、とどれだけ思おうと手段がないので仕方ない。
「これで島から強者は居なくなったか。エルメスと戦っている奴を除いて」
―サリオンのつながりが完全に消えている?相手の武器も
蘇生できないんだけど?これならエデンが死んでほしかったな・・・。どうせエデンの主力級の魔物も殺されたんだろうし、エデンに要求する仕事もこなせなくなったわけだ。エデンを代償にサリオンを蘇らせる・・・無理だな。既に展開で熾天使の魂が構築され始めていることだろうし、サリオンの性格が失われていることは必然で、それを復元する術もないし。
「普通にショックなんだけど。天界に逃げれなかったのか?認識速度を超えていたのか」
だとしたらエルメスとブルガリでも骨を折るのではなかろうか。
「”エルメス、倒せそうか?”」
「”時間はかかりますが問題ありません。守護者でありながら主人に申し上げにくいのですが―”」
「”島にいる存在の殲滅は任せとけ”」
「”流石はロイス様、お気づきでしたか”」
武御雷のスキル、名前は知らないが恐らく効果は魔神が生きている間永遠と続く。彼の遺言を照らし合わせるならば、集団転移してきた魔神たちは一つの存在として認識されている。ならば全員、信徒の一人に至るまで駆逐せねばいずれ復活することだろう。ただ、竜種と戦い主神なる者が死んだときいたが、全く反応を感じないため戦力として数えられるまでに時間を要するのだろう。ただ、蘇られてしまえば武御雷よりも強い主神と戦わねばならなくなる。それは嫌なので、今のうちに行動すべきだ。
主力レベルはシドとカルティエが殲滅していっている。おそらくエルメスと俺が戦った相手が頭一つとびぬけた実力を持っていたようだ。
「超位魔法”
天使の軍勢とアンデッドの軍勢を召喚し、崩壊之雨をもって島全体に攻撃をする。召喚した軍勢には残党の捜索と撃破を命じた。これですべての適性分子を殲滅できる。仮に主神が万全であろうとも、守護者全員で殺しに掛かれば容易に勝てる。
後はゆっくりとお茶でも飲んでおけば島の攻略は終わるはずだ。というか頼むから終わってほしい。守護者一人を失ったなんてHOME始まって以来だ。と言ってもサリオンを戦場に連れてきたのは数えるほどしかないし、HOMEの歴史も10数年と浅い。それでも損失は金貨なんかでは変えられないほど被ったし、数百年付き従ったアイツを失ったのは悲しい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます