第11話

「ねえ、そろそろ中に入らない? 僕もう寒くて凍えそうだよ」

 一番寒さに弱いのは山田だ。彼は身体を縮こませて足踏みをしている。

 小屋の中は、ドアを開けていたせいでかなり冷え込んでいた。ペンキの匂いもまだ残っているが、この寒さには耐えられず、閉めることにした。

「本当に寒いね。僕さ、水筒にお湯を入れてきたんだ。これを飲もうと思ってね」

 山田がリュックから取り出した者は、お湯の入った水筒と、ココアの瓶だった。

「山田、気が利くじゃないか」

 彼は基地に集まる時は必ずと言っていいほど、食料を持ち込む。そういう役割というわけでもないが、僕と内野もそれを期待している。彼の家は僕と違ってリッチなのだ。父親は大手の製薬会社の研究員なのだとか。内野の家も父親が小さいながらも運送業を営んでいる。僕の父さんは、地元の工場の工員で、やっと主任になったところだ。そんな、家庭の事情など、ここでは問題ではない。とにかく、僕のこづかいでは、一ヶ月も持たないのだ。

 山田は紙コップにココアの粉を入れながら、

「飲むよね?」

 と聞いた。コップは四つ用意したが、サンタは首を振った。

「ありがとう。しかし、わしは飲まないのじゃ」

「ココア好きじゃないの?」

 サンタはまた首を振って、

「わしは何も飲まないし、何も食べないのじゃ」

 と言った。

「それじゃ、お腹が空くでしょ?」

「お腹も空かないのじゃよ」

 山田の困惑した顔を見ながら、サンタはそう言ってにっこりとほほえんだ。

「うそだろ? ……」

 内野はその後の言葉を飲み込んだ。きっと、人間じゃないと言おうとしたに違いない。確かに、サンタは普通の人ではない。内野もサンタが特別な存在だと気が付いたのだろう。

「じゃ、三人で飲んじゃうよ」

 山田はそう言って三人分のココアを作った。

「お湯は熱いから気を付けてね」

 僕はその忠告に従ったわけではないが、猫舌で少し冷めるのを待った。内野は熱いココアをゆっくりと飲んでいる。

「あったまるなぁ。やっぱり冬はココアに限る」

 さすがに内野もコーヒーよりもお子様向けのココアの方が好きらしい。

 サンタはココアを飲む僕らを、目を細めて見つめた。それはとても優しい眼差しだった。ココアは美味しかったが、やはり、ペンキの匂いが鼻をつく。


「さて、次は金と銀を塗ろう」

 ソリは見る見るうちに立派になった。ニスを塗り終わると、山田が持ってきたキラキラ飾りをつけた。

「すごい! 僕らでこんな素敵なソリを作っちゃうなんて」

 山田はいたく感動したらしい。僕も思った以上の出来に満足だった。

「サンタさんに気に入ってもらえらだろうか?」 内野がそう言ってサンタを振り返ると、

「もちろんじゃ。こんな立派で、心のこもったソリを作ってもらったのは初めてじゃ。ありがとう。とっても嬉しいよ」

 サンタはそう言って僕らを抱きしめた。外国の人は喜びや感謝を表すとき、ハグするのが習慣なのだろうが、日本人の僕らは、慣れていないし、ちょっと恥ずかしかった。

「わかったよ、サンタさん。喜んでもらえて俺も嬉しいけど、ハグはそれぐらいでいいだろう?」

 内野もこれには、まいったらしい。


「ねえ、サンタさん。今夜はこれで飛べるね。子供たちの声を聞かなきゃならないんでしょ?」

 僕がそう言うと、サンタは何か思いついたように、ポンと僕の肩に手を置いて言った。

「そうじゃ、君たちも一緒にどうかね?」

「僕らもソリに乗せてくれるの?」

「もちろんじゃ」

 そう言うわけで、その日の夜、基地へ集合することになった。何とか親には理由をつけ、出かける許可を取り付けた。

 基地へ着くとそこは真っ暗で、風はそれほど吹いてはいなかったが、空気はピーンと張りつめて冷たかった。しばらくして山田がやって来た。

「やあ、内野は?」

 山田は高そうなダウンジャケットに耳まで隠れるニット帽をかぶり、マフラーをして、皮手袋をはめている。完全に防寒してきたようだ。僕のジャンパーよりあったかそうだ。

「内野はまだだよ」

 僕らがそんな会話をしていると、サンタが小屋から、トナカイにソリを引かせてきた。

「来てくれたね。おや? 一人足らん」

 サンタがそう言った時、

「おーい。置いてかないでくれよ」

 内野は何を思ったのか、サンタの衣装を身に着けて登場。もちろん、白い袋も背負っている。

「ぷっ。どうしたのさ、その恰好?」

 僕は思わず、吹き出して言った。

「何言ってんの。俺らサンタのソリに乗るんだぜ。サンタのソリにはサンタだ乗る。決まってんじゃん」

 内野は僕らを見て、さもおかしいとでも言うように、

「お前らこそ、普通の恰好で来るとはな」

 と言った。

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