20 夢見がち


 放課後、氷乃ひのと一緒に帰ることに。


 最近なんだかんだ当たり前のように一緒に帰るようになってるな……。


 これって、一般的に仲良しという分類に入るんじゃないか?}


「貴女、明日は私と一緒に登校してみる気はないかしら?」


「……!?」


 な、なんとっ。


 しかも、氷乃の方から朝のお誘いまでっ!?


 これはやはり、仲良しと思って差し支えないだろうか。


 あたしたちは友達ということで間違いないのだろうかっ。


 今まで変な流れで付き合ってきたけど、これを友人関係と捉えるのなら悪くない。


 ぼっちからの卒業じゃん。


「私と一緒は嫌だったかしら」


 あたしが考え込んで言葉を失っている間に、氷乃が引いてしまう。


 いけないいけない。


 こういう時こそ踏み込まないと。


 変な所で遠慮してはいけないのだ。


「いやいやっ、いいよ、全然オッケー。何時にする!?」


「そうね、私はいつも七時には家を出るのだけれど」


「そ、そうなんだ……早いんだな」


 あたしも氷乃も学校から家まで徒歩10~15分ほどなので、そこまで早く出なくとも間に合うのだが。


 さすが優等生という所か。


「出る時間が遅いと、人の行き交いが多くて疲れてしまうのよ」


「あー……でも学校で結局集合するんだから一緒じゃない?」


「だから朝までは逃れたいのよ」


「……なるほど」


 氷乃の人嫌いも徹底しているというか。


 あたしは人から遠ざけられているだけで、人と一緒にいたいとは思っているのでその感覚はあまり分からなかった。


 まあ、ぼっちで集団の中に混ざるツラさは分かりますけどね……とほほ。


「脱線したわね、それでどうするの?」


「行きます行きます」


 この好機を逃すわけにはいかない。


 あたしも友人と一緒に登校する高校生活を謳歌したいのだ。


 ……。


 我ながら高校生活を謳歌するハードルが低すぎる気もするけど。


 まっ、幸せって人それぞれだしねっ。


「良い返事ね、貴女も創作者としての自覚が出てきたようで喜ばしいわ」


「……ん?」


 いや、氷乃には悪いけどそんな自覚は一ミリも持ってない。


 氷乃に脅されてるからやってるようなもので。


 創作の手伝いなんて“止めるわよ”と言われたら大きく頷いてやめるからね。


 朝の登校を一緒にする理由がかなり怪しくなってきた。


「一緒に登校するのって小説のためなの?」


「他に何があるのかしら?」


 ……。


 ええ、分かってましたよ、分かってましたとも。


 この子の感覚がバグっているということは理解していましたとも。


 でも、ちょっと期待しただけだよっ。


「放課後を一緒に帰るのも飽きてきたでしょ?」


「一緒に帰るのに飽きとかないから」


 普通に傷つくこと言うんじゃねえよ。


 あたしは一緒に帰れて嬉しいんだよ。


「でも最近、新しい展開が特にないわ」


「日常生活に新しい展開とかそうそうないから」


 毎日、刺激に満ちた生活を送れたらいいだろうけど、なかなかそうはいかない。


 日々、淡々たんたんと流れていくのが日常生活なんだよ。


 その中に喜びを見出したり、たまに起こるサプライズに一喜一憂したりするもんでしょ。


 少なくとも学校生活でそんなことばかり起きるのを期待するのも如何いかがなものか。


「だから、今度は登校に場面を変えるのよ」


 ……まあ、それを氷乃さんに言っても仕方ないしな。


「でも、下校と一緒でそんなに変わらなくない?」


 今みたいにだらだら会話して学校に行くだけだと思うけど。


 いや、あたしはそれでいいけどね?


 展開狂いになってる氷乃はそれで満足しなさそうだから心配だ。


 結局、氷乃の言う事には大人しく従うしかないのだけど。


「いえ、大丈夫よ。アイディアはあるから」


「アイディア?」


「ええ、貴女はパンをくわえて走ってきなさい」


 前言撤回。


 大人しく従えない。


「……は?」


「そうね、パンなら何でもいいわけではないわ。出来ればトーストが望ましいわ、しっかりバターで焼き目を付けてきたらベストよ」


「いや……問題はそこじゃなくてだな」


「何よ、朝食はご飯派だったかしら?」


「そこでもねえよっ」


 くそっ。


 こんな話に本気で向き合わなきゃいけないのか……?


「貴女は知らないようだから無理もないけれど。登校する際にヒロインがパンを咥えて主人公と衝突するのは恋愛の定番よ」


「定番じゃないからなっ!? それもはや古典レベルだからなっ!?」


 いや、あたしだってそんなに恋愛ものとか見るわけじゃないけど。


 でもたまに見る映画やドラマにだってそんなベタな展開見たことないし。


 当然アニメだってそんなの見ない。


温故知新おんこちしん、古きを知り新しい発見が生まれるのよ」


「……微妙に返事に困る単語持ち出すなよ。反応に困るんだよ」


 あー……。


 こうなったら、もう止められないんだろうなぁ。


 気づけば氷乃との分かれ道に。


「いつもこの十字路で別れるから、ちょうどいいわ。貴女は七時になったらパンを咥えてここに走ってきて」


「……はあ」


「私はそのまま歩いて来るから、この曲がり角でぶつかり合うのよ」


「……あのさ」


「何かしら?」


 氷乃がやれと言うならやるけどさぁ。


「だいたい想像つかない? あたしと氷乃がぶつかって痛い目みるだけだよ?」


 あと、多分これって初めの出会いに起こるハプニングだから意味あると思うんだよね。


 衝突した驚きと共に現れるのが、魅力的な人だから刺激があるのであって……。


 こんなに関係性が出来た後でやっても得られるものはないと思うんだけど。


「想像は所詮、想像。空想で物事が全て分かるのなら体験に価値なんてなくなるでしょ?」


「……まあ、そうだけど」


 言ってることは氷乃は正しいけど。


 これは違うと思うんだよなぁ……。


「それじゃあ明日、ここに集合ね」


「はーい」


「あ、『遅刻遅刻ー』って言うの忘れずに」


「……朝早いから絶対間に合うんだけど」


 七時集合だと、こっちは六時起きだぞ?


 何に遅刻するんだ。


「じゃあ、部活の朝練に間に合わないことにしなさい」


 設定盛るなよ。


 ていうか、本当にやるんだっ。



        ◇◇◇



 氷乃の命令には逆らえない。


 あたしはいつもより朝早く起きて、トーストを焼いて家を出る。


 トースト片手に登校する女子高生……かなり嫌だ。


 朝早いため人がいないからいいけど、クラスメイトにこんなの絶対見られたくない。


 しかし、これも氷乃のためなんだから仕方ない。


 ……あたし、氷乃にだいぶ尽くしてないか?


 果たして、この努力が報われる日が来るのだろうか。


「やめよう、考えると虚しくなってくる」


 十字路に着き、約束の時間が迫る。


 何となくだが、曲がり角には人の気配も感じる。


 氷乃だな。


 あたしはトーストを咥えて走り出した。


「……ちっ、チコクチコク~……」


 恥ずい。


 誰か殺してくれ。


 ――ダンッ


 予定通りというか、何というか。


 あたしは衝撃と共に、アスファルトに腰を下ろす。


 ……そう言えばこの後の展開を聞いてないな。


『いたーい☆』


 とか言わないといけないのかな。


 そうしたら主人公がヒロインを心配する流れになるもんね。


「イターイ↓」


 腰もさすってみる。


 思った以上に声に抑揚は出なかった。


「……」


 しかし、返事はない。


 前を見ると、そこには仁王立ちの氷乃が静かにあたしを見下ろしていた。


 ヒロインの心配しろよ。


「……汚れたわ」


「は?」


 氷乃が自身の胸元を指差す。


「制服にバターの油が染み込んでいるのだけれど」


「……まあ、トーストですからね」


 あんたの注文通りだよ。


 氷乃の方が背が高いし、ちょうどその当たりにぶつかってしまったのだろう。


 あたしはよく分からずトーストをかじる。


 サクッとした食感とバターと小麦粉の甘味が口に広がった。


 氷乃の瞳が氷点下を下回っていく。


「……不快だわ」


「だから言ったよな!?」


 氷乃は時に理不尽だ。


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