「自動EXP変換」がアイテムもお金もすべて経験値にしてしまうので、最強剣士は最弱装備のまま普通の生活すら送れません

夢野しっぽ

~カール編~

第1話 一人前の冒険者になる

 「あら、リクじゃないの。今日はいつにも増していい顔してるわね?」


 まだ朝早いというのに活気のある市場を抜け、冒険者・リクは満面の笑みを浮かべながら街の神殿を目指していた。声をかけてきたのは、よく野菜を買っているおばちゃんだ。


「お、野菜売りのおばちゃんか。へへ、今日はオレの16歳の誕生日なんだよ。だから、これから神官さんのところに行くんだ」

「へえ、じゃあ今日は神託を受けて一人前の冒険者になるってわけだね。お祝いにこれ、あげるよ!」

「おっ、オレの大好物のトマトじゃん! ほんとにもらっていいの?」

「もちろんさ。あんたにはこの前も変な客を追い払ってもらったしね。街のみんな、あんたには感謝してるんだよ」

「ありがとう、おばちゃん!」


 リクは2年前、田舎の村からこの街にやって来た新進気鋭の若き冒険者だ。


 この『剣と魔法の世界:アストレアス』において、冒険者とは魔獣を討伐し、その素材を糧に暮らす者たちの総称である。そしてアストレアスでは、16歳を迎えると成人として認められ、教会で授けられる“神託”によって「EXスキル」と呼ばれる特別な力を得ることになっている。


 EXスキルは神から与えられる多種多様な特殊能力だ。その能力によっては冒険者として名を馳せることもできるし、商売人や学者として大成することもある。しかし多くの場合、EXスキルは戦闘を含む冒険者の活動に非常に役立つ強力なものが多い。ゆえに「真の冒険者生活はEXスキルを得てから始まる」とまで言われていた。


 リクは幼いころから、いつか立派な冒険者になり、誰も到達したことのない世界を見たいと願っていた。今日16歳の誕生日を迎え、ついにその第一歩を踏み出そうとしている。その胸は期待で膨らみ、足取りはいつもより軽かった。


 そんなリクは田舎の村にある孤児院で育った。両親の顔は覚えていない。リクが5歳のとき、生まれ故郷の村は魔物の襲撃に遭い、ほとんどの村人が命を落としてしまったのだ。生き残ったのは、隠れていたリクと幼なじみのカールのふたりだけ。遠縁でもあった近くの村の教会が運営する孤児院へと引き取られ、そこからリクたちの生活が始まった。


 最初は悲しみと恐怖で泣いてばかりだったが、心優しい先生とシスター、そして同じ境遇の仲間たちに囲まれ、貧しいながらも楽しい日々を送ることができた。その後、14歳になったリクとカールは、より大きな街である「ルスザン」に活動拠点を移すことにする。そして冒険者としての道を歩み始めた。


 もっとも、EXスキルを得る16歳になるまでは下積みも必要だ。最初のうちは、ほかの冒険者パーティの荷物持ちをしていたリクとカールだったが、そのときにサポートしたパーティのリーダーに気に入られ、剣の手ほどきを受ける機会を得る。1年ほど修行を積むうちに、リクは天性の才能を開花させ、カールも同様に腕を上げていった。15歳を迎える頃には、彼らは若くして高い剣技を持つ冒険者として周囲に知られる存在になりつつあった。


 そして1年の修行を終えたふたりは、自分たちだけのパーティを結成し、冒険者ギルドの依頼を着実にこなしはじめる。さらに、田舎育ち特有の素朴で真面目な人柄が街の人々にも好評だった。 


 とりわけリクの「素朴さ」と「優しさ」は、荒くれ者の多い冒険者の中でもひと際目立っていた。彼は街で問題が起きるたび、仲介役となってトラブルを丸く収めたのだ。特にリクは相手の心情を汲みとるのが上手く、相手の苛立ちや悲しみを敏感に察してはなだめ、諭すようにして改心させてきた。


「孤児院じゃ『みんな仲良く』って言われてたからな。この街のみんなにも仲良くしてもらいたいんだ」


 そう笑って語るリクの評判はギルドにも伝わり、EXスキルを持たないにもかかわらず特例でEランクへの昇格が認められた。冒険者ランクは通常、Fランクから始まって、16歳の神託でEXスキルを得てからEランクに上がるのが一般的だ。そのため、EXスキルなしのEランクはめったにない。リクは今やルスザンの有望株として期待されていた。


 そんなリクだが、現在は親友カールとのパーティを解消し、ソロ活動をしている。


「カールとの冒険も楽しかったけど、いろいろあってね。ちょっと一人で自由にやりたいんだ」


 もっとも、この魔獣が跋扈する世界でソロ活動は危険が多い。魔獣によっては複数で獲物を狙うことも珍しくなく、一人で複数の敵を相手にするには相当の力量がなければ命取りになる。しかし、ソロの強みもある。それは「経験値」の分配だ。


 魔獣が倒されると、その体内に溜め込まれた「魔素」という魔力が解放される。これがいわゆる「経験値」と呼ばれるもので、近くにいる者は自動的に魔素を取り込める仕組みだ。パーティを組んでいれば人数分で分け合うため、個人が得られる分は減る。だがソロであれば独り占めできるのだ。


 特にリクのように連携を取る相手がいなくとも、十分に魔獣を倒せる実力があるなら、強い魔獣を狙うほど効率的に経験値を獲得できる。当然、強い魔獣は危険だが、それを倒すことができるなら短期間で大きく力を伸ばせるというわけだ。


 この世界には「レベル」という概念があり、魔獣を倒して経験値を一定量得るとレベルが上昇し、その結果身体能力が高まっていく。ただし、レベルが上がるごとに必要となる経験値は指数的に増大するため、多くの冒険者はレベル40程度に落ち着くことが多いという。命を危険にさらしてまで強い魔獣を狩り続けるよりも、ある程度で手を打つ者が多いのだ。


 それでもリクは、いち早くレベル40に到達し、さらなる高みへ進んで「誰も見たことのない世界」を目指したいと思っていた。彼の職業は剣士。だがソロ活動ゆえ、剣以外の手段も積極的に取り入れてきた。そのひとつが「閃光玉」を使った目くらまし戦法だ。かつてキャラバンを救助した際、共闘したレンジャーから教わったもので、リクにとっては複数の敵を一人で相手にするのに打ってつけだった。


 さて、今日も早速その閃光玉が活躍する場面が訪れるらしい。


「おい、リク! 昨日の酒場でのお返しをたっぷりさせてもらうぜ!」

「おや、これはこれは先輩冒険者で、ちょっと家柄がいいのを鼻にかけている“クズ”さんじゃないですかー」


 リクの前に立ちはだかったのは街で威張り散らしている冒険者・ズックと、その取り巻きたち。ズックは大商人と取引のある大きな鍛冶工房の三男坊で、金に物を言わせた一級品の装備を持ち、周囲のゴロツキを囲って好き放題している。昨日は酒場で騒ぎを起こしたところをリクに止められ、不満を募らせていたのだ。


「誰がクズだ! ズックだ! 覚えとけ!」

「はいはい。後ろに隠れてるみなさんも、まとめて相手すればいいわけですね?」

「ふん、昨日のように簡単にやれると思うなよ。お前は今日こそ痛い目見るんだ!」


 ズックの合図で、脇道や背後から現れた5人の冒険者が一斉にリクを囲んだ。武器を振り下ろしてくる彼らはEランクか、あるいはDランク混じりか。いずれにせよ動きは素早い。だが、リクは冷静だった。


「先輩、昨日と同じ攻撃パターンですね」


 リクはすかさず閃光玉を投げつける。


「バカめ! その手には乗らん!」


 ズックは昨日の失敗から目を隠して、光をやりすごそうと構える。しかし閃光が収まって攻撃に転じようとしたとき、そこにリクの姿はなかった。


「くっそ……逃げやがったか……! おい、リクを探せ!」


 ズックが怒声をあげたその背後。そこにいつの間にか回り込んでいたリクがもう一度、閃光玉を投じた。


「うわっ! 目が……!」

「バカなのはクズさんですよ。目を隠してばかりいたら、相手がどう動いてるか分からないでしょう?」


 視界を奪われた取り巻き4人はあっという間にリクの蹴りと剣の柄で伸され、ズック自身も首筋にリクの剣をあてがわれていた。いずれも気絶しているだけで命に別状はない。


「この閃光の中で4人を倒されたのか……リク、お前、EXスキルに“盲目無効”でもあるのか?」

「いえいえ。オレは今日ようやく16歳になったばかりですから、EXスキルはこれから授かるんですけどね」

「そんなバカな。あれだけの閃光をどうやってやり過ごしたんだ……」

「簡単なことですよ。最初から目を閉じていれば、閃光なんて関係ないです。視覚に頼らない“心眼”を開いて戦うんです」


 そう言うとリクはズックの頭を剣の柄で軽く小突く。


「いてっ!」

「ソロでやってると、後ろに目がないと死んじゃいますからね。剣士が初期に覚えるスキル“心眼”を鍛えて気配を感じ取るんです。クズさんも“心眼”を覚えてるなら、もっと練習しないと」


 「心眼」はどんな初級剣士でも一度は習う基本スキルだが、使いこなすには地道な修練が必要だ。リクは常に一対多の状況に身を置くことで、このスキルを極限まで鍛えてきた。一方、ズックは怠け癖のせいで腕を磨くことも疎かにしていたのだ。


「はあ……クズさんが持ってるEXスキルだって、まともに鍛えれば相当強くなると思うんですけどね」

「うるせえ……! 俺だって好きでこんなEXスキルになったわけじゃねえんだよ!」

「剣士としても鍛冶師としても無能だっていう親父さんの言葉なんて、気にしなきゃいいじゃないですか」

「黙れっての!」


 実はズックのEXスキルは「剣王」。年に数人ほどしか現れない強力な剣技強化スキルだ。上位には「剣聖」や「剣神」などもあるが、それらはさらに希少性が高い。普通なら剣士なら誰もが憧れる能力なのに、ズック自身は鍛冶師の家に生まれたため本当は鍛冶スキルを欲しかった。兄二人が鍛冶系のEXスキルを得たのに比べ、自分だけ剣士のスキルだったことがどうにも納得いかないでいたのだ。


 父親から「鍛冶師としても剣士としても使えない」と烙印を押され、いつしかズックは何もかもに嫌気がさして日々の鬱憤晴らしに走るようになっていた。しかしリクは言う。


「剣士だからこそ言える鍛冶へのアドバイスだってあると思いますよ?」

「なんだそれ? 鍛冶師でもないのに偉そうに言うなよ」

「鍛冶師は“剣に命を吹き込む”けど、剣士は“剣に命を預ける”んです。どっちが剣をわかってるかは、一概に言えないと思いませんか? ……オレら剣士が、鍛冶師さんに“剣で一番”を譲るわけにはいかないでしょ?」

「そりゃ……そうかもしれないが……」

「だからクズさんだって、剣を極めて『こんな剣じゃダメだ』って鍛冶師に言えるくらいになればいいんですよ」

「だからクズって呼ぶな!」


 ヘラヘラ笑っていたリクの顔が一瞬、引き締まる。そのまなざしにズックは胸の奥がざわついた。あの日、EXスキル「剣王」を得たときに向けられた父親の鋭い眼差しを思い出す――。


 「鍛冶師としては無能。剣士としてもお前は無能だ」


 不器用な職人気質の父親が、そう叩きつけるように言った真意を、もしかしたらズックはずっと誤解していたのかもしれない。リクの言葉で改めて思う。鍛冶師の技術を手に入れられなかったとしても、剣士として高みに至れば、いずれは鍛冶師に引けを取らない自分が作れるかもしれない――父と一緒に“剣を作る”という夢を。


「へへ……ああ、言われてみりゃそうか。いつかお前に『ズックさん』って呼ばせるくらいの剣士になってやる。親父だって認めるほど、すげぇ剣士になってやるさ!」

「いいっすねえ。そのときは、ぜひ手加減なしでお願いしますよ、ズックさん」

「おい、まだ早いだろ! こんなところで『さん付け』されたら、今のこの熱い気持ちはどうなるんだよ!」

「じゃあ、形で示してください。次に会う時を楽しみにしてます」


 そう言ってリクは笑みを浮かべながらその場を去った。取り残されたズックは、倒れている仲間たちを起こしながら声を張り上げる。


「おい、お前ら、今日から真面目に剣の修行だ! 文句は言わせねえぞ!」

「はあ? どうしたんですか急に……」

「いいからつべこべ言うな! 今の俺は、夢に向かって燃えてんだよ!」


 キョトンとする取り巻きたちだが、ズックが真剣に言うからには逆らいにくいらしい。


「……仕方ねえな。ま、こんな俺らのことを見放さねえのはズックさんくらいだし、ついてくか」

「だな。とりあえずやってみよう」


 一方、遠目でその様子を眺めていたリクは、微笑ましく思いながら足を速める。


「ズックさん、次に会うときはもっと白熱した勝負ができそうだな」


 そう呟き、リクは目的地である神殿の門をくぐっていった――。

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