第10話

「ただいま」

 家に入ると、暖房がきいていて暖かかった。

「賢ちゃん、外は寒かったでしょ? ほんと子供って寒さに強いのねぇ」

 母さんはそう言って、キッチンから食事を運んできた。この暖かい部屋の中でも、レッグウォーマーと毛糸の靴下を履いている。父さんはリビングのソファーで新聞を読んでいた。半分眠っているようだ。コックリコックリとしている。

「お兄ちゃん、手を洗ってきなさい。うがいもするのよ」

 こんな、母親みたいな言い方をしているのは三つ年下の妹、麻里だ。

「分かってるよ」

「お兄ちゃんったら、いつもそう。言われる前にやらなきゃだめなんだから」

 僕は、はいはいと返事をして洗面所へ逃げた。最近では、母さんよりも口うるさい。父さんの気持ちがよく分かる。洗面所でゴロゴロうがいをしていても、まだ小言が聞こえる。それを父さんが、まあいいじゃないかとなだめている。


「行ってきます」

 昼食が済むと、さっそく出かけた。彫刻刀も忘れずに持って。

「賢ちゃんまた行くの?」

 僕は母さんの言葉を背に受けて飛び出した。早くソリを完成させたかったからだ。基地に着くと二人はまだ来ていなかった。

「サンタさん、おまたせ。あっ、サンタさん、ご飯食べてないよね? 何か買ってこようか?」

「いやいや、わしは食べる必要はないのだよ。心配してくれてありがとう」

「サンタさんは、その……。人じゃないってことなの?」

「まあ、そうなじゃな。わしは君たちとは違う。食べる事も飲むこともしない。それでもこうして存在している。生きていると言えば生きている。死んでいると言えば死んでいる。君たちの尺度ではわしを測ることはできないのだよ」

 サンタの言っていることは、難しすぎてよく分からなかったが、要するに妖精みたいなものだろう。


 僕はさっそく作業に取り掛かり、ソリの完成を急いだ。今日が十二月二十三日で、明日にはプレゼントを配らなくちゃならないから。

「ほう。得意というだけあって、上手いものじゃな」

 サンタは、僕の作業を興味深く見つめていた。

「おっ、やってるねぇ。気合入ってるじゃないか」

 そう言って入って来たのは内野。それに続いて山田が入って来た。

「さすが吉田。期待通りだよ。もうすぐできそうだね」

 山田が言った。けれど、僕は釈然しゃくぜんとしない。

「まあな。だけどペンキの色、赤一色じゃ物足りないかも?」

 僕のその言葉に、内野がエヘンッと胸を張って、

「そうだろうと思ってさ。絵の具を持ってきたよ。金色とか銀色で飾り彫りを塗ったらどう?」

 絵の具セットを突き出した。

「絵の具じゃすぐに色が落ちちゃうから、ニスが必要だよ」

 僕が言うと、

「俺を誰だと思っているのさ。そこらへんは怠りなく、ばっちり準備してきたさ」

 内野はそう言って、絵の具セットの中からニスを取り出して見せた。

「なかなか気が利くじゃないか。これを彫り終わったら、色塗りを頼むよ。それと、まだパーツの面取りとかしていないんだ」

「おう、任せろ」

「うん。任せて」

 二人に面取りを任せて、自分の作業を進めた。飾り彫りをするのは、ソリの両側だ。片方を彫り終わって、もう片方に取り掛かった。その間、二人は面取りを終えて、赤いペンキでソリに色を付けていった。それが乾くまでの間は、二人とも時間が余ってしまったようで、おしゃべりをしている。

「僕、サンタのソリをね、もっと派手にしようと思ってさ、これを持ってきたんだ」

 そう言って、山田は持ってきた紙袋から取り出したものは、クリスマスツリーに飾るキラキラのモールだ。

「これをソリに付けるのか? 派手だな」

 内野が言うと、

「これは、きれいじゃのぅ」

 サンタは、この派手なモールを気に入ったようだ。

「できたよ。こっちも色塗りをして。もう手が疲れたよ」

 彫刻刀ってのは、結構、指先に力がいる。こんな大きなものを彫ったのは初めてだ。

「よくがんばった。ほめてやるよ」

 内野が僕の肩をぽんと叩いて言った。

「おいおい、もっと労わってくれよ。本当に大変だったんだからな」

 山田は僕らを見て笑っている。

「うん、うん。がんばったね。あとは僕たちに任せて休んでいてよ」

 ペンキを塗り終わると、しばらくはやることが無くなった。外が寒いから、小屋の中でペンキ塗りをしたのだが、その匂いが充満して、いったん外に出る事となった。

「すごい匂いだったね。外でやるべきだったかなぁ?」

 と山田が言ったが、

「そうだね。でも、寒くて作業が進まなかったら間に合わないからな」

 と僕が答えて、

「それも困るな」

 と内野が同意した。


 しばらく、ドアを全開にして換気をした。トナカイたちは小屋の表で、大人しく立っている。

「トナカイは寒くないのかなぁ?」

 山田がサンタに聞いた。

「この子たちは、もっと寒い国で生まれている。寒さには強いのじゃ。これくらいじゃ寒いうちに、入らんじゃろ」

 ここは日本の真中で、太平洋に面しているから、冬でも他に比べると暖かいらしい。ましてや、フィンランドに比べたら、相当暖かいに違いない。それでも、この寒さは僕らにとっては厳しいものだった。

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