第16話

 翌朝、僕は麻里の甲高い声で起こされた。

「ねえ、お兄ちゃん、起きてよ!」

「なんだよ、朝っぱらから」

「私のプレゼントよ。見て、とっても素敵なの。ほら!」

 麻里はそう言って、さっそく作ったビーズのネックレスを見せた。

「良かったじゃない」

 まだ寝足りない僕は、どんな顔で言ったのだろう? 麻里はちょっと怒ったように、

「何よ!」

 と言って、一階へ下りて行った。下からまた、麻里の声が響いてきた。よっぽど嬉しかったに違いない。父さんと母さんにプレゼントを見せているのだ。

「僕が持ってきたんだ。見せてくれなくても知ってたさ」

 あまりの眠たさに、もう一度寝ようと寝返りを打った。そのとき、頭に何かがぶつかった。

「いたっ。なんだ?」

 ベットの上に、硬いものなんて置いたりしていないのに。目をこすって、何に頭をぶつけたのか確かめた。

「これって、プレゼント?」

 赤い包装紙に包まれ、白いリボンが結ばれた四角い箱。どう見たって、クリスマスプレゼントに違いない。でも誰が? 最近はクリスマスに母さんから図書券をもらっていた。プレゼントのリボンに、カードが添えられている。開けてみると、英語でメリークリスマスと書かれ、その下には、日本語で『ありがとう』と書いてあった。

「まさか、サンタさんから?」

 開けてみると、青い首輪についた鈴が二つ入っていた。

「ピットの鈴だ」

 僕が中央公園で見つけたトナカイがつけていたものだ。これは、今の僕にとって、一番の贈り物だった。僕らの体験したことが、幻想ではないことの証明であり、目に見える思い出でもある。

「サンタさんありがとう。最高の贈り物だよ」

 僕の声は届くわけもないだろう。今頃は寒い北の国にいるはずだから。

「お兄ちゃん、聞こえなかったの? 朝ごはんだから下りて来てよ」

 麻里が階段を駆け上がりながら叫ぶ。

「分かったよ。今行く」

「ほんと、これで来年、中学だなんて、信じられないわ」

 麻里は母さんの口癖をすぐまねするが、僕はそれを笑ってやり過ごすことにしている。

「あら、サンタさんからのプレゼント、お兄ちゃんにも届いたの? よかったね」

 そう言って、箱の中を覗き込んだ。

「鈴? 変わってるわね。そんなもの頼んじゃったの?」

 僕にとって、ビーズのアクセサリーが『そんなもの』と思えるが、麻里にとっては、サンタのトナカイの鈴が『そんなもの』になるのだろう。


 朝食を済ませると、自転車にまたがり、山田の家に向かった、彼も何かプレゼントをもらっただろうか?

「おはよう。いい天気だね」

 朝の弱い山田が、今日は顔色も良かった。

「あのさ、サンタさんから何かもらえたかい?」

 山田はそう言って、僕の持っている箱に目をやった。

「うん。まあね」

「そうか、よかった。僕だけもらったんだったら、言えないなあと思っていたんだ。それで、何をもらったのさ」

「鈴だよ、ピットの」

 箱から青い首輪と鈴を取り出して、見せてやると、

「ステキな贈り物だね。僕のも見る?」

 そう言って、後ろ手に持っていた箱を僕に見えるようにして開けた。中にはメッセージカードと一緒に、不思議なものが入っていた。透明なカプセルの中に光る小さな粒が浮遊している。

「これは一体何?」

「分からない? 僕の光の龍がはじけてできた光の粒さ」

「最高のプレゼントだね」

 僕ら二人は、その光の粒に見入っていた。そこへ、元気な声が飛び込んできた。

「なんだ、お前らそこにいたのかよ」

 もちろん、そう言ったのは内野だ。彼は自転車にまたがり、その後ろには台車に乗せたそりを引いている。

「どうしたのさ、そのソリ」

「見ての通り、サンタさんのソリだ。立派だろう」

 それは確か大破してしまったはず。

「ここにメッセージカードがある」

 カードにはこう書かれていた。

『君たちのおかげで、楽しいクリスマスになったよ。わしの壊れたそりが、元通りになった。しかし、わしには君たちから贈られたステキなソリがある。これは君たちにもらってほしい。友情の証に……。最後に、このソリが元通りになったのもまた、クリスマスマジックだよ。奇跡を起こすのは、いつでも、どこでも君たちのような子供たち。わしに元気をくれてありがとう。ではごきげんよう』

「カードが、枕元に置いてあって、ソリは俺んちの車庫にあったんだ。こんなでかいプレゼントなんて、ベッドには置けないからな」

「僕らはサンタさんから、とっても素敵なプレゼントをもらったね」

「そのソリ、どこへ持って行くの?」

「もちろん、第二秘密基地だ。母さんがさ、こんなもの置くとこなんてないって言うんだ」

「僕らの秘密基地に置いておけばいいよ。この価値が分かるのは僕ら三人だけだもの」

「そうだな」

 秘密基地に向かう途中、後ろからすごい勢いで自転車が迫って来た。危うくぶつかるところだった。

「あっぶねーじゃないか!」

 内野が怒鳴ったその相手は、高塚茂。

「わりー。オレのチャリは豪速でさ。お前らみたいにチンタラ走ってらんねーの」

「いい自転車だね、高塚。それどうしたのさ」

 僕は誰からのプレゼントか知っている。だが、彼がなんと答えるか興味があった。

「それがさ、よくわかんねーの。おやじもおふくろも、自分じゃないって言うんだ。それで、サンタが持って来たんだろうってことになったんだ。ありえなくねー? でもまあ、オレはチャリが欲しかったから、誰がくれたかなんてどうでもいい。今から、こいつを自慢して回るんだ。じゃあな」

「なんだよ、あいつ」

 内野は勝手なことを言っている高塚に腹を立てているようだ。僕も高塚は好きじゃないし、サンタさんに感謝の気持ちを持ってもらいたかった。

「まあいいじゃない。今日は機嫌もいいみたいだし。クリスマスなんだから、大目に見てやろう」

 山田は穏やかな性格だから、高塚のことが許せるのだろう。


 四丁目に入ると、前から剛士つよしが歩いて来た。プレゼントの子犬を連れている。

「よう。三人そろって、どこ行くのさ? ま、どうでもいいけど。見ろよ、おれのかわいい弟を」

 剛士はそう言って、子犬を抱き上げ、頬ずりをした。

「本当にかわいいね。その子犬、どうしたの?」

 山田が聞くと、

「決まってんじゃん。今日が何の日か知らないのか? クリスマスなんだぜ。プレゼントだよ。サンタからのな」

 じゃあなと言って、剛士は子犬の散歩を続けた。手にはきちんとビニール袋とシャベルを持っていた。飼い主のマナーも心得ているようだ。

「あいつに、あんな一面があったんだな。知らなかったぜ」

「いいことだよ。ただの暴れん坊じゃないってことだね」

「でも、なんだか変な感じだね。暴れん坊の二人が、あんなに穏やかだなんて」

 僕がそう言うと、

「クリスマスだからね。彼らにも魔法がかかったんだよ」

 山田らしい発想だ。魔法がかかるなんて、メルヘンだな。

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