第18話
たっちゃんは、さっそく、隆と一緒にソリを持って、はげ山の斜面を駆け上がっていった。それを見て、
「俺らも行くぞ!」
内野はソリの中にあった鈴とカプセルを僕の手に乗せ、負けじとソリを引っ張り、駆けだした。
「待ってよ!」
山田が遅れて駆け出し、内野と一緒にソリを引いた。僕の手にあるカプセルはほんのり、温かかった。
「サンタさん、雪をありがとう。ここで、ソリ遊びができるなんて思わなかったよ」
鈴とカプセルを持ったまま、僕は駆けだした。
「待ってよ! 僕も乗せて」
内野と山田は、もう既に、滑り降りる準備が整っていた。
「早く来ないと行っちゃうぞ」
僕がのたのたと、坂を上るのを、二人は笑って見ている。やっと登りきり、斜面を見下ろすと、そこはまさに銀世界だった。
「きれいだ」
「あたりまえだ。ただの雪じゃないんだからな」
「そうだよ。見てごらん。どこのゲレンデに行っても、こんな輝きが見られないよ」
三人はそう言ってうなずきあった。残念なことに、僕はまだ、ゲレンデというところにも、雪国にも行ったことはない。だけど、この雪が最高にきれなことだけは確かだ。
「準備はいいか? それ!」
内野が雪の地面を蹴った。ソリは三人を乗せて、勢いよく滑り降りた。短い距離だから、あっという間に平地に着いた。しかし、勢いはまだ衰えず、そのまま空き地を飛び出した。それを見ていた、たっちゃんが、
「お前ら、どこまで行くんだ?」
と笑いながら見送った。ソリは不思議なことに、スピードが落ちるどころか、どんどん加速していく。そのうち、ふわりと浮かび、空へと向かっていった。
「飛んでるよ」
「クリスマスマジックは、終わっちゃいなかったんだ」
「そうさ、今日はまだ、クリスマスだもの」
空にはまだ、白い風が吹き続けていた。そのため、僕らが空を飛んでいることは、誰にも見つかることはない。
「ひゃっほーい。最高だな」
「白い風の中を走ってる」
「僕らだけで飛んでいる」
ソリはぐんぐん走る。それなのに、雪の寒さはこれっぽっちも感じなかった。空から見た一面の雪景色は、まるで白いじゅうたん。
「きっと、気象予報士は、これを異常現象だと思うんじゃなかなぁ?」
「見てよ! 八幡さんが真っ白だ」
「なんか、うまそうだな」
内野はあれをどう見たのだろうか? 白い半球が大福を思わせたのかもしれない。ソリは八幡さんの上を通り、町をぐるりと一周して、秘密基地へ到着した。
「賢いソリだね。ここへ連れて来てくれるなんて」
「なあ、腹減らねえ?」
「内野はいつでも、お腹空いてるじゃない」
昼にはまだ早い時間だった。それでも、育ち盛りの僕らは、すぐに腹が空くのだ。
「何食べる?」
「焼き鳥はどう?」
「いいね」
みんな山田の意見に賛成だ。
「なあ、ソリ君。俺らを焼き鳥『バンバン』まで連れて行ってくれよ」
『バンバン』は商店街の端にある。中央公園で遊ぶ時、子供たちがおやつに焼き鳥を買うのが定番になっている。もちろんお小遣いがあればの話だけど……。
「ソリ君、もう一度、飛んでくれる?」
山田が労わるように、そっとソリの縁を撫でた。するとソリは、ゆっくりと地面を滑り出し、勢いがつくと一気に空へと走り出した。
「さすがソリ君! それでこそサンタさんのソリだ」
内野がソリを褒め称えた。
「それより、『バンバン』がどこか知ってるのかなぁ?」
空路は障害物もなく、回り道もしないから、あっという間に、商店街の上まで来ていた。
「すごい! もう着いちゃった」
ソリはゆっくりと降下し、中央公園に生えた木の陰へと着陸した。人目に付かないように。
「ソリ君、ありがとう。ここで待っててね」
公園から出ると、すぐのところに『バンバン』はある。
「こんにちは」
おばあさんは焼いていた焼き鳥をたれ壺に漬けているところだった。特性のたれにつけて焼き、また、たれに漬けては焼く。そうすると味の染み込んだ美味しい焼き鳥になる。じゅっという音がして、香ばしい匂いがした。
「いらっしゃい。今日はめずらしく雪が降っているね。外で遊ぶのは楽しいだろう」
「うん、とってもね」
「焼き鳥、五本下さい」
内野は、僕らの会話を遮って、焼き鳥を注文した。
「はいよ」
おばあさんはにっこりしながら、焼き上がったばかりのものをまた、たれにつけてから、プラスチックのパックに入れてくれた。
「三百円ね」
ここでは子供がよく買いに来るから、値段は良心的だ。焼き鳥一本、六十円。とり皮は五十円。
「僕は、とり皮二本と、焼き鳥一本」
「とり皮三本」
僕が注文すると、続けて山田も注文した。
「はいよ」
おばあさんは、かなりの年寄りに見えるが、よく耳も聞こえるし、計算も早い。注文どおり、手際よく焼いていく。内野は食べながら、
「お金はここへ置くよ」
と言って三百円を出した。ここにはレジもなければ、レシートも発行しない。すべては、おばあさんの頭の中で記憶しているのだ。焼き鳥を焼きながらでも、誰がいくら買って、いくら出して、お釣りはいくらと素早く計算している。僕から見たら神業だ。
「ほれ、焼き鳥一本ずづサービスだよ。今日はクリスマスだからね」
「おっ。気前がいいねぇ。来てよかったぜ」
「ありがとう」
「なにかお礼をしなくちゃね」
山田はそう言って、なにやら考えているらしい。
「礼なんていらないよ。こどもなんだから、大人に気を遣うことはないんだよ」
おばあさんは微笑んでそう言った。
「ねえ、僕たちと空の散歩をしてみない?」
「それいいねぇ。行こうよ」
「空? でもねぇ、店の番をしなくちゃならないよ」
「俺が店番するぜ」
おばあさんは僕らの言っていることに、半信半疑のままでソリまでついて来た。
「おや、立派なソリだねぇ」
「サンタさんからもらったんだ。友情の証にね」
「そうかい。あんたたちはいい友達を持ったものだね」
三人でそりに乗り込むと、
「では、しゅぱーつ!」
山田が拳を振り上げて、号令をかけた。ソリはそれに従い、ゆっくりと雪の地面を滑り出した。
「これは不思議だねぇ。リモコン操作で動いているのかい?」
そう言っている間に、ソリはふわりと浮かび、空へと向かっていった。
「あれ、本当に飛んでるねぇ。科学も進歩したものだ」
「これは科学じゃないよ。クリスマスマジックだよ」
「ほう。マジックかね」
おばあさんは眼下に広がる白銀の世界に、目を輝かせている。
「長く生きていると、いいこともあるんだねぇ。なんたって、空が飛べるんだもの」
空の散歩を楽しんだ僕らは、地上へと下りていった。
「ありがとう。とっても楽しかったよ」
「どういたしまして」
「内野はちゃんと店番できたかなぁ?」
三人で『バンバン』に戻ると、彼はちょうど接客中だった。客からお金を受け取って、
「まいどあり!」
なんて言っている。あれで、結構さまになっている。
「おっ。帰って来たな。店番もっとやっててもよかったのに」
「もう十分だよ。計算、間違えなかったかい?」
「間違いなんてないさ。金勘定なら得意だからな」
彼の言うとおり、本当に得意なのだ。算数の計算は苦手なのに、こういう計算は早くて正確なのはなぜだろう?
「そりゃよかった。今日は最高のクリスマスになったよ」
おばあさんはそう言って微笑んだ。
「喜んでもらえて、僕らも嬉しいよ」
僕らはソリに乗って、秘密基地に戻り解散した。
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