第9話 ローブの紳士
さあもう少しで家に着く。
紙袋を落とさないように抱え、私はラストスパートをかけた。
「ん?」
(家の前に誰かいる。こんな早朝に…?)
ちょうど家の前付近だろうか。
そこにいたのは怪しげなローブを纏った者が一人、昨日から絶賛要注意人物となったアゼルとなにやら会話をしているようだ。
昨日のことが引っかかり、どこか気まずさに心がくすぐられた私だったが、そそくさと足を進める事を決める。
早歩きに切り替え、会釈程度で済ませよう。
前だ、前だけ向いて歩けばいい…そう頭に言い聞かせて、横をすり抜けようとしたが…。
結論から言うと、私は見てしまったのだ。怪しげなローブの男が取り出した木箱を。
やはり私は冒険者なのだろう。見ないようにと努力はしたが、闇取引のような現場だったのでつい好奇心が疼いてしまった。でもその代償は大きい。それが運の尽きと言わんばかりに、私はローブの男と目が合う。
「おはよリズ。」
静止しかけた時を動かしたのはアゼルだった。不覚にも彼に助けられた気分だ。
とりあえず会釈だ。なんとか自然な流れに持っていけるよう最善を努めよう。
「あっ、」
最近の私は本当についてない。
会釈したと同時に紙袋のリンゴが一つ脱走を図る。
助けを求めてコロコロと……。その先にはローブの男がいた。
「…」
ローブの男はリンゴを凝視するや否や拾い上げる。そして、私の方に差し出した。
「すみません。あ、ありがとうございます。」
こちらを向くとローブに入り込んだ陽光がその素顔を露わにする。
本日二度目の緊張。
その男はまさかのエルフだった。しかもただのエルフではない。容姿端麗な顔つき、そして特徴的な長耳を持ち、翠風のような緑の髪が映える。間違いなくそれは、御伽噺で読んだ妖精そのもののようだった。
正直、見惚れてしまいそうになりながらも、私は差し出されたリンゴに手を伸ばし掴んだが……。
「えっと…。そろそろ放してもらえませんか?」
返答はない。どういう状況だこれ!?
加えてエルフの表情がだんだん怪しくなっていく。
ああ、やはり現場を見たのは不味かったのかもしれない。私の運もここで尽きた、そう思ったのだが……。
「そうか。君が…そういうことか。」
「???」
え、どういうこと??
こっちはまったく理解できてないんですが。なにこの人…。人の顔をジロジロ見るなりいきなり『そういうことか』ってどういうこと?
「えっと、それってどういう…?」
「ああすまない。今のは忘れてくれ。」
やっと脱走したリンゴが袋に戻ってきた。いやそんなことはどうでもいいからさっきの反応はなんだ! と説明を要求したいところだが、なぜか踏み込んではいけない気がして踏みとどまる。
「ははっ。おいヨハン! 君絶対第一印象最悪だぞ。」
何がそんなに愉快なのか。
本当にアゼルはよく笑うやつだ。言い換えればよく人を不快にさせる奴でもある。
「少なくともあなたよりマシよ。」
「えっ!!」
驚いて口の開きっぱなしの残念な奴は放っておいて、私は美男なエルフへ視線を向ける。
「えっと、ヨハンさんであってますよね? 私は全然気にしてませんから。」
「いや…。」
エルフは片膝をつき、自然な流れで私の手を取る。
「見目麗しい乙女にとんだご無礼を。どうか許してほしい。」
どこか面白くない顔をしたアゼルは置いといて…。
上目遣いで紳士的なその態度に、不覚にもドキッとしてしまった。紳士的なエルフとはどうしてこんなにも恰好がいいものか。容姿で測るなら隣のチャランポランも同レベルなのだが、振る舞い一つでこれほどの差が出るとは。
「そんな。頭まで下げていただく必要はありません。本当に私は何とも思っていませんから。」
「二人とも、お熱いところ申し訳ないんだけど…」
「ひゃ!」
思わずたじろんでしまった。やはりあの残念なアゼルとはいえ、このエルフ似の顔つきは危険だ。
「ヨハン、君そろそろ時間じゃないかい? 始発、間に合わないぞ。」
「そうですね。またあの鉄の箱に乗らなければならないとは……。」
「鉄の箱じゃなくて汽車な。文明は常に進化し続けるものだからね。たまには森から出て外の世界に目を向けてごらんよ。」
「私には森が一番です。ではアゼル。そろそろ行きます。」
「ああ。達者でな。」
エルフは会釈し、列車の方面に向かって歩いていく。
不思議なエルフだったな。
……というかエルフと知り合いって、ホントこいつ何者よ。
「あ! そうだヨハン!」
アゼルは何か言い忘れたように、ヨハンを呼び止める。
「シグさんによろしくな。」
「伝えておきます。それとたまにはこっちにも顔を出してください。皆喜びますよ。」
そうして彼らは別れを告げた。
よく聞く話だが、エルフは長命なため会う約束は何年単位がざらと聞く。
「ヨハンはさ。君と会えて嬉しかったと思うよ。」
急に口を開いたアゼルは根拠もないことを言いだした。
「どういうことよ。それと何よニヤニヤして。気持ち悪いわよ。」
「いや〜別になーんにも。ただ嬉しいだけさ。」
何なのよ。やっぱりアゼルは本当に何を考えているのか分からない不思議な奴だ。
そうして、特に理由はなかったが長い別れとなるのだろう遠ざかるエルフの背中を、私はアゼルと共に見送るのだった。
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