第5話
「よし。それじゃ、ミッション開始だ!」
山田がそう言うと、
「おい、今回はお前が号令をかけるのか?」
内野はちょっと不安げに言った。
「いいじゃない。このミッションは僕が指揮を取りたいんだ」
「もちろんいいさ。この依頼を受けたのは山田なんだから」
僕ら三人は、トナカイ探しを開始した。まずは、三丁目と四丁目の山。ここなら、二頭見つけることができるだろう。四丁目の方から登って、三丁目まで行く。山のほとんどは竹やぶで、あとは知らない名前の木が所々に生えている。なぜ竹やぶなのか? それは、この山の地盤がゆるいからと、大人が話してくれた。誰から聞いたか忘れたけど。子供が探検するにはもってこいの山ではあるけれど、木と木、竹と竹の間は狭く、大人や大型の動物には歩きづらいだろう。トナカイの姿はどこにも見当たらず、三人で同じところを探すのは合理的ではない。
「なあ、別れて探そうよ。僕は南、山田は北、内野はその間を探してくれ」
山田は僕がいつもの通り、指示するのをちょっと不満顔で見た。
「山田、気にするな。今回はお前がリーダーなんだ。吉田もさ、リーダーに指示を仰げよ」
そう言って、内野は山田の肩をポンと叩いた。これで山田も気を取り戻し、
「よし、別れて探そう」
と、拳を突き上げ、元気よく言った。分かれて探してから十分ほど経っただろうか? 内野の指笛が鳴った。僕は急いで内野のいる場所へ向かった。そこへ山田も合流。
「見つかったんだよ、きっと」
「そうだといいね」
僕らが行くと、内野は立派なトナカイを従えていた。というより、トナカイが内野を従えているのか? それほど、そのトナカイは利発そうに見えた。大きな角に黒い瞳。突き出た鼻は、歌にあるように赤くはなかった。赤い首輪をした普通のトナカイ。考えてみれば、本物のトナカイを見るのは初めてだ。こんなに大きいとは思わなかった。首輪には鈴が二つ付いていた。
「すごい! 本当にいたんだ。やっぱりサンタさんは本物だって、みんなも分かったでしょ?」
これには僕も驚いた。まさか本当に見つかるなんて思いもしなかった。この辺りで野生のトナカイなんて、いるわけもなく、誰かが飼っているということも聞いたことがない。サンタが言っていることが本当で、あのおじいさんが本物のサンタだと、認めなくてはならないのか?
「見つけちまった。これで、サンタを信じるしかないな。よりによって俺が見つけるなんて」
内野も複雑な思いだろう。彼ほど空想に縁がない奴はいない。しかし、目の前の現実に、目を瞑ることは出来ない。
まだこの山にもう一頭のトナカイがいるはずだ。とにかく僕は、このトナカイをサンタのところに連れていくことにした。その間、二人にはトナカイ探しを続けてもらおう。
トナカイを連れて山を下り、三丁目と四丁目の境に出た。そこはちょうど学校の裏山に当たる位置で、第二秘密基地の近くだ。人通りのあるところへ出ることなく、基地にたどり着けた。
「サンタさん、トナカイを見つけたよ。まだ、一頭だけなんだけど」
僕が言うと、サンタは嬉しそうにトナカイに近寄り、背中や耳の後ろなどをさすった。
「ありがとう。おおっ、よしよし。大変な目にあわせてしまってすまんのぅ。もう大丈夫じゃ。怪我はなかったかね?」
ひとしきり、再会を喜んだあと、僕にハグして、ありがとうの連発。危うくキスまでされそうな勢いだった。
「喜んでもらえてよかったよ。あなたのトナカイはとても大人しくついて来てくれた。人に慣れているんだね」
「そうではないよ。君のことを信じているんじゃ。君が必ずわしのところまで、連れて行ってくれるとね」
サンタはそう言って意味ありげに微笑んだ。いくら利口なトナカイでもそんなことまで考えるとは僕には思えない。しかし、本物のサンタのトナカイなら、ありえるのかもしれない。
「今、山田と内野が山の中で捜索を続けている。早く見つかるといいけど」
僕は地図を広げて、次にどこを探そうかと考えた。
「二人はトナカイを見つけたらここに来るだろう。僕は中央公園を探しに行くから、二人には、次に五丁目を探すように言ってね」
中央公園までは、ここから自転車で行けば十分もかからない。基地から出て、学校の前を通り、『いづや』の前の横断歩道を渡る。藤ヶ丘川に架かる赤白橋を渡って、しばらく行くと、商店街が見えてくる。ちらりと見えたが、クリスマスカラーの電球が軒先にぶら下がっている。毎年、あんまりぱっとしないイルミネーション。
商店街は入らずに右へ曲がるとゴローさんの駐在所。その前にあるのが中央公園だ。
「おっ、ケン坊。めずらしいじゃないか。他の二人とは喧嘩でもしたのか?」
話しかけてきたのは、夕べの酔っ払いサンタこと、酒屋『やすだや』のおじさん。
「そんなんじゃないよ。探し物があってね、今、手分けして探しているんだ」
「そうか。大事な物なんだな? 俺も暇なら手伝ってやりたいんだが、忙しくてしかたない。この季節が一番忙しいんだ」
そうだろうな。クリスマスのシャンペンや、年末年始には忘年会だのお正月、新年会と、お酒の必要なイベントが目白押し。
「ありがとう。その気持ちだけでも嬉しいよ。夕べのサンタもなかなか良かったよ」
僕がそう言うと、酒屋はすまなそうな顔をして、
「いやー、あん時は、なんか楽しくなって、ちょっとばかり酒を飲んでしまった。迷惑かけたな」
「いいよ。楽しかったから」
酒屋のちょっとばかりの酒をいうのは、一升瓶を一本開ける程度のことだ。僕はあの匂いだけでも酔っ払ってしまいそうなのに……。
酒屋のおじさんと別れて、僕は一人で公園に入った。この季節、外で遊ぶ子供は少ない。現にこの中央公園には、子供の姿が見えなかった。公園の時計を見ると、十時を過ぎた頃だった。木枯らしが吹き、枯れた落ち葉を巻き上げる。それを見るとさらに寒さが増す。僕はぶるっと身震いした。身体が冷えて急にトイレに行きたくなった。公園のトイレと言うのは、ほとんど掃除がされていなくて実に不衛生だ。できれば入りたくはなかったが、我慢できそうにない。この公園は、木がたくさん植えられている。トイレはその木に隠れるように建っている。薄暗く、昼間でも何だか気味が悪い。用を足して出てくると、ガサリと枯れた落ち葉を踏む音が聞こえた。どこから聞こえたのだろうと、辺りを見回すと、トイレの裏の木々の中から、トナカイが姿を現した。山の中で見つけたトナカイとよく似ていた。立派な角が生えている。首輪の色は青だ。
「よかった。君を探していたんだ。サンタさんのところへ行こう」
自転車を置いて行くわけにはいかないから、それを押していかなければならない。それでも、トナカイは大人しくついてきてくれた。商店街は避けて歩いたが、なかなか目立つ。
「あら、ケンちゃん」
三橋書店のおばさんに見つかってしまった。
「今日は何かあるの? その鹿、本物みたいだけど……」
「鹿じゃないよ、トナカイさ。サンタさんに頼まれて、迷子のトナカイを見つけて、今から届けに行くところだよ」
「あらまあ。そうなの」
おばさんは僕の言ったことを本気にはしていないらしい。笑いながら、サンタさんによろしくねと言って、スーパーの方へ去っていった。
「大人って、夢がないな」
僕はトナカイにそう言って、身体をなでた。トナカイは、僕の言葉が分かるのか軽く目を細めた。
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