第4話 ブルックス
リムのメインストリートは薄暗くなっており、店の看板が灯り始めていた。
仕事を終えた男女が通りに溢れていた。本日最初の一杯にありつくべく店を物色しているのか、なにかもっと変わった刺激を求めているのか。
運送会社が軒を連ねる裏通りのほうをしばらく歩き回り、オフィスに残っている社員に声をかけた。
最初の二軒で、宇宙船はすべて一ヶ月先まで予定が詰まっているという返事を受けた。ヘンプⅢに行きたいのだと告げると、のらりくらりと理由を並べられてリースには応じられないと回答された。
レストランでひとりわびしく夕食を取った。
レストランホールからとぼとぼ歩いて出ると、ちょうど同時に隣り合った店からおぼつかない足取りで出てきた男性が転びかけ、霧香の肩にぶつかった。
「おっと!大丈夫?」
霧香はとっさに男性の肩を支えた。年配者なのはすぐ見て取れたので心不全でも起こしたのかと思った。それくらい危なっかしい足取りだった。
「うん?こりゃ失敬」
男性はふらつきながらもなんとか立っていた。真っ白な髭面の老人だった。古風な紺のフライトジャケットにポケットのたくさん付いたズボン姿だ。
青年だった頃には2メートル超えていたであろう背丈が今は背中が曲がって、やたらひょろ長い腕をだらしなくブラブラさせている。やっと支えている感じで傾いた頭を霧香に向け、目をすがめて見つめた。
「あんた……この辺の人じゃねえな?」
「おじいさん、酔ってるの?」
「今日は暇だったでな」緩慢な動きで腹をポンと叩いた。「ちと飲み過ぎたわい」
霧香は老人のジャケットの胸と肩に貼ってあるワッペンを見た。ロケットを図式化したワッペンに「ブルックス・デリバティブ&ツアー・カンパニー」と書かれていた。
「あら、おじいさん宇宙輸送会社の人?」
「パイロット……わしゃ、パイロットじゃ」老人は霧香の肩を押しのけるようにして歩き出した。
「あ、ちょっと待って!」思いのほかしっかりした足取りで歩き去る背中に呼びかけたが、相手は振り返らなかった。
霧香はあとを追った。
「ねえ、ちょっと待ってよ。宇宙船とパイロットを捜してるの。心当たりある?」
「あん?」老人は胡散臭そうに霧香をちらりと見たが、止まらない。
「宇宙船よ!チャーターしたいの……」
「また惑星に降りたいっていう与太者じゃろうが、ほかを当たっとくれ。当局にばれたら免停食らっちまう」
「おじいさんを雇うとは言ってないでしょ。誰か紹介してよ」
「ブルックス!」
「は?」
「ラリィ・ブルックス、わしの名前じゃ。じいさん呼ばわりはよさんかい、孫に呼びかけられてるようでむず痒いんじゃ」
「あら、ごめんなさい……わたしはホワイトラブ、GPD……つまり、えー」わかりやすい俗称だが使いたくないほうを付け足した。「――銀河パトロール保安官」
ブルックス老人は立ち止まって霧香を振り返った。
霧香の経験では、「銀河パトロール」と自己紹介された人々の反応は二種類に大別される。「へえ!?」と珍妙な生き物を見るように目を輝かせるか、露骨に顔をしかめるかのどちらかだ。
ブルックスは後者だった。
「今日は輝かしき日じゃ……。生まれて初めてお巡りに謝られた。しかも女の子ときた」嬉しくもない口調で言い捨て、ふたたびのっそり歩き出した。
「あ、待ってよ。宇宙船だけでもいいの。誰か紹介してくれたらもううるさく付きまとわないから……ねえ待ってったら!」
2ブロックほども老人のあとをついて回ったが、ブルックスは立ち止まらず、ハブに昇るエレベーターのドアまで歩き続けた>
霧香はピンと来た。彼は港に向かおうとしているのだ。宇宙船かパイロットが居るに違いない。ゴンドラが降りてくると、霧香はブルックスのあとについてエレベーターに乗り込んだ。
ブルックスは横目で霧香を睨んだが、なにも言わない。
300フィート上の中央ブロックまで上昇すると、人工重力は働いておらず、自由落下状態が維持されている。ブルックスは背中の重荷から解放されたように背筋を伸ばして床を蹴り、エレベーターのドアの縁に手を付いて軽やかに方向を代えた。
リムと違い、無重力専用の円筒状通路が連なるハブの内部は、宇宙船の中と変わらない。
回転するステーションと港を繋ぐクラッチドラムを越え、木の枝のように分岐する迷路のような桟橋を進んだ。リニアパレットを待つでもなく壁の吊り輪を伝って器用に進んでゆく。
「あんた、迷子になっちまうぞ」ようやくブルックスが口を開いた。
「ご心配なく、ブルックスさん」
「ふん……ニコニコ笑っておる!」
「会社は桟橋のほうにあるんですか?」
「オフィス兼住居がな。帰って飲み直しじゃ」
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