13 気持ちは行動に表れるとか


 朝、自分の部屋で起きて朝を迎える。


 まだぼんやりとした意識の中で、鏡に映る自分の姿を見る。


 ……髪だけが妙に明るいだけの、どこにでもいるような女子だ。


 そのはずなのに、氷乃ひのにおかしなことを言われて調子を崩されてしまった。


  昨日は自分でもどうかしていたと思う。


 どうしたらいいか分からなくなったあたしは氷乃の家から飛び出すことしか出来なかった。


 こうして振り返ってみると何をそんなに慌てていたのかと思う。


 あんなに跳ねていた鼓動も、今ではすっかり治まっている。


 きっと慣れない氷乃の部屋にいることで緊張し、氷乃の意外な言葉で拍車をかけられたのだろう。


 全く、あんなに慌ててしまった自分が情けない。


 今日どんな顔をして氷乃に会えばいいのか分からないじゃないか。


 ……いやいや、氷乃に会う時の顔なんて気にする必要がそもそもないのだ。


 やっぱりまだ調子を戻しきれていないのか?


 落ち着け落ちつけ、と自分自身に言い聞かせながら、朝の支度を進める


「あー、化粧のノリがよくない」


 肌の調子が悪いせいだろうか。


 全く仕方ない。


 もうちょっと丁寧にやるか……。


 いつもより時間が掛かってしまいそうだが、まあ、仕方ない。


 その日の調子に合わせて臨機応変に対応するのも大事だ。


「髪もボサボサだなぁ……」


 櫛を通しながら整える。


 前髪もアイロンをかけてセットする。


「……あれ、調子悪いな」


 なんだか上手くセットできない。


 というか納得できない。


 こんな中途半端な状態で、学校に行くわけには行かない。


「あんた、これから出掛けたりするわけ?」


 朝食に呼んできた母が、あたしを見て呆れ声を出す。


「いや、学校だけど」


「分かってるって。それにしちゃ妙に気合入れてるなと思ってさ」


「……なんだって」


「どうでもいいけど、朝ごはんは食べなさいよ」


 はあ、と溜め息を吐いて母は去って行く。


 いや、そんなことよりも重要な事実に気付かされてしまった。


 どうやらあたしは気付かぬ間に、相当気合を入れて準備をしてしまったらしい。


 ……なぜだ。


 なぜそんなことをしてしまったのか。


 原因はさっぱり分からないが、いつもと違うことだけは明らかだ。


 やはり昨日の氷乃の影響がまだ残っているのかもしれない。


 そしてこれまたおかしいことに、朝食もいつもより喉を通らなかったりした。


 変な状態というのは連鎖するものだ。



        ◇◇◇



 氷乃がいた。


 学校の教室に着いたのだから、当たり前と言えば当たり前なのだけど。


 うん、昨日と違って変な状態にはなっていない。


 今まで通りのあたしでいられるはずだ。


 だからあたしはいつも通りに席に向かい、氷乃の隣に座る。


 いつもお互い無言で、何か用事がある時にしか口にしないので挨拶のようなものもしない。


 これが自然な流れだ。


「昨日のアレは何だったのかしら?」


「え、ええっ?」


 と、思っていたのにいつも通りではない反応を氷乃がする。


 それに合わせてあたしはもっと変な反応をしてしまった。


 どうして今日に限って違う反応をしてくる。


「え?と言いたいのはこちらの方よ。何か用事でもあったのかしら?」


「いや、そういうわけじゃないけど」


「では、他に何があったのかしら」


「いいでしょ、そんなこといちいち言わなくても」


 氷乃の発言で調子が狂ったなんて、わざわざ言う事ではない。


「駄目ね、ちゃんと言葉にして私に伝えなさい」


「そこまでする必要ないし」


「あなたの心情がどう変化したのかを把握できないで、このままヒロインを書き進めることが出来ないからよ」


 これまた独特な理由ぅ……。


 いや、氷乃との関係は最初からそうなんだけど。


 こいつ、小説を理由に何でもかんでもあたしから気持ちを曝け出すのを強制しようとしてないか?


 あたしだって自分の心を明かさない権利だって有していると思うのだが。


「お、お腹が痛くなったの」


「お腹……?」


 だから、誤魔化すことにした。


「そう、だからほら氷乃の家では出来ないじゃん」


 そして言葉に含みを持たせる。

 

 氷乃も察して、それ以上の追求をしようとする姿勢は見えなくなっていた。


「そう……。今日、来るのがいつもより遅かったのはそれが原因なのかしら?」


「え、ああ、うん。そんなところ」


 あれ、氷乃のやつ、あたしの登校時間を把握してる?


 今日はいつもより来るのが遅いなと思っていたりしたのか?


 ……いやいや、何をあたしは心をざわつかせている?


 隣にいるのだから、登校時間の機微くらい何となくでも把握できる。


 それだけのことを口しているだけなのに、あたしはそれ以上の意味をそこに見出そうとしてないか?


 昨日から、やっぱり氷乃に対しての感情は少しおかしい所に流れて着いてしまう。


「それならそうと言ってくれればいいのに」


「ご、ごめん」


 氷乃はいつも透き通るような白い肌をしていて、漆黒の髪とのコントラストが際立っている。


 そんな氷乃があたしだけを見るという状況が最近増えてきている。


「……いえ、でもおかしいわね」


「え、なにが」


 氷乃は訝しげに、あたしに視線を向ける。


「それにしてはいつもより髪が整っているし、メイクも綺麗にしているわよね?とても腹痛の人の朝だとは思えないのだけれど」


「……ああ、いや、それはぁ……」


 き、気付かれてる……?


 あたしの自己満レベルの変化を捉えている!?


 バクン、と昨日と同じように心臓が高鳴り、鼓動が早くなっていく。


「今までそんなに綺麗に容姿を整えてきているあなたを見たことがないわ」


「いや、たまたまだって……」


 ああっ、もう見るなっ。


 あたしの変化を口にするなっ。


 なんでか分からないが、あたしのことを氷乃に口にされると調子が狂うのだ。


 それに、あたしは朝からやはり狂ってしまっていたのがこれで確定してしまった。


 昨日の続きが、結局この場でも起きてしまっている。


 どうしたものかと頭を抱える。


「……氷乃は、いつもの感じの方がいいのか?」


 って、何を口走っている、あたしぃ!?


 なんで頭を抱えた結果、どっちのあたしがいいのかを聞くことになっているっ。


 それで変なテンションになっているのに、どうして更におかしくなりそうな事を聞いてしまうのだ。


「別に、どちらでもいいわ」


「……あ、そう」


 つめた。


 いや、これがいつもの氷乃じゃないか。


 冷静に考えれば分かる事なのに、その反応に落胆している自分がいる。


 ジェットコースターのように上下する自分の感情についていけない。


 今は完全に落下中だ。


「どちらのあなたも可愛らしいから、優劣はつかないわ」


「……あふっ」


「……何語かしら?」


「いえ、何でもないです」


 感情が爆発した結果、語彙力が崩壊してしまった。


 おかしい、おかしい。


 ずっと氷乃に振り回されている。


 それは最初からそうなのだけれど、体だけじゃなくて感情まで振り回されるようになっている。


 今の気分は絶賛上昇中だった。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る