第18話 ぶち切れた日

「それのどこが良案よ!」


 どうやら今の私は、思っていた以上に余裕がないらしい。

 いつもなら抑え切れた感情も、無神経なコイツの前では、怒りが先行してしまった。

 悔しさのあまり握られた拳は、机をはけ口にし、紅茶の水面を揺らがせる。

 アゼルの第二案は自ら深層に赴き素材を確保するというものだ。もちろん、素晴らしいことだ。冒険者たるもの、自らの力でつかみ取ってこそだ。でもそれができないから私は、無様にもここにいるんだ。

 力が無いから私は……みんなと……。


「座りなよ、話はまだ終わってないよ。」

「……」

「はぁ。ねえリズ。君はどうしてそこまで焦ってるのかな?」

「!? 何処をどう見たらそうなるのよ!」

「ほらそう言うとこだよ。君は図星を突かれたら、感情的に取り乱す。典型的な癖ってやつだね。それにまぁ、君が何に怯えてるかなんて、おおよそ予想もつくしね。」

「……何よそれ。私が何に怯えてるって? 言ってみなさいよ。」


 そう睨み返す様に言った私だったが、アゼルは至って冷静な眼差しを向けてくる。今にも殴りかかれそうな位置で


「いいの? 出し惜しみなく言っちゃうけど?」


 今どんな顔をしているか、そんなことどうだっていい。でも人に向ける目ではないことは確かだ。その目を抗戦の意思ととったのか、アゼルは机に乗り出し、両者即発の場面に乗り出した。


「じゃあ遠慮なく。」


 この時、私は気づくのが遅すぎた。アゼルという人物が常に人の心を読んで行動する奴だったということを。


「あ~私はな~んて弱いんだ。」

「!!」


 そうか、本当にアゼルは私の心を見透かしているんだ。


「このままじゃ誰も見てくれない。誰も私を必要としてくれな~い。」

「……うるさいっ。」 


 なぜ分かるんだろう。

 アゼルの言葉が突き刺さるほど湧き出る不安を、こいつは全て順番通りに言い当ててくる。

 もう逃げたい、此処から消えたい。そう願っても、アゼルは続けた。


「このままじゃだめだ。もっと力がないと。」

「うるさい。」

「力がなくちゃ、私の居場所はどこにもない。」

「もういいっ黙れ。」

「悲しぃ~。辛~い。……一人は嫌だ。」

「!? ……やめて。」


 私が力を欲することも、仲間に固執していることも、今生きることにすら余裕がない事も。すがすがしいほどに図星をつかれた。

 もう聞きたくないと、耳を塞いでしまうような時間だった。

 どうしてか呼吸が荒い。心臓が止まってくれない。どうしてこんな時に、私はいつもあの過去を思い出すんだ。


「あ、ごめん。これはちょっと違うか。」


 それでもアゼルの口が閉じることはない。

 この醜い心をアゼルは、全て言い当て言語化する。こいつならきっと、分かっているのだろう。私が最も恐れるものを。


「一人は、だろ?」


 私をこれ以上見ないでくれ。

 見透かさないでくれと、そう強く願った時だ。気づいたら体は勝手に動いていた。

 甲高い音と共に、赤く染まるアゼルの頬。

 なんで拳が出なかったのかは分からない。でも全力で振り抜いた平手は、殴るよりも痛かった。


「そんなの言われなくたって、分かってるわよ!!」


 初めてこんなに大きな声を出した気がする。

 ああダメだ。挑発したのは私なんだけどな。改めて面と向かって言われると、こんなにも心は痛いのか。

 だからせめて、苦しみと嫌悪を紛らわす為にも、私は鬱憤を吐き散らすことしかできなかった。


「何なのよアンタ! あんたに私の気持ちなんか分かるはずない!」


 人前でこんなにも、自分の心を曝け出したのは初めてだ。そうでもしないと、突きつけられた現実に、私は耐えれそうもなかった。


「もう一人ぼっちは嫌だから……。だからこれまで頑張ってきた! ずっと一人で頑張ってきたのよ!!」


 ダンジョンで失敗を犯しても、全財産が無くなったとしても、私は怖く無い。

 でも一人は……。一人ぼっちだけはもう嫌なんだ。それだけはどうしても耐えられない。だから私はここまで……。


「あ……。」


 喚き散らして冷静になれた時、私はただ無気力に立ち竦むことしか出来ずにいた。


「ごめんなさい。やっぱり帰る。」


 もういい、此処にはいたくない。何よりこんな無様な顔をこいつに…。いや誰にも見せたくない。こんな顔は、誰にも見せてはいけないんだ。

 私はリズ。『朱色のかぎ爪団』の一員。中位冒険者としてこんな情けない顔を見せてはいけない。弱い私なんて、誰も見てくれないんだから。

 そんな都合のいい空想を言い聞かせて、私は現実から顔を背けた。もう居場所など、とっくに失ってしまったというのに。

 

「待ちなよ。」


 うるさい、もう喋りかけてくるな。

 アゼルの顔も声も、何も見たく無いはずなのに、私は足を止めていた。


「リーズロッテ。一つだけ覚えておくといい。」


 なんで私の名前を知っているのだろう。だがそんなことがどうでもよくなるほどの、不思議な魅力をアゼルは持っている。

 惹きつける虹のような声色に、万人を射抜く神秘の瞳。

 本当に変なことだと分かっている。今史上に嫌悪しているのが、コイツなことも本当だ。

 でもこの一瞬、私はアゼルに父親の影を見た気がした。

 

「君を真に。誰よりも肯定してあげれるのは、仲間でも、周りの奴でも、血を分けた家族でもない。君自身だよ。」


 赤々しい頬を腫らしながらも、そんな事に眼もくれず。痛みを溶かしてしまうような、優しい笑みをアゼルは向けてくれたというのに、私それを拒絶する。


「どういう意味よ、それ。」


 肯定? 意味がわからない。

 でも一つだけわかることがある。


「私は……。自分が一番嫌いよ。」

  

 私はどれだけ努力しても、強くなれない自分が嫌いだ。

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