25 ご一緒してもよろしいですか?


 ベッドに横たわり、あたしの思考は中間試験とは別の方向に向かっていた。


「ううむ……」


 思うのは氷乃ひのの事。


 彼女にしては珍しく小説の事以外で話しかけてきたと思ったら、両親との関係性についてだった。


 その氷乃自身は両親とは疎遠で、一人暮らしを続けているという。


 いつからそんな生活を送っているのか知らないけど、その状態が普通とは言い難い。


 彼女の人を寄せ付けない姿勢は、そういう所から来ているのではないかと勘繰ってしまう。


 もしかしたら、寂しさを感じているのかもしれない。


「そうか、そんな心の闇が小説を作ろうという行為に繋がるんだな……」


 創作を通して、感情を知ろうとしている。


 それは氷乃自身が言っていた事だ。


 器用なくせに、やけに不器用な生き方だ。


「どうしたもんかなぁ……」


 何かあたしに出来ることはあるのだろうか。


 もっとあたしが積極的になるべきなのか。


 友人関係もいいもんだよ? とか教えてもいいのかもしれない。


 そして創作という謎行為を止めさせるのだ。


 あ、いや、創作自体は尊い行為とは思うんだけどさ。


 氷乃がそれを楽しんでいるようには見えないのでね。


 なんというか、難解な人間性をさらにこじらせている気がするし……。


 一度、真正面から向き合うべきだと思っている。


 それが出来るのは、あたしくらいしかいないだろう。


「それにしたって、なんで女子同士の恋愛小説なんですかねぇ……」


 まあ、隣にいたのがあたしだったからというテキトーな理由だったけど。


 せめて感情移入しやすい男女にするべきではなかろうか。


 そのあたりが氷乃の歪みを感じさせるわけなのだが……。


「そもそも女子同士の恋愛小説なんて、そんなのあるのか……?」


 氷乃のやろうとしている事が改めてニッチだと感じ、そこから改めさせるべきではないのかと考える。


 一方的な主張は届かないものだし、まずはあたしから彼女の事を知り、歩み寄るべきかな。


 とにかく市場操作だと思い、スマホでネット検索してみる。


「こ、これは……!?」


 あたしは未知の情報の海に、飲み込まれていく。



        ◇◇◇



 頬を撫でる風は冷たく、それでいて朝の柔らかい日差しはどこか春の終わりを感じさせる。


 薄手の外套コートがまだ必要だったかと、少しだけ身を震わせながらあの人を待つ。


 芽吹き始めている草木の緑園を愛でながら、彼女に想いを馳せていれば寒さを堪えることが出来た。


「あら貴女、今日は早いのね」


 軽い足取りで、その人は現れた。


 風に揺られなびく髪は絹のように艶やかで、その漆黒の深さは彼女の白い素肌を際立たせる。


 小ぶりな口鼻に、大きな瞳。


 肢体は細く繊細で、それでいて動きは流麗。


 人形のような精緻な造形と、洗練された佇まい。


 その美しさを形容するには、言葉はあまりに陳腐だった。


「御機嫌よう、氷乃さん」


「……」


 こちらから挨拶をしたのに、返ってきたのは訝し気な視線だけ。


 その瞳から覗かせる困惑は黒く沈んでいた。


如何いかがなさいました?」


「……」


 その表情が晴れることはない。


 彼女の花のような美しさは何処へ消え去ったのでしょう?


「氷乃さん? 黙ってばかりでは伝わりませんわ?」


「……」


 すたすた、と。


 氷乃さんは足早にその場を去っていきます。


 どうなされたのでしょう。


 体調が優れないのかもしれません。


「お待ちになって」


 その後ろ姿を追いかけると、凍てつく氷のような瞳がこちらを貫いてきました。


「……貴女、なんのつもり?」


 どうしましょう。


 氷乃さんは心の調子を崩されている様子です。


 出会い頭にそんな言葉を投げかけるだなんて、きっと辛い出来事があったに違いありません。


わたくしは氷乃さんと一緒に登校しようと、待ち合わせしただけですわ?」


「その気持ち悪い一人称と話し方は何なのと言っているのよ」


「……?」


 今度はこちらが困惑する番でした。


 氷乃さんの突然なご指摘に、わたくしは面を食らい、どうお答えしたものか考えあぐねいてしまいます。


わたくしはただ、氷乃さんの笑顔を拝見させて頂きたいだけですわ」


「……何の話をしているの。私、そんなに笑わないでしょ」


 頭を振る氷乃さん。


 その長い黒髪が陽に照らされ、眩い光を反射させています。


 ですのに、その表情は苦悶を浮かべたまま。


「そんな表情をなされてはいけません、美しさが台無しですわ」


「……貴女、どこの誰」


「何を言っていますの? 同じ学び舎に通うアサヒ・シオンですわ」


「……学び舎ってどこの事かしら」


「聖フルール女学院ですわ」


「……私達の学校は共学だし、そんなカタカナ出てこないわよ」


「お姉様?」


「同い年でしょう」


「……」


「元に戻しなさい」







 なんか氷乃、反応悪いしやめるか。


 あたしは乙女モードを解除した。







「なんだよ、ノリ悪いな」


「貴女の調子が理解不能なのよ」


 溜め息を吐いて呆れ返っている様子の氷乃。


 失礼しちゃうなぁ。


 こっちは氷乃の世界感に合わせてあげたのに。


「ふっふっふ。でも氷乃、こういうの嫌いじゃないんだろ?」


 本当は嬉しいくせに、きっとわざと嫌がってるに違いない。


 ドンピシャすぎて、逆に恥ずかしがってるパターンだな。


「嘘偽りなく嫌いだと断言できるわ。寒気を覚えたほどよ」


 えっ!?


 いまだその視線は凍てつくように冷たい。


 なんかマジで嫌がってるぽいんだけどっ。


「ええ、なんでだっ。こういうのが“百合”っていうんだろ?」


「……どこで覚えたの、その言葉」


 あたしは氷乃の誤った行動を正そうと女子同士の創作の世界を調べてみたのだ。


 そこで、百合と呼ばれる世界があるということを知った。


 まさか氷乃がこんな世界が好きだったとは。


 つまり?


 氷乃は“あたしが隣に偶然いたから小説のモデルにした”と言っていたけど。


 本当はこういう女子同士の世界が好きで?


 そこから恋愛感情を学ぼうとしている?


 当然、そんな疑問が思い浮かんだわけだ。


「というわけで百合の世界を完璧に再現して氷乃に教えてあげたのさ」


 あたしは逆に考えたのだ。

 

 創作を完全再現することで、これ以上創作から学ぶことはないと氷乃に分からせる。


 そうすることで生身の人間、あたしたちの等身大の関係性を見直してくれるのではないか? と。


 それなら、まずあたしが百合の世界観を知らなきゃ氷乃を導けない。


 という結論に至り、あたしは百合の世界観を踏襲してみせたのだ。


「言っておくけど、貴女の奇行とも呼べる百合はかなり偏っているから」


「えっ!? これが基本なんじゃないのっ!?」


「……定番ではあるかもしれないけど。最近はあまり見ないわよ」


「恋する乙女の花園は!?」


「……貴女はいつの何を見て、そんな知識を得たの?」


 どうやら氷乃の反応を見るに本当に違ったらしい。


 だがしかし、百合の世界であることを否定されたわけではない。


 なら、今度こそ完璧に再現すれば問題ないはずだ。

 

「分かった、明日に期待していてくれ」


「……次、同じことやったら写真バラまくから」


「え!? なんでっ!?」


「貴女の狭い視野で奇天烈きてれつな事をされると頭がおかしくなりそうなの」


 本当にひどい物を見たと言わんばかりに頭を抱えている氷乃。


 ぐぬぬ……。


 こっちは頑張ったのに、その態度。


 努力ってなかなか実りませんねっ。


「あと、私は百合が好きなわけではないから。勘違いしないことね」


 それは嘘でしょっ。

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