第4話 最悪な出会い

 振り返ることを拒んでいた私の足枷はいつしか消えていた。

 今度会ったら、団長に感謝を伝えなくては。まだ私に残されたものがあるのだと、オリウスの励ましが気づかせてくれた。それは暗闇に指す希望の光のように………というのは大げさなかもしれないが、もう一度立ち上がる力を与えてくれたのは確かだ。


(そうだ。私に落ち込んでいる暇などないのだ!!)


 前気持ちが僅かに芽吹き始めた頃、私は心を支えてきたあの言葉をもう一度確認した。

「苦しいときこそ必死にもがけ」そう心に言い聞かせてもう一度前を向く。『朱色のかぎ爪団』に戻ることが叶わなくても、力をつけてもう一度認めてもらうのだ。

 私は頑張ってきた。魔法の勉強も剣術の修行も…このダンジョン都市スタイリアを訪れた十二の頃からずっと。

 だからきっと大丈夫なのだと、私は体に言い聞かせ、鉛の心をついに動き出した。


「大丈夫よリズ! いつも私は乗り越えてきた。今回も何とかなる!」


 ここは人通りの少ない影路地だ。独り言も聞かれることはない。

 私一人しかいないのを確認し、腕を前に突き出し気合を入れる。

 

「よし! いける! 私なら大丈夫! 大丈夫よリーズロッテ!!」

「お~気合十分だね。頑張れ! 君ならできるよリズ!」

「うん! 私はこんな事でへこたれない。もっと頑張らなく………えっ誰!?」


 夜中に迷惑だと思いつつも、反射的に大声を上げてしまった。

 だが私の気持ちも汲んでほしい。突然こんな夜更けに、知らない人が声をかけてきたのだ。誰だって同じ反応をするはずだ。


「お、脅かさないでよ! てか貴方一体……えっほんと誰…?」

「あ、ごめんごめん。君があまりにも、よし頑張るぞ! って感じだったからつい応援したくなったのさ。」


(初対面に応援って……。新手の変態か?)


 どこまで聞かれた。いやそれよりもどうして名前を知っている、と疑問の波が頭に押し寄せる。

 いや待て、これは要確認が必要だな。羞恥でしかないあの一人ガッツポーズも独り言も見られていたとなると生かしてはおけない。


「ねえ貴方。私そんなに浮かれてた? というより……見たわよね?」

「えっ、あの…」


 齢十五歳の威圧程度で動じたのか。変態は歯切れが悪くなり、後ろへたじろぎ始めた。

 突如として鳴ったゴング。

 現地を取れた方が勝者となるのは明白。相手が守りに入っているのは挙動で察した。ならば攻めるのみ。


「嘘ついたら、分かるよね?」

「は、はい。見ました。それはそれは見事なガッツポーズで……てっあぶな! 何するの!」

「何するのって…決まってるじゃない。」


 対話より先に突き出された私の拳は、名も知らぬ男の意識を容赦なく落としにいく。

 こんな恥ずかしいところは仲間にだって見せたことはない。よりによってこんな奴に。

 よし。粗治療と行こうか。


「あんたの記憶をぶっ飛ばすのよ!」

「ええ!!? ちょっと待って! 僕を気絶させても記憶は飛ばないし飛ばせないよ!」

「問答無用!!」


 逃げる野ネズミを狩る獣とはまさにこのことだ。でも勘のいいことに間一髪のところで拳は避けられる。

 何なんだコイツは。さっきから本気で殴りかかっているのに全然当たらない。


「ちょこまか逃げるな。大人しく殴られろ!!」

「そりゃ逃げるよ。は、話し合おう。弁解の余地はあるはず……。あ、これやばっ。」


 だが避けられるのはここまでだ。

 私は壁際まで野ネズミを追い込むことに成功していた。

 しめた今がチャンス! 私は『ポキッ、ポキッ』と指を鳴らせながら怯えた哀れな小動物に近づく。


「覚悟は出来たかしら?」

「お、お手柔らか…に?」


 その言葉を最後に私は振り上げた拳を下ろし、顔面スレスレを殴りつける。

 バゴンッ!! という音と同時に手頃な場所にあった木箱がくだける。

 流石に殴り飛ばすのは可哀想な気がした私は、慈悲の選択を与えることにする。


「ここで記憶を飛ばされるか。あんたが見たことを今ここで忘れるか。どっちがいい?」

「そ、そんな無茶な…」

「ん? 何か言った?」

「いいえ後者でお願いします…」


 すでに涙目の彼をこれ以上追い詰めても意味ないか。

 まったく。今日は本当に厄日だ。一刻も早く床に就きたいというのに。

 パーティーを抜けるは恥ずかしいところを見られるわ、踏んだり蹴ったりだ。


「はあ~もういいわ。その代わり今日見たことは絶対他言しないこと!」

「分かりました絶対他言しません。えっと…。とりあえず女神にでも誓っておこうか?」


 男は左手をあげ、神に宣誓する仕草をして見せるが、一つ言わせて欲しい。


「手が逆よ。」

「あっじゃあこう?」

「違う向きじゃなくて腕! 右手を挙げるのよ馬鹿。」


 何だこの男は…。女神への宣誓など子供ですらできるというのに…。


「なるほどこっちか。リズは物知りだね〜」

「…リズって、あんたなんで私の名前知ってるのよ。」

「えっ? だって君がリズって、自分を呼んでたんじゃないか…あっ」

「さっき神に誓うとかぬかしてたけど…殴るわよ? 本気で。」

「は、はい! 僕はあなたの名前なんて知りません。皆目見当もつきません。さっきあったことは何も聞いてないし見てません。」

「……荷が重い。」


 こいつに親近感が湧いてしまうのは何故だろうか。


「で? あんたはこんな夜更けに何をしていたの? 」

「えっ僕かい? ふっよくぞ聞いてくれた。」


 ふふん! と立ち上がり両手を腰に添える。子供のようにテンションのお高いことで。

 だがよく見てみると意外と……いやかなり背が高い。暗くて顔はよく見えないが、かなり良い顔つきだと思う。

 だが次の瞬間、残念なイケメンの衝撃発言によって、こいつの第一印象は揺るぎないものに決定することとなる。


「そう僕は! 絶賛迷子中なんだ!! どう凄いだろう!?」


 私が抱いたこいつの第一印象は一言で、残念な奴だった。

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