第31話 虜囚
やがて霧香は彼らの集落に連行された。
広い円形広場を横切り、まっすぐ粗末な小屋に連れて行かれた。地面に突き立てた柵と葦葺きの屋根の牢獄だった。
霧香はその牢獄に押し込まれた。動物用の檻ではないはずだから、たぶん懲罰房だろう。
小屋の地面の一部は竹を組んだ床で、その下に水が流れているのが見えた。川から導いた水流が村を取り巻いているらしい。おそらく、簡易な下水施設だ。
柵のあいだから広場を眺めた。
ヘンプ人たちは霧香を閉じ込めると、リーダーらしき男に急かされて各々の家に向かった。時間は正午をだいぶ回ったところだが、まだ日暮れには何時間かある。
広場の一角では鶏が何羽か飼われていた。
動物性タンパクの問題はあれで解決していると思いたかった。
霧香はシンシアから受け取ったデータプレートの内容をタコムにすべてコピーした。データ量はたいしたことない。ホロ画面に呼び出すと、十六進法のコードが何列も並んでいた。このどれかがキーかも知れない。
やがてかれらがなぜ家の中に引っ込んだのか分かった。機械の一団がどこからともなく現れ、霧香のほうに近づいてきたのだ。
大きいのは蛇のようにのたうつ食肢で移動する大きな箱のようなドローンだ。箱の直径は4フィートほど。重い探査装置を備えているのだろう。飛行能力はないようだ。ヘンプ人でなくてもちょっと恐ろしい姿だった。
小さな紡錘形のドローンの一団がまわりに浮いていた。飛行体たちは騒々しく、よく見ると回転ファンを備えた可変翼で浮いているらしい。古い技術だ。
やや高いところで浮いている大型の飛行ドローンは胴体の下に旋回砲身を備えていた。たぶん炸薬式の、少なくとも0.5インチ口径の機関砲だ。やはり原始的だが単純な構造なので採用されたのだろう。当たれば装甲のない機械は粉砕される。人間なら即死する威力だ。
親玉ドローンは霧香の牢獄に箱を張り付かせそうなところまで接近して停止した。霧香は三歩ほど後ずさっていた。間近に迫るとドローンは7フィート近い巨体だ。そいつはさっそく箱の中に詰まった計測装置を展開しはじめた。扉が開き、センサープローブが伸び上がる。その先端にはカメラのレンズが埋め込まれていて、じっと霧香に眼を据えていた。
プローブの一本がバチバチ音を立てて、霧香は静電気で産毛が逆立つのを感じた。どうやらスタンガンを試したらしいが、霧香のコスモストリングはその程度は防いでしまう。
だがそれは同時にプローブを操るマザーを警戒させてしまうだろう……
「痛ッ!」二の腕にちくりと痛みを感じて振り返ると、背後の壁に小型のプローブが食指を巻き付けて張り付いていた。そいつが食肢の一本を伸ばして霧香を刺したようだ。
身体にじんわりと痺れが広がり、霧香はよろめいた。
(麻酔かなにか……)足から力が抜けてがくりと膝をついた。
『動かず、じっとしていてください』滑らかな発音の女性の声が響いた。
霧香が両手をついて項垂れていると、さらに声がいった。
『横になったほうが楽ですよ』
(そうね……)霧香は喋るのも億劫なほど倦怠感に苛まれ、力なく横たわった。
『あなたは妙なフィールドに保護されています。一時的にその保護を解除して頂けませんか?』
「……」霧香はなんとか腕を動かして首のコスモストリング解除ボタンに触れた。身体じゅうの黒い模様が素肌を滑って腰のポーチに収まり、霧香はブーツ以外全裸になった。タコムも腕から外して検分させた。
『よろしい。あなたの血液その他サンプルを採取します』
霧香はその場に伏せたまま、機械たちが身体を探るままに任せていた。
プローブたちはヘンプ人にもときどき同じことをするのかも知れない。病気の有無を調べたり身体測定のためだ。
だれだって医者は好きではない。家の中に引き込んでしまうのも頷ける。とにかくいまのところ解剖したりするつもりはないようだ。
尋問が始まった。
『あなたはどこから来たのですか?』
「タウ……ケティ……」
『データがありません。それはクジラ座星域の恒星の名前ですか?』
「イエス」
『あなたはいかなる国家、組織団体に属しているのですか?』
「わたしはノイタニス出身で……いまはタウ・ケティマイナーの市民。国連GPDに所属している……」
『国際連盟とはなんですか?』
「旧国際連合は23世紀に消滅した……いまは、それに変わって国際連盟が発足している……」
『それは地球の話ですか?』
「イエス」
『地球は消滅しましたか?』
「ノー」
『あなたの装飾具には大容量のデジタル記憶装置が納められています。それにアクセスする方法を教えなさい』
「そのデータベースは、 わたしのコマンドしか受けつけない。無理にアクセスすれば自壊する」
『わたしはそのデータを閲覧しなければならない』
「……わたしの腕に付け直しなさい……そうすればなんでも聞き出せるようにしてあげるから……」
何度も同じ質問を聞かれた。話の矛盾点を探し出す尋問の基本だ。
彼らの中枢システムは古い。それに恒星間航行と惑星探査、生物繁殖を主任務とするプログラムの集合体で、部外者を尋問するようなエキスパートシステムを搭載しているとは考えられない。それで知恵を絞り、地道に霧香の話に矛盾があるかどうか探っているのだろう。
得体の知れないものはただちに排除、という結論に飛びつかないのは助かったが……まだ予断は許されない。彼らはレーザー砲を含む防衛システムを備え侵入者を迎撃した。やがてその矛先を霧香に向けよう、という結論に達するかも知れない。
その前に霧香の目的を探ろうとしているのだろうが、防衛システムとせめぎ合いをしているのかも知れなかった。
尋問のあいだに霧香の体は麻痺から回復しかけていたが、小型プローブが背中にのしかかって食指を身体に巻き付け、首筋になにか尖ったものを押しつけていた。へたに動けばまた麻酔薬を食らうことになりそうだ。
いずれにせよ霧香は暴れる予定はなく、できるだけ機械たちに協力するつもりだった。
何度目かの説得ののち、プログラムは霧香を通じてデータを受け取ることに同意した。かれらとしては判断を下すためのパラメーターが不足しているから、妥協したのだろう。どのみちプローブのインターフェースも古く、霧香の携帯端末にダイレクトアクセスすることはできないようだ。
それでも霧香の指示でデータを視覚的に転送コピーすることはできた。
あとは彼らのメインフレームがデータを有意味信号に変換できれば、いろいろ知ることが出来るだろう……データの中にはあのコードも含まれている。
かれらがメインフレームにそのコードを読み込んでくれることを祈った。
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