第5話 船を捜して
霧香が到着時に降りたドッキングポートはオンタリオステーションを挟んで反対側に位置している。
ブルックス老人に付いて向かったこちら側はいわば、
リニアチューブの往来の邪魔にならない場所には雑多なカーゴケースやがらくたが折り重なり、いちどなど鉢植えの植物が並ぶ棚……というか無重力でカオス的に増殖するもとは花壇だったなにか……を見た。
環境調整などろくに考慮されていない通路には生活臭が染みついていた。
通路自体も無計画に拡張され、その都度場当たり的な生命維持装置を設置したのだろう。
信じがたいことだが、このステーションが作られた1世紀で23世帯の家族、120人あまりがが三代にわたって生活していたのだ。
ここはもともと恒星間大戦用の前哨基地だった。ところが戦略ルートから外れていたヘンプ星系に、ワープ艦隊はせいぜい10年に一度訪れただけ……
そして17年前、突如スターブライトラインズの船が現れ、住民は終戦……人類の無条件降伏による敗戦を知らされた。
多くの植民地で同じことが起こった。霧霞の故郷、ノイタニス星系も同様だった。
「このあたりは年季が入ってるわね。たしかオンタリオステーションが建造されて一世紀でしたっけ?」
ブルックスが思いがけず笑い声を上げた。咳き込むような嘲笑混じりの笑いだった。
「へっ、年季が入っとるか……こんなところでも人間は育つもんじゃ」ふたたび呂律が怪しくなっていた。
「昼のあいだじゅうリムで飲み続けていたの?」
「フルGのほうが気持ちよく酔いが回るでな」
なるほど、医学的根拠はともかくこちらも年季の入った酔いどれらしい意見だ。
彼が向かった先は自宅やオフィスではなく、気密円筒モジュールにバーカウンターを一列作り付けただけの穴蔵のようなパブだった。
床は汚れがこびり付いた金網に過ぎず、その下に詰まったライフサポート機器の配管が覗いていた。ベルクロで太腿を固定するバースツールがわざわざ備え付けられている。
隔壁一枚隔てた向こう側は真空だ。
やっぱり飲むのか……霧香は内心溜息をついた。
故郷の街でも常習的なアルコール愛好者を何人か見かけているが、果てしなく酒を飲み続ける点は皆同じだった。留めさせようとしたり文句を言っても本人は意に介さず、むしろ逆効果だった。
「ラリィ、もうできあがってんのか」
バーテンが呆れたように声をかけた。ブルックスは答えず、ひとこと告げた。
「ジン」
「あいよ」バーテンは渋々台拭きで手を拭い、背後のハニカム構造の棚に並ぶボトルの一本を抜き取った。
「ブルックス、火には気ィつけなよ!たちまち燃えちまうぞ」
「いい具合に干涸らびてるから良く燃えそうだしな」
店の常連客がはやし立てたが、ブルックスは面倒くさそうに片手を振っただけだ。いつもの会話なのだろう。
「お嬢ちゃんは?なんか飲むのか?」バーテンはブルックスのうしろに立つ霧香に言った。
「わたしはGPDです。宇宙船を捜しているの」
「へえ?そうかい」
「そうじゃ、みんな聞け、この嬢ちゃんは宇宙船をチャーターしたいんだと」ブルックスは店内に声を張り上げた。カウンターに腰掛けていた何人かが顔を向けた。
「チャーター?」
「ヘンプⅢに行きたいんだと」
「またか」店内にいた連中からやるせない溜息が一斉にもれた。
「ブルックス、あんたちょうど空いてるだろ?行ってやりゃいい」
そうだそうだ、と居合わせた客が笑ってはやし立てた。ブルックスはうるさそうに手を振って一蹴した。
「お嬢ちゃんGPDって言ったか?マジで言ってんのか?」
「お嬢ちゃんてのは勘弁してよ」
「ジェシカと友達か?」奥の暗がりからべつの誰かが尋ねた。
「ランドール中尉を捜索したいんです。そのために宇宙船をチャーターしたいのよ!」
「まだ戻ってねえのか……」
帽子を被った30がらみの男が呟いた。
口ぶりからしてランドール中尉と知り合いなのかもしれない。霧香は期待を込めてパブを見渡したが、みなスツールに根を生やしたように動かない。名乗りを上げるものはいなかった。
「なにも降下してくれと頼んでないのよ。衛星軌道まで行ってくれれば、あとはわたしは勝手に降下する。なんで誰も行ってくれないの?」
「あんた分かってねえな。あの星に行きたがるやつは毎年何人も現れる。たいがい帰ってこねぇんだ。むかしは誰か死にたがりが遭難するたびに捜索したが、こっちも人員は限られてるんだし、キリがねえ。だいいち死体を捜しても見つからねぇ……。うえの大先生方は知らんぷりしていらっしゃるようだが、あそこにゃ何かいるんだ」
「なにが?怪物?」
男は顔をしかめてそっぽを向いた。
「マジで言ってんだぜお嬢ちゃん、低軌道に降りたとたん電子機器がいかれた宇宙船だってあるんだ。やばいんだよ」
「そうだ、これ以上の機材損失はヤバいんだ。客が急増して俺たちゃ資源衛星からCHNO運搬で一杯いっぱいなのさ。飢え死にしたくねえから」
「そう、分かりました。むざむざ死ぬ人間のために船を出したくないと」
「ま、そういうこった」男はチューブをかざすと、琥珀色の中身をすすった。
「それじゃ他を当たるわよ」
「あんた本当に分かってるのか?」
「わたしどうしても行かなきゃならないの」
「意地っ張りな姉ちゃんだ……。じいさん、あんたが連れ込んだんだ、とっとと連れて出てってくれ。酔いが醒めちまう」
「ああ?うむ……」
ブルックスは憤然と店内を睨む霧香に顔を倒し、店から出るよう合図した。
霧香はスツールに手を付いてきびすを返し、通路に漂い出た。酒瓶の入った紙袋を抱えてブルックスが続いた。
「さっお嬢ちゃん、分かったならもう帰れ」
「ホワイトラブ。マリオン・ホワイトラブよ」
「ホワイトラブ、ここの誰も、その綺麗なおけつがモンスターに囓られるのを見過ごしたくないんじゃ。諦めな」
「おしりを誉めてくれてありがと!」
ブルックスは鼻を鳴らして隔壁を蹴った。「ひよっこのくせに減らず口は達者」だとかなんとかブツブツこぼしている。霧香はあとにくっついて行った。
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