クールすぎて孤高の美少女となったクラスメイトが、あたしをモデルに恋愛小説を書く理由

白藍まこと

01 隣のクラスメイトは孤高の美少女


「よしっ。今度こそ友達を作ってまともな学校生活を送るぞ」


 そんな決意を胸に、あたし朝日詩苑あさひしおんは春を迎えていた。


 始まる入学式。


 壇上では先生、校長、生徒会長だったりが壇上で挨拶をしている。


 その中でも一際、異彩を放つ存在がいた。


「――新入生代表、氷乃朱音ひのあかね


 凛とした声音に、静かな佇まいが目を惹く美少女だった。


 艶やかな黒髪が腰元まで伸び、切れ長の目と鼻筋は通り、肌は透けるように白い。


 背は高く、細く長い肢体は雑誌のモデルのようだった。


「あの美人さん、何者?」


「なに食べて育ったらあんな白い肌になるの?」


 今日一番のどよめきが会場で起きていた。


 新入生代表は成績優秀者と決まっている。


 氷乃とかいう少女は美人なだけでなく、勉学も優秀らしい。


 補欠合格している平均以下のあたしには遠すぎる存在だなと距離を感じるしかなかった。


「うん、アレとは仲良くなれないな」


 そう勝手に決めつけて、ぼーっと時間が過ぎるのを待っていた。



        ◇◇◇



 あたしは人付きあいが苦手というか、どうにも他人とのコミュニケーションが上手くなかった。


 そうなった原因はいくつかあり、一つにこの生まれながらにして色素の薄い赤茶色の髪の毛がある。


 お母さんからは、よく見た目はギャルなんて言われたりする。


 そして勝気な性格。


 どうにもあたしは女子にしては当たりが強いらしい。


 これは母親譲りの性格で、女手一つで子供を育ててきたお母さんの根性があたしに伝播してしまったのは仕方ないと思っている。


 結果、派手な見た目と男みたいな性格が合わさり“強気なギャル”が完成してしまった。


 おかげさまで同年代の女子はあたしには女々しすぎ、男子は男らしさに欠けるように感じてあまり仲良くなれなかった。


 だけど、そんな生活とは今日でおさらば。


 あたしは過去から学び、未来を作るのだ。







「……って、隣かいっ」


 教室での席順は、氷乃が窓際の最後尾、あたしがその右隣りだった。


 それで思わず、そんな独り言を零してしまった。


 遠い存在だと思っていた相手がいきなりお隣さんとか、どんな皮肉なんですかねこれ。


 意味もなく神様に悪態をついてみたが、落ち着けあたし。


 ま、まあ……そのうち話すこともあるかもだし。


 あたしはひとまず席に着くことにする。


 ――カチャッ


 床にシャープペンが転がる音が響いた。


 コロコロとあたしの足元に転がってくる。


 何かなと思って拾い上げてから周りを見渡すと、視線が合った。


 隣の氷乃と。


「……」


「……」


 いや、なんか言ってよ。


 視線から察するに、どうやらこれは彼女が落とした物らしいけど。

 

 いつもなら


『自分で拾えば?』


 とか言うところだけど、これでは昔のあたしと一緒だ。


 これでは友達は出来ない。


 あたしは今日から生まれ変わるのだ。


 シャープペンを拾い、氷乃に差し出した。


 頑張れ、あたし。


 今日から明るくハキハキと、コミュ力の高い女子に生まれ変わるんだ。


「落としたけど?」


「……」


 しかし、その視線は冷たい。


 氷乃は無言のまま、あたしの手にあったシャープペンを手に取る。


「あ、ん……?」


「……」


 え、なぜ無言……。


 いや、もしかしたらあたしの見た目のせいで怖がらせているのかもしれない。


 そんなことが以前にも数知れずあった。


 まず、こちらから友好的に接しなければいけないんだ、きっと。 


「初めまして、あたし朝日詩苑っていうんだ」


 さすがに、ここまで譲歩すれば向こうも心を開くだろう。


「……氷乃朱音」


 ついさっき壇上で聞いた透き通った声で、端的に名前を教えてくれた。


「氷乃ね。さっき新入生代表挨拶してたよね、頭いいんだ」


「……」


「緊張とかしないわけ?」


「……」


「ていうか今まさにあたしが緊張してたり」


「……」


 しかし、それから返事はない。


 そればかりか氷乃はそっぽを向いて、窓の外を見始めてしまった。


 ……え、あたし何かした?


 まだ、自己紹介しかしてないんだけど。


 いきなりの無視に、あたしは若干だが腹を立てていた。


「ねえ、無視はなくない?シャープペンも拾ったんだし、もうちょっと何かあっても――」


 すると、氷乃はすぐにこちらを向いた。


「あなたと仲良くするつもりないから」


 そう、はっきりと告げ、窓の外に視線を戻すのだった。


「――っ!!」


 うっざぁ。


 絶対仲良くなれないわ、コイツ。



        ◇◇◇


 

 ……完全にやらかした。


 あたしと氷乃との会話はクラスの全員が耳にしていたらしい。


 そりゃそうだ。


 学年主席の美少女に、不良少女にしか見えないギャルがいきなり絡んだのだ。


 しかも最後はキレだす始末。


 “氷乃朱音の隣にはヤバイ奴がいる”と瞬く間に噂になってしまった。


 おかげさまであたしはクラスメイトから距離を取られるポジションに。


 これでは昔と何も変わらない。


 ……悲しい。


 それはひとまず、置いておくとして。


 あたしは氷乃の機嫌を損ねることをしてしまったのかと実は気になっていた。


 もしかしたら、あたしのせいで無視させてしまったのかもしれないと反省していたのだ。


 しかし、結論から言うとそれは杞憂だった。


 と言うのも、氷乃は誰にでもそういった対応を取るのだ。


 学校生活に支障がない程度には言葉を発するが、逆にそれに以外のことはほとんど反応しない。


 当然プライベートな内容には一切の反応を示さないのだ。


 良く言えばクールでミステリアス。


 悪く言えば冷たくてそっけない。


 そんな感じの印象で、クラスの皆が氷乃に興味を持っていた分、その個性はすぐに知れ渡っていた。


 そして美人で成績優秀というハイスペックさに圧倒され、彼女の個性を破ろうとする人物は現れない。


 気付けば、氷乃朱音は“孤高の美少女”として君臨。


 ぼっちとはまた違う独自のポジションを築き上げていた。


 高根の花とか、お姫様とか、そんな感じのイメージだろうか。


 可憐で、尊くて、恐れ多くて、皆が触れられない禁断の領域と化して言ったのだ。


 そして、あたしはそれが酷く気に入らなかった。


 クラスメイトが興味を持ってくれてるのに、自分から遠ざけるとか何様?


 あたしなんて興味もっても、皆から遠ざけられるのに。







 そうして、ぼっちが確定して一週間。


 絶望と共に歩み出した学校生活に溜め息を吐きながら、家に帰ろうと玄関で外靴を履き替えている時だった。


「あ、やばい。教科書、机に入れっぱなしだ」


 妙に軽い鞄の原因はそれだったか。


 どうして帰る間際に、こういうのって思い出すんだろう。


 まあ、そのまま置いといてもいいんだけど……。


「もしバレて、だらしない子って思われたくないしなぁ」


 見た目はギャルで素行まで悪いとなると、いよいよ本物だ。


 実際のあたしはもっと普通で、イメージは大事にしておきたかった。


 もう手遅れ感は満載だけど。


 渋々だが上靴を履き直す。







 ――ガラガラ


 教室のドアを開ける。


 人影はなかった。


 机の中にある教科書を取り出して、鞄に詰める。


 すうっ、と風が吹いた。


「さむっ」


 季節はまだ春、夕方の風は冷たい。


 空きっぱなしの窓から風は吹いていた。


「……誰、こんな時期に窓開ける人。ちゃんと閉めろよなぁ」


 ぶつぶつ文句を言って、窓を閉める。


 ――パラパラ


 紙の音。


 風によって一冊のノートがめくられていた。


 それは氷乃の席に置かれていた。


「……氷乃の、忘れ物かな?」


 何となしにそのノートを手にとる。


 でも、ノートの表紙には名前も科目も書かれていない。


 まっさらな状態。


 これでは、誰の物かは分からない。


 そこで、ふと氷乃の横顔を思い出す。


 端正な顔立ちに、物憂げな表情。


 女のあたしから見ても、その容姿は素直に美しいと認めざるを得ない。


 ……見た目だけな。性格は最悪だけど。


「氷乃のだったら、いい香りがしたりとかするのか?」


 そんなバカなことを思い浮かべる。


 何となく、アイツなら品のいい香りがするんだろうなと思ったのだ。


 あたしは面白半分でノートの匂いを嗅いでみた。


「……まあ、何も香らないか」


 当たり前すぎる帰結だった。


 じゃあ、中身を確認しないと誰の物か分からないと思ってページをめくった。


「……え?」


 だが、あたしはそのノートに目を通して戦慄する。


 そこに書かれていたのは……。


「――見たわね」


「ひいっ!?」


 扉には、とにかく鋭い眼光をあたしに向ける氷乃が立っていた。


 久しぶりに聞いた彼女の肉声は、低くて重たかった。


 その雰囲気は決して優しいものではない。


 敵意とか、殺意とか、嫌悪とか。


 そんな負のエネルギーだった。


 どうやら、あたしが見てしまったのは――


「私の小説、誰にも見せないつもりだったのに」


 ――氷乃朱音の妄想の塊だったらしい。

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