第22話 原住民
再び夜を迎えた。
それといってすることもなく、霧香はテント周辺を歩いて警戒し続けた。
ランドール中尉の大腿部の腫れはほとんど引いて、痣が残っているだけだ。明日には骨折部分が癒着するらしい。それでも無理はさせたくなかったが、どのみち谷から出られなければどうにもならない。
ロボットさえあれば、短波無線が使えるはずだった。
軌道上まで電波が届きさえすればヘンプⅢ上空の人工衛星がどこかに中継してくれる。状況さえ伝えられれば……。
霧香は溜息をついた。
仕事は山積みだ。まだシンシア・コレットを見つけていない。プラネットピースのふたりも連れて帰らなければ。
それに正体不明のメカがいる。正体を暴くことまで霧香に求められているとは思えなかったが、どのみちそうしなければ同じことが繰り返されるかもしれない。
だがそんな義務感よりも、相手の正体を見極めたいという思いのほうがずっと強かった。
好奇心は猫を殺す、と言うがどのみち敵との対面は避けられないような気がした。みんな襲われたのだ。接触しないで済ませるほうが難しいかもしれない。
食料はせいぜい3日分。霧香はある程度切り詰めるとしても、ひどい状態から回復中のランドール中尉に出し惜しみはできない。
かすかなざわめきが聞こえた。
静かだった森の中で不自然な音だった。
霧香はそっとパルスライフルを構え、耳を澄ました。それから足音を忍ばせて野営地まで後退した。
テントは無事だった。ランドール中尉は眠っている。テントの中に顔を突っ込んで彼女に言った。
「ランドール中尉!目を覚ましてください」
彼女は眼を開け、なんだというように顔を向けた。
「なにか気配がしました。ライフルをお願いします」
「了解……ちょっと待って」
ランドールはライフルを霧香に放って寄こし、テントの入口に這いずってきた。
「立たせて……」
霧香はランドールに肩を貸し、なんとか立ち上がらせた。GPDブーツがアシスト機能付きのギブスモードなので何歩か歩行可能だ。
「あまり役に立ちそうもないが、テントの外の木立を背にしていたほうが良い」
ライフルを杖代わりに、霧香の肩に捕まってなんとか十歩ほど歩いた。
ランドールはサボテンの大木にもたれ、慎重に腰を下ろした。それだけで額に汗を滲ませていた。
背後はジャングルの植物が密生していて、悟られずに背後を取られる可能性は低そうだった。とにかく、相手が少なくともイグナト人兵士でもなければ。
「ランタンを消した方がいいですかね?」
「相手が機械なら関係ないでしょう……あたしたちのほうが不便になるだけだ」
「なるほど、それではランタンはそちらに預けます。もし必要なら消してください。わたしのマスクは赤外線に対応しています」
「わかった。あたしはここで待つ。あんたは対面側を。頭上にも注意して」
「了解」
霧香たちは林の中のドームの両端に陣取り、おたがいの背後を見張った。
ふたたびざわざわとなにかの気配を感じた。どうもジャングルの草むらを掻き分けているようだ。
ヘンプⅢにはいないと思っていたが、大型動物だろうか。
まだ遠い。三十ヤードは離れている。
ランドールが霧香に向かって頷いた。やはり気配を感知したのだ。
こんどはもっとはっきりと草むらを掻き分ける音が聞こえた。音の方向もはっきり分かる。
ランドールがその方向に向き、行けというふうに手を振った。霧香は頷き、音を立てずに場所を変えた。野営地から川に向かう方向だ。霧香は静かに進み、手頃なサボテンの隙間に潜りこんで屈んだ。
やがて、意外な姿がジャングルの茂みから現れた。
人間だった。
男性。ぼさぼさの髪。ボロをまとっているが、もとは古くさいデザインのアストロスーツのようだった。
槍のようなものを携えていた。明らかに栄養不足で、痩せていた。しかしどこか南方アジアの血を引いていると判別できる程度にはしっかりした外見だった。ジャングルを彷徨う哀れな遭難者というよりは、未開の地の原住民といった様子だった。
霧香はパルスライフルのセレクターを最弱の麻痺にセットした。
そして木陰から抜け、男の前に立ちはだかった。
あたりを警戒するように見回していた男は霧香の姿に気付き、ぎくりと立ち竦んだ。
「こんにちわ」霧香は
男は霧香をじっと見つめていた。
「こんにちわ……言葉わかる?」英語で繰り返した。
「オマエダレカ」男が妙なイントネーションの英語で言った。
「わたしは霧香=マリオン・ホワイトラブ……タウ・ケティから来ました……」
「ワタシハイプシロンデス……」あまり喋る機会がないのか、警戒感をあらわにしているのに丁寧な言葉遣いが奇妙だった。
「そう……イプシロンさん……あっ待って!」
イプシロンは突然きびすを返し、逃走した。
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