第12話 ヘンプⅢ周回軌道
「乗るんだよ」
言われるまま、霧香は小型シャトルのハッチをくぐった。船内スペースは狭く、十人ぶんの座席で埋まっている。
コクピットに近い座席を指さして言った。
「座れ」
霧香は素直に従った。
「あたしたちの正体が分かったって顔だ。その通り、あたしらはプラネットピースだ。宇宙海賊じゃなくて残念だったね」
「犯罪組織じゃありません、というわけね。どうりで余裕があるわけよね……。でも犯罪性がないなんて言い逃れできないわよ?武装船で民間ステーションを威嚇したんですからね」
「うるさいね、どうだっていいんだよそんなこと。手をだしな」面倒くさそうに言い捨てた。霧香の手首にスチールの手錠をかけ、前席の背もたれのバーに繋いだ。
サリーは操縦席について出発準備を始めた。タンクと呼ばれた手下、小柄でまるっこい迷彩服が霧香の通路を隔てた向かいの席について散弾銃を向けた。
「大人しくしてろよ」
つぶらな瞳に金髪の髭を蓄え、厭な笑みを張り付かせて霧香のからだを眺めている。霧香は手錠に繋がれた手を振って肩を竦めた。
小さな格納庫が減圧され、隔壁に取り付けられた黄色い回転灯の光がコクピットの中を照らした。シャトルの背中をつなぎ止めているコネクターアームが船体をアントノフの外に押し出し、シャトルはアントノフと併走しながらゆっくり遠ざかった。
人工重力の影響下から抜けたシャトルの中は無重力状態になった。
「ポーリー、聞こえるかい?」
「感度良好」
「手はずどおり、地上にシグナルを送信してみよう。何か反応があったら知らせるんだ」
「了解、これから送信します」
彼らはヘンプⅢに向けて何か送信するらしい。仲間でもいるのか……。
「あたしたちは15分後に再突入コースに降りる」
それから5分ほどなにも起こらなかった。サリーは黙って操縦に専念している。霧香は隣のタンクを無視して身を起こし、前席の背もたれに両腕を乗せて保たれていた。手錠が邪魔でその姿勢がいちばん楽だ。
アントノフで留守番のポーリーから報告が入った。
「ただいま送信中……」
突然ザーというノイズが無線機から響いた。
「なんだい?」
「電磁波が……」再びノイズ。「……されてます!聞こえますか姐さん!レーダー波に……」ひときわ甲高いノイズが響き渡り、それきり無線機が沈黙した。
「ポーリー!?」
サリーはコンソールをなにやら忙しく操作しはじめた。船外カメラでアントノフの姿を捜しているのだろう。
「言わんこっちゃない……」霧香が呟いた。
「黙れ!」サリーがまえを向いたまま叫んだ。
「ひょっとして攻撃されてる?ならさっさと位置を変えたほうが良いんじゃない?」
「うるさい……!」サリーは怒りに歪んだ顔で霧香を睨んだ。だが霧香の言葉を反芻して、一理あると思ったのか、慌ただしくシャトルの操縦に専念しはじめた。
「姐さん……」タンクが不安そうに言った。
霧香は舷側窓から外を眺めた。窓の下半分は惑星の白い弦張が占めていた。上半分を満たす漆黒の闇を背景に、きらきら瞬く塵のようなものがシャトルを追い抜いて拡散していた。
星ではない……。
(アントノフは攻撃されたのだろうか……)
爆散してしまったのかどうか霧香の席からは伺え知れない。
タンクが座席から身を乗り出して言った。「ね、姐さんいったい何が……!?」彼はもう警戒するのを忘れたようだ。散弾銃を隣の座席に立て掛けている。
「バリアーがやられちまったんだ」
「やられたって……ポーリーは?」
「分かんないよ」
「どうするンすか!?」
「うるさいな、いま考えてるんだよ……そうか!」サリーは無線に呼びかけた。
「じじい、聞いてるかい、応答しな!」
霧香もゆっくり身を乗り出して背もたれに両腕を乗せ、その上に顎を乗せた。できるだけ自然にサリーたちのやりとりの様子に聞き耳を立てているようにだ。タンクは非常事態に気を取られて見咎めなかった。
ややあって〈メアリーベル〉のブルックスが応答した。
「おう、海賊さんよ、あんたたちの母船はぐるぐる回りをやらかしとるようだが。無事なんか?マリオン嬢ちゃんは……」
「黙って聞きな、娘はあたしたちが人質にした。あんたは軌道上で待機して、あたしたちが上がってくるまで待つんだ。良いね?」
「待て、まだヘンプⅢに降りるつもりなんか?そんな場合じゃなかろう!おまえさんたち船を失いそうになってるんじゃぞ……」
「うるさいよ!あんたは言うこと聞いてりゃいいんだ。セルジュを出しな!」
短い間があり、セルジュの不安そうな声が取って代わった。
「あ、姐さん……」
「セルジュ、あんたはそのじじいを見張るんだ、あたしたちが還ってくるまで気ィ抜くんじゃないよ。上手くいきゃ半日ですむ」
「わ、分かったス……」
「本当かい?しっかりしな!何か不都合無いだろうね?」
「ええと……特にないよ……でも、ポーリーの旦那とチャンが……」
無視して通信を切ったサリーは、黙ったままシャトルを減速させた。
軌道速度を相殺したシャトルは惑星の重力井戸に向かって降下しはじめた。
「本当に降りる気なの?」霧香はサリーの後ろ姿に呼びかけた。
「降りるさ!」サリーは吐き捨てた。
「無茶だわ。ブルックスさんの船だってどうなるか分からないのに……」
「うるさいッてんだよ!」
霧香は溜息をついて座席に保たれた。横を向いてタンクに言った。
「あんたのボス、頑固ね」
「う……」世間話のような調子で話しかけられ、タンクは思わず答えそうになって躊躇した。
霧香はにこやかに笑って両手をかざして見せた。
タンクは眉をひそめた。何かおかしい……
手錠につなぎ止められたはずの両手が自由になっている――
霧香は立ち上がった。
タンクは呑気に口を開けて霧香を見上げた。ようやく事態を呑み込んで慌てて銃を構えようとしたところを、霧香の肘の一撃に叩きのめされて座席に沈んだ。
タンクは喧嘩に手慣れたチンピラでさえない、銃を構えるのが好きなアマチュアに過ぎない。気絶するほどぶん殴られたのもおそらく初めてだろう。ぐったりと座席に沈む相手を追って霧香は外していた手錠をくるりと振り、そのままタンクの片手に掛け、背もたれのバーに通して拘束した。
ポケットに手を突っ込んで鍵を探し出し、シャトルの後部に投げ捨てた。
サリーが背後の気配にぎょっとして振り返ったときには、霧香はタンクから取り上げた武器をまっすぐサリーに向けていた。サリーは足下のパルスライフルに飛びつこうとした。
「動くな!」霧香は訓練時代にせっせと練習したとびきりの声で命じた。
サリーは従った。前にも経験あるのだろう、無駄なあがきはしない。
「手を挙げろ。下手な真似をしたら撃つ」
サリーはまた従ったが、渋々とだ。
「そんなもんここでぶっ放したら……」
「そんな心配要らない。シャトルの隔壁は小銃弾程度で穴が開いたりはしない」
「――あんた、おまわり?」
「わたしはGPD保安官、ホワイトラブ少尉。観念しなさい」
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