第12話

「さて、そろったところで、出発としよう。さあ、乗った、乗った」

 サンタに急かされるように、僕らはソリに乗り込んだ。トナカイが走り出し、あの、お決まりのシャンシャンという鈴の音が鳴った。

「やっぱり、サンタのソリはこれがなくちゃね」

 山田はクリスマスソングを口ずさみ上機嫌だ。そのうち、ソリは空高く昇っていった。

「ひゃっほーい。すげー! 飛んでるぜ俺たち」

 内野は大興奮のようだ。僕はというと、空を飛ぶのに慣れていなくて、落ちやしないかと不安で仕方ない。緊張のあまり、声も出なかった。彼ら二人は、飛行機に乗ったり、ヘリコプターに乗ったこともある。だから、あんなにはしゃげるのだろうか?

「内野、もっと静かに乗った方がいいんじゃないか? 勢い余って落っこちるかも」

 僕が不安げに言うと、

「心配いらんよ。このソリからは、誰も落っこちたりはせん。なにせ、君たちが心を込めて作ったソリじゃからな」

 サンタは得意げにそう言った。僕らがサンタの為に心を込めたこのソリには、何か特別な魔法でもかかっているということなのだろうか?

「心がこもったものを特別な物というんじゃよ」

 僕の心の中の疑問に答えるかのように、サンタはにっこり笑って言った。

「ああ。たくさんの声が聞こえてきたぞ。うんうん、分かったよ」

 僕らには何も聞こえなかったが、たぶん、子供たちがサンタにプレゼントの願い事をしているのだろう。ソリは、三丁目、四丁目をぐるりと回るように飛び、そのあと、一丁目、二丁目の方へ。眼下にはぽつぽつと家々の灯りが見える。

「あれ、商店街だ」

 内野が指差す方向には、昼間見た、あの控えめなイルミネーション。しかし、周りの暗さに比べると煌びやかに見える。

「空から見ると、きれいだね」

 山田もうれしそうに言った。どこからか、クリスマスソングのBGMまで聞こえてきた。

 山田はすっかり、クリスマス気分で歌っている。

「そーれ!」

 サンタもそれにつられたのか、ソリのスピードを上げた。『走れソリよ、風のように、雪の中を軽く早く……』という歌のように。


「そろそろ、帰る時間じゃな。みんなの声はしっかりわしの耳に届いた」

 ソリは藤ヶ丘の町をもう一度ぐるりと回り、秘密基地に向かった。僕は町の灯りを眺めて、そこに揺らめく黒いもやに気付いた。

「あれを見てよ」

「なんだ、あれ?」

 その黒い靄は、あちらこちらから立ち上り、一つにまとまり始めた。

「こりゃいかん。あれじゃよ。黒い風の正体は」

「なんだって?」

 山田はその黒い塊に怯えた。僕にも感じる。それを見ているだけでも、心が寒くなるような、悲しくなるようなそんな感じだ。

「どうすりゃいいんだ? 何か武器でもあれば、あれをぶちのめせるのに」

 内野が拳を握って、闘争心を燃やしているところに、サンタは言った。

「いや、ダメじゃ。そんなものは利かん」

「そうだね。あれは闇。闇に対抗できるものはただ一つ。光だ!」

 僕はジャンパーのポケットからペンライトを取り出した。

「それじゃ、光りが足んねーぞ」

 内野は背負っていた白い袋から、懐中電灯を取り出した。山田は何と、携帯用サーチライトを持ってきていた。

「これでどうだ!」

 三人で、黒い塊に向かって光を放った。今や、大きく膨れ上がったその塊は、意志を持ったようにうねり、僕らに襲いかかって来た。黒い塊は光りを受けてもなお、前進する。

「どうしよう。光が足らないのかな?」

 山田が自信なさげに言った。

「光の量は問題じゃないさ。僕らの信じる心が大事なんだ。あれをやっつけなくちゃ、クリスマスは来ないんだ。山田、怯えてちゃダメだ」

 僕の言葉に勇気づけられた山田は、顔をぱっと輝かせた。

「そうか! 僕の心の問題だったんだね」

 山田は目を閉じ、何かを念じているようだ。そして、

「僕たちの光を受けてみろ!」

 と叫んだ。すると、三つの光が捻じれるように合わさり、それは龍へと姿を変え、黒い塊に頭から突っ込んでいった。僕と内野は驚き、それを見つめた。龍を飲み込んだ黒い塊は大きく膨らんだかと思うと、次の瞬間、派手に弾けて、中から光の粒が無数に飛び出し、町全体に降り注いだ。

「すっげー!」

「きれいだ」

「ねえー、龍かっこよかったね」

「ファンタスティック!」

 ソリは光りの粒の中を駆け巡り、秘密基地へと戻った。

「すごかったね。山田、あの龍は、お前の想像から生まれたものなのか?」

「うん。僕の龍だ。だけど、お前たちがいたからこそ、具現化したんだと思うよ。一人の力じゃ何も起こらなかったさ」

 それにしても、彼の想像力には感心した。僕には龍なんて出せなかったと思う。

「君たちは、なんてすばらしいのだろう。あの黒い風までやっつけてしまうなんて」

「そんなことはないさ。すべては、サンタさんの見せてくれたファンタジーのおかげだよ」

 僕らはまだ、夢見心地のまま帰宅した。

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