第11話 敵の正体
アントノフは十Gでオンタリオステーション圏内を離脱した。
〈メアリーベル〉はたちまち置いて行かれた。だがたった二万マイルの短い道のりである。アントノフはすぐに加速をやめるはずだ……。
女海賊は「女を追っている」と言った。それはシンシア・コレット、例のニュースレポーターだかなんだかのことだろうか。
「あんたたちはなにを捜しているの?」
「だまってな」女ボスは振り向きもせず霧香の質問を一蹴した。彼女は何度かサリーと呼びかけられている。
「下にはなにかいるって噂なのよ」
サリーは振り返った。
「なにか?」
「なにかよ……怪物よ」
副操縦席のポーリーが顔をしかめて振り返った。
「怪物だと?」
「面白いじゃない……怪物」サリーが不敵な笑みを浮かべて頷いたが、霧香にはから元気のように見えた。
「なにを根拠にそんなこと言ってやがんだ?」
「遭難者を捜索中のロボットがね、壊されたのよ。そうでなくても遭難者が相次いでいる。ぜったいにヤバイものが存在しているのよ」
「いいね」サリーはなぜか上機嫌だ。
「おれたちが捜しているのはそれなんですかい?」
「だまんなよ。じき分かるから」
「へい」
サリーはレーダーをチラッと確認した。
「あのポンコツ、こっちにチンタラ追いつこうとしている。セルジュはあのじじいと一緒に行かせたのかい?」
「そうです」
「ほかに船影はない……。じじいが追いつくまで待っていられない。よし、あたしとタンク、小娘で下に降りるから、あんたは見張ってな。ヘンな動きがあればじじいを殺すようセルジュに言っとくんだ。いざとなったらあのポンコツを破壊していい」
「心得ました」
海賊たちが不穏な相談をしているうちにヘンプⅢが近づいてきた。
海賊船は荒っぽい方向転換と舷側を繰り返して駐留軌道に乗った。操船はなかなかみごとで、目的の赤道上空までぴたりと寄せていた。辺境宇宙海賊連合の一味なのかも知れない。奴等は通常、襲撃のために一個小隊規模の兵隊を乗せているのだが……。
「さ、出掛けるよ」
サリーは操縦席から立ち上がり、霧香に銃を突きつけて立つよう促した。軍用のパルスライフルだった。霧香は素直に従った。
銃を突きつけられたまま船倉に向かった。通路は汚れていて、船倉にはインスタントフードの容器や空き缶が詰まったゴミ袋が積み上げられていた。隔壁を開けてまとめて真空に投棄するつもりなのだろう。リサイクルするつもりはないようだ。
機首に派手なシャークティースが描かれた軌道降下用シャトルは翼を備えた滑空タイプだった。大気圏内機動力のある強襲降下艇ではない。〈ハマーヘッド01〉という船名とともに、真っ黒な船体に白抜きで文字が大書きされていた。
PLANET PEACE
プラネットピース?
霧香はその言葉を記憶から呼び覚まし、愕然とした。
こいつら海賊じゃないんだ!
とはいえある意味質の悪さは海賊以上だ。
海賊は自分たちが悪さをしているという自覚があるが、プラネットピースは善意を元にした環境テロリスト、自然保護を訴え世界中の自治体やエネルギー開発企業、農業プラントや魚の養殖施設を攻撃する武闘派環境保護団体であった。善意と言っても極めて独善的で、すべてのテクノロジーとそれに関わる人間を憎み、抗議活動や妨害工作に全エネルギーを注ぎ込む。目的のためには手段を選ばず、マフィアと手を組むことも厭わない。どんなに過激な行動を取って他人に迷惑がおよんでも、彼らは彼らのおこないが正しいことと確信している。そしてありとあらゆる反社会行為に手を染める。
彼らのような過激派は、その構成員の大半が、己の幼稚なメンタルのはけ口として名目的な環境保護を唱えるだけの「愉快犯」に過ぎないとプロファイリングによって証明されている。
だがそういった連中でも一握りの狂信的指導者がいれば立派な団体としてまとまる……。そしてそうした指導者はたいていカリスマ性のある人物であり、まともな市民の一部を味方に付けているため取り締まりも思うようにいかない。
プラネットピースはそうした過激派の中でも最大規模であり、極左的存在だった。地球やタウ・ケティではとうの昔に犯罪組織として認定されている……彼らも恒星間旅行が自由自在になった機会を大いに活用しているらしい。
「わたしは宇宙海賊を憎んでいるが、ああいう過激環境団体はもっと嫌いだ」
訓練教官であるローマ・ロリンズ少佐はある講義で述べたことがある。その時は候補生の誰かが反論した。
「でも少佐殿、彼らは社会に貢献していますよ?海や植林地の汚染状況を調べて企業を告発したり……」
「それは認めるが、やつらはそうした真面目な連中を取り込み、避難の矛先を巧みに躱すのだ。そうして資金調達のために企業献金をうけ、その企業のライバルを告発する。あるいは辺境で産業が発展しないように強硬な自然保護を訴える……独善的な目的と便宜が結びつく最悪のケースだ。目的達成のためには事実や科学的データもねじ曲げられる。標的となった地元住民に対する迷惑などいっこうだにせず、とりわけその地域の自然環境に対する真の配慮もない」
その候補生は自然保護活動にシンパシーを憶えているのか、なおも食い下がった。
「そんなに酷いわけないでしょう……」
「まことに残念だが、ずっと昔から例はあるんだ。イルカやクジラを保護していた20世紀の環境団体の記録を当たってみなさい。やつらは一〇世紀以上全く進歩していない。なぜならやつらはその時代ごとの自然環境変化に対応しているのではなく、内なる反骨心や自己満足を満たすために活動しているからだ。それらは未熟な精神願望の発露に過ぎず、自然保護云々は後付けの動機にすぎない。
やつらの多くは体ばかり大きな餓鬼どもで、立派なお題目に反して志は低く、常に欲求不満で屈折した怒りを抱え、冷笑的で幼稚で内ゲバ好きで不潔だ。かれらと関わり合った真面目な大人は遅かれ早かれ幻滅して袂を分かつ。機会があればやつらの集会に参加してみることだ。人間の精神の後ろ暗い部分をいやというほど見せつけられるぞ」
少佐の断定的な評価にたいして条件反射的な反発を覚えた候補生は少なくない。霧香も反発こそ抱かなかったものの、少佐の言葉を鵜呑みにしていいものか迷いがあった。だが彼女はベテラン捜査官であり、世の悪党との戦いに多くの経験を積んでいる。たいして霧香たち候補生と言えば、本物の犯罪者に出遭ったことなど一度もなかったのだ。
その後伝えられるプラネットピースの評判は少佐の言葉を裏付けていた。
いよいよ本物とご対面というわけだ……。
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