第18話 『剣神』カール
リクはカールを止めると言った。その言葉に、怒り狂っているカールはリクを自分の敵だと判断した。
先制攻撃はカールからだった。
カールの放った鋭い横薙ぎがリクの眼前を横切る。
空気が切断される「ギィン」という音がリクの耳に届く。
「ほう、避けたか?流石だな、相棒。」
「初撃は必ず横薙ぎ。変わらねぇな、相棒。」
「うるさい、次は絶対回避不可能だ!」
一瞬、空気が歪んだかと思った瞬間にカールの長剣はリクの喉を突こうとしていた。
「横に薙いでからの突進突き。昔からそうだな。単純過ぎる。ワンパターン。」
頭を少しだけ横に倒してカールの突きを文字通り「紙一重」で避けるリク。
「チッ、すばしっこいな。」
「なんだい?カール。『剣神』を手に入れた割には大したことねぇな。」
と言い放つリク。
実際はギリギリだった。紙一重で交わしたのではなく、全力で避けて紙一重だったのだ。カールの行動パターンを事前に知っていたから、かろうじて避けられた。もし、過去からカールの攻撃パターンが変わっていたら、今頃絶体絶命に…いや、即死もあったかもしれない。
改めてEXスキル『剣神』の恐ろしさを体感する。カール自身が数か月間この森でレベルを上げていたとはいえ、リク自身も盗賊たちから巻き上げた装備品でレベルは上がっていた。レベルで言えば、確実にリクの方が上だ。それだけのレベル差があるにも関わらず、全くリクに余裕がない。
(このままではヤバい。受け続けてはダメだ。)
リクは自分から仕掛けることにした。
「今度はこっちから行くぞ。」
リクの見え見えの振り下ろし切り。なんなく左に躱すカール。
「カッ!遅えよ!なにぃッ?!」
カールは避けた先でリクの足払いを喰らって倒れた。無くなった左手のせいで顔面を強く地面に叩きつける。
「カール、対人戦では剣だけ見てたら勝てねぇぞ?」
「このやろう…」
「どうした、降参か?」
「ふざけるな!!」
リクが仕掛けたのは「打撃」。『剣神』に対して剣技で勝つことは不可能に近い。『剣神』の派生スキルに「斬撃超反応」がある。斬撃に対して絶対に斬られない反応が自動的に行われるチート能力だ。なんだよそのチート能力は!!ただのEXスキルから派生スキルのくせ!!めっちゃいいじゃねーか!!
オレの派生スキル「自動変換」はポンコツなのに!!この格差はどうなってんだよ!!
ということで、剣神に斬撃で勝ちたいなら、相手を圧倒的に上回るレベル差しかない。だが、弱点もある。斬撃以外なら超反応は行われないのだ。その為、リクは打撃を選んだ。そして見事攻撃を当てることに成功したのだ。とはいえ、斬撃以外にも「反応」して、ある程度の回避ができる。今回当たったのは油断とリクが高レベルだったからだ。同レベルならあっさり返されていただろう。
カールだって馬鹿じゃない。元々リクと同じくらい期待されたルーキーだ。今後は打撃にも用心するだろうし、変則的な戦い方でこの後も続けられるわけがない。焦るリク。だが、そのリクの不安はすぐに解消された。
立ち上がったカールが止まること無く連撃を放ったのだが、リクは再度すべて紙一重で避け続けた。先ほどと違うところは、「攻撃を見てから自力で避けられたところ」だ。先ほどに比べると明らかに「剣に鋭さが無い」。これはパワー型の「魔剣」とスピード型の「カール」との組み合わせが悪かったのだろう。
カールが持つ魔剣をよく見れば、禍々しく脈動している。『魔剣』は人間に取り付いて人を斬らせ、その血を養分として成長する呪われた剣だ。取り付いた人間の精神を壊しながらただの殺戮マシーンにしていく。そして、剣は成長していく。
過去にも魔剣の力で村が全滅したり、聖人と呼ばれるような心優しい冒険者が残虐な行動を起こす事例があった。魔剣ごとに様々な影響があるが、だいたいがその人間の欲求を増幅させる。また、魔剣の持つスキルも使えるようになり、その組み合わせでは国家レベルで対策が必要になる可能性もある。
で、現在のカールの動きだが、スピードがウリのカールが力任せに剣を振り始めた。完全に怒りに任せた攻撃で、だが、当たれば確実に当たった箇所が切断され…いや、この叩きつけなら爆散する。魔剣のスキルで、スピードを犠牲に力を上げるような能力があるのかもしれない。だが、それは明らかに悪手だ。避けることができれば相手のパワーが上がっても問題ない。逆にスピードが上がるようなら、一瞬で削られて終わっていただろう。リクとしては避けることに余裕が生まれたことはラッキーだった。これならリクにもチャンスが見えてくる。
避けられると分かると安心し、焦っていたリクの頭はだんだん冷静になっていく。そして、リクは更にカールを挑発していくことにした。
「『剣神』であっても、実戦経験、特に対人戦ではこっちに分があるようだな。」
「な、んだと…!!!」
「『剣神を手に入れた僕に敵は居ない』って言ってたわりには、大したことないぜ?」
カールの眉間のシワが深くなり、目つきが化け物のそれになってくる。
「リク、いちいちイラつかせるな!!お前を殺したくなくて、手加減しているだけなんだぞ?!」
「あら~?その割には初撃から全力でオレの首を落としにきてたように思えたけど?まぁそれも華麗に避けちゃったんですけどー。」
カールのこめかみにも血管が浮かんでくる。
「どうなっても知らないぞ…、相棒…」
「結果は分かってる。オレもお前もハッピーエンドさ。」
力を溜め、カールは全力の振り下ろし斬りを行う。やはりだ。怒りに任せた攻撃はもう怖くない。軽く左に避けてボディブローをお見舞いする。流石に力任せの攻撃の時のカウンターなら回避は不可能だ。ストーンゴーレムであっても素手でタイマンできるレベルのパンチ力を持つボディブローだ。思いっきり身体を折り曲げるカール。
「ほらー、オレの方が強いぞ?」
「うるせぇって言ってんだよ!!」
「『剣士は常に冷静であれ。』オレ達の師匠の言葉だ。忘れたか?」
「黙れ!!!」
「そんなにカッカしてると大切なものも守れないぜ?」
「貴様!!『ローザ』のことを言うな!!!!」
カールが必殺技の態勢に入る。必殺テクニック『竜巻斬り』だ。
『竜巻斬り』は身体を回転させた勢いで剣先を相手に叩き込む技だ。元々パワー不足のカールだが、回転するスピードで威力を上げることができるということで非常にカールと相性が良い技だ。更に、剣神の影響でスピードは以前とは段違い。回転数を上げ、以前の何倍もの威力があるだろう。そこに魔剣のパワーが組み合わされば、本物の竜巻なんてそよかぜ程度だろう。
「くらえ!!竜巻斬り!!!」
カールが回転し始めた。リクは想像以上の威力に少したじろぐ。
だが、リクはこれを狙っていた。
「怒りが最高潮になればその技を使うと思っていたよ。でもな、一瞬でも後ろを見せるその技は対人戦じゃ格好の餌食なんだよ。」
カールの竜巻斬りがリクに届く瞬間、カールの足元に「カッ!!!」っと閃光が広がる。
「くっ!!目が…うぐ!!」
竜巻切りの弱点は一瞬相手を見失う瞬間があることだ。リクはカールの視線から消える一瞬に閃光玉を炸裂させた。もちろん、こんな姑息な手段が普通のカールに効くわけがないとは思っていなかった。だが、挑発を続けてカールを怒らせることで、カールの視野を狭めることに成功し、この作戦は大成功となったのだ。
「おいカール。目が見えない状態だ。そんなにグルグル回ってて大丈夫かい?」
竜巻切りは相手に当たれば威力は大きいが、外した時のリスクも大きい。攻撃が当たるインパクトの瞬間に力を込めるが、その瞬間に当たらなければバランスを崩しやすい。インパクトの瞬間に閃光玉で目的を見失ったカールは、バランスが大きく崩れていた。更に、怒りに任せて回転数を上げていたので、静止までに時間がかかる。その間に岩壁や地面にカールがぶつかって自滅もありうる。その時に、カールの剣を奪って経験値にしてしまえば、EXスキル「剣神」と言えども剣を失えばレベル差でリクの勝ちが決定する。
竜巻斬りが当たる瞬間に大きく退いたリク。インパクトの瞬間を外したカールは大きくバランスを崩し、岩壁に突っ込んでいった。
「うし、これで…ん?」
だが、剣先は地面を削り、周りの大木を粉みじんにし、大岩を切り刻み吹き飛ばして止まった。
「なんて破壊力だよ…。やべーな。以前の10倍以上の破壊力だ…。障害物を全部弾き飛ばしやがった…。」
自滅もありうるだって?あわよくば剣を手放せば…だって?そんなことを思った自分の甘さをリクは実感していた。
カールに閃光玉の奇策が使えるのは一回限りだ。閃光玉の効果はしばらく続く。だが、眼を見えなくしても、次は剣士が覚えるテクニック「心眼」を発動してくる。いや、『剣神』の場合は進化テクニック「神眼」となる。「心眼」のように目を閉じて相手の位置を分かるだけじゃなく、神が遥か天空から見下ろすように自分の姿や周辺の全てを把握できる「超絶空間把握能力」として発動するのだ。
「もう一度完全な竜巻斬りですべて飲み込んでやる!!!テクニック『神眼』!!!」
「くっ…」
「ククク…更に俺は高みに昇るぞ!!ジョブ『魔剣士』!!」
「な、なに!」
そして、剣が怪しく輝くとカールの全身が浅黒く変色する。
魔剣を手にしたカールは魔剣士に転職するルートが現れていた。さすがのカールも魔剣士という職業が破滅のルートを辿るしかない職業だと知っているし、それだけは手を出さないようにしようと思っていた。だが、唯一信頼しているリクを今この手で殺そうとしているのだ。リクを殺せば、もうこの世の中で信じられるものはない。それならば、もうどうでもいいと思ったのだ。
「バカ野郎が…」
リクがカールの選択に怒りを覚えていると、カールの持つ魔剣は禍々しい黒いオーラを帯び始める。そのオーラの出現と共に、カールの右ひじまで伸びていた黒いアザは右肩まで伸びていた。
「リク、お前さえいなければ、俺の目的は達成するんだ!!くらえ『竜巻斬り』!!」
魔剣を構え回転しだすカール。だが、カールはまだ叫び続けている。
「まだだ!もっとだ!『魔剣開放』!!」
魔剣の力を更に引き出すテクニックを使うカール。竜巻斬りの回転数が更に上がり、竜巻が先程よりも巨大になる。
「この竜巻がぶつかった瞬間が!!リク、お前の最後だ!」
強大な竜巻がリクの目の前に迫る。
「どこが当たっても貴様は粉みじんだ!死ねー!!」
カールの叫び声を聞きながらリクは思った。神眼を使われた今度は、この竜巻斬りは確実にリクに当てられるだろう。閃光玉も意味がない。絶体絶命のピンチだ。
だが、リクは落ち着いていた。先ほど、岩壁にぶつかった光景を見て、昔の出来事を思い出したのだ。
それは、過去にリク達の剣の師匠が一度だけ見せた『竜巻斬り』の対処方法だった。
修業時代、師匠に対して竜巻斬りを放ったカールが弾き飛ばされてしまった光景を思い出す。当時の自分にはまるで歯が立たなかった。しかし、今の自分ならできる。リクはそう確信していた。
「お師匠さんのように…」
リクは剣の構えを解き、迫りくるカールを直視した。カールの竜巻は魔剣開放の力で黒い竜巻と化している。竜巻に巻き込まれた小石がバチバチと音を立ててリクに当たる。だが、リクは微動だにせず、そっと呟いた。
「どれだけスピードを上げても、ずっと隣で見てきたお前の必殺技だ。タイミングは理解している。この竜巻がぶつかった時、オレがカールの全部を止める!!」
リクは目を閉じ、心眼でカールを捕らえる。
(あと、少し…)
剣先が迫る瞬間を見極めるリク。
「ここだ!!!お師匠さん、オレに力をください。『明鏡止水』!!」
竜巻がリクを巻き込もうとした瞬間、リクが『明鏡止水』を発動した。
『明鏡止水』—心を鎮め、曇りなき鏡のようにすることで、時間の認識を極端に遅くする技だ。
ゆっくりと進む時間の中、リクは一歩踏み出す。その迷いのない一歩は、回転する剣撃の隙間を縫い、カールのすぐ傍まで迫った。そして、リクはカールに密着した状態で地面に自分の剣を突き立てた。
「これで決着だ!!!」
回転するカールの手首が、リクの剣のグリップにぶつかる。
「今だ!!『ウェポンスティール』!!!」
「なんだと?!うぐっ!!!」
竜巻の勢いが強力すぎた。あらゆる障害物をなぎ倒す竜巻の中で、剣先のスピードが何倍もの力で手首に集中する。さらに、レベル差が格上のリクによるスキル『ウェポンスティール』の絶妙なタイミング。カールは右手一本で剣を持っており、回転力と威力が増した分だけ、握力では耐え切れず、魔剣を手放してしまった。
リクが思い出した対処方法は、修業時代に師匠が見せた「竜巻斬り」の中心に飛び込み、相手の手首を叩いて剣を弾き飛ばす方法だった。しかし、それは簡単にできることではない。リクの師匠が使ったのは剣士から派生する上位職「サムライ」を極めた者のみが使える究極テクニック『明鏡止水』。時間認識能力を極端に遅くすることで、止まった時間の中を動くことができる技だ。
「大事なことは冷静に勇気を振り絞ること」
リクは今、師匠の言葉を胸に、冷静に勇気をもって剣撃の間に飛び出した。極限まで集中したリクは『明鏡止水』を使い、刹那の時間を完全に操り、カールの懐に飛び込んだのだった。
剣士であるリクが上位職サムライのテクニックを使えたのは、すでに「サムライ」になれるだけの力を持っており、『明鏡止水』を使える知識と経験と力を持っていたからだ。
テクニックは「知識」「経験」「精神」があれば使える。上位職とは、その手助けをするための手段に過ぎない。
カールは剣を手放すまで、師匠から反撃を喰らったことをすっかり忘れていた。「剣神」として完成された剣技に弱点は無いと勝手に思い込んでいた。それゆえの過ち。剣を手放した瞬間、カールはあの頃の未熟な自分を思い出して叫んだ。
「くそおお!!!」
剣を手放したことで派手に地面と激突したカールだったが、すぐさま立ち上がって剣を取りに向かう。だが、その先にはカールが持っていた魔剣を掴んだリクがいた。
「カール、これですべて終わりだあ。」
「ま、まて!その剣だけはぁぁ!!!」
すがりつくカールにリクは構わず叫ぶ!
「この剣は頂いた!!!『装備』!!!」
すると、あの禍々しい魔剣はこの世から一瞬で消え去った。
《レア装備:魔剣ティルヴィングを手に入れましたが、経験値1,685,020になりました。》
「あ、ああ、オレの剣が…」
「ぐ…すごい経験値…。バカ野郎…。こんな危なっかしい剣なんか持ちやがって…」
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