第6話 強者の片鱗
「よりにもよって…。なんでここなのよ!」
深夜だがもうお構いなしだ。
私の心の許容量はもう限界とばかりに、大きな声を出す。
「わぁすっごい偶然だね! これヤッバなんかツボる。」
人の気も知らないでげらげら笑う残念な鍛冶師。あの時殴らなかったことを今になって後悔し出したが、ここは我慢しよう。
「はあ~笑った。それにしてもほんとにすごい縁だ。そう思わない?」
「いいえ! まったく! 全然! これっぽちも!!」
「つれないな~、ほら考えてみてよ。僕は鍛冶師兼加工屋でもあり、道具屋でもあるわけで、そしてリズは今再び立ち上がらんとする中位冒険者様なわけだ。お互いwinwinの関係になれると思わないかい?」
「私に何の得があるっていうのよ。というか、結局何の店かもわからないし。鍛冶師だとか加工屋だとか、そんな怪しい店に入る冒険者なんていないわ。当然私もね…って! 聞いてるの!!」
柄にもなく吐き出した私の皮肉など、能天気な彼にとっては痛くも痒くもない模様。
既に興味が移ったのか、そっぽ向いて『わぁ~このショーケース最高、何置こっかな~』などと言ってる始末に、私は今日一番の苛立ちを覚える。
やばい本気で殴ってもいいかな、いいよね!? こんなにコケにされたのはいつ以来だろうか。
そうだ! 冒険者になりたての頃、猫探しの依頼で泥だらけになって帰った時だ。笑った奴はもれなく片づけてやったことを思い出す。
私は冒険者。たまには素行も悪くなることもあるのだ。
自分の中でアリバイ作りはできた。後はこいつを……。と本気で拳骨を落とそうと構えたが、こちらを振り返った彼と合わせて、その拳を急いでしまう。
「あ、言い忘れてた。すまないけど、店に来るのは二日後にしてくれないかな。明日からオープンしてもいいんだけど、あいにく依頼があってね。いくら僕とリズの間柄でも、そっちを先に片付けなくちゃいけないんだ。」
「なんでこの私があんたの店に行く予定になってるのよ。それに私とあんたの間柄とか……ああもう!! 何なのよ! さっきから調子乱れまくりよ!!」
思わずデリケートな髪にあたってしまう。髪をむしゃくしゃさせ行き場のない感情が噴き出してしまった。さっきまでこいつを殴ろうとしてたのに、何で私ツッコンじゃうかな。これじゃ一向に流れが掴めない。
「君はほんとにおもしろいね。でもどうだい? やな気持ちをひと時でも忘れられたんじゃないかな?」
「ほっっんと! そうよ。むしゃくしゃしすぎて悩んでる暇もなかっ……!?」
不自然すぎるほど噛み合う会話。その正体に気づいた時、私は憤慨しそうな心に、冷や水を浴びせられたかのような怖気が走った。
「ちょっと待って…。あんた…なんで私が。」
「『傷心中だって知ってるんだ~』て聞きたいんだろ?」
私は気づいてしまった。そう、これこそが目の前にいる男の不気味さなのだ。人の心につけこむかのように、裏の心理を透かし読んだ上で行動してくる。一見このバカさもそう見えるように演じるているようにすら感じてしまう。
表面的にではなく間接的に触れてくるが故に、万人が心地よいと感じる作り上げた魅力を醸し出しているのだ。
「へえ~そんな目もできるんだ。お願いだからそんなに警戒しないで。」
知らぬ間に私は敵意の視線を向けていたのだろう。いつの間にか、後ろ下がりに傾いた重心が良い証拠だ。
「大丈夫、僕はただ君と仲良くしたいだけなんだよ。生憎こういう接し方しかしらなくてね。職業柄かな。人を観察してしまう癖でね。不快にさせたなら謝る。」
「…あなたのこと。よくわからないわ。」
「あれ? ここは噛みついてくると思ったんだけどな。やっぱり君は賢いね。人の本質を見抜くのが随分上手みたいだ。その能力はここで培われたものかい? またの機会があれば聞かせてくれ。」
「…次の機会なんてない。」
そう。私は既にこいつを警戒してしまっている。これ以上踏み込むのは危険だと心が決めてしまっていたのだ。
「それは残念だな。でもいずれ冒険を再開するなら、その折れた剣はどうにかしないといけないよ。その時は是非当店に足を運んでくれ。サービスぐらいはするさ。」
私は思わず腰の剣に手を当ててしまった。それは様モンスターと対峙するときの動きと一緒のものだった。
剣は納刀されているのに、なぜ折れていることに気づいたのかは分からない。だがこいつから只者ではない何かを私の勘が感じ取ったのは確かだ。
「あなた何者? 私は剣が折れていることも話していないし……それにどうして私が中位冒険者ってわかったの。」
そうだ…。これも自然すぎて湧かなかった疑問。なぜこいつが私のことを中位冒険者であると見抜いていたことも、今となって気づいてしまった。
「う~んそうだね。中位冒険者っていうのは本当にただの当てずっぽ。でも反応を見る限り間違っていないようだね。それと剣に関してはこれでも一応鍛冶師だし、見抜けなきゃ失格だよ。それにさ…。」
未だ名も知れない鍛冶師は私の愛剣を指差した。私の虎子に何をする気だ! と言いたいところだったが…。
「その子はまだ君と一緒にいたい、戦いたいって言ってる。だから大切にしてあげてくれ。」
何を戯言を言っているんだって、そう言い返してやりたかったが、そんな優しそうな目を向けられたら、不遜にもそんな事言えないじゃないか。
武器は決してしゃべらない。だって当たり前じゃない。剣に命はないんだから。そんな馬鹿げた事を冒険者に聞かれたら、嘲笑して笑い飛ばされてしまう。
でもなぜだろう。嫌な気はしない。不思議と考えとは真逆の感情が湧いてくる。気づいたときには、思わず剣先の無い折れた相棒に目を向けていた。
「さて! 夜遅いしそろそろお開きにしようか。まあ暇があったら寄っておくれ。客が来ないっていうのも結構寂しいものなんだ。それじゃあまたね。今後ともよろしく。」
「……?! 待ちなさい!!」
アゼルは手を振り、その場から去ろうするが私は威勢のいい声で引き留める。
なぜかって? 決まっている。私はまだ何も答えてもらっていないのだから。
「もう一度聞く。あなた一体何者? ちゃんと答えて。」
先程彼とは似つかない沈黙が訪れた。そして彼は考えるそぶりをする。
のらりくらりと、そしてあっけらかんとした態度で彼は苦そうに笑う。
「あ~ごめんよ。これは失礼したね。では改めまして僕はアゼル。ただの鍛冶師さ。」
やはり答えてはくれないらしい。でもそれ以上聞くのはタブーなのかもしれないな。
だって私も、私自身のことをさらけ出してはいないのだから。彼が答える義理はないのだろう。
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