第38話 帰還への道程
ついにバッテリー切れになった機械の相棒をあとに置いて、霧香たちはひたすら歩いた。
霧香はサリーを背中に負ぶっている。
それだけならちょっとした行軍訓練並みではあるが、ろくに飲まず食わず、ひっきりなしに揺れ始めた地面、息が詰まりそうな大気だとかなりきつい。0.8Gとはいえ背中の荷物の慣性は容赦なく霧香をよろめかせ、体力を奪ってゆく。
地面がひときわ小刻みに揺れ始めると、霧香は叫んだ。
「みんな伏せて!」叫びながら彼女も地面に膝をついた。
今度の地震はいままででもっとも大きく、ものすごい雷鳴のような轟音が辺りに響き渡った。背後で不気味な粉塵が立ちのぼっていた。
激しい横揺れがますますひどくなり、これ以上はやめて、と思った頃こんどは縦揺れに変わった。座っていることもできず、霧霞はサリーの身体ごと横に倒れた。
揺れは5分ほども持続し……やがてゆっくりと収まった。
北のほうの空一面が盛大に土煙に覆われていた。不気味なほど近く……1マイルほどに迫っていた。
「いまのはひどかった……」
シンシアが忌々しげに口を手で覆いながら起き上がった。ひどい匂いの粉塵が舞い上がり、あたりが黄色く霞んでいた。
霧香も頭をそろそろともたげた。「……怪我しなかった?」
「わたしは平気。あんたは?」
「右に同じ……」霧香はややふらつきながら立ち上がった。眠っているサリーの身体を担ぎ直した。「重いなあ……」
シンシアに手伝ってもらいサリーを背負い直すと、ふたりは歩き始めた。
「悪いわね~。わたしじゃその女は運べないから」
重い荷物を背負ったまま喋るのはつらいが、気は紛れる。
「気にしないで。あなただってくたびれてるでしょ。よく二週間も無事でいたもんね」
「まあね。慣れればこの匂いも……案外気にならなくなるし」
粉塵が収まり、視界が開けた。
シンシアは名残惜しげに何度もうしろを振り返っている。地面がごっそり崩落した現場を撮影しに行きたいのだ。だがさすがに好奇心より常識が勝ったようだ。
霧香はぽつりとつぶやいた。
「おなか空いた……もう二日間、ろくなもの食べてない」
「そうねえ、帰ったらのんびりお風呂に浸かりながら一杯飲んで…… ベッドで眠りたいわあ」
「それから好きなものをおなか一杯食べて……」
「また寝る。マリオン、あなたのおかげで無事帰還できそうだし、いい画がいっぱい撮れたわ。番組の完成を楽しみにしててね。わたしには分かるの。これはものすごい反響を呼ぶわ!」
「そりゃよかった」霧香は熱の籠もらない声で言った。「まあ、わたしこそ集落では助けてもらったから。それにしてもよく居所が分かったわね」
「うん?そりゃあ……あんたのことずっと撮影してたから……」
「はあ?」
「あの崖縁で別れて以来、あんたをずっと撮影していたの。プレートを渡したでしょ?あれに誘導ビーコンも組み込まれてたの……。だから集落で檻に入れられてたときも、宇宙船を発見したときも撮影され続けてたの」
「なんですって!」
「やっぱ気付いてなかった?おかげであんたカメラ目線がなかったから、とっても臨場感のあるシーンになったわよ」
「ちょっ……全部?ずっと撮影してたっていうの?わたしがどうしてるかずっと分かってたって?」
「まあ……ランドール中尉に知らせなかったのは悪いと思ってるけどさ……あんたすぐに危険が迫ってるようじゃなかったし……宇宙船が武装解除してるか分からなかったんだもん……」
「ドローンがあんたの記録ポッドに反応しなかった時点で分かったでしょうに!」
「そんなに怒らないでよ。あんたもちゃんとクレジットするから」
「けっこうです!」
「え~?イイじゃないの。銀河パトロールマリオン保安官大活躍。異世界の密林に迷い込んだ可憐な保安官に迫る謎のドローン群。その正体やいかに……って」
「お断りだわ!」
「つれないなあ……」シンシアは溜息混じりの笑い声だ。いやらしい響きだった。相手は分からず屋だけどだいじょうぶ、籠絡は時間の問題だという余裕が滲み出ていた。
「絶対に許可しないから。わたしの声も顔もNG」
「なんでそんなに嫌がるかなぁ。あんたスターになれるのよ?メガスター。ふつうそんなチャンス無いと思うけど」
「そんなの任務に支障が出まくりだわよ!言っておくけどわたしはこの仕事が大好きなの。仕事の邪魔したら許さないから」
「真面目なのね……」シンシアは話題を変えた。「あんたいくつ?」
「えっ?ええとじゅ、17よ」
「なにー?あたしより7歳も年下かよ!どう見ても二十歳越えてるじゃないか!」
「余計なお世話よ!」
「まったく年下のくせに生意気な口の利き方……。だいたいそれじゃ銀河パトロールに入隊したばっかりなんじゃないの?よく仕事が大好きとかいえるわね」
「銀河パトロールじゃなくてGPD!」
「どっちでも同じじゃない」
「違うの!」
ふたりとも口をつぐみ、しばし歩き続けた。
シンシアがふたたび喋り始めた。
「ところでさ……」
「なに?」
「地面がほんの少しだけ傾いてるような気がするんだけど、気のせいかな」
「き、気のせいじゃないの……?」
サリーを運ぶので必死だったから気付かなかったが、言われてみるとわずかに下り坂を歩いている感覚だった。サリーたちのほうに向かっていたときはどうだっただろう。あまり起伏を感じていなかった気がする。むしろ集落のほうに行くに従って落ち込んでいたような……。
ふたりはいつしか歩みを早めていた。
体重150ポンドの女を背負って駆け足は容易ではなかった。霧香は歯を食いしばりひたすら足を動かし続けた。あとせいぜい半マイルくらいじゃないか?それだけ走りきればずっと休める。あと少し。
「ちょっとあれ見てよ!」シンシアが叫んだ。
霧香はうなだれていた頭をしぶしぶ持ち上げてシンシアが指さす方向……前方の空の一点を見た。
宇宙船が上昇していた。
降下ではない。どんどん高度を上げている。
「置いてかれちゃった!」
「落ち着いて」霧香は懸命に声を絞り出した。「迎えの宇宙船は一隻だけじゃない。まだ大丈夫……」
とは言えやる気を揺り起こされる眺めとは言いがたい。
額の汗をぬぐった。手の甲を見て舌打ちした。土埃を被ったおかげで泥だらけだ。ひどい格好に違いない。
「マリオン!」
「今度はなに……?」
前方を見ると、ドロイドの頼もしい姿が岩陰から現れたところだった。ようやく騎兵隊到着か!
03だ。そのあとにヘンプ人のドローンたちが続いた。大勢で助けに来てくれたようだ。四角いボディーに触手で這いずり回るドローンの親玉まで一緒だった。
「悪いけど頼む……」霧香はふらつきながらサリーを03の背中に降ろした。
『ホワイトラブ小尉。応答せよ』03の無線からブルックス老の声が聞こえた。
「こちらホワイトラブ!」
『無事か嬢ちゃん。最後のバスに乗り遅れるなよ。ランドール中尉はひと足先に原住民のお客と出発した。わしらもいつまでも待てんぞ。崩落は予想よりひどいようじゃ』
「分かったわ」
霧香たちはドローンに囲まれながら歩みを再開した。
端から見たら妙ちきりんな取り合わせの一団だったろう。半裸の女に場違いなサファリルックの女の子、ドロイド犬とその他雑多なドローン。損傷した04はややびっこを引いていて哀れを誘う。
ホワイトの球体はさきほどから霧香たちの頭上に浮き続けている。シンシアはこの雑多な一行をずっと撮影しているのだ。なんと仕事熱心なことか。
「ミス・ホワイトラブ」
聞き慣れない声で呼ばれ、霧香は辺りを見回した。
ドローンの親玉が四角い胴体の一角に埋め込まれたライトを瞬かせていた。霧香はハッとした。
ドローンを通じて遺伝子伝搬船のメインフレームが語りかけてきているのだ。
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