第15話 異世界

 (本物の異世界だ……)

 霧香は感慨にふけっていた。

 ヘンプⅢは、千年あまりの宇宙探査の末人類が発見した3つめの地球型惑星だ。人類の入植を免れたのは、ひとえに人類がテラフォーミング技術を急激に発達させ、天然の有大気惑星を不要としたためだ。

 暗黒時代後期の25世紀、 絶滅寸前だった人類は超光速転移技術ワープテクノロジーとジェネシスフェーズテクノロジーを開発して、一気に恒星間宇宙に進出した。

 ジェネシスフェーズによって数万年~数十万年かかると思われていた惑星改造がわずか100年に短縮され、タウ・ケティ、バーナード星系に地球型惑星を創り出すことに成功すると、あとは爆発的に植民地が広がった。

 いまでは半径100光年の人類領域内に50のテラフォーム、あるいはテラフォーミンク中の惑星がある。

 霧香の故郷であるノイタニス星もそうした人工地球アーティフィシャルアースのひとつだ。天然の地球型惑星を訪れたのは生まれて初めてだった。


 大気は濃密で生温かかった。

 酸素はやや多めだ。霧霞たちGPD隊員は異質な環境に素早く適応するため肺や肝臓などにナノ強化処置が施されている。フェイスマスクも付けて臭い大気と余分な酸素その他はフィルタリングしているが、念のため抗アレルギーカプセルを飲んだ。


 それに加えてGPD発足時に銀河連合から提供された唯一の装備、コスモストリングとGPDブーツをつけている。

 コスモストリングをつけた霧香はいっけん、裸体に黒いペンキで幾何学模様をペイントしただけに見える。

 だがこの〈制服〉はフォースフィールドそのものであり、熱と寒気に加えて放射線をシャットダウンするのだ。低出力のレーザービームと小銃弾まで跳ね返してしまう。しかも電力を必要としない、人類にとっては正真正銘オーバーテクノロジーだった。

 残念ながら外見的にはヌーディストにしか見えないので、タウ・ケティ星系のような保守的文化圏では上になにか羽織るのが普通なのだが。

 コスモストリングを作った異星人は服なんか着ていないので仕方なかった。


 そんなわけで、霧香は裸同然の姿でぬかるんだ道の草原を歩き続けた。

 (まあ人目を気にする必要はないか……)

 GPDブーツは10時間ぶっ続けで行軍しても足は痛まない。

 地面は蔦で被われ、そのもつれ合った茂みのあいだからまっすぐな草が突き出していた。草のてっぺんには鋭いダイヤ型の葉が四枚生えていた。固く鋭い葉先は擦れると簡単に皮膚を切りそうだ。


 内陸部に向かって歩きながらタコムでだいたいの位置の見当を付けた。


 ステージスリー……エルドラド台地の地形は比較的詳しくマッピングされていて、地形上の特徴を実物と照らし合わせることができた。それによれば霧香たちは予定着地点……少なくとも、サリーが降下するつもりだった場所から30マイルほど逸れていた。ほとんど墜落したにしては悪くない。


 サリーたちはいったいなにを掴んでいたのだろう。その点をいくら尋ねてみても口を割ろうとはしなかった。

 しかしかつて誰かがこの惑星になにかを投下した。サリーの目的はそれの回収だったに違いない。その投下された物体は機械のはずだ。彼女たちはその機械を回収しようとしたのだろうか。そしてその機械にコンタクト信号を送ったら、いきなり攻撃された……。

 強力なレーザーを装備している機械。アントノフを一撃で破壊したのはおそらく核融合トライデント弾だろう。軌道上にステルス攻撃衛星が浮かんでいたのだ。

 サリーたちは厄介な防衛システムを目覚めさせてしまったのであり、それで霧香たちは撃墜されたのか……。

 その機械はヘンプⅢで起こった船舶事故、あるいは相次ぐ遭難に関わっているのか?

 そんな危険なものをなぜプラネットピースが回収しようとしていたのだ?

 あの手の連中の動機は単純だ。不法行為を働いてまで欲しがるからには、なにか莫大な利益を生み出す物体なのだろう。


 金になるとなれば相手は犯罪シンジケート……海賊に違いない。フルタイム犯罪業者はすべからく上納金を納めるものだ。そういったお家事情はプラネットピースでもたいして違いあるまい。海賊が興味を持ちそうなお宝……機械。

 すると、シンシア・コレットはその情報をどこからか入手していたのか。おそらくプラネットピースから横取りしたのだろう……。それで追われることになった。


  悪くない推測だ……しかし推測に過ぎない。シンシア・コレットが生存していれば答が得られそうだった。いずれにせよシンシアとランドール中尉が消息を絶ったのも同じ方角だ。


 背後に眼をやると、シャトルはすでに起伏に富んだ地形に遮られて見えなくなっていた。

 霧香は孤独を感じた。具体的な救助の当てさえなく、こんな未開の惑星をひとりで歩く羽目になってしまった。

 いったいどこでどう間違えてこんな事態に陥ったのか……周囲を警戒しながら心の片隅で考えた。

 わずか二万マイル上空のオンタリオステーションには大勢の人たちがいる。いざとなれば救難隊が駆けつけるはずだ。そんな楽天的な見通しがいまはひどく心許なく思えた。20光年も離れたタウ・ケティから比べれば取るに足らない距離なのに、いまはその二万マイルが途方もない深淵に思えた。

 

 一時間ほどとぼとぼ歩いていると、背後の空が突然明るくなった。

 霧香は驚いて屈み込み、空を見上げた。

 大きな爆発だが音は響いてこない。大気圏上層部で起こった爆発だ。

 おそらくプラネットピースの母船、バリアーだろう。制御を完全に失い、大気圏に突入する前に、自動システムによって船体から切り離されたメインドライブが自壊したのだ。

 ドライブのコアである人工特異点を地表に落とすわけにはいかないので、すべての宇宙船にはそういう緊急措置システムが備えられていた。

 やがて動力部を失ったソ連製輸送船本体が、黒煙を曳く松明となって空を横切っていった。慣性制御システムもフォースフィールドも失って、バラバラに分解して大気圏内で燃え尽きようとしていた。断末魔のソニックブームが雷鳴のように響き渡った。


 とにかく、メアリーベルでないことを祈った。 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る