第6話
来た道を戻るかたちで歩いたが、他の人には会うことはなかった。基地に着くと、表に先ほど見つけた赤い首輪のトナカイと、緑の首輪のトナカイがいた。緑の首輪の方は山田と内野が見つけてきたのだろう。
「サンタさん。青い首輪のトナカイ見つけたよ」
小屋の中にいたサンタに声をかけた。
「ピットじゃ。よかった、よかった。どうじゃな、怪我はないかえ? そうか、それはよかった。隠れていて見つからなかったのだね。ん? ここへ来る途中人に会ったのか。大丈夫じゃ。心配はいらないよ」
サンタはトナカイ相手にしゃべっている。独り言のように聞こえる。
「サンタさん。トナカイと話せるの?」
「もちろんじゃ。話せなければ何も伝わらんじゃろ? 心を通わせるというのは声に出さんでもできるのだよ」
「それじゃ、そのトナカイは僕の言っていることも分かるのかなぁ?」
「それは君しだいじゃよ。伝えたいと思わなくちゃ、伝わらない。伝わると信じなければ伝わらないのじゃ」
そうなのかと、何となく納得してしまった。サンタには何か不思議な魅力があって、その言葉に惹き付けられる。
「ところで、内野と山田は?」
「あの二人は、五丁目に行っておる」
「そうか、僕も行って探してくるよ」
「君たちには感謝する。本当に助かるよ。今年のクリスマスはもう駄目かと思っていたんじゃ。あの黒い風が吹いた時、すべてが終わってしまう気がしてね。でも、君たちに会えてよかった。まだ見つかっていないのは黄色い首輪のペットじゃ。早く見つけてあげて欲しい」
「まかせてよ。五丁目は広いけど、三人で探せばきっと見つかるよ」
「そうじゃな。頼んだよ」
僕は自転車を走らせ、五丁目に向かった。スピードを出すと、冷たい風が頬に当たった。
「ううっ。寒いなぁ」
子供は風の子なんて、昔から言われているけど、今の時代こんな寒空の下、自転車を走らせているのは僕ぐらいだろう。みんな、暖かい家の中でゲームをしているに違いない。五丁目は比較的新しい住宅街で、公園も綺麗に整備されている。木が植えられてはいるものの、等間隔にお行儀よく並んでいる。これでは、トナカイが身を隠すこともできない。どこを走っても、トナカイは見つからなかった。
「二人はどこを探しているんだろう?」
二人の姿も見かけない。本当に、トナカイも内野たちもどこへ行ってしまったんだろうか?
「よう、吉田。何してんの? 今日は一人か?」
後ろから声をかけられ振り返ると、たっちゃんこと岩崎達也が立っていた。彼はクラスメイトだ。
「君こそ何してるの?」
「何って、お前が俺んちの前でぼーっと立っているからさ。どうしたのかと思って」
そう言われて、たっちゃんちの前に立っていいたことに気付いた。
「探し物をしていたんだ。山田と内野、見なかった?」
「ああ。さっき、うちの前を通って、あっちへ行ったよ」
たっちゃんが指差した方向は、
「そうか、ありがとう」
僕がそちらへ行きかけると、たっちゃんに呼び止められた。
「なんか面白いことでもあるのか? お前たち、よく何かやっているもんな。今日は何を探しているんだよ。俺も手伝ってやるぜ。家でゲームも飽きたからな」
願ってもない申し出だ。五丁目だけでも範囲は広いのに、五十海まで探すとなると、人手が必要だ。仲間に入れてやらない理由はない。
「いいよ。だけど、約束を守ってもらわなくちゃならない。秘密はもらさないこと。僕らを信じること。それともう一つ、サンタを信じることだ。できるか?」
「はあ? 最後のサンタってなんだ?」
「それができなきゃ、僕も君に秘密を明かせないよ」
「分かった。サンタは信じることは難しいかもしれないけど、それ以外は絶対守るよ。それじゃだめか?」
「合格だよ。僕らのことを信じてくれるね? もし君が、簡単にサンタを信じると言ったら、僕は君を信用しなかったよ。だって、僕も最初は信じられなかったんだから」
こうして、一人仲間が増えた。今回、山田がリーダーだってことは忘れていない。たっちゃんを、僕の判断で仲間に入れたが、反対されるだろうか?
「ねえ、秘密を早く教えてくれよ」
「サンタのトナカイを探している」
僕がそう言うと、たっちゃんは怪訝な表情で僕を見た。こいつは一体何を言っているんだろうと、その顔には書いてあった。
「僕を信じろ」
その言葉に、たっちゃんはうなずいて、納得したように言った。
「分かった。トナカイを探すんだな」
僕とたっちゃんは自転車にまたがり、五十海に向かった。ここは大手のスーパーチェーン店や車屋、おしゃれな店などがある。
「こんなところに、トナカイがいるかなぁ?」
「どうだろう。俺もトナカイについて詳しくないしな。けれど、お前の話しだと、どこかに身を隠しているはずだろう? だとすると、大井神社ぐらいかな? あそこなら、木がたくさん生えている。行ってみようぜ」
大井神社は僕も知っているが、行くのは初めてだ。賑やかな繁華街の裏手に、その神社はある。そこだけが、まるで違う時代のように思えた。石の鳥居に二つの狛犬、そして古い
「ここならいそうだよ」
「しっ、誰か来る。隠れるか?」
たっちゃんは、まるで探偵ごっこでもしているつもりだろうか? 別に隠れる必要もないのだけれど、つられて僕も木の陰に隠れた。そこへ姿を現したのは……。
「内野! 山田はどうした?」
一人で自転車に乗って通り過ぎようとしていた内野だった。
「山田とは別れて探すことにしたんだ。範囲が広すぎるからな。五丁目にはいないらしい。だから、ここまで探しに来たんだ。あれ? たっちゃんがいるじゃん」
「よう、内野。吉田がさ、探し物をしているっていうから、手伝ってやっているのさ。どうせ家にいてもつまらないからな」
「なんだ、話しちゃったのか? まっ、いいけどさ。で、見つかりそうなのか?」
「この神社があやしいらしい。今から探すところだよ」
「そうか、ここなら見つかりそうだな」
こうして、僕らは神社の敷地を捜索した。大きな御神木が気高くそそり立つ。その周りにはかなりの
「こんな、静かな場所はちょっと苦手だな。淋しい感じがする。ペット、どこにいるのさ。僕の声、聞こえてる?」
思ったよりも声はよく響いた。声を出してはいけない気がして、しばらく黙って探した。すると、ガサリ、ガサリと何かが歩く音が背後から聞こえた。振り向くと、薄暗い木陰の中から、トナカイが現れた。
「君がペットだね。探していたんだ。サンタさんのところへ帰ろう」
トナカイは黄色い首輪をしている以外は、他のトナカイと同じだ。しかし、足を片方上げていて不自然だ。よく見ると右前足を負傷していた。
「君、怪我をしているじゃないか。痛いか?」
僕がそう声をかけると、トナカイは目を細めただけだった。可哀想だけど、今はどうすることもできない。とにかく、早く連れて帰って、手当てをしてやろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます