17 久しぶりに要求してみなさいな


 ちょ、ちょっと冒険しすぎてしまっただろうか。


 なんか勢いでお昼も氷乃ひのと机を繋げてみたりしたわけだけど……。


 あたしも、どうしてしまったのだろう。


「……いいから、大人しく食べなさい」


 氷乃を真似して、ご飯を抜こうとしたら止められた。


 そもそも、氷乃の真似をしてみようとか、ちょっと前なら有り得ない行動だ。


 結局、氷乃に催促されてお弁当を食べる事に。


「はあい」


 それもこれも氷乃があたしとの距離を詰めすぎたのが原因だと思う。


 小説のモデルだか何だか知らないが、あんなに色々とされたのではこっちも気分が変わってくるというものだ。








 放課後。


 氷乃は立ち上がり、鞄を手に持つ。


 そして、すたすたとあたしの後ろを通り廊下へと向かっている。


「……ん?」


 あれ。


 今日は何もないのだろうか。


 何の声も掛からず、肩透かしで氷乃の後ろ姿を見送る。


 一人で教室に残ってもやることもない。


 あたしも鞄を持って、廊下へと向かう。


「ちょっと、氷乃」


 歩くたびに艶やかな光沢をなびかせる黒髪を見つけて、その名前を呼ぶ。


「……なに」


 いつものクールなテンションで彼女は振り返ってくる。


「なに、じゃなくて今日は何もないのか?」


「ないわよ」


 あっさり一言。


 ……ないパターンもあるのか。


「でも、それだと小説のネタ作りに困るだろ?」


「別に、書かない日くらいあるわよ」


「でもほら、ネタのストックは必要でしょ?」


 じーっと氷乃は物言わずあたしを見つめてくる。


「……あなた、そんな私の言いなりになりたいの?」


「えっ」


 痛い所を突かれた気がした。


「そんなこと自分から言い出した事なかったでしょ」


「ああ……まあ」


「変な人ね」


 変、と言えば変かもしれない。


 最初は嫌々だった氷乃の要求に応える行為を自分から望むだなんて。


 それでも、それ以上に氷乃と何もないまま帰るのが落ち着かなかったのだ。


 それが何故かと問われると、自分でもちょっと理由は分からないのだけど。


「でも、小説も書き続けないと腕とか鈍るだろ」


 知らないけど。


 でも物事ってだいたいそういうものでしょ、多分。


「どうしても何かして欲しいのね。あなた」


「あ、いや……」


 そう言われるとちょっと否定したくなるというか。


 なんていうんだろ、こう……求められたい?


 そうそう、そういうやつ。


 あたしは氷乃に求められて、それに応えたいのだ。


 ……ん、あれ。


 それはそれでキモくないか?


 と、とにかく。


 あたしが一方的に“してして”とアピールしてされるのは、納得いかないのだ。


「はい」


 氷乃があたしに向けて手のひらを差し出してくる。


「えっと……これは?」


「そのままよ」


 そのまま、とは……。


 剥き出しの氷乃の手を見て、感想を述べろとかそういう意味だろうか。


 これまたえらくマニアックというか、難題な要求だな……。


「意外に小さくて、指はぷにぷにしてるんだな」


「……っ」


 ん?


 氷乃が珍しく目を白黒させている。


 自分で手の平を見せてきた癖に、あたしが感想を述べると勝手に引っ込ませるし。


 何だと言うのだ。


「誰が私の手の総評を述べろと言ったのよ」


「氷乃でしょ?」


 我ながら端的に氷乃の手の特徴を捉えられたと自負している。


 背が高い割には手は小さかったし、華奢な体に対して手の肉は柔らかそうだった。


 まさか手だけを見ると、こんなギャップがあったとは。


「言ってないわよ、変なこと言わないでちょうだい」


「変とは何だ、変とは」


「人に“小さくてぷにぷに”とか言われたことないわよ」


「あたしだって言ったことないよ」


 そんな変な要求をしてくる人はいなかったからな。


 氷乃じゃなければ、こんなことを言う日は来なかっただろう。


「だから、そんなことは求めてなかったのよ」


「……じゃあ、なに?」


 違っていたのなら、分かるように言って欲しい。


「親しい間柄なら手を繋ぐこともあるのでしょう?」


「ああ、いるよね」


 カップルとかは当然だろうけど。


 女子同士でもたまに手を繋ぐ子とか、いるよね。


 なんでそんなことするんだろうなぁ、とは思っていたけど。


「それが、どうかしたの?」


「だから、そういうことよ」


「……ん?」


 話が飛んだような気がしていたが、実は続いてたらしい。


 ということは……つまり……?


「え、手を繋ぐってこと?」


「そういうシーンもよくあるでしょ」


「あ、あるけどもっ」


 思っていた以上に定番で、しかも純情な感じで驚いてしまった。


 まさか氷乃からそんな要求をしてくるとは思わなくて、逆に変な方向に想像力を膨らませてしまっていた。


「それで?あなたが要求を求めたのだからしたのだし、私の言う事には服従してもらうわよ」


「……ここは目立つじゃん」


 さすがに人が行き交う放課後の廊下で、あたしと氷乃が手を繋ぐのは異質すぎる。


「人目がなければいいのね。なら帰り道にでも繋いでみましょうか」


 さっきまで目を白黒させていた氷乃も、今ではすっかり元通りでいつものクールさを取り戻している。


 まさか、そんな展開になってしまうとは。


 いや、そもそも手を繋ぐくらいどうってことないだろ。


「それならいっか」


 氷乃の隣を歩きながら、手を繋ぐ時はどう握ったらいいものかと、一人で手をにぎにぎしていたのは秘密だ。







「この辺りなら問題ないでしょ」


 人通りの少なくなった住宅街へ。


 氷乃と一緒に帰るようになってから、この道もお馴染みになりつつある。


「お、おう……」


 しかし、手を繋ぐというのはこんなにも緊張するものだったろうか。


 冷静に考えてみればわんぱくだった幼い頃ならまだしも、中学以降は人と手を繋いだ記憶なんてない。


 いや、だとしてもこんなにかしこまる必要もないだろう。


 氷乃と同じようにあたしも冷静になって、ネタの一つでも提供してあげたらいい。


 人との繋がりっていいよね。


 それくらいの気持ちを伝えてあげたららいいのだ。


「どうしたの、早くしなさい」


 人との繋がりということは、あたしにとっても氷乃との繋がりができるということか。


 これって結構、意味深な行為になるんじゃないだろうか。


 ……自分で解釈して、自分でその沼にハマっていた。


「今つなぐ」


 とは言え、ここまで来て引き返すこともできない。


 あたしは氷乃の手を握る。


 やはり、触ってみても見た時の印象と同じだった。


 ただ、一つ予想外のこともあったけど。


「氷乃の手って意外にあったかいんだね」


「……あなた、いちいち余計なことを言わないと気が済まないの?」


 クールな印象と違って、彼女の手は暖かかった。


「あれ、ってことは心は冷たいのかな?」


「……喧嘩を売っているのかしら」


「うそうそ」


「冗談よ、それに関しては否定は出来ないのは自分でも分かっているわ」


 まあ、以前のあたしなら首を縦に頷いていただろうけど。


 今は傾げるくらいにはなってきている。


 氷乃は冷たいと言い切るには、そうじゃない部分も見え隠れしている気がする。


「手はやっぱりぷにぷにしてて、かわいいな」


「……」


 ――ギリギリッ


「いたたっ!!」


 なぜか思いきり氷乃に手を握り潰されていた。


 その華奢な腕と手首のどこに、そんな力があったのか。


 想像を絶する握力だった。


 ……あ、氷乃は運動神経が良かったんだ。


「手だけでこんなにあれこれ言われるの初めてだわ」


「あー、まあそうかもね」


 あたしも手でこんなに話したのは初めてだ。


「じゃあ次は氷乃が話してよ。どうだい手を繋いでみた感想は、何かインスピレーションは湧いた?」


「……そうね」


 氷乃は目線を切って、少しだけ間を開ける。


「思っていたより落ち着くわね」


「おおう」


 あの刺々しい氷乃を落ち着かせてしまうとは。


「あたしの手、恐るべし」


「……あなたって、やっぱり変わってるわよね」

 

 いやいや。


 氷乃に言われたくはないなぁ。

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