第13話

「賢ちゃん。あなた、どこに行っていたのよ。内野さんと山田さんから電話があったわ。どういうことなの? 二人がうちに来ていることになっているなんて。省吾しょうご君ととおる君は家に帰ったんでしょうね?」

「うん。嘘をついてごめんなさい。僕ら三人で秘密基地に行っていたんだ。秘密にしたかったんだよ」

 秘密基地のことは親には秘密にしていたが、今回ばかりは黙っているわけにもいかないだろう。

「そこで何をしていたわけ?」

「まあ、いいじゃないか。男のロマンだ。なあ、賢一。父さんと少し話さないか?」

「何よ。また、男同士で話し合うのね。私は賢ちゃんのことを思って……」

 僕らは母さんの小言に背中をつつかれながら、二階へ上がった。

 二人で話すときは、二階のそのまた上の屋根裏部屋へ行く。そこは、もともと物置として造られた。立てば頭が天井についてしまう。それでも、僕らの秘密基地としては十分だった。秘密基地とはいっても、全然、秘密にはなっていない。内装はシンプルだが僕は気に入っている。窓からは空を見ることが出来る。雲一つない綺麗な星空だ。

「きれいな星だなぁ。あの空を飛ぶことが出来たら、どんなにすばらしいだろう」

「そうだね。父さんは僕を信じてくれるかなぁ? 今日、サンタのソリで空を飛んだんだ」

「そうだったのか。そんな秘密は母さんにはいえないよな。ウッチーと山ピーも一緒だったんだな?」

 ウッチーと山ピーとは、もちろん内野と山田のことだ。こんなあだ名で呼ぶなんて、父さんは僕より子供っぽいと思う。

「うん。それでね、黒い風を光の龍でやっつけて、光の雪を降らせたんだ」

「それなら父さんも見たよ。やっぱり、あの雪は光っていたんだね。落ちてくる途中で消えてしまった。きれいだったな」

 父さんはそう言ってまた、空を見上げた。


 僕ら二人は、母の待つリビングへ下りて行った。さっそく、母さんの小言の連発だ。

「もう、聞いているの? こんな寒い夜に、子供が出歩くなんて、とんでもないわ」

「もういいじゃないか。賢一も十分反省したんだ。なあ賢一」

 僕はこっくりとうなずいて見せた。

「パパ、そんな甘いこと言っていたら、いつか不良になっちゃうわ」

 もう、これには僕も父さんも笑うしかない。母さんはぷりぷりと怒ってしまった。

「ねえ、もうそれくらいにしたら? ママを怒らせても、いいことないわよ」

 こんな麻里の一言で、あっさりことは鎮まった。そのあとみんなで、バラエティ番組で大笑いした。


 次の日の朝。よく晴れて、家の中から見れば、外は清々しい陽の光にあふれ、飛び出したい気分だった。きっと見た目よりずっと寒いに違いない。

「ねえ、お兄ちゃん。今日は何の日か知ってる?」

「もちろんさ。クリスマスイブだろう」

「そうだけど、それは夜の話しでしょ? キリスト教会のクリスマス会があるのよ。忘れちゃったの?」

 そうだった。楽しいことがありすぎて、すっかり忘れていた。僕は別にクリスチャンではない。でも、このクリスマス会だけは、クリスチャンでない子供たちがたくさん集まるのだ。

「そうか。一緒に行く?」

「残念。佐紀ちゃんと行くことになってるの。三人組で行ったらいいじゃない。いつもと同じで」

 麻里は、朝ご飯を済ませると、さっそく出かけて行った。僕も身支度をしてから、出かけようとすると、

「あら、賢ちゃん。今日はどこへ行くの?」

「クリスマス会だよ」

「そう、行ってらっしゃい」

 母さんはいつものように送り出してくれた。夕べのことは、もう怒ってはいないのだろうか? 山田と内野を誘って行くと、もう何人か集まっていた。

「キリストってさあ、ただでお菓子をくれて親切だよなぁ」

 内野には、キリストもキリスト教もその信者も区別がつかないらしい。この場合のキリストは、きっと、神父さんのことだろう。

「ま、お菓子がもらえればそれでいい」

「そうだね。それと、僕はクリスマスのお話しも好きだよ」

 山田はお菓子よりも、そっちの方が目当てで来ているようだ。ここは、神父さんの自宅で、キリスト教なのになぜか座敷なのだ。そこに、近所の子供らが三十人ぐらい集まる。

「さあ、始めようかな? 今日はね、クリスマスのお話しをするよ。サンタさんが町にやってくるお話」


 そう言って神父さんは、お手製の紙芝居を見せて語り始めた。それは、とっても不思議なことに、僕らの体験したことによく似ていた。

 クリスマスの二日前の夜、ある町にサンタがやって来た。空を飛んでいたが、突然、強い風にあおられ、地上に落ちてしまう。そこへ、通りかかった三人の子供が、サンタを山の中の小屋へ連れて行ってあげる。サンタが言うには、ソリとトナカイを見失ってしまった。それを探して欲しいと子供たちにお願いをする。そこまでの話を聞いて、僕らは顔を見合わせた。

「こんなことってある?」

 山田は僕の耳元でささやいた。周りの子供たちは、真剣にこの話に聞き入っているため、大きな声は出せないからだ。

「僕らの話だ。なんで神父さんが知っているんだろう?」

「あのおじさん、神様なのか?」

 内野も訳が分からなくなって、妙なことを言い始めた。話しはクリスマスイブになり、サンタと三人の子供たちはソリに乗り、プレゼントを配っておしまい。


「どうでしたか? 楽しいお話でしょう? 君たちもサンタさんと空を飛べたかな?」

 そう言って、神父さんは僕らを見て、意味ありげに微笑んでいるように見える。偶然に目が合ったのだろうか? それとも……。


「なあ、ぜってーおかしい。あのキリスト、ただ者じゃないぜ」

 クリスマス会の帰り道で、内野が僕に向かっていそう言った。

「うん。これは偶然なんかじゃない。僕らのことを知っているんだ。どうしてだろう?」

「まあ、いいじゃない。不思議なことはこの世の中にはたくさんあるんだもの。それに、僕たちが物語になっているなんて、ステキじゃない」

 山田は今回の物語が気に入ったようだ。

 僕らはこの不思議な出来事に疑問を抱いたまま、秘密基地に向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る