第10話 チンピラに絡まれる
ブルックスが霧香の後についてエアロックに身を引っ張り入れた。
狭い円筒の中を進むと、途中でボール型のロボットとすれ違った。コロコロ弾むようにメアリーベルにむかっていった。
「なんじゃあれは?爆弾か?」
「偵察ドローンです。メアリーベルに誰か潜んでいないか、偵察しに行ったんだわ」
「へっ、くだらん」
ブルックスは胡散臭そうにロボットを見送っていた。
むろん、いざとなれば爆発するような仕掛けになっているだろうが、わざわざ伝えて心配させる必要はない。炸薬は手榴弾程度であるはずで、十五フィート以内にいる不運な人間を破片で切り刻むくらいの殺傷力だろう。
メアリーベルの隔壁が損傷するような事態に陥るとは考えられなかった。
人工重力が徐々に増し、霧香たちはエアロックの残りを這うように進んだ。バーを掴んでアントノフの船内に身体を引っ張り込んだ。つづいてブルックスに手を貸して船内に引っ張り込んだ。
人工重力とともに空気の匂いも変化した。不快な生活臭が染みついている。
武装した男が四人、エアロックを取り囲んで待ち受けていた。
三〇代と思われる大柄なスキンヘッドの黒人。彼がこのパーティーのボス格だろう。ほかの三人はもっとずっと若く、ひとりは長い縮れ髪でひげ面、タンクトップにショーツというだらしない格好で、毛深い素足にサンダルを引っかけていた。もうひとりは短い金髪でこの場にそぐわないきまじめそうな白人で、最後のひとりは迷彩服姿の背の低いデブだ。
黒人は銀色のリボルバーを霧香たちに向けているが、折り目の付いた白いズボンに真っ赤なアロハシャツ姿で、この男を含めてだれも海賊のようには見えない。
ひげ面が言った。「あれまあ、若い姉ちゃんが来ると言っていたが……」
迷彩服がうひひと下卑た笑い声を上げて応じた。「じじいまで来やがった」
霧香とブルックスは並んで立ち、海賊たちと対峙した。
「要求通り来たわよ。どうするの?」霧香が尋ねた。
まじめそうな男が霧香に尋ねた。「あんた名前は?」
霧香は質問を無視してアントノフの船倉を見回した。
「ボスは誰なの?」
「こいつは傑作だ!見たか、ボスは誰かだと?気の強い姉ちゃんだぜ」
「うるせえ、黙れ」黒人が低い声で唸ると、ほかの三人は素直に黙った。しかしなにか良からぬことを待望するにやにや笑いは貼り付けたままだ。「おい、おまえたち、着いてこい」
船内はおよそ0.5G程度に調整されていた。ずぼらな連中らしい。
八角形の船内通路を4人の男に囲まれて進んだ。
「おまえら海賊なんか?」ブルックスが誰ともなく尋ねた。観光客に行き先を尋ねる地元民のような、世間話でもするような口ぶりだ。
「ああそうだよ爺さん。その鉄砲でどうにかするつもりかい?」先頭を行く黒人が威嚇を込めた凄みのある笑みを浮かべて答えた。
「ボス、連れてきましたよ」
霧霞たちは円形のラウンジに到着した。通常、操舵室のうしろに作られる乗組員生活区画だ。
床に半分埋まった形で備え付けられたやはり円形のソファーから女が立ち上がった。短い階段をのんびり上がって霧香たちの前まで歩いてきた。
厚化粧の短い金髪の女だった。年はいっけん30歳なかばか。ゆったりした紫色のローブの下に趣味の悪いレザーストリングを纏っていた。そんなものを身に付けるだけあって豊満な体つきだ。背丈は霧香より5インチほど高い6フィート3インチ(190センチ)。地球かバーナード出身だろう。
彼女は言った。
「両腕を頭の後ろに組みな。おまえたち、ポケットの中身を調べるんだ」
男たちが霧香とブルックスの身体を叩いて所持品を点検しているあいだ、腕組みして眺めていた。
男のひとりがブルックスの散弾銃をサッとむしり取って実包を取りだし、ポケットに入れた。空になった銃を愉快そうにブルックスに寄こした。
霧香のポケットからナイフとカンテラ、レーザー発信器、ナックルダスターとタコムが次々と抜き取られた。取り上げた品は女海賊に差し出された。タコムはダミーだが、女は中身を改める手間もかけず床に捨てた。いちおう偽の個人情報が仕込まれていたのだが、霧霞の身元を確かめる気もないようだ。ナックルダスターはすこし面白そうに眺めていた。霧香の所持品は汚い床の上に小さな山になった。
「呆れたわねえ……じいさまと女の子が海賊退治のつもり?」
「護身用です」霧香は落ち着いた声で答えた。
「わしゃ保護者に過ぎん」
「そう……」女は気だるげに言った。
興味を無くしたようにナックルダスターを床に落とした。
「とにかく下の案内ができればいいの。おとなしく従えば痛い目には遭わない」
「すぐ出発するつもりなんですか?」
「いけないかい?サッと出掛けてさっさとおさらばするつもりだよ。そうすりゃあんたたちもすぐ解放される。目的地は分かってる」
目的地が分かってるならガイドなんか要らないだろう……とは思ったが、女は着いておいでというように手を振りながらさっさと歩いて行ってしまった。
男がパルスライフルの先で霧香の肘を突き、行けと促した。ラウンジの向こう側にある短い通路のすぐ先が操縦室だ。
「じじい、あの船はあんたのものかい?」
「そうじゃが」
「ちょうどいい。役目が終わったらこの娘を解放してやる。あんたは宇宙船で付いてきて、娘を拾ってあげな」
「そうかい、それじゃ帰っていいんだな?」
「ご自由に」
「セルジュ、爺さんと一緒に行け、見張ってろ」黒人がひげ面に命じた。
「あいよ」若い長髪の男が応じ、痩せた酷薄そうな顔にニタニタ笑いを張り付かせながらのんびりブルックスのあとを追った。
「相手がじじいだからって油断するんじゃねえぞ!」
「わぁってるっしょ、ボーリー」
ボーリーと呼ばれた年配の男はちっと舌打ちして、霧香に振り返った。
「あんたはうしろの席に座りな。出発だ」
「どこに?」
「ステージスリーってところだ。知ってるだろうね?」
霧香は記憶を探った。
「ああ、エルドラドね……そこは赤道から二千マイル北に寄ったテーブル台地よ。直径百マイル……熱帯性雨林で大気変動が激しいわ。それに……」
「なんだい?」
「そこで何人も遭難している……」
「そうだってね。政府の犬……銀河パトロールも最近そこで死んだんでしょ?あたしたちが追ってる女もそこでくたばってるかも……そうだったらいい気味だ」
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