第16話 約束の日 ①

 今日は約束の日だ。

 私は愛剣を片手に玄関を出た。

 外に出れば直様一際目立つショーケースがあり、二日前から準備されていた新しいお店がすでに出来上がっているようだった。


 最初に目がついたのは立て看板の文字。

 どうやら、今日は閉店とのこと。

 光栄なことに私は一番目のお客様として、店主であるアゼルに招待されていた。正直、結構楽しみにしている。前に見たガラス越しの内装は控えめに素晴らしい出来だった。何よりこの子を直してもらえる術があるかもしれないという期待に胸が膨らむ。


 扉の取っ手に掴み、ゆっくり引っ張る。喫茶店のようにスズ仕掛けが鳴ると、すぐに奥から誰かが姿を現した。


「……エルフ?」


 出迎えたのはアゼルではなく、メイド服を着た白い髪のエルフだった。まさかこの数日で、二人のエルフの顔を拝むことができるとは、何と光栄なことだろうか。


(この子が店員さん?)


 背丈は子供と変わらないというのに、どうやらお世話をしてくれるらしい。


「え、えっと…すみません。私リズって言うんですけどアゼルさんは?」

「こっち。」

「…え、」

「こっち。」

「あ、…はい。」


 これで案内と言えるのだろうか…。とりあえず従えと。

 彼女はズカスガと奥の部屋へと戻っていく。でも、ちょっとぐらい見ていってもいいよね。


 店内を見回せば目移りしてしまいそうなものばかりだ。宝石店のような装飾品に几帳面に並べられている魔導書らしきもの。それにどうしてティーセットがここに? 

 鍛冶屋ならもっと武器や防具を置いていても不思議ではないはずなのに…って置いとかなきゃダメでしょ。

 ここには何一つも武具類がない。これじゃ鍛冶屋じゃなくて加工屋とかアクセサリーショップって名乗るのが妥当じゃないのか。 

 どうしよう、不安だ。もし愛剣がひん曲がったり、キラキラに加工されて戻ってきたらと思うと…。


「リズ、こっち。」

 

 ハッ! と私の意識は呼び声に応じる。

 ダメだ気を取られすぎた。もう少し見て回りたい気持ちもあるけど、仕方ない。あれ? さっき名前で呼ばれた? 

 

「ごめんなさい。後なんで私の名前知って…。て! ちょっと待って!」


 沈黙の回答という名の無視。私を置いてメイドは進む。

 兎にも角にも、どうやら後にも先にも引けないらしい。愛剣を強く握りしめ、私は奥の部屋へと入っていったのだ。



ーーーーーーーーーーーー



「シア、何度言ったらわかるんだよ。お客さんが入ってきたらまずは、」

「…いらっっしゃいませ。」

「そんな緊張しなくても。じゃあ、お客さんが店を出ていくときは、」

「…あり、がとうございました。」

「若干噛み気味だけどまあ良しとしよう。」


 奥の部屋にはすでにアゼルが何やら資料に目を通していた。部屋の中央には木製のテーブルにそれを挟むように置かれた豪勢なソファが二つ。

 アゼルは私に手で催促し、その対面のソファに座ることにした。ここまでの流れは良かったのだが、一向に話が進まない。

 いつしか始まっていた『よし、じゃあ次はーー』とアゼルはメイドエルフに基本的な接客教育中のご様子だ。

 あの…私のこと忘れてませんか? 一応客として来てるんですが。


「いい! 次からちゃんとすること。じゃないともうお菓子作ってやんないからね。」


 そんな子供からお菓子を取り上げるなんて言ったら……。ほら泣いちゃった。


「そんな泣きそうな顔してもダメだよ。今日の僕は鬼になると決めたんだ。もう君の駄々は通じないからね。」


 プルプルと震えだすお子様に心を鬼にするアゼルの様はまさしく親の教育だ。どうやら、彼女にとって菓子が無くなるのは相当な死活問題らしい。


「それはダメ。…了解。」

「じゃあお客様を応接間まで案内したら次は、」

「! 選別!!」

 

 選別!? え、何を。そして誰を?

 そんな混沌とした思考が濁流の様に頭に押し寄せる。

 シアは勢いよくソファに前のめりになり、アゼルと息がかかるほどの距離まで顔を近づけたところで額を突っつかれた。


「わかった。わかったから。そこだけ胸張って言わない。彼女は僕が招いたお客さんだから今回はナシでいいの。だから次にすることはお茶の準備ね。分かった?」

「…ん。」


 そうしてスタスタとお茶の準備に行ったよう。

 まだ話し合いが始まってもいないというのに、どうしてここまで疲れているのだろうか。色々と聞きたいことが山程できたが、それはまた今度にしよう。


「時間を取らせて申し訳ない。それじゃあさっそく本題に入ろうか。」


 私にとってここが現実的な最後の伝手だ。腹をくくり直し、姿勢を前に座り直すと膝に乗せたい愛剣を強く握りしめる。

 私は目の前の鍛冶師との交渉に、眼光を鋭く尖らせるのだった。

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