第13話 月のペンダント
「ほんとどうしよう…。」
弱音を吐くのは不安と焦燥に駆られるせいか、それとも重なる難題が頭を悩ませているせいか。
パーティーの復帰のために一刻も早くダンジョンに潜りたいところだが、武器がこのありさまじゃどうしようもない。
どうしようもない空虚の回答は、容赦なく心までもへし折りにかかる。武器の破損問題が大きな壁となり、金銭的な面で厳しいのはもちろん、現実的にも難しいとなると修理はあきらめるしかない。
当然そんなのは嫌だ。諦めたくない。
でも現実はそう甘くない。理想はひとまず良しとして、ひとまず予備武器でしのぐしかないか。
でもそうなると第四階層まで潜るのは危険になってくる。手に馴染みのない武器を使えば勝手が大幅に狂う。武器の差は層を重ねるにつれ大きな障害となるんだ。
そしてその代償は荒技となり、結果私たちの行方を阻むことになる。それは冒険者にとって死線に繋がる。
安全面を考慮するなら三階層の奥辺りでの行動範囲になってしまうな。ソロなら十分稼げるけど、それではいつまで経っても私はあの人達には届かない。
最終的には冒険者として腕を上げる事を優先するか、それとも稼ぎに出るかの二択の選択に絞られていた。
「なんてむなしい十五歳だ。お母様、お父様、リズはため息が止まりません。」
ねえ、一体どこにいるの。いつまで私を…待たせるの。
ーーーーーーーーー
薄暗い帰路が影を飲み込む。僅かな街頭だけを頼りに道をたどれば…ほら、もうすぐ家の前だ。
いつの間にか太陽は沈み、私のお腹の虫が晩餐を歓迎していた。今日の晩御飯は何にしよう。確かトマトが残っていたはず、それと茹でて完成の即席パスタ麺があったような…。
結局、私の晩御飯は今日もトマトパスタになりそうだ。
「あれって…」
私はふと家の前の洒落たガラス張りのお店にひかれた。
そう…。そこは二日後に開店予定のアゼルの鍛冶屋。内装・外装工事が一通り終わったのか、家用の照明石の光が窓から通り抜けることで店の内側を露にする。その目に映るのは…武器を扱う店には程遠い、高級感のある綺麗なカフェテリアのような、鉄の匂いとは無縁の空間が広がっていた。本当にここは鍛冶屋なのか? そう疑っても問題ない、サイドに並べられた本棚に、ガラス細工の施された戸棚にはポーションらしきものが。武器以外にも扱っていると聞いたが、ここまで手の込んだものだとは思いもしなかった。
「アゼルって、やっぱり凄…。」
「僕がどうかした?」
「うわ!? 何よ急に!! ビックリするじゃない。」
唐突な介入に私の空想が荒らされ、またもや今週二番目の大声を出してしまった。
若干驚きつつも悲しいことに慣れつつもある。間違いなく、後ろに立っている、店主になる予定のアゼルのせいだ。
どこか立ち姿が馴染まないのは、コイツには似合わない長いパンが刺さった紙袋をもっているからだろう。
どうやら買い出し帰りのようだ。
「えっ? さっきから君のこと呼んでたじゃないか?」
全然気づかなかった…。
これではまるで私が子供のように夢中になっているみたいじゃないか!
…まあ、そうなんだけど。
「そう…ごめんなさい。考え事をしていたから…。」
「そっか。誰だってそういう日もあるさ。でも僕はてっきり意図的に無視するそういうプレーかと。」
「プレーとか言うな。殴るわよ。」
アゼルは冗談で場を濁してるけど、顔色を伺ってくれているのかな?
意外と優しところはあるのよね。今はコイツの実直さが羨ましい。
「それで〜、今日の君は少し疲れ気味だね。何かあった?」
「…全然。」
「そっか。でも無理は禁物だよ。」
無理をしていることを気づかれた時点で負けてるな。
見栄などアゼルには無意味だ。
不慣れな嘘を容易く看破された私は、潔いほのかな笑みを浮かべた。
未完成の店を、まるで出来上がりを待ち望む子供みたいに、私たちは眺める。
「ねえ、あそこにあるペンダントって…」
「ん、どれ?」
「ほら、あそこの…」
なんだろう、あの月型のペンダント?
疑問に思った私は店中のテーブルに置かれたペンダントを指さし、店主のアゼルに問いかける。
それは青の宝石細工が施された三日月型のものであったが、ある不自然さが印象に残る。
そのペンダントはピースの欠けていて、まるで番を失ったかのように何かが足りない気がするのだ。
「おっとこれはお目が高い。でもすみませんね。あれは僕のものなんですよお客様。」
それは少し残念だな。ちょっと欲しいと思って…。は!? ダメだわ。ただでさえ今はお金が必要なのに贅沢なんてしちゃ。
これが一目ぼれというやつだろうか。私は衝動買いという欲に呑まれそうになるが、ここはグッと堪えた。
「ふ~ん。後そんなうざい口調じゃ客を逃すわよ。」
「はは、忠告ありがとう。ごめんねリズ。あれは売り物じゃなくてね。仕事に差し支えるから外してたんだよ。」
「…そうなんだ。」
「煮え切らないな~。あのペンダントに何か覚えでもあったの?」
そう。私はあの月のペンダントを見たことがない。ないはずなのだが。
どうしてかわからないけど興味を惹かれてしまうのだ。
「そうね、珍しいというか…その変なんだけど懐かしい感じがして。」
「そっか…」
懐かしいって、私はなんでこんなこと口走ってるんだ。でもこの気持ちは嘘じゃないと思う。
……やばい。なんか恥ずかしくなってきた。
「あのペンダントはね。昔僕の教え子がくれたものなんだ。」
「えっ、教え子?」
教え子と聞いて浮かびあがるのは、どんな関係だろうと、私は考えてる。
師弟? 教師? 先生? そんな所だろうか。でもアゼルが教師をやっていたとは正直想像がつかないけど。
どうしてだろう。何故こんなにもアゼルは悲しそうなんだろう。
「そう教え子。数年前かな。突然僕の所に来て託されたんだよ。約束と一緒に。」
「約束?」
「そうさ。大切な約束だ。たとえ僕が死んでも……。俺の全てをかけて守ると誓った約束だ。」
「…」
どんな言葉をかければいいのか分からなかった私は彼に踏み込むことができずにいた。
……言い訳だな。
私はただ怖かったのだ。彼を傷つけてしまうことが。「命を掛けて」と、その言葉の重みは彼の表情から伝わってくる。
安い同情の声など本当に必要なのかと、そう考えると言葉が詰まるのだ。
アゼルは自分のうちに抱えるものを少しだけ見せてくれたのに……。私は沈黙という形で裏切ってしまっているのかもしれない。
「…なんてね。よし! そろそろ仕事に戻るよ。明日までに終わらせないといけないんだった。」
「待ってくれ」の言葉は喉に詰まらせたままだ。どうすればアゼルの心に踏み込むことができるのだろうか。
「リズもその様子じゃとっても心労のようだしね。まあその剣の事は任せてよ。大丈夫。僕がなんとかしてみせるさ。」
違う、そうじゃない。わたしの剣なんか今はどうだっていい。そんな態度で自分を覆い隠さないで。
「まっ…」
待っての言葉はついに出かけた。
でも時は遅い。既に彼はその場を後にしていた。
どうしてだろうか。別れ際に見せたアゼルの笑顔を、私は今でも覚えている。
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