第12話 律儀な食い逃げ犯

「あ、あの…すみません。」

「はーい! すみません。まだうちは営業してないのですが。」


 営業時間外のここに来るのは初めてだ。当然バカ騒ぎする連中もおらず椅子が丁寧に机の上に並べられている。私はいま、昨日の酒場に来ていた。決して本意ではなかったが、食い逃げをかましてしまったことには違いない。誠心誠意の謝罪することを決め、気持ち多めに見繕ったお金を返しに来たのだ。

 呼び出しの声は裏方で作業中のオーナーに届いたよう。どうやら客と勘違いしているらしい。


「ランチならよそでお願いしま…。なんだ赤髪の冒険者さんでしたか。」

「お、おはようございます。」


 思わず、挨拶と一緒お辞儀をしてしまった。謝罪の気持ちが先走ってしまう。何せ人生初の食い逃げ? をしてしまったのだ。罪悪感から来るものか、それとも先の恐怖から来るものか、手汗がもう半端じゃない。


「これはご丁寧に。それでどうされました?」


 忙しいのに申し訳ない気持ちを抑えつつ、まずは謝罪を。『悪いことをしたらまずはごめんなさい。』だっておばあちゃんが言っていたもの! こういう時は、反省の分だけ深々と頭を下げるんだ。


「その…ごめんなさい!」

「えっ?」

「その、これ…昨日の代金です。本当にごめんなさい。」


 私は昨日の代金の気持ち二倍の額を入れた袋を店主に差し出したが、その手を戻されてしまった。


「なんだそういうことでしたらお代は結構ですよ。既にあなたの団長様から頂いておりますので。」

「え!? オリウスが?」

「はい、『ここは俺が出すから』と、」

「よ、よかった~」


 緊張が解けてつい膝をついてしまう。さすがは我らがオリウスだ。多分、気を使って皆の分まで払ってくれたのだろう。オリウスには本当に頭が上がらないな。今度、なにかお礼しなくちゃ。


「ふふ。随分と大切にされているのですね。」


 大切にか…、ちょっと複雑な気持ちだ。でも、間違いない。あの人は本当に人を大切にする。今日だって、昨日だって、私の肩を持ってくれた。だから、今回のパーティーの件と彼の優しさを計るのは間違っている。でも、どうしてもあの人を少し濁った目で見てしまっている私がいる。そんな私の醜さが…本当に嫌いだ。


「そうです…かね。」


 歯切れの悪い回答だ。オリウスの優しさを素直に受け止められない自分の卑屈さに嫌気がさす。


「冒険者さん。これは余計なお世話かもしれませんが、不快にさせたら申し訳ございません。」


 そんな私を見かねてか、ほとんど私情を挟むことのない店主が口を開いた。


「私はまた四人で当店にいらっしゃることを、心よりお待ちしております。」


 店主は深々と頭を下げる。その言葉の意味が分からないほど馬鹿ではない。昨日の出来事だ、あんなに大声で注目を浴びていて店主が気づかないはずもないのだ。だからこその言葉なのかもしれない。


「はい。また来ます。」


 不思議と私は『頑張れ』と背中を押された気がした。

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