マリオンGPD 3127
さからいようし
マリオンGPD 3127 鉄の方舟
第1話 お仕事初日
減速フェーズが終わるわずかな振動が船体に走り、貨物船〈コロンブス〉はドッキングプールからの短い旅の終点に近づいていた。
リュールカF-27メインドライブを備えた統制型惑星間貨物船の払い下げという〈コロンブス〉は、船齢半世紀という代物だった。だが古い時代の船らしく船倉のほかに貨客室も備えていて、定期航路が開かれていない辺境に用事のある人間のための足となっていた。
船室のドアをノックする音が聞こえ、つづいて誰かが言った。
「銀河パトロールの姉ちゃん。起きてるか?そろそろだぜ。用意しな」
「用意はできてます!」
霧香=マリオン・ホワイトラブ少尉はドアに向かって言ったが、船員はそれだけ言い捨てて去ったようだった。
霧香は肩をすくめ、狭い船室の床に置いたアルミのアタッシュケースを持ち上げた。
タウ・ケティを出発して、スターブライトラインズの恒星間定期連絡船で四つの星系を経由してこのヘンプ星系に辿り着いた霧香は、惑星間輸送船〈コロンブス〉に乗り換え、第四惑星軌道に位置するゴルディロックスゾーンの端から第三惑星ヘンプⅢまで二四時間……合計七日間の旅程を完了した。
アタッシュケースには最低限の身の回り品を収めているだけだ。
ほかの荷物はタウ・ケティを出港したときから船倉に収められ、ヘンプⅢの衛星軌道で公共ターミナル・ステーションに陸揚げされるまでそのままだ。
オンタリオステーションは惑星ヘンプⅢとその小さな衛星のラグランジュポイントに位置している。直径千フィートの回転するドーナツ構造体と格子状の桟橋、恒星シルヴァーライトの光を受ける太陽電池パネルで構成されていた。
常駐している人間は一千人に満たない。コロンブスが運んできた貨物はオンタリオステーションの人員の生活必需品がほとんどだ。
およそ200年前、29世紀に探査開始されたヘンプ星系には、テラフォーミングされた植民惑星が存在しない。
地球型惑星を作るためのベースとなる程良いサイズの星が存在せず、テラフォームに適切なゴルディロックス・ゾーンには第三惑星ヘンプⅢとアステロイドベルトが居座っていた。
ヘンプⅢは赤道直径7150マイル。表面重力は0.82G。自転周期は21.30時間。
濃密なガスの大気に覆われた地表の半分は組成の偏った原始スープのような海だ。手頃な大きさの衛星による潮位の変化がある。
それだけ条件が揃っていれば植民地としては理想的のようだが、ひとつだけ問題があった。ヘンプⅢの全域にはすでに、独自に発生進化した動植物相が繁栄していたのである。
進化レベルは四億年前の地球と同等と見なされていた。そのような惑星を人類が蹂躙するわけにはいかない……。
人類、
少々気の長い話のようだが、たいへん立派な志ではある。
だが人類に神の真似ができるだろうか?
これはネットワークフォーラムでもたびたび議論の的になる興味深い疑問だった。
たとえばダイナソアキラーのような巨大隕石がヘンプⅢに衝突することになったとしたら、たとえ動植物相の99.99%が壊滅するとしても、人類はそれを看過するだけで済ませられるのか?それともヘンプⅢの原生生物を護るために隕石の進路を逸らせるのか?
当然前者であるべきだと科学者はいう。地球の例を見たまえ。ドードー鳥やアラスカオオカミ。アステカ文明。アメリカ先住民。オーストラリアの雄大な自然はどれだけ台無しになった?人間と関わった時点でヘンプⅢの未来は閉ざされたのだ。たとえわれわれにコンキスタドーレのような征服の意図がなくとも、社会力学的に証明されているではないか。
それでも霧香は密かに、後者であってほしいと願っていた。
ヘンプⅢは高密度のアステロイドベルトに包まれている。それら隕石の軌道はスペースガードのロボット調査船によっていまだ解析中だが、そのひとつがヘンプⅢを直撃する確率は地球よりずっと高かった。事実すでにヘンプⅢはかなり大規模な隕石衝突を一度経験している。まだ真新しい……ざっと二百万年前に直撃した巨大クレーターの痕跡はまだ風化しておらず、軌道上から見えるのだ。
とはいえその科学者たちは、隕石だけが問題なのではないと即座に指摘するだろう。惑星の平均気温が三℃上下するだけで環境は激変して、地表で凍り付いていたメタンが溶けて大気が有毒化し、種の大量絶滅を招く。
氷河期が訪れ、あるいは温室効果で金星なみに酸化地獄になってしまうかもしれない。
人間のお節介はそれを早めるだけ……神の気まぐれなサイコロ遊びの勝率をほんの少し不利にするだけで、ヘンプⅢの生命体にとって福音となることは絶対にない。
おいちょっと待て、地球上の生命体、とくに人類が自然発生だけで発展したとどうして言い切れるんだ?
こうして議論は堂々巡りする。
〈コロンブス〉がのんびりステーションとドッキングして桟橋に係留されると、霧香を含むわずかな乗客たちはエアロックをくぐり、オンタリオステーションのメインフレームまで短いリフトを下った。
(さあ仕事場に到着したぞ)
GPD保安官霧香=マリオン・ホワイトラブ少尉にとって任官後初の実践任務……その仕事場に着いたのだ。
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