第2話 だから私は飛び出した ②

「まずはごめんなさい。全部私のせい。最近五層あたりでくすぐってるのも。パーティーの貯蓄が増えないのも。私が足を引っ張ってるから。言い訳なんかしない。本当にごめんなさい。」

「そんなことはない! お願いだリズ、そんなことを言わないで。君がいたから乗り越えられた場数も沢山あるんだ。」

「そうよリズちゃん。私なんて…皆を癒すことしかできない。ほんとは私が一番足を引っ張って…」

「はっ! いい子ぶんのはやめろって気持ち悪りぃ。俺たちはそれぞれの仕事をこなしてる。できてないのはこいつだけだ。」


 グレッグの罵声に間違いはない、なんなら全て正しい。冒険者はいつだって命懸けの仕事だ。

 満足に自分の役目も果たせていないのだから罵声を受けるべきだと、私はみっともない言い訳を作り、心が抉られる事を許容する。

 知らぬ間に、自身の誇りすらも貶すようになったとは本当に恐れ入る。

 みっともない。それが今の私にはお似合いだ。


「二人とも。今回ばかりはグレッグの言う通りだよ。下手な優しさはリズにも、私達にも、誰のためにもならない。」


 立ち上がったガゼットは私の横まで足を運ばせ、正直な…いやパーティーが思っていることを代弁し始めた。


「率直に言う。あんたは私たちに釣り合ってない。第五層に進出したあたりからモンスターの質はグッと上がった。『サポーター』の貴方はさぞ怖気づいたことだろうね。」


 恥ずかしいな。ガゼットは本当に私のことを理解している。

 忘れるはずもない。第五層のモンスターと出くわした時の恐怖。これまで信頼していた技能アクト魔術ルーンが全て無意味と思えるほどの無力感を肌で感じた。


「剣も魔術も中途な貴方じゃね。モンスターへの有効打は作れない。」


 私の立ち位置はどうしてこんなにも不安定なんだろうっていつも思う。

 私じゃ後衛の魔術師には届かない。辛うじて中位魔法を起動できる程度じゃ決め手にかけるのだ。

 そして今回の武器破損。前衛において致命的といえる失態だ。


「潮時だよ。私はこんなところで足を止めるわけにはいかない。今後もこのパーティーでやっていきたいのなら、ジョブチェンジでも考えな。」

 

 魔法による場の制圧する『ルーラー』

 パーティーの支柱『ヒーラー』 

 危機探知と探索の『シルフ』 

 武器による前衛担当、殲滅の『アタッカー』

 五人パーティーの『朱色のかぎ爪団』に必要な役割はせいぜい防御特化の『タンク』といったところだろうか。

 

 やはりタンク職に変えようとも力があまりに貧弱だ。そもそも前衛になりきれない私ができる役割ではない。

 ガゼットが私に告げたのは、遠回しの戦力外通告と言えるだろう。

 でも彼らに対して嫌悪する感情など沸きはしない。

 何故って? そんなの決まっている。私自身が仲間の総意に納得しているからだ。

 

「今のままじゃね。足を引っ張る貴方が私たちを危険にさらすんだ。『スカルソルジャー』との戦闘で分かっただろ? 剣は折られて、サポートする側の貴方がサポートされて、その上……。」

「ガゼット。」


 もう彼女の言葉を聞くまでもない。私の心は既に決まっている。


「わかってる。今日ではっきりした。」


 言え、言うんだ。

 私が引けばいい。私が苦しめばいい。今日から『朱色のかぎ爪団』は四人でいい。それで何もかも丸く収まるのだから。


「前々から分かってた。私はずっと皆んなに甘えてただけだって。」


 赤裸々に語っていく事実が、何度も私の心を縛りつける。

 倒れそうで、吐きそうで。今まで積み上げてきた強気なプライドが粉々に散っていくのを感じた。


「今の私じゃ皆んなを危険にさらす。私のせいでパーティーが死ぬのだけは絶対嫌。だから。」


 すんなり言えると思っていたが、やはり三年も所属したパーティーの前で、辞めるの一言はあまりにも重すぎた。

 今になって私が吐こうとしている言葉の意味がひしひしと心を抉ってきたのだ。でも……。

 頭に浮かんだのは、私の小さなミスによって死んでいく仲間の姿。そんな想像の前に、私の誇りなど天秤にかけてはいられない。


「今日でここを辞めるわ。今まで本当にありがとう。」


 誇りを捨てて、やっとの思いで吐き出した言葉。

 グッとこらえた乾いた笑顔が、今の私の精一杯の作り笑いだった。

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