第14話 昔々の夢の話

「リズ~どこにいるの~」


 透き通るような声の持ち主がある少女を探しているようだ。艶やかな赤髪が日向際の窓の風に揺らぐその姿はまさしく大人の魅惑。髪を耳にかけ、すやすやと眠る愛娘の寝息に耳を澄ます。そして…。


「こんなところにいた。」


 母親譲りの赤髪がよく似合う、可愛らしい子供が一人。窓の外の緑を布団にして夢を見ているようだ。その手に持った数本の花を大事そうに持っている。花摘みをしている間に眠くなってしまったのだろう。彼女は子供の近くに膝を置き、幸せを分けてもらうことにした。もちっとした頬付きはたまらず突っついてしまいたくなる。


「ん、ん~…、…お母様?」

「おはようリズ。」

「だっこ、だっこ~」


 頬のこそばゆさで愛娘は目を覚ます。

 隣に座る大好きなお母さんにおもむろに伸ばしてる仕草は、抱っこをねだってくる時のものだ。可愛らしい五歳の女の子を持ち上げ、愛情をこめた胸にギュッと抱き寄せる。自分に似た赤髪の頭に鼻を寄せると、愛おしくなるような匂い、これだけは母だけの特権だ。


「あ! ねえねえお母様。」

「なあに?」

「これあげる!」


 胸に顔を押し付けるのを止め、その可愛らしい顔を上げる。小さな口と鼻、赤みがかった真ん丸な目。

 私の子供はなんて可愛らしいのだろう。そしてとっても優しい。

 少女は小さな手に握られた数本の花を大好きな人に贈る。


「とってもきれいなお花さんね。ありがとうリズ。じゃあお母さんからもこれを小さなお姫様にあげようかな。」


 私は花であるものを作り始めた。

 愛娘は大きく目を見開き、わくわくしながら完成を待つ。

 そして、小さなお姫様に相応しい花の冠を添えて。


「わぁぁ~! ありがとうお母様。」

「どういたしまして。」


 どうやら気に入ってくれたらしい、真っ白なワンピースの少女は立ち上がり花の息吹く草原へ走り出す、花の冠を落とさないように大事に抑えながら。


「ねえ、お母様! 私お姫様みたい?」

「ええ。それはそれはとっても見目麗しいお姫様ですよ。」


 満面の笑みを視れただけ作り甲斐がある、花の冠には分不相応の対価だ。


「リズ。そろそろお夕飯にしましょうか。」


 外ではしゃぐお姫様の返事はない。

 どうやらはしゃぐのに目いっぱいらしい。今も草原をクルクル回りながら走り続けている。

 だがその時、遠くから近づく人影に気づいた愛娘は足を止め、舞踏会は突然の終わりを迎えることとなる。


「あ!! お父様! それと…ん、誰?」


 父の隣には二人、私を育てた父と母の姿。その二人がここに来る意味を私は知っていた。

 気づけば思わず走り出していた。

 抵抗は無駄と理解していても、私は愛する夫の胸を叩いて叫んだ。

 もう何もかもどうしようもないというのに。


「まだ早い。もう少しなの。もう少しだけそばに!」

「すまないリーズレッド。本当にすまない。もう止められそうにない。猶予は残されていないんだ。」


 分かっている、わかっていたはずだ。

 いつか来る…別れの時を。


「お母様…?」

「リズ…私の可愛いリーズロッテ。どうかあなたを置いていく母を許して。私はいつだってあなたのことを思っている。大丈夫。必ずまた会えるから。どうかその時まで…強く生きて。」

 

 愛する我が子との別れの時。

 私は只々強く抱きしめることしかできない。その上から覆いかぶさるように黒髪の男が抱きしめる。正真正銘、これが最後の抱擁になると知っているからこそ、私は一生分の熱をリズに伝える。


「お母様、お父様…どこかお出かけするの?」

「ちょっと遠く離れたところまでね。その間、リズにはお留守番をしてほしいんだ。」

「お留守番?」

「そうお留守番だ。良い子のリズにはできるかな?」

「うん…リズはいい子だから、」

「そうか…そうか。ごめんな。きっとすぐに会えるから。その時は皆でまた一緒にご飯を食べよう。」

「うん…」

「それと、最後に一つだけ…リーズロッテ」


 二人が最後にかける言葉は既に決めていた。

 嘘だらけの最後の約束。だがこの言葉だけは偽りのない真心からの言葉を貴方へ。


「「愛している」」


 それが最後に聞いた両親の言葉であるとは幼い彼女には思いもしない。その場を後にする大好きな二人の背中を涙でぐちゃぐちゃにしながら、当てにならない視界を頼りに走り出す。


「待って! お母様!! お父様!! おいていかないで、私も一緒に連れてって!!!」


 気が動転するあまり、足がもつれてこけてしまう。手を伸ばしても、お母様は抱っこを…もうしてくれない。どんどん離れていく両親の姿を目をに焼き付け、その場で泣きじゃくってしまう。幼い彼女がどこまで理解できていたのかは、分からない。でも、確かなことはこの別れが最後であると察していた。

 しかし、彼女は自分の頬に温かさを感じた。差し伸べられた母の手が涙に溺れた頬に触れ、顔をあげる。何も言わず、その母親は首にかけた大切なを取り彼女へ託す。そして、愛する我が子の可愛らしいおでこに最後のキスをした。

 

 これが、冒険者リーズロッテ・ウィリアムズが覚えている父と母の最後の記憶である。



 そうして、彼女は目を覚ました。

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