第13話 空虚な玉座から
シャウッド中立国に存在してはいけない玉座に俺は腰かける。守護者が膝をつき、首を垂れる中、悠然と。
そして、一糸乱れぬ動きで顔を上げる。
「守護者一同御身の前に」
となじみの文言を口にして。
時は三日前にさかのぼる。三日前は学術国での作戦が決行される前日であった。
ガーラはローテルブルクに謝罪と、詳細のすり合わせのために赴いていた。ドワーフたちはこちらの謝罪を受け入れ、詳細を今一度確認する。賠償対応に入ろうとしたガーラを全力で止める大臣たちを振り切って、HOMEから出された賠償額は金貨千枚。戦争の賠償金としては少額だが、こちらにしか非がないと言われればそうでもない案件に対する賠償額としては破格だ。
そして、同時期に中立国ではエルメスによって作られた演説を彼の眷属である悪魔―治安維持のために召喚された悪魔のうちの一人―が朗読していた。
「シャウッドの大森林はこの長い大陸史の中で唯一、どの国の領土にもならなかった禁制の地。それを我らHOMEが開発し、国とする。現時刻をもって、この地は如何なる種族であろうとも受け入れる”シャウッド中立国”として存在する」
悪魔の階級は
「この国に住むものは法により守られ、如何な差別であろうとも存在してはならない。現在も悪魔やドワーフを始めホムンクルスや人間までもが生活しているが、そこに扱いの差はあってはならない。我らこの世界に存在する同士たる、と国民は認識し日々を生きていくことのみを求める。よって、この国に事実的な象徴も王も存在しない。平等な社会を共に築いていこうではないか」
ラントの演説は中立国に住むものを震わせた。そして、この演説はHOMEの重要拠点すべてで映写された。政治を司る者たちには激震が走り、圧政に苦しめられるものは歓喜した。
「我らはすでにドワーフの国、ローテルブルクとの国交を樹立している。此れより中立国より世界中に街道を整備していくであろう。それを歓迎する国のみ正規の手続きを経て我が国に来られよ。我らがそれを拒むことはあり得ない」
ラントはそう締めくくり、建国宣言を終えた。これに、学術国は反応できない。そして王国も対処は遅れた。そして、それ以外の国は急遽として要人を集めた対策会議を開始する。
帝国にて、この報せは瞬間遅れて伝達された。主要店舗は愚か一般店舗すら国領に置かなかったからだ。
「如何するべきか、陛下」
「現在は学術国からの定時連絡が途切れている。名前が・・・思い出せんが、将校の怠慢であるとも考えられん以上、余計なリスクは避けるべきではないか?」
「あの国には我が国が誇る兵器を置いているのだぞ?使用を許可してやった方が損失は少ないだろう」
「ともかく、HOMEは脅威になり得るのではないか?」
円卓を囲む9人の男たちは己の見解を述べ続ける。上座に坐する陛下と呼ばれる者は一切口を開かないまま。
「金だけの勢力でしょ?あなた達だけで亡ぼしてしまいなさいよ」
作られたかのような美しさを持つ女性が端的に、そして冷たくつぶやいた。それを御するために、初めて陛下が口を開く。
「この者どもは浪費させられない。それに、いつでも叩けるだろう。必要と感じたならば評議国の手勢を使え」
男の一言で、9人の男は頭を垂れた。そして、会議は終わる。
共和国では。HOMEが国を建てたことを知り、特段影響を受けないと判断した。触らぬ神に祟りなし、と。国民が決める民主主義をしているだけあり、国民に寄り添ってきたHOMEの評判は高い。建国したとしても、悪影響はないと感じているのだ。
法国では。法皇と呼ばれる絶対権力者がいる。人間は竜種に選ばれた種族である、という曲解した考えを持っているため、人間以外を排斥しようとする野蛮な国だ。宗教色が強い国をしており、青を基調とした街並みは竜のうろこの色を現しているそうだ。神職者が剣を持ち馬を駆け戦争に赴くような信じがたい国であるのだが、強国だし大国だ。
「悪魔が主導する国家だと!?」
「魔王の国ではないか!ここは人の大陸だぞ!」
筋肉質な神職者たちが怒り狂う。そして法皇もまた同じ考えだ。
神に祈りをささげ続けてきた人物がまともな外交ができるはずもない。すべてがそうであるなどというつもりは毛頭ないが、この王は王になってはいけない。
これはサルダージュ王国国王が法皇を評価した際に口にした言葉だ。賢王であるが故に人を見る目がある。事実、この法皇はそのたぐいだ。
「啓示は下りた。彼の国を神敵とみなし排除する。軍の準備を」
法国は口にしてしまった。この時点で報告の運命は決まってしまうことになる。
そして、作戦決行日、学術国は―。
サリオンの魔法によって一面焦土と化した首都。そして、各国の駐屯兵は焼失し国としての機能は完全に消滅した。ホステルは嘆く暇もなく、目の前に現れた悪魔に絶望する。ここまで国に尽くしてきた最期がこれか、と。別に家族が居て護りたかったとか、役職に誇りを持っていたとかではなく、ただただ人生が無意味になったと感じることに絶望した。
悪魔の黒い爪がホステルの胸襟に触れる。心臓の鼓動が変わらないことに自分で驚きながら、受け入れた死を待つ。
悪魔の爪が体に突き刺さり、口端から血が漏れる。だが、いつまでたっても終わりが来ない。意を決して目を開ければ、確かに爪は体内をまさぐっている。
悪魔の指が体から外れる。傷口は完璧に治療され、生かされたのだと気が付くまで時間を要した。
「貴方はこの本の通りに動かなければ死にます。貴方の人生はこれより価値を持つのです。誇りなさい。偉大なる恩方の役に立てることを」
悪魔はそういうと姿を消し、その場に少し厚みのある本を置いていった。
その日はその悪夢のような現実に打ちひしがれ眠ることができなかった。崩壊した義堂所の瓦礫に背を預けて、ただただ夜が過ぎるのを待った。
酷く長い夜が明けると、遠くから馬車と行軍の音が聞こえる。残党兵でもいるのだろうか。そんなわけはない。昨日の魔法に耐えられるものなどいないし事実として生き残ったのは数人の議員と首都の敷地外にいた少しばかりの市民だ。この機を狙った進軍でもないだろう。近隣国家は大打撃を受けているだろうし、崩壊を免れたHOMEの建物のすべてから建国の報せは聞いていた。そんなにすぐに行動できる場所など、噂の国しかない。
ふと、昨晩時間を潰すために呼んだ悪魔の本を見る。読み込んだわけではないが、脳裏に焼き付いたように内容を覚えている。悪魔の書物らしい効果だ。
「被害を受けた方のためにHOMEの建物は解放されている。何故使わない?」
彼に話しかけたのは、人間でないことは分かるが知性をあまり感じられない何かだった。
「退きなさい。この男が目当ての人物です」
その人ではない何者からの中から聞いた声が聞こえる。昨日のことを思い出した。自分の胸を刺し本を置いて去った悪魔の声だ。だが、顔は思い出せない。次第にその記憶は薄れて行って、やがて消えるのだと感じた。
「私はシャウッド中立国、建設大臣兼復興大臣のテトと申します。復興支援団をお連れしましたのでご利用ください」
留飲が上がってくるのを堪え、下ろす。
「ご協力感謝いたします。学術国首相の名において、あなた方の入国を歓迎いたします」
「正規の手順をとらず申し訳ありませんが、技術提供は惜しみません。貴方の、あなた方の采配にすべてお任せ致しましょう」
驚くほどにこちらが有利な条件を、相手側から持ち掛けられる。これ以上にきな臭い話はないが、すでに失うものなどない我らにとっては誤差だ。サービスの利用者に寄り添ってきたHOMEらしいと言えばらしいのだが、復興支援をサービスの範疇で考えている、ということに驚くより先に脱帽した。これが仮に目の前の悪魔の策略であったとしても、過去は過去として受け入れ、この提案を飲むしかない。
「法国がこちらに攻めてくる動きをとるようですが?」
人間の国が悪魔のいる国を亡ぼすなんてできるはずもない。森林に入る前に、ローテルブルクに控えさせている悪魔たちに迎撃されて終わる。放っておいてもいいが、一番いいのは攻め込まれないこと。
「学術国との同盟は?」
「すでにテトが取り付けています」
「旗を掲げさせろ。行軍ルートから見えるようにな」
「ハ」
流石にこの防衛線を前にして、圧倒的力量差がある相手に戦争を挑むものがいるはずもない。対処はこれでいい。学術国が責められることは依然としてないだろうし、底に駐屯している兵も今は中立国だけだ。もはや勝負は決まっている。
「学術国の造幣権ははく奪しなくてよかったのですか?」
「はく奪して納得する奴が居るか?それに竜種がわざわざ作った権利に手を出す必要もない。事実ホステルはこちらに引き込めているのだしな」
造幣権を持つ者が身内にいる今、わざわざ表立って独占する必要はない。これで財源は文字通りに無限となった。帝国に対する防衛線も形成できたし、法国に関する相手もしなくて済む。
「それでも攻め込んで来たらサリオンの天使を何体か向かわせろ。学術国での出来事は天使の軍勢の仕業になっていることだしな」
「分かりましたよ」
俺は一息、肺に空気を入れる。そして、声を張って告げる。
「建国は成った。此れより先は、技術の粋を突き詰め世界を摂るとしよう!」
〆の一言で守護者は異常なほどに沸き立った。
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