26 百合を侮ることなかれ
「念の為に聞いておくのだけれど」
「おう?」
あたしの“百合お嬢様作戦”は失敗に終わった。
結局、通常運転で
「昨日、復習はちゃんとしたのよね?」
復習……?
ああ、当たり前じゃないか。
「何度もしたに決まってるじゃん」
「そう、それなら良いわ」
「なんせ初めての経験だったからな」
「……初めて?」
なぜか氷乃が不思議そうに
なんだよ、説明しなきゃ分かんない?
あ、それともあたしがちゃんと復習したのか確認したいのか。
ふふ、それならいいだろう。
「なんで挨拶は“御機嫌よう”なのかなぁ、とか。妙にかしこまった話し方するなぁ、とか。先輩は“お姉様”呼ばわりだったり、お姉様なのに人によってはイケメン扱いだったり、宗教はちょっと分かんないけど、なんか西洋チックな外観だったり――」
「止まりなさい」
「ん?」
言われて二人で足を止める。
「貴女はそんなことを復習していたの?」
なんだ、なんだ。
その不躾な言いぐさは。
あたしは新しい知識を吸収するのに必死だったんだ、復習くらいするだろ。
「あたしがどれだけ努力したと思ってんだっ。だいたいだな、そっちから聞いておいてその言い方はなんだっ」
まったく、クールで孤高の才女は人の気持ちが分からないらしい。
人が人のために行った努力を、そんな意味がないかのように水泡に帰すのはよくないと思うぞ。
「私が質問したのはテスト勉強の事なのだけれど」
「……ん?」
あ、やべ。
「昨日、貴女が教えてくれと頼み込んできたテスト対策。昨日の内にしっかりと復習したのかどうかを尋ねたのよ?」
「……」
んー。どうしよ。
「まさか、してないわけないよわね? 私の時間を使ってまで勉強したのだから、そんな人の努力を水泡に帰すような真似、するわけないわよね?」
やべぇよ、帰ってきたよ特大ブーメラン。
一回あたしの方からキレちゃったから、余計にバツが悪くてどうしたらいいか分かんない。
「お姉様は博識なんですのねっ!
「どうやら貴女に勉強を教えても、その下らない知識で記憶を上書きしてしまうようね。不毛な行為に時間を割いた私が愚かだったという事かしら? 成程、分かりました。これ以上は何も言わないわ。だから貴女も傀儡のように黙りなさい、そして金輪際その歪んだ知識を私にさらけ出さない事ね」
「……お、おねえ」
「次やったら千切るから」
なにをっ!?
というか矢継ぎ早に責め苦を告げられて、頭がオーバーヒート!
何をどうしたらいいのか分からないっ。
とにかく不機嫌に氷乃が歩き出したので、これはヤバいと脳内のアラームが響き渡る。
「ま、待って氷乃! ごめんって! 昨日の勉強はちゃんと覚えてるからそんな怒んないでくれっ!」
その後、学校に着くまでひたすら謝ったのは言うまでもない。
◇◇◇
昼休み。
結局、それから氷乃と話はしていない。
と言うより氷乃が話をしてくれない。
何回か声を掛けてはみたものの、ツーンとしたクール系女子の態度であたしを無視するのだった。
机の上にお弁当箱を置く。
まずい、このままではぼっち飯になる。
最近は氷乃と食堂に行ってみたり、机を繋げて食べてみたり(氷乃は何も食べないが)していた。
それが今では国交断絶、完全に冷戦状態だ。
鎖国できるほど、あたしはメンタルは強くはないのだっ。
考えろ、あたし。
友好関係を築くために、何をすべきかを考えろっ。
まずは原因究明だ。
氷乃は何に腹を立てている?
そうだ、あたしがテスト勉強をしなかったことに対してだ。
だが、本当にそれだけだろうか?
あたしは思う。
きっと、あたしの“百合”があまりにも中途半端だったことが氷乃の怒りに油を注いでいたのではないかと。
考えてもみろ。
あたしは昨夜に百合を知った、言わばニワカ。
そんな一夜漬けの素人知識を、創作者の前で見せたらどうなるか?
例えるなら、昨晩初めて野球の試合観戦した素人が、野球選手を前にピッチングを披露して自慢するようなもの。
“おまえ、ナメてんの?”
と、感じるのが至って自然。
氷乃の機嫌はそこで損なわれたに違いない。
完璧な推理だ。
「ひ、氷乃ちょっといいか……?」
「……」
この通りのフルシカトだ。
氷乃は文庫分の小説に目線を落としたまま、返事どころかあたしに視線すら向けやしない。
他のクラスメイトならこの態度ですっかり戦意喪失してしまうことだろう。
だが、あたしの諦めの悪さはこんなものではない。
「百合の世界って奥深いんだなぁ……他には、どういうものがあるんだ? あたしあんまり分からないからさ」
玄人に意見を求める。
これこそ素人にとって正しいムーブ。
素人にとっては知識を得るチャンスだし、玄人の方も自分の知識を披露するチャンスである。
WIN-WINの関係だ。
「別に、千差万別。色々よ」
おおっ!ビンゴ!
氷乃が口を開いてくれた。
「と、言いますと?」
「本当に多種多様なの。舞台は異世界に始まり現代、年齢も学生から社会人まで。どれか一つにまとめて簡単に紹介できるような世界ではないの」
時代も違えば、年齢層まで異なるのか。
奥深い世界だな。
そうか、そうか。
それをあたしみたいな取ってつけたような知識で、さも百合の世界だと語るのは大変失礼だった。
反省。
「なるほどタメになるなぁ。ちなみに氷乃はどんなのが好みなんだ?」
そして秘儀、ゴマ擦りだ。
自分よりもレベルの高い存在の知識を学び、そこから“勉強になります!”と相手の優越感を煽るのだ。
これで氷乃との仲直りも間違いなし。
「聞いてなかったの?」
「へ?」
しかし、事態は一転。
氷乃は大変鋭い視線をあたしに向けている。
どうしてだろう、ついさっきまで和やかな空気を取り戻そうとしていたのに。
「あたしは百合なんてものに興味はないし、大して知りもしないわ」
「え、ええ……?」
今、あんなに理路整然と語ったのに?
百合が好きだから中途半端なあたしの知識に腹を立てたんじゃないの?
「前に説明したはずよ。貴女を選んだのは隣にいたから、それ以上でも以下でもない。勝手な憶測で私を計らないで」
ご、ご機嫌ななめ……?
だがしかし、この言葉は本当にそのまま受け取っていいものなのか?
あたしは頭脳をフル回転させ、次の展開を構築する。
「だとしたら、氷乃もあたしのこと言えないな」
「……どういうことかしら?」
ぶるりと身震いし、急に肌寒さを感じた。
雨でも降ってきたか?
そう思って窓の外を見てみるが、天気は快晴。
なるほど、氷乃の冷徹さに本能が
気にしないことにしよう。
「だって偶然にしろ、氷乃は女同士の恋愛を描いてるんだろ? それなのに百合に興味を持たず詳しく知らないなんて勉強不足じゃないか?」
「……なんですって」
「形に囚われない恋愛を求めているにしたって、今あるものを知るのは最低限するべき事だ。つまりそれをしていない氷乃は勉強不足。テスト対策をしていないあたしも勉強不足。お互いダメ同士の仲間なんだから、そんな冷たい態度しないでもいいんじゃないか?」
どうだ。
氷乃ことを否定しているようで、自分のことも落とし、実はただ仲良くしようぜというこのアピール。
かわいいもんだろ。
「……成程ね。貴女が百合を勉強したいことがよく分かったわ。私も態度を改めなければいけないわね」
ん、あれ?
ゴゴゴゴゴゴゴ……!
って地鳴りのような音が聞こえてくるんだが、工事中か……?
窓の外を見てもそんな光景はない。
なんだ、氷乃の圧力か。
気にしないように……できるかな。
「わ、分かってくれたなら良かったよ……」
「そうね。それで貴女はどうしたいのかしら?」
「一緒にお昼食べよう」
長かった。
あたしはこれが言いたかっただけなのに、何でこんな遠回りになるんだろ。
「いいわ、それなら勉強も兼ねて出来そうね」
「……ん、勉強?」
え、やだよ。
授業やっと終わったのに、また勉強とか。
しかし、氷乃の眼光は鋭利さを極めていく。
「ええ、そこまで言うのだからお勉強しないとね。“百合”というものを」
「……えっと」
あ、やばい。
これ完全に踏んじゃいけない地雷を踏み抜いたパターンだ。
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