07 食を通じて
昼休み。
この時間はクラスの空気はガヤガヤとしていて、あたしは何だか落ち着かない。
話す人がいないのもそうだし、どうしてもぼっち飯になるのでツライのだ。
もちろん、あたしだってただ黙っていたわけじゃない。
暇そうにしている女子に声を掛けたこともある。
だけど、皆があたしとの距離をとっていくのだ。
馴染むまでもう少し時間が必要なのかもしれない……。
しかし一人でも何食わぬ顔で過ごす人物もいる。
隣の
彼女はいつものように窓の外を眺めている。
どこか気だるげなその横顔は綺麗だったりする。
「氷乃って、ご飯食べないの?」
話しかけてみた。
いや、最近ちょっと氷乃と仲良くなっている気がしたから、とか。
この孤独を味わうくらいなら、他のクラスメイトの視線が突き刺さってもいいや、とか。
そんな弱い心に屈したわけでは決してない。
そう、決してね。
「見たままよ。食べていないでしょ」
氷乃は窓から視線を離し、つまらなさそうに返事をする。
「お腹空かないの?」
「そうね」
さも当たり前のように言う。
いやいや、育ち盛りのこの時期に食欲ないっておかしくない?
「それで、そんなに細いのか……」
氷乃は華奢な体つきをしている。
細い手足に脂肪なんて一切なさそうだし、見たことはないけど腹筋もうっすら割れているんじゃないかと思ったりしている。
「あなたの方こそ、食べないの?」
氷乃はあたしの机の上のお弁当を見て、首を傾げる。
「あ、まあ……食べるけど」
お弁当箱の中を開けてみる。
量は普通。
いや、もしかしたら体のサイズの割には多い方かもしれない……。
だからだろうか、少しずつ体重も増えて……いや、これは成長期だからだ。
そうだ、そうに決まっている。
身長は一切伸びていないが、これは成長によるものと言い聞かせている。
「じゃ、じゃあ……」
あたしはお弁当を持って立ち上がる。
「どこに行くの?」
氷乃は何となく気になったのか、不思議そうに呼び止めてきた。
「場所変えようかなと思ってね」
ここ最近のあたしは一人でもおかしくなさそうな時間帯と場所を見つけて、ご飯を食べる事にしている。
「ここでは食べないの?」
食べづらいんだよ、分かるでしょ。
「ちょっと気分転換」
「そう」
納得したのか、氷乃は頷いた。
「あ、うん。じゃあね」
妙な態度の氷乃を残して、あたしは教室を後にする。
◇◇◇
食堂。
ピークを過ぎると生徒の数はまばらで、一人で食べている人もちらほらいる。
これなら何の憂いもない。
あたしは空いている席に腰を下ろす。
「……で、どうしてあんたがいるわけ?」
あたしの目の前に腰を下ろす人物がいた。
「何か問題あった?」
氷乃だ。
何を思ったのか、彼女はあたしの後をついてきて急に座り出したのだ。
事前に何を言うでもなく。
「問題はないけど……どうしてかなって気になるじゃん」
もしかして、あたしを憐れんで……?
ちょっと親密度が上がって、あたしのことが気になる存在になってきたとか?
「いえ、一緒にお昼を食べるのって結構仲良くなるイベントだと思ってね」
「……小説の話?」
「それ以外に何かある?」
「……いえ」
違ったようだ。
どうやら、小説の元ネタのためらしい。
つまり氷乃のためだ。
だるい。
「私は食事は一人で静かにしたいのだけれど、そうでもない人も多いようだからね。その気持ちを知るのにはちょうどいいのかも」
「あ……はあ……」
「だから、どうぞ構わないで食べてちょうだい」
「でもそれは違うんじゃない?」
「なんのこと?」
「そういうのって一緒に食べるから意味があるし、仲良くなれるんだと思うんだけど」
一人で食べているのを一方的に見られるのは気分悪いし。
一緒に食べて、一緒に話すから意味があるんだ。
……と、思う。
「一理あるわね」
ふむ、と意外にも素直に頷いた。
しかし、すぐに氷乃は眉をひそめた。
「でも私、お弁当なんて持ってきていないのだけれど」
「……買えばいいんじゃない?」
ここは食堂だよ、氷乃。
あたしは奥にある食券機を指差す。
「なるほどね。食欲はないけれど、そうしようかしら」
氷乃はすっと立ち上がる。
「行ってらっしゃい」
そのままお見送りしようと手を振るが、氷乃は一向に足を進めない。
そればかりか、あたしのことをじーっと凝視してくる。
「何をしているのかしら?」
「え、それはあたしのセリフでは……?」
「違うでしょう。私が買いに行くのだから、あなたも付き合うのよ」
「……なぜ?」
シンプルによく分からなかった。
「こういう時は一緒に買いに行くものでしょうに」
「そう……か?」
子供じゃあるまいし。
何言ってるんだ。
「早くなさい。アレが公表されてもいいの?」
「ああ、すいません。行きますから」
あたしの変態性を世間に知らせるわけにはいかない。
すぐに立ち上がって氷乃の後ろをついていく。
しかし、人の少ない時間帯で良かった。
こんなのピーク時だったら、きっと今頃は大混乱を引き起こしていたはずだ。
氷乃が食堂に現れたことはないだろうし、その隣にあたしがいたら凸凹コンビと揶揄されるに決まっている。
「それで何を頼むべきだと思う?」
食券機の前に立ち、氷乃は考え込み始める。
「食べたいものでいいのでは?」
「別に食べたくはないのよ」
……それはそうかもしれないけど。
なんだこの変な会話。
「氷乃の好きな物って何?」
「……」
その質問に、氷乃が意味深に見つめてくる。
「えっと……どうかした?」
「私の好みを知ろうだなんて、あなたも随分親し気になってきたと思ってね」
いやいや、それくらいはいいじゃん……。
どんだけガード硬いんですか、このお方は……。
「これこそ仲良くなる過程ってやつじゃないの?」
まあ、別に氷乃と仲良くなる必要もないけど。
けれど、小説の元ネタになるために行動していくと自然と氷乃との距離を近づけることになるな。
……なんだこの歪な関係。
「それもそうね」
珍しく、氷乃は素直に頷いた。
そして、そのままメニューを指差す。
“ハンバーグ定食”
だった。
「へえ……」
「なによ、その反応」
「いや、意外だなと思って……」
「なにが?」
何だか氷乃が急に食い気味に質問してくる。
「ガッツリ肉なんだなと思って……」
お昼は食べないって言ってるし、華奢だから、魚とかサラダだけとか言うのかと思ってたんだけど……。
「なによ、いけないの?」
氷乃の声が尖っている。
何にご機嫌ななめなのかは、よく分からない。
「いやいや、いいと思うけど。ハンバーグ、美味しいよね」
「なら、いいじゃない。変なこと言わないで」
もしかしたら氷乃は自分の好みが意外と思われて恥ずかしかったのかもしれない。
頬が少しだけ赤らんでいた。
ピッと氷乃は食券機のボタンを押す。
メニューが印刷された紙が出てきた。
「ちなみに、そういうあなたの今日のお弁当は何なのかしら」
話題を逸らそうと思ったのか、急にあたしのお弁当の話に。
その反応に、意外に可愛い所あるなと思ったりもする。
「あたしは今日、鮭とサラダみたいだね」
お母さんに昨日の残りを詰められただけのメニューだけど。
ヘルシーすぎて物足りなさは正直ある。
しかも、氷乃の動きが止まる。
「……
「え?」
氷乃は恨み言のように呟いて、食券を受付に渡しに行った。
今日の氷乃はちょっと変わっている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます