第37話 死闘
ランドールと別れた霧香は03を引き連れ、サリー・ヘラルドのあとを追った。
03も度重なる戦闘で損傷しており、機能低下してセンサーの一部もうまく働かなくなっている。稼働し続けてバッテリーも減る一方だ。それでもかろうじてサリーのあとを追うことはできた。
あの女もそれほど遠くまでは行っていないはずだ。
だが霧香のライフルはエネルギー切れで、代えのジェネトンもない。ドロイドは一度応戦すればエネルギー切れになるだろう。
サリーは集落のほうに向かっているようだった。
霧香は顔をしかめた。サリーの足取りはしっかりしていて、まっすぐに……なんであるにせよ目的に向かってまっすぐ突き進んでいる。
せっかく危険地帯から距離を取ろうとしているのに、あの女は谷に戻ってしまう。おそらくぬかるみに残ったヘンプ人の足跡、あるいは草むらに刻まれた彼らの歩き道を辿っているのだ。
この期に及んでまだお宝を手に入れるつもりなのか。
新しい足跡はふたつ。つまり手下のタンクも生きていたのだ。これで相手はふたりか。
また地震が発生して、霧香は立ち往生した。
激しい揺れだった。台地の一部が崩落して、バランスが崩れたのだろう。谷のむこう側が丸ごと崩落するのは時間の問題と思われた。その谷……と言うより裂け目、は霧香のいる場所から百ヤード北に行ったあたりで、霧香とサリーはその裂け目に沿って徐々に近づいているのだ。追跡なんか投げ出してランドール中尉と合流したかった。
地震はふたたび収まったが、完全ではない。三半規管が混乱しているのではなく、たしかに小刻みな揺れが続いていた。霧香はふたたび歩き始めた。
そう思ったのも束の間、ライフルの音があたりに響き、霧香は身を竦めた。方向が自動的に頭に刻み込まれた。
近い……50ヤードも離れていない。
霧香は腰のナイフを抜いて足早に進んだ。
まもなく倒れている人間を見つけた。やや太り気味の男性……タンクだ。薄汚れあちこち破れた服。仰向けに倒れ、疲れ切って、弛緩した顔……頭は半分吹き飛ばされていた。霧香はなんとか虚空を見上げる眼を閉じさせ、顔を背けた。
背後に気配を感じた。振り返ろうとすると、「動くな」とサリーが言った。
「サリー・ヘラルド……なぜタンクを殺したの?」霧香は背中を向けたまま尋ねた。
「ぐだぐだ泣き言ばかりうるさいからさ!あんたもじきに――」
霧香は素早く振り返りざまナイフを投げつけた。
「うがッ……!」
サリーが苦悶の声を上げ、右肩に突き刺さったナイフを信じられないという顔で見下ろした。それから憎しみに満ちた顔を霧香に向けてライフルの引き金を引いたが、霧香はもう横っ飛びに火線から逸れていた。ライフルを撃った反動でサリーはまた傷みに身悶えた。
「このくそがッ!」
サリーはライフルをレーザーに切り替えめくら撃ちし始めた。
「03!」
ドロイドが弾かれたように動き出し、サリーに襲いかかった。だが人間にたいして強硬手段を取るライアットモードにセットしていなかったため、03は霧香とライフルの射線に割り込み楯になっただけだ……ビームが03の胴体を焼いた。
「マリオン!」頭上で誰かが叫んだ。
サリーはとっさに頭上に向けライフルを撃った。
シンシアの気球がビームの直撃をうけて派手に火花を散らせ、墜落してゆく……だが霧香はそれを目の隅で捕らえただけだった。
サリーとの間を一気に詰め、彼女が霧香に向けてライフルを構え直したときには間合いに潜りこんでいた。片手でライフルの銃身を力任せに押しあげ、足払いをかけた。サリーは地面に叩きつけられたが、ライフルを放さない。霧香は素早く身を引いて、3ヤード離れた。
サリーは倒れたままライフルを霧香に向けて引き金を引いたが、ビームは照射されなかった。
霧香はたったいま抜き取ったライフルのエネルギーパックを、サリーに示した。
サリーは痛みを忘れて素早く立ち上がり、獣じみた怒りの叫びを振り絞りながら霧香に突進してきた。逆手に持ち直したライフルを振り上げて霧香に殴りかかった。霧香は落ち着いて攻撃を回避しつつサリーの様子を見た。だいぶへばっていた。
(低重力で過ごしすぎだ)霧香は見て取った。(なまってる)
「あんた、分かってる?このあたりは崩壊しかけてるのよ……ここはもうすぐ二千ヤード下のガス雲に沈む」
サリーはよろめき、ついで「うっ」と呻いて上体を折った。吐き気を堪えているようだ。ナイフの刺さった肩を押さえている。あんなに動いたら傷口は酷いことになる。脈うつ激痛に苛まれていることだろう。
「宇宙船も沈んでしまう。みんな逃げてる。もうすぐ救助船が降りてくる……」
サリーは力なくその場にへたり込んだ。
「03,彼女を拘束して」
ロボットはサリーの背後に回り込み、前足で両手を背中に回し、足の先から拘束具を繰り出してサリーの両手に掛けた。
「鎮痛剤と精神安定剤のパッチを」
03がサリーの腕にパッチを貼り付けると、サリーはがくりと項垂れた。サリーの肩からナイフを引き抜いて応急処置を施した。処置を終えた霧香は立ち上がり、額の汗を拭った。手のひらに血がべっとり付着していてるのに気付いて顔をしかめた。
「ホワイトラブ少尉」
泥だらけのシンシア・コレットが現れ、霧香はホッとした。
「無事だったのね」
「運良く池に落ちたの。わあ、サリー・ヘラルドを逮捕したんだ」
「うん。これで任務はあらかた終わった」
「ホワイトラブ……え~、マリオンて呼んでもいいかしら?」
「お好きに」
「それじゃわたしはシンシアって呼んでね。便利な乗り物が壊れちゃった。そのロボットワンちゃんに三人乗れるかな?」
「ひとりは歩くしかないようね」
それは霧香の役目になりそうだ……内心溜息をついた。サリーは大柄だし、あとは身長五フィートちょっとのシンシアが乗る余地しか無さそうだった。ヘンプ人たちの集まる場所まで2マイルは離れてしまったに違いない。
「……とにかく帰ろう。03,サリーを運んで……03?」
03は動かなかった。
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