第8話

 サンタは小屋の外で三頭のトナカイと話をしているようだ。

「サンタさん、最後のトナカイを見つけたよ」

 僕がそう声をかけると、サンタは嬉しそうに駆け寄って、トナカイに頬擦りしたり、身体をさすったりした。

「おお、ペットよ。よくぞ無事に戻った」

「サンタさん、それが、無事じゃなかったんだ。見てやってよペットの足を。血が出ているんだ。ここまで歩いてきたけれど、とても痛そうなんだ」

「うむ。分かっておる。どれ、足を見せてごらん」

 サンタが言うと、ペットは右前足を軽く上げた。怪我をしているところは、人でいうと膝に当たる関節だ。

「痛かったね。もう大丈夫じゃよ」

 そう言ってサンタは、トナカイの足の傷に手をかざした。その手からは白い光があふれるように出て来て、トナカイの足を包んだ。見ているだけでも、温かさを感じる光だった。その光がにじむように消えると、トナカイの足はうそのように、傷が治っていた。

「神通力だな」

 内野が口笛を吹いてから、そう言った。

「すごいや! さすがサンタさんだね。やっぱり、あなたは神様なの?」

「ほっほつ」

 サンタは、山田の言葉を否定はしなかった。日本には八百万やおよろずの神がいる。世界でもいろいろな神がいるのだから、サンタが神であっても驚くことはないだろう。信じるかは別として。僕はただ、目の前で起こることを、否定するつもりはない。

「これで、空を飛べるんだね?」

 山田が目を輝かせてサンタを見つめた。

「それがのぅ、まだ足りないものがあるのじゃ」

「ソリがないね」

 僕が言うと、はっとしたように山田か言った。

「あっ、ほんとだ。ソリがなきゃ飛べないよね」

「うむ……」

 サンタは申し訳なさそうな顔をした。探して欲しいに違いない。だが、僕らに遠慮しているようだ。

「僕たちで探すよ。心配しないで、すぐ見つかるよ。どこに落ちたか見当つく?」

 サンタはしばらく考えてから、

「風に翻弄されて、ソリのことまではよく見ていなかった。方向は分からないが、丸っこい山のようなところじゃった」

 僕ら三人は、顔を見合わせて頷いた。そして同時に言った。

「八幡さんだ!」


「丸い山はこの辺りでは八幡さんしかないよ。よく知っているところだ。探しに行ってくるよ。待っていてね」

 山田は嬉しそうに言って、僕らに号令をかけた。

「ソリを探しに行くよ!」

 僕と内野は腕を上げて答える。

「おー!」

 それから山田を先頭に、自転車を走らせ八幡さんに向かった。

「ねえ、八幡さんのどこから探す?」

「手分けして探す方がいいかもな」

「じゃ、俺は頂上を探すぜ。お前らは下の方を探してくれ」

「オッケー!」

「了解!」

 自転車を参道の入り口の鳥居の脇に置き、それぞれの持ち場へ移動した。僕と山田は左右に分かれ、内野は頂上を目指して、急な坂道を登っていった。内野が上を探すと言ったのも、僕らを気遣ってのことだろう。なにしろ、小さい山であっても、この参道は急な坂道が社まで続いているのだから。一番、体力のある内野が、買って出たのだ。こういう時、内野はさりげなく友を気遣うのだ。そこが、こいつのいい所でもある。


 山の下の方は、見つからなかった。そこから中腹に向かって登ると、内野も下り始めていた。

「よう、どうだった?」

「なかったよ。頂上にもなかった?」

「ああ」

 あとは、山田が探しているところだが、見つかっただろうか?

「おーい」

 山田の声がした。内野と違って、かっこよく指笛を吹くとはいかない。

「見つけたらしいな」

 内野が言うと、僕は頷いて、二人で声のする方へ向かった。

「見つけたんだけどさ、こんなに大きいなんて思ってもみなかったよ。

三人で運べるかなぁ?」

 ソリは相当立派だったに違いないが、見るも無残にな姿になっていた。

「こりゃ、ひどいや。サンタが悲しむだろう」

「それは仕方がないよ。それより、これをどう運ぶかが問題だ。スライダーを使ったらどうかなぁ?」

 僕が言うスライダーというのは、八幡さんの頂上辺りから、排水用のコンクリートでできた溝のこと。下までまっすぐ伸びているため、山を下りる時にそれを滑ってくるのだ。

「いい考えだね。でも、勢いがついて最後には大破なんてことにはならないかなぁ?」

 実際、僕らはこのスライダーを滑り降りるためのトロッコを作って滑ってみた。最後は勢い余って、僕ら三人は地面に放り出され、トロッコは大破したのだった。山田が心配するのも無理はない。

「他の方法があればいいけどね」

「トロッコに使ったロープがあるぜ。あれをソリに結んで、ゆっくり下ろせばいい」

「内野、今日は冴えてるな」

 こんな時に、いいアイディアを出すのは、僕の役目だったのだが、今日はどういうわけか、頭の動きが鈍い。寒さのせいかもしれない。逆に内野は寒さであたまがすっきりしているのだろう。

 ソリをスライダーまで運ぶと、ロープを結び付けた。もちろん内野が。

「しっかり縛らないとほどけるからな」

 そう言って、ロープがきしむまで強く縛った。相変わらず、凄い力だ。それから、ソリを慎重に下ろしていった。上でロープを持っているのは内野と僕。山田はソリが溝からは擦れないように支えている。この方法で何とかしたまで無事に運ぶことが出来た。

「やったね。成功だよ」

「そうだね。あとは、これをどうやって基地まで運ぼうかな?」

 僕の言葉に二人は見合った。考えたあげく、ソリを引きずっていくことにした。雪もない地面でそりを引くのはかわいそうだが、今は何も道具がないから、仕方がない。さっき使ったロープを僕と内野の自転車に結び付けて、二人でそりを引いた。山田は、ソリの修理用の道具と材料を調達に行った。そりを引いて行くのは、思ったより重労働だった。三丁目から、四丁目の短い距離なのに基地に着いたときには足がガクガクしていた。普段、使わない筋肉を使ったのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る