第8話 コンタクト


 通信を切った霧香は狭い操縦室の頭上のバーに両手をかけ、前方窓に眼を凝らした。戦闘輸送艦がいるのはたしかだが、およそ30マイル離れているので目視は無理か……


 背後でブルックスが呟いた。「アントノフの戦闘輸送艦か……また古いお友達がお出ましときた」

 「知ってるんですか?」

 「気密式船倉の高速輸送艦……3050年、いまは亡き新生ソビエト連邦が生産した最後の型だろう。全長150メートルほどの中型じゃ」

 相手の正体を知っているのか尋ねたのだが、どうやらそうではないようだ。

 「GPDのパトロール船と大差ないわね。性能的には侮れないけど……」

 「だな」

 「ブルックスさん、港の倉庫に眠ってるわたしの荷物、この船に移したいの。お願いできる?」

 「なんじゃ?おまえさんに雇われた覚えはないぞぇ?」

 霧香は笑みを浮かべた。

 「海賊に盗まれたくないから念のためよ。お金は払うわ。いいでしょ?」

 「倉庫代わりとは失礼な」ブルックスは仏頂面で頷いた。「ああいいよ、なんでも運んどくれ」 


  霧香が荷物の搬送を手配しているあいだに、管制官のアーティーからふたたび連絡があった。

 『こちらアーティー、これは有線回線だ。GPDのホワイトラブ、聞いているか?』

 霧香は通信機に飛びついた。

 「こちらメアリーベル、ホワイトラブ」

 『いま不審船から通信があった。奴らはこのステーションにGPDはいるかと聞いてきた……』

 「えっ」霧香は緊張した。「それで、なんと?」

 『いないと答えたよ。ヘンプⅢで遭難したと伝えた。そうすればどこかに消えてくれると期待したんだ。まあウソは言ってないからな』

 「そうですか……それで奴らはどうしました?」

 『うん、思った通り、奴はあらかじめランドール中尉の不在を承知していて、それを確認したようだった。それから奴らは、下に詳しいものを誰かひとり寄こせと言ってきた……10分以内に返答しなければならない』


 (奴らもヘンプⅢに行こうとしている?)


 「わたしが行きます」霧香は即答した。

 『きみが?しかしきみは下には詳しくないだろう?無茶だ』

 「すぐにボロを出さない程度には予習していますよ。それに真面目に案内役を務めるつもりはないわ。大事なのは奴らをここから引き剥がして救援を呼ぶ余裕を作ることでしょう?」

 『ウム……だが大丈夫かね』

 「ほかに選択の余地はないでしょう」

 「アーティー」ブルックスが背後から口を挟んだ。

 『じいさんか?』

 「わしがこのお嬢ちゃんを連れて行くよ」

 「ブルックスさん……?」

 『そうか、そうしてくれると助かる……特別勤務手当を適用させてもらうよ』

 「決まった。進路に邪魔は入らんだろうな?」

 『気をつけるよ。向こうに返事する。あんたたちが行くと伝えるよ』

 通信が切れた。


 「ブルックスさん……どうして?わたしはひとりで大丈夫なのに」

 「遠慮するな。往復たったの60マイルだ。しかし宇宙遊泳させるわけにもいかんじゃろ?さっさと行くぞ、副操縦席に座りな!」

 「すこし待って、装備が到着してからよ……パイロットは酔っぱらっているし」

 「船にゃ燃料は要らんが、人間様は要るんだよ……ちょうど良い加減じゃ」

 「とにかく届くまで待ってください」

 「なんだ、まだ捜索も諦めてないのかぇ?」

 「当然よ。あいつらだってヘンプⅢに降りるつもりかもしれないわ。後れをとるものですか」

 「気に入った。わしのかみさんそっくりな気の強いお嬢ちゃんじゃ」

霧香は微笑んだ。「それに「お嬢ちゃん」じゃありません」

 「いいからドライブのチェックをせんかい。このボロ船は暖まるのに時間がかかるんじゃ」

 

『あなた、乱暴な態度は失礼よ』霧香の頭上で突然女性の声が響いた。

 霧香はブルックスにいぶかしげな表情を向けた。「どなた?」

 ブルックスは頭を掻いた。「あ~……」

 『こんにちわ、お嬢さん……マリオン・ホワイトラブ少尉。わたしはメアリーベル・ブルックスよ。この船の一等航法士』

 「まあ!奥様……」霧香はあたりを見回した。「ひょっとして……」

 『ええ、20年前にね。電脳人格化したの。それ以来この船のメインフレームに住み込みよ』

 「そうだったのですか……初めまして、奥様」

 『メアリーと呼んでちょうだい、あなたのことはマリオンか、霧香と呼ばせていただくから』

「はい、メアリー」それから霧香はブルックスに言った。「ちゃんと副操縦士がいらっしゃったんですね。安心したわ」

 「ふん、疑っておったんかい」

 『あら、誰が副操縦士なの?腕利きのパイロットはこのわたしよ』

 「だまっとれ」

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