第5話 厄日
「へーそう。頑張ってねー。」
鏡を見ずとも分かる。私は今呆れ返った目でコイツを見ている。
いや哀れみという言葉すらも少々もったいないな。こういうのは関わらないに限る。
私は早歩きで迷子の青年を置いていこうとするが…。
「えっ、え!? ちょっと待ってお願いだよリズ……じゃなくてそこの君! ほんとに迷子なんだって。」
助けてくれると踏んでいたのか、予想外の無視に驚きを隠せない様子だ。
迷惑なことに後をつけてくる。
「この辺は始めてじゃないんだけどさ。前と随分と街並みも変わってて混乱してるんだ。えっと、第三区南通り七番町13番って知ってるかい? ここってホントに広くて…」
この残念な奴が今まで他力に生きてきた事が伝わってくる。
許可の有無を問わない図太さに加えて、何処か母性をくすぐるような声色とルックスであらゆる人を崩してきたのだろうが、私はそうはいかない。
騙されるものか。これは勝負なのだ。こんな楽観的で気が抜けてて、必死な人からしたら存在そのものがうざいような奴に負けてなるものか!
私は徹底的に無視しようと決めたのだが。
……浮かんできたのは今は亡き祖母の顔。困っている人を見逃せない優しい人で、よく私も人助けをしろ言われてきたものだ。
だから私は最後の良心をかき集め、引きつり気味の笑顔を作って対応することにする。
「はぁ~~親切はこれっきりだからね。」
「え!? あ、ありがとう。恩にきるよ。」
結局はこうなってしまうのか、と自身の甘さを理解しながらも私は、残念なコイツに周囲を見渡すよう目で催促した。
「まずここが七番町。それに13番は…ここが25番だからここから右にあと12のところ。いい、分かった?」
「えっと、ここが12で左にーー」
「左じゃなくて右! あとここは25番地!」
「それと道またいでたらどうするの?」
「それはそのまま数えたらいいの。はぁ〜。もういいわよ。どうせ近場だろうし途中まで行ってあげる。」
「ほんとに!?」
パァァっと笑顔になりこっちを見つめてくる子供のような大人に、警戒は無理矢理解かれつつある。
ほんとコイツ才能あるんじゃないかしら…人頼りの。
…でも待てよ。さっき南通り七番町って言ったか?
その何度も聞いたことのある住所は…。いやそんな筈はない。そんな筈は…ない筈だ。
私は聞き覚えのある番地を耳にして、若干の悪寒を感じつつも、疲れも相まって深く考えるのをやめた。
「ええ。だけど私疲れてるの。早くついてきて?」
「ありがとうリズ!! あっ…ごめん」
「もう名前でいいわよ。」
「わかった。ところでリズはさ……。冒険者だよね?」
何だコイツ、相変わらず距離の縮め方おかしいんじゃないか、と私はあからさまな表情を浮かべて適当にあしらう。
「そうよ。それが何?」
「やっぱりそうなんだ! じゃあよければ店にも寄ってみてよ!」
「店? 誰の?」
「ん、僕のだけど?」
「どんな店?」
「えっと魔道具や加工品とか色々取り扱ってるけど、でも看板を出すなら。」
流暢に回っていた口をふと閉じて、アゼルは考え込む。
この場合、魔道具などを取り扱う店なら骨董屋が……いや加工品も扱うって言ってたしそのまま加工屋にでもなるのかな?
次第に同じ歩幅になって居たことも忘れて、私も素朴な問題に耽る。しかし、彼の口から出た答えは早い。
「やっぱり鍛冶屋かな。」
「あなた……鍛冶師なの?」
思わず出たのは素っ頓狂な返事。
鍛冶屋か。正直候補にも挙がらなかったな。
私はいつもお世話になっている鍛治師さんの姿と彼を合わせてみると…確かに体型は鍛冶師向けなのかもしれない。よくよく観察してみると、細身ではあるが意外と肉つきが良いことに気づく。
「そうさ。自慢じゃないけど腕はちょっとしたものさ。」
「へぇ~、ちょっと意外かも……あ。」
そうこう会話しているうちにいつの間にか借宿についていた。
「15,14,13っと。あ、これだ。」
指差した先の見覚えのある物件。
疲れも吹っ飛ぶほどの衝撃を、私は味わざるをえなかった。
「なんでここなのよ! 私の部屋の真ん前じゃない!!」
忘れていた。やはり今日は厄日なのだ。
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