第6話 子供のように泣いた日

-翌朝-


昨日の野宿は辛かった。この季節には珍しく風が強く、非常に寒かった。焚き火を用意しようと枝を集めようとしたのだが、


素材:木の枝を手に入れましたが、経験値にはなりませんでした。


となった。木の枝も立派な素材扱いになるようで、たしかに、10本で銅貨1枚で売られてたりする。1本では経験値にならないようだ。だったら!経験値にならない物はそのまま手元に残して頂けないでしょうか?


どうしても寒かったので、手持ちのたいまつを組み上げて焚き火にするしかなかった。だが、たいまつの数にも限りがあるし、コスト的に勿体ない。ただでさえお金がないのに、贅沢は敵である。


また、ロックをする時に野宿用の毛布や寝袋をロックをし忘れていたことが本当に痛い。「毛布さえあれば…」と何度も呟いてしまう。


結局、マントに包まって、たいまつで作った小さな火の横で寝るが、風が吹けば寒くてすぐに目が覚める。寝ては覚めてを繰り返し、気が付けば夜が明けたが眠気は全然取れていない。


リクくらいの冒険者なら街中の知り合いに相談すれば誰でも止めてくれるだろう。だが、今日限りならばそれでもいいが、今後一生このような生活が待っていると思うと、本当に心を許してくれるような人じゃないと無理だろう。急に「出ていけ」と言われれば出ていかないといけない恐怖感もある。それならと、気兼ねのない野宿の方をリクは選んだのだ。


また、もう一つの難題が現れた。食料だ。


一度、街に戻って残り少ない銅貨で注文した食事が目の前に来た瞬間に無くなった。お店の人は驚いていたが「一瞬で喰った。腹が減っていたのでな。」とすぐに店を出た。銅貨5枚分の経験値を貰った感じだ。


そういうわけでリクは昨日から保存食の干し肉しか食っていない。毎晩、冒険後のエールを楽しみにしていたが水筒の水しか飲めない。ハッキリ言って、食事の楽しみが無くなったのは冒険者としてかなり辛い。命を賭けて頑張った結果を干し肉と水で潤せるはずもない。リクは一生、ダンジョンの中のような食生活をすることになるのだ…。昨晩もたいまつで炙った干し肉と水筒の水が晩ごはんのメニューだ。


本来なら酒場に大勢の友人を集めて盛大に誕生日パーティーを開く予定だった。リクはそこで死ぬほど飲み食いする予定だったのだ…。


そう、「アストレアス」では、「16歳の誕生日にお世話になった人に酒を奢り、代わりにご祝儀を貰う」という冒険者の門出を祝うしきたりがある。


これは、神託を受けて一人前になった冒険者が日頃お世話になった人たちに食事をご馳走して恩返しをすると共に、先輩冒険者はご馳走になったお酒の代金よりも多くのお祝い金を新米冒険者に出す。そうすることで新米冒険者は新たな旅立ちに備えて装備を整えられるというイベントだ。気に入られている冒険者ほど多くの資金を得られるということで、リクもたくさんの人たちにお祝いされているのを楽しみにしていたし、街中の人がリクのお祝いに駆けつけると言ってくれていた。


ただ、今のリクの場合、貰ったお祝い金はすべて経験値になってしまう。そして、お祝いしてくれる人が多ければ多いほど酒代の額は跳ね上がる。今の手持ちの銅貨で払えるわけもない。本来、新米冒険者と言ってもご祝儀を貰うのだからその場で支払いできるはずなので、酒場のおじさんにツケをお願いするなどできるはずもない。更にリクは街の人々に愛されているので酒場に来る人数も多い、通常の冒険者の酒代の何倍にもなるはずだ。そう考えると顔が真っ青になる。リクは街を出る前に「ギルドのクエストの関係で誕生日会は来週まで延期でお願いします」と酒場のおじさんにお願いしてきた。食材は大量に仕入れてしまっていたみたいだが、今日は「リク生誕祭直前スペシャル」と称して大盤振る舞いするそうだ。リクの誕生日が楽しみで先に集まっていた冒険者達も「2度楽しめる」と気にしておらず、なんなら「来週はこの倍の人数集めて騒ぐぞ!」となっていた。いや待って。支払い2倍は流石に死んじゃう…。


ということで、本来は誕生日の夜を楽しく過ごすはずだったのに、こんな形で過ごすことになった。リクもこんなことになるとは夢にも思っていなかった。


リクは泣いてしまった。激レアEXスキルを手に入れて、絶好調にレベルが上がって、夜はドンチャン騒ぎだ!!と調子に乗っていたら、ほぼほぼ全財産を失い、寒い野外で腹ペコのまま十分な睡眠時間も取れなかった。ただでさえ生活レベルがどん底に落とされて精神的にキツイのに、これからこのような日々が永遠に続くのかと思うと泣きたくなるよなぁと思った瞬間に泣いてしまった。この怒りは誰にもぶつけられない。不注意だった自分への怒りが涙となって溢れてしまったのだ。涙がこぼれ出すと、もうこれ以上我慢できない。リクは子供の頃以来に「うえーん」と泣いた。


数時間の涙の後、ようやく落ち着いたリクは再度今後のことを考えた。


「よし、こうなったら冒険者を辞めて商売でも…」


と思ったがすぐに諦めた。


リクはソロ活動をしていることから、冒険に関するあらゆる交渉事も自力で行うので、一般人に比べて交渉術も判断力も磨かれている。カールと冒険者を始めた頃は二人とも素直な性格から色々な人に騙されもした。だが、その分、今は話術や駆け引きの経験も豊富だったりする。怪しい話への嗅覚に優れ、逆に引っかかったふりをして出し抜く力さえ身につけていた。見た目は若いのに、一端の冒険者の風貌と風格を携えているのはそのせいもある。


そういう点では商人としてもやっていける可能性は高い。リクも商売人としてやっていくのに自信はぜんぜんあるのだが、商人として致命的な「銅貨以外が扱えない」と「販売できるアイテムの仕入が出来ない」という状況だ。


扱うお金が全部銅貨でやり取りするなんて不可能だ。たとえ、全部銅貨で商売を始めたとしよう。それでも、売れるものも一番高くてブロードソードくらいだ。ブロードソード専門店を開くとして、そんな初期装備をオススメする店が出来ても誰が来るんだ?それでもブロードソードは金貨2枚ほどなので、生きていくだけなら悪くはない値段だ。定期的に売れればだがな。でも、定期的に売れたとして、金貨が扱えないからお客さんは銅貨20000枚で払ってくるのか。もうメンドクセ!!


それに、自分で作ったブロードソードを売るわけじゃないので、ブロードソードをドロップ品で取って来るか、提携の鍛冶士に作ってもらうかだ。だが、ドロップ品で稼ぐにもブロードソードを狙って出せるわけもない。職人に作らせたらその費用がかかってしまう。その支払いも銅貨で渡すことになる。絶対に鍛冶師に嫌われる。終わった。完全に積んだ。


商人を始めて、儲かるどころか生活していくお金すら手に入る未来がまったく見えない。


リクは今後冒険者をやっていく自信が無いが、商売人の方がもっと悲惨な人生しか考えられないので、貧しくも食っていくには冒険者以外に道は無いようだと諦めるのを諦めた。うぼあー。変な声が出ちゃった!!


今後の人生に絶望しながらトボトボと街中を歩いていくリクだった。

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