第19話 イイ奴

リクはカールの持っていた魔剣を「装備」してこの世から完全に消滅させた。


装備をした瞬間、リクにドス黒い感情が溢れて吐きそうになった。カールは数か月もこの感情に向き合っていたのかと思うと、魔剣に対するムカつきで再度吐き気がした。


そんな吐き気を抑え、リクは武器を無くしたカールに近寄る。拳を握りしめながら近寄るリクにカールは一瞬たじろぐ。


だが、リクはそっと拳の力を抜くと、優しくカールを抱きしめる。ドス黒い感情から解放され、張り詰めていた心が緩み、カールは涙を流しながら言葉を紡ぎだした。


「ああ…ああ…リク…」

「安心しろ。オレはお前の味方だ。」


カールを抱きしめ、背中をやさしくポンポンするリク。


「色々酷いことをいって悪かった。だが、まともに戦って勝てる気がしなかったんだ。」

「…いや、リクの言う通りだよ…。少し周りから評価されて、なんでもできる気になっていた。大切な人も守れなかった、ちっぽけな存在だよ…。リク、お前みたいに一人でも人の為に強く立ち向かえる男になりたかった…。」

「何言ってんだよ。お前は悪い奴らから狙われていたあの子達を守りたくてパーティーを組んだ『イイ奴』だ。オレは守りきれなかった時の自分が怖くて一人になった。オレはただの臆病者で、お前は強くて優しい男だよ。」


リクの優しい言葉に泣き崩れるカール。


「安心しろ。オレはお前の相棒だ。決してお前を一人にはしない。だから、また一緒に冒険しようぜ!オレとお前なら絶対に『イイ冒険者』になれる!」

「それでも…それでも…オレは…」


共に泣き崩れ、抱き合う二人。

カールが話し始めた。


「リク、それでもオレは復讐をしたいんだ!もう、それしか考えられない!!それしか考えられないんだ!」

「駄目だ!ちゃんと悪い奴らは国が裁いてくれる。オレが絶対にそうさせるから!!」

「ダメなんだ!!自分のこの手で裁かないと!まずはあの時に殺し損ねた商人だ!その後はローズルビーを買おうとした奴!!ヴェラードをローザの場所まで運んだ馬も馬車もブッ壊す!!いや、屋敷ごと粉みじんにする!そうしないとローザが…!」

「ローザがそんなことを望んだのか?!」


と言われて、カールは死ぬ間際のローザを思い出す。



『カール、君は長く生き抜いてね』



違った。復讐なんて、ローザは望んでいなかった。ローザは、大切な存在であるカールに自分の分まで長く生き抜いて欲しかった。カールは自分の行動がすべて間違っていたことに気が付いた。


「…リク、違ったよ。ローザはそんなことを望んじゃいなかった…」

「そうだろ!ローザは復讐なんて望んじゃいない!!」

「リクの言葉で思い出せたよ。君が必死に叫んでくれたお陰だ。ありがとう。」

「礼なんていらない!カール、お前は『相棒』で、大切な『兄弟』なんだ!!当たり前だろ!」


真剣な眼差しのリクを見たカールが笑いながら言う。


「嬉しいな。ヴェラードも自分に優しくしてくれて「俺たちは家族だ!」なんて言っていたが、結局裏切られた。やっぱりリク以外に『家族』と呼べる存在はいなかったんだ。もっと早く気が付けばよかったな…」

「何言ってんだよ、カール。俺たちはまだまだこれからだぜ?そうだ!街に帰ったら美味い飯食いに行こうぜ…って、まぁ、お前の奢りになっちゃうんだけどな。あー、金?なーに、大丈夫だ。帰り道に二人で魔物を倒しながら帰ろうぜ。オレ達ならヤバイ魔物も瞬殺!お前が換金すれば大儲け間違いなしさ♪」


いつもの優しい目つきでおちゃらけ気味に言うリク。その表情に笑いながら答えるカール。


「でもな、リク。俺はもう戻れないんだ。強くなろうと思ってこの森に来て、左手を失い、死にかけた時にその剣を拾った。そして、魔剣士になった。魔剣を手放しても、もうあの魔剣に心を支配されてしまってるんだ。」

「あの剣はもうこの世が無くなってる!お前は救われたんだ!!」

「駄目なんだよ。あの剣を握った時のドス黒い感情が今も消えないんだ。魔剣士になったからじゃない。随分前から、もう心のすべてを侵食されている。」

「なんとかなるはずだよ!諦めんなよ!」

「復讐の為に身も心もすべてを捧げた。悪魔に魂を売ったんだ。もう俺はカールじゃないんだ。」

「何言ってんだよ!ずっと一緒だったオレが言うんだ、お前はカールだよ!だから、お前がカールなら、悪魔になってもオレが全部止めるって!!」

「分かるんだ…。俺はもう止まらない。止めるためには全員に復讐するか、俺を殺すしかない。だから…」


カールは腰に隠していたナイフを取り出した瞬間、


「だから、この悪魔は俺が殺すしかない…」


自分の首の動脈を真一文字に掻っ切った。


リクにとって不意を突かれた一瞬の出来事だった。飛び散る鮮血に驚くリク。


「なぁ!?なんでだよ!!カール!!!なんでだよ!!」


リクは持ってきていた薬草をありったけカールの傷に張り付ける。


「止まらねぇ…血が止まらねぇ…」

「魔剣士の斬った傷は治りが遅い。もう俺は助からない。」

「嫌だ!!!そんなの嫌だ!!!」


ようやく話し合えた。自分の気持ちも伝わった。このままハッピーエンドを迎えられると思っていたリクは、もうあと数分したら大切な相棒を失うのだと思ったら涙が止まらなくなった。泣きながら何度も薬草を張り付けるリク。無駄だと思っても足掻かずにはいられない。だが、傷口を薬草で押さえても溢れる血にリクの涙が混じるだけだった。


「リク…、すまない。俺が死なないかぎり復讐は止まらないんだ…。」

「だから!!何回でもオレが止めるって言ったじゃんかよ!!」

「それに、こんな俺はもうローザの大好きなカールじゃない。」


カールの熱い血液を浴びながらリクは泣き叫ぶ。


「だからってェ!もっと別な方法があっただろうォォ!!」

「いや、もういいんだ。俺の最後はこれくらいでいい。」

「…バカ野郎!!死んだら償うこともやり直すことも出来ねぇんだぞ!!!」


おびただしい血がカールの心臓の鼓動の度に噴き出してくる。その噴き出す血の量も少しずつ減ってきている。もう助からない。血の気が失せて白くなっていく顔がカールの綺麗な顔をより一層白く美しく見せる。


「なぁ、リク。親友として一つお願いしていいか?」

「なんだ?」

「死んだら…ローザと一緒に眠りたい。」

「バカ野郎…。お前の最後の願い、断れるわけねぇだろうがよ…。」

「リクならそういうと思ったよ。頼んだよ?相棒」

「任せておけ、相棒」

「ありがとう…リク…ありがとう…」


すーっと息を引き取るカール。


「カールーーーー!!!!カールーーーー!!!!」


リクはカールの名前を叫び続けた。そして、何時間経ったかも分からないほど泣き続けた。リクの気持ちが落ち着いた頃には、完全に日が落ちて夜になっていた。抱きかかえたカールはまだ少し温かみを帯びていた。


「はぁ…なんだかスッキリしねぇ終わり方だなぁ、相棒ッ!!!」


肩にカールを担ぐと、街に向けて歩き出すリクであった。

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