第15話
「さて、自転車君。君は僕をどこへ連れて行ってくれるんだい?」
自転車は、意志を持ったように、ある方向へと向かった。
「そうか、たっちゃんちだね」
たっちゃんの家まで来ると、自転車は二階の窓へゆっくりと近付いた。彼は部屋の中で相変わらずゲームに夢中だった。
「これじゃ、プレゼントは渡せないよ」
そうつぶやいたとき、たっちゃんの身体がぐらりとして、床に倒れ込んだ。何が起こったのか分からなかった。僕は慌てて、窓から飛び込み、彼を抱き起したが、何のことはなかった。大口を開けて、眠っているようだ。
「びっくりさせないでよ」
部屋の中は暖かかったが、このまま床で寝てしまったら風邪をひくだろう。
「しょうがないやつだなぁ」
ベッドへ運んでやろうと、彼を背負うと、意外と重たかった。見た目より太っているのだろうか? 何とかベッドへ寝かせると、その枕元にプレゼントを置いた。彼に渡すプレゼントがどれかは、なぜかすぐに分かった。
「おやすみ。あんまりゲームをやり過ぎちゃだめだよ」
僕はなんだか、そんなことを言っている自分がおかしくなった。
「僕がたっちゃんのサンタになるなんてな」
ここで少し時間をかけ過ぎてしまったようだ。僕の自転車が、急かすようにリンリンとベルを鳴らした。
「分かってるよ。お願いだから静かにして」
自転車に飛び乗ると、すぐに走り出した。
「今度はどこへ連れて行ってくれるの?」
次は近所の大山さんの家だった。そこには三歳になったばかりの『りっちゃん』という女の子がいる。まだ両親と一緒に寝ているらしい。二階の寝室の大きなベッドで寝ていた。両親は一階のリビングにいるようだ。僕は窓からそっと入って、枕元にプレゼントを置いた。中身はクマのぬいぐるみだ。中が見えなくても、僕には何が入っているか分かるのだ。今の僕はサンタだから。
「おねしょしないようにね」
りっちゃんはまだ、トイレットトレーニング中で、トイレで「ちーでたよ」と叫んでいる声が、聞こえてくる。
今度は僕の知らない家。二階の窓に近づくと、ベッドには、やけに大きな子供が寝ていた。
「高塚? こいつもまだ子供だったな」
高塚茂、三組の三人組のリーダー。学校で一番の暴れん坊だ。
「しょうがない。サンタは誰にでも公平なんだから」
部屋に入って、寝ている高塚に近づくと、
「ぶっとばすぞ!」
と拳を突き上げた。危うく殴られるところだった。これは単なる寝言らしいが、何て危険なやつなんだろう。眠りながら攻撃してくるとは。高塚のプレゼントは、新しい自転車だった。袋の中から取り出そうとしたが、ここに置くわけにもいかない。しかたなく、部屋から出て、庭へと下りた。そこには壊れた自転車があった。
「高塚は乱暴者だからな。自転車まで壊しちゃうなんて」
壊れた自転車の隣に、プレゼントの自転車を置いた。
「不思議な袋だね」
見た目は普通の袋なのに、そこから自転車が出てくるんだもの。マジシャンになった気分だ。
その後に向かったのは、クラスメイトの権田剛士だ。彼は六年一組の暴れん坊で、いつも担任を困らせる。でも、今日は特別な日だ。
「剛士もよく眠っているね」
家は平屋で、南側に彼の部屋がある。
「プレゼントだよ」
部屋に入り、枕元に置くと、こちら側に寝返りを打った。一瞬目を開けて、
「吉田? 何でいるの?」
と言って、また目を瞑った。夢だと思ったに違いない。見つかってしまったのではないかとドキドキした。彼のプレゼントは意外だった。柴犬の子犬。袋の中で、もぞもぞしていたのは、この子だったのだ。
「大事にしろよ」
それからは、知らない子供に次々とプレゼントを置いて来た。自転車は最後に僕の家に向かった。
「そうか、今度は麻里へのプレゼントだね」
麻里はぐっすり眠っていた。
「ほら、欲しがっていたものだよ」
彼女の欲しがっていたものは、もうずっと前から知っていた。しつこいくらい言っていた、キラキラビーズの手作りアクセサリーだ。僕にはこんなもの、何の価値もないのだけれど。
「よかったね。これまで、お前のお願い事を、何度聞かされたことか」
これで、僕の袋は空っぽになった。
「自転車君、帰ろうか」
僕が自転車にまたがると、まっすぐ秘密基地へと向かった。
「ねえ、どうだった? サンタになった気分は。僕は最高だったよ。空は飛べるし、みんな僕が来ると、ぐっすり眠っちゃうんだもの。それに、この袋、不思議なんだ。見た目よりたくさん入るし、袋より大きな物まで取り出せたんだよ」
山田はちょっと興奮気味にしゃべりまくった。
「そうだね。僕も意外なものを取り出したよ。自転車とか、子犬とかさ」
「ほんと、すごいよね」
少し遅れて、内野も帰って来た。
「また、俺が最後か? ま、いいや。すっげー楽しかった。だってよ、チャリで空を飛べるんだぜ。最後に町を一回りしてきたんだ」
と内野は満足げに言った。
「そうなの? 僕の自転車は、まっすぐここへ戻って来たけど」
「そりゃそうだ。吉田のチャリだからな。俺のはもっと融通が利くんだ。うらやましいだろう」
内野はそう言って、自分の愛車を愛おしむように撫でた。
「そうかもな」
僕は自分の自転車が、融通が利かないと言われたことに、腹は立たなかった。
「サンタさん遅いね」
山田はそう言って空を見上げた。すると、シャンシャンと鈴の音が聞こえてきて、サンタを乗せたソリが、こちらへ向かってやって来た。ソリは僕らの前で止まり、サンタが、
「やあ、ごくろうさん。助かったよ。今年は、わしに願い事をした子供の数が多くてね」
と嬉しそうに言った。
「これで、プレゼントはみんな配り終わったんだね」
「そうじゃ。君たちはもうおうちへ帰っても良いぞ。遅い時間になってしまったね」
「大丈夫、叱られないと思うから」
サンタの仕事は終わってしまった。たった三日間だけど、一緒に過ごした時間は僕らにとっては、大切で忘れられないものとなるだろう。
「今度はいつ会えるの?」
山田はサンタのと別れが辛いのか、寂しそうに言った。
「来年のクリスマス前には、また来るよ。君たちがわしを忘れないでいてくれれば、きっと会えるだろう」
「そうさ、会えるよ、きっと」
「俺たちはサンタさんのことを忘れたりしない。絶対に」
サンタはその言葉を聞いて、嬉しそうに僕ら三人を抱きしめた。
「メリークリスマス!」
ソリに乗ったサンタは、最後にそう叫んだ。ソリは光るわだちを残し、空高く昇っていく。シャンシャンという鈴の音も遠ざかっていった。
「楽しかったね」
「そうだな」
「ねえ、サンタさん、僕たちへのプレゼントを忘れてない?」
山田にそう言われて、何ももらっていないことに気付いた。
「でもいいさ。僕らは、物よりももっとすばらしい贈り物をもらったじゃない」
「そうだけど、俺も欲しいものがあったのにな」
内野はがっくりしているようだ。
「僕は毎年もらっていたから、今年ももらえると思っていたんだ。少し残念だけど、吉田の言うとおり、特別な贈り物を受け取っているよ。それで十分さ」
もう真夜中の十二時を過ぎていた。眠気が押し寄せて来て、三人は同時にあくびをした。
「帰るとするか」
内野はプレゼントをあきらめたらしく、眠たそうに言った。
「おやすみ」
こうして、今回のミッションは無事に終わった。なんとも、メルヘンチックな体験ができて、僕は満足だった。
家に帰ると、玄関の鍵は開いていたが、みんな寝てしまっているようだった。
「なんだ、父さんも母さんも寝てしまったのか」
しかし、子供の帰りを待たずに二人とも寝てしまうなんて……。
「ふぁ~」
眠気が最高潮のようで、僕は大あくびをしながら、部屋へ行き、そのままベッドに倒れ込んだ。目を開けていられないほど眠たい。
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