第9話

「サンタさん、ソリ見つけたよ。でも、こじゃ使い物にならないだろう。だから今、山田が修理の道具を取りに行っている」

 サンタはトナカイの隣に立っていた。寒空の下、ずっとそこにいたのだろうか?

「そうか。やはり、壊れてしまったのだね」

「これじゃ、修理しても空を飛べないかなぁ?」

 僕がそう言うと、

「そんなことはないよ。空を飛ぶのはこのソリに力があるからではないのじゃ。子供の信じる心が力を与えてくれるのじゃよ」

 と意味ありげに目を細めてサンタが言った。

「なんかよく分からないけど、信じる心があれば空は飛べるってことだよね」

 サンタは僕の質問にうなずいた。

「そういうことじゃ。だが、肝心の子供たちが、わしを信じなくなってきておる。たとえソリが直っても、飛べるかどうかは分からない。また、あの黒い風が襲ってくるかもしれない」

「ねえ、その黒い風っていったい何なのさ?」

 僕が聞くと、一呼吸置いてサンタは答えた。

「あれはな、子供たちの心の内にある虚無が作り出したものじゃ。今の子供たちは夢を見る事もできない。夢を奪うような現実を見せられ、知らなくていい情報ばかりが流れていて、安易に生きる道があるかのような虚像に惑わされ、考える事も空想することも無駄だと思っている。君たちはそうじゃないようだけれど」

「本当にそうかな? 確かに、現実的な子は多いよ。けれど、下級生たちはそれでも、まだ純粋だ。サンタを信じていると思う。ああ、でも、心のどこかで、やっぱり現実を見ているのかもしれないな」

 サンタはうなずき、僕と内野を順番に見た。僕たちの心の中までも見られているような気がした。


 サンタも僕らと小屋に入り、コタツに足を入れた。昨日のカイロはすでに冷たくなっていたが、僕は運動したおかげで、身体はぽかぽかとしている。

「サンタさん、寒くない? 何か温かいものを持って来ようか?」

 僕がそう言うと、

「わしはちっとも寒くはないよ。心配してくれてありがとう。君たちの温かい心だけで十分じゃ」

 サンタはにっこりとほほえんだ。


 その時、外で派手な音がして自転車が止まった。どうやら、山田が道具を落としたらしい。

「やあ、おまたせ。ちょっと手伝ってくれないかなぁ」

 山田が持ってきたものは、木の板を幾つかと、大工セットのような道具箱。落としたのは道具箱だった。

「これ、イッチーに借りてきたんだ」

 イッチーとは、クレスメイトで市川木工所の息子だ。

「これだけあれば修理できるかな?」

 山田は、貰ってきた木の板を指差して言った。


「十分だと思うよ。だけど、ついでにイッチーも連れて来てくれればよかったのに。このソリを誰が修理するのさ」

「それがさ、イッチーは塾だって。帰りは遅いらしいよ」

「塾だって? なんでまた、そんなとこに行ってんだ?」

 内野にとって、塾に行く奴なんて理解できないのだ。子供は遊びが仕事だという、昔ながらの言葉を都合よく信じている。勉強なんて好きでやっている奴の気が知れないとまで言っている。

「それじゃ、仕方がないね」

 僕が言うと、

「そうなんだ。だから吉田、がんばって修理してくれよ」

 と山田がポンッと肩を叩いた。

「おいおい、何で僕なんだ?」

「だってさ、僕はこういの、なれていないんだ。内野は腕力はあるけど、不器用でしょ? それに、この間の工作でさ、吉田の本立てが一番上手だったじゃない。だから、お前がやることは決定なんだ」

 確かに、工作は得意だけど、ソリなんて初めて見た。修理すると言っても、壊れてしまっていて、どうやって修理すればいいのか分からない。

「無理をしなくてもいいんだよ。このままでも乗れるじゃろう」

 そう言って、サンタがソリに乗ると、ミシリッという音と共に、それはもっと無残な姿になった。

「ありゃ。しまった。これは大変じゃ」

 もうこれでは、修理どころではなくなった。

「サンタさん。あなたが壊してどうするのさ?」

 内野もあきれて肩をすくめた。

「いいよ。僕がソリを作るから。山田、もう一度、市川木工所に行ってソリの材料をもっともらってきてよ。ついでに、おじさんにソリの作り方を知っているか聞いてきて」

「山田一人じゃ、運ぶのが大変だろう。俺も行ってくる。で、お前はどうするのさ」

「もちろん、ソリに塗る塗料の調達さ。塗装やに行って、赤いペンキを少し分けてもらうよ。少しでも見栄え良く、サンタのソリらしい物を作りたいからね」

「そりゃいいや。そっちは任せたぜ」

 僕らはそれぞれの仕事に取り掛かった。サンタさんは、トナカイと留守番。


 塗装屋さんに簡単な事情を説明したら、ペンキを分けてもらえた。説明とは、僕らは三人でサンタのソリを作るので、赤いペンキを分けて欲しいと、本当のことをそのまま言っただけだった。

「そうか、サンタか。いいねぇ子供は夢があって。だけど、この辺りは雪が降らないよ。ソリに乗って遊べないだろう」

 塗装屋のおじさんは、僕らの遊び道具だと思っているらしい。

「いいんです。空を飛ぶだけだから」

 僕がそう言うと、きょとんとした目で見て、そのあと軽く笑った。

「本当に飛べたらいいねぇ」

 まったく本気にしていないし、僕のことを少変な奴だと思ったかもしれない。

「ありがとうございました」

 何か聞かれる前に、お礼を言って基地へ戻った。二人はまだ来ていなかった。


 僕は壊れたソリのパーツをパズルのように組み立てた。元の形に近い状態になると、それを紙にスケッチした。

「サンタさんどう? こんな感じで」

「おお。君は絵が上手じゃのぅ」

 そのあと、四方からとパーツごとのスケッチをした。材料の木が、本物とはだいぶ違うから、上手く作れるか不安だ。

「ただいま!」

 内野が元気よく帰って来た。山田は一緒じゃないらしい。内野はやや大きめな板を背負っている。

「どう、これなら作れそうだろう?」

「うん。よくそんなのくれたね」

「ソリを作りたいんだって言ったらさ、これくらいの出ないと無理だろうって。でも、結構重かったぜ。自転車に乗せてきたけど大変だった」

 それで遅かったんだな。

「で、山田はどうした?」

「向こうを一緒に出てきたんだが、とにかく体力無くてさ。遅いから置いて来た」

 きっと、山田の方が荷は少ないだろうに、体力の差がここまでとは。

「ま、いいか。それより始めよう」


 市川木工のおじさんは、何と親切なことに、ソリの作り方を紙に書いてくれたのだ。それを見ながら、パーツを作った。板は結構重い。そこで、力のある内野が、板をのこぎりで切ることにした。曲線も意外と器用に切っている。

 切ったパーツを仮に組み立ててみると、何の変哲もない簡単なつくりのソリ。

「なんか、サンタのソリらしくないな。これを赤に塗っても、寂しい感じがするよな」

「同感だな。飾り彫りをしたら、どうだろうか?」

「お前にできるのか?」

 内野に言われて、ちょっと気に障ったが、

「これを見てよ。サンタのソリの外観をスケッチしてみたんだ。これに似せて彫刻刀で彫ればいい。こういうのは、僕が得意だって知っているだろう?」

「そうだったな。みくびって悪かったよ」

 内野は大きな身体を少しすぼめて見せた。

「僕、彫刻刀を取りに行ってくるよ」

 ドアを開けて出ようとしたら、山田がちょうどドアに手をかけていた。

「おっと、あぶないなぁ。気を付けてよ」

「ごめん」

「ねえ、どこ行くのさ?」

「家に彫刻刀を取りに行くんだ」

「ふ~ん。そういえば、もうお昼の時間じゃない?」

 今日はいろいろなことがあって、時間が過ぎるのがあっという間だった。

「そうだね。みんないったん家に帰ってから、午後ここに集まろう」

 僕は腕時計を見た。時間は十一時五十分だった。

「一時に集合でいいね」

 そう言って、それぞれの家へ帰って行った。

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